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8 此処でなら、努力出来る。

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 六花の紋は、ユージィンにもルークレアにも問題なく刻まれた。
 問題があったのはユージィンの手に触れた時の俺の心臓が爆発寸前だったのと、真顔を作るのに全神経を持っていかれたせいで、ユージィンの表情の一つ一つに見惚れる余裕すらなかったことだ。
 あああ、勿体ない!

 そんな俺の情けない本音はさておき、ユージィンは右脇腹に。
 ルークレアは左手の甲に真っ白な雪の結晶こと六花の紋が刻まれた。雪の結晶にも種類があるように『六花の戦士』に刻まれる紋もそれぞれだ。
 俺は扇形だしユージィンは樹枝付角板、ルークレアは広幅って呼ばれる形だ。

 無事に『六花の戦士』が三人になったことで俺の話は信じてもらえた。
 明日は朝一で王に謁見し、もう三人に会わせてもらって紋を刻み、出来ればその足で城の奥にある魔法陣を使って北の果てに飛び『試練の洞窟』攻略を開始したい。
 その際には騎士団にも同行してもらい、洞窟の外で湧き出てくるだろう魔の一族の殲滅をお願いしたいと訴えれば、騎士団団長の親父が任せろと胸を叩いてくれた。

「それに、可能なら他国にも協力を願い、援軍を送ってもらってください。どの国にも北の果てに繋がる魔法陣は設置されていますよね? 万が一にも魔の一族が洞窟から溢れ出れば、その行先はこの国に限りません。ぎりぎりまで隠すより、今の段階で正直に話して協力してもらう方が国民が守られる確率が上がるはずです」
「ああ。国王陛下にそのように奏上しよう」
「あと、お願いばかりになって恐縮なのですが、ミリィ嬢、王太子殿下、キース、トーマス、彼らの行動はしっかりと監視しておいてください。私達が『試練の洞窟』の攻略を開始したと知れば、何かしら邪魔をしてくることも考えられます。本当に時間がない現在、彼女達まで相手にする余裕はありません」
「君の言う通りだ。彼女達に関しては任せて欲しい。決して君たちの邪魔はさせない」

 公爵閣下が力強く請け負ってくれたので、俺は安心して任せる事にした。


 親父が、こんな時間にも関わらず話を聞いてくれたことを感謝すれば、公爵閣下も最初に打ち明けてくれたのが自分で嬉しいと好意的に応じてくれた。
 そんな大人同士の会話を横目で見ながら、俺は緊張しつつも見送りに出ていたユージィンに近付く。
 ルークレアは女の子だし、この時間だ。
 見送りは遠慮してもらったわけで、……これから『試練の洞窟』攻略に向かう事を考えても、二人きりになれる機会なんて、そうは無い。
 だったら、これだけは伝えておかなければならないんだ。

「ユージィン、様。少し……少しだけ、話がしたい、のですが、お時間を頂けますかっ」
「私と?」
「はい……っ」

 やばい。
 心臓が煩い。顔が熱い。
 そんな俺の態度に怪訝そうな顔をしたユージィンだったけれど、他の人達からほんの少しでも距離を取ろうとする俺の意図に気付いてくれたのか、……本当に辛うじてだが、二人になれた。
 正念場だ。
 せっかくこうして現実に会えたのだ。
 これから一緒にいられるのだ。
 叶わないと割り切っていた想いの行き着く先が、此処でなら、努力出来る。

「あの……っ、不躾なことをお聞きします。先にお詫びします、すみません! ですが……っ、ユージィン様には、まだ婚約者は決まっていないと聞いたのですが、本当ですか。将来を約束した方はいらっしゃいませんか」
「え……」

 あ、可愛い。
 いやそうじゃないんだけど、そんなふうに可愛らしくきょとんとされたら、俺は一体どうしたら!
 言うしかないよな?
 言って良いんだよな?

「もしもまだ検討の余地があって、あなたの心に決まった相手がいないのなら……っ、その候補に、俺を加えては貰えないでしょうか!」
「——」
「あなたが好きです……!」

 言えた。
 やっ……と、言えた。
 紙の中の文字でしかなかった君に恋をして、けれど叶うはずがないと判っていたからこそ生きる希望にして縋った日々。
 だが、これが現実になった。
 ユージィンは目の前にいて、許可さえ貰えれば触れることが出来る。
 言葉を交わせる。
 想いを伝えて、……俺に気付いてもらえるんだ。

「幸いと言うには言葉が悪いですが、これから『試練の洞窟』攻略に向けて一緒に過ごす時間は増えます。その間に俺を見て、知ってください。あなたに相応しい男かどうか見定めて下さい」
「ぁ、あの」
「お願いしまっぐふ!?」
「この馬鹿息子が!!」

 痛ぇしうるせぇし何だよ親父!! 頭割れるかと思ったじゃねーか!!
 そう言ってやろうと思ったらごっつい親父の手で口を塞がれ、腕でしっかりとホールドされていた。

「うちの愚息が大変失礼いたしました。お詫びいたします」
「ぇ。ぁ、いえ……」
「では失礼致します」
「むぐぐぐぐ」
「黙れバカ息子がっ!」

 ホールドされたまま引き摺られるようにして馬車まで連行される俺。
 まだ何にも返事聞けてないんだけど!?

「大体おまえにはセレナという婚約者が」
「むがぁっ! セレナにならもう話して婚約解消の了承貰った!」
「はぁ!? 何を勝手しとるんだおまえは!!」
「俺がどれだけユージィンを好きなのか語ったら「お幸せに」って応援してくれたぞ!」
「この馬鹿モン!!」
「いだぁっ!!」

 また頭を拳骨で殴られた。
 クソ親父めっ、ユージィンがどんな顔していたか確かめる時間くらいくれてもよかったじゃねーか!!
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