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39 怖い夢(side:?)

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『私は何をしていたのだろう』
 もう長い間、同じことばかりを考えている。
 とても気持ちの良い夢を見ていた気もするし、……とても怖い夢を見ていた気もする。

「……魅了など……そうと知らなければお前のような若人に防ぐのは難しかったであろうが……それでも、私は父として情けないぞ……っ」

 ぽとりと顔に水滴が落ちてきて、何だろうと思う。
 首を動かして目を開けているつもりなのに、よくわからない。
 なんだろう。

 このひとは、だれ……。
 ……あれ?

 僕は、なんだったかなー―……。


 ***

 どうして。
 どうして。
 どうして、どうして、どうして、どうして!!

 何度も何度も自問する。
 答えなんてどこにもない。
 だからやっぱり何度も何度も自問する。

 どうして私が、こんな目に遭わないといけないの!?

 本当なら今頃この世界は魔の一族に侵略されて阿鼻叫喚の地獄になっていたはずだったのに!!
 世界を救うはずの『六花の戦士』は私の玩具。
 お人形。

 キレイな心のカッコいい正義の味方?
 そんなわけないじゃない。
 一皮剥けば欲望丸出しのバカな男どもだわ。
 こんな連中に「いいね」が集まって、好きが増えて、どんどん、どんどん認められるなんて。

 私は絶対に認めない!!

 壊す。
 潰す。
 もう二度と偉そうなこと言わせない。
 泣いて縋って止めて許してって叫ばせてやる。

 絶対に。
 絶対に、絶対に、絶対に……!!

「君はどうしたら前向きになってくれるのかなあ」
「!?」
「リントは結構良い感じに周りを前向きにさせてくれる人柄だと思うんだけど」
「あの変態が何よ!! っていうかあんた誰よ!!」
「……ふむ。君は改善の余地無しかな」

 困ったような、悲しそうな、よくわからない感じの声がしたと思ったら、私はーー。


 ***

「緊急の知らせです」
「なんだ」
「鉄塔に幽閉されていたミリィ・ストケシアが牢内で意識不明だと守衛から」
「なんだと!? すぐに医務官を呼べっ」
「はっ」

 バタバタと慌ただしく去って行く宰相と文官の遣り取りを、騎士団の書類を届けに来ただけだというのに盗み聞きのような形で聞いてしまった私は表情を変えないよう苦心した。
 とりあえず深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、改めて目的地の扉を叩き、中にいた文官に書類を手渡して騎士団に戻る事にする。
 それにしてもミリィ・ストケシアか。
 あれだけの事をやらかした娘だ。
 うちの息子も随分と罵られていたし、正直、処刑されたところで当然だとしか思わないのだが、国としては神子として招かれていたという事実がある以上は無碍に出来ないのだ。

 ーー……国が処断できないと言うなら俺が殺してやる……!

 息子のしでかした責任を取ると言って魔法師団団長の職を辞した男は憎悪を激らせた目で言った。
 酒の席での言だ、酔った勢いの戯言だったかもしれないが、もしもうちのバカ息子があちらの立場であれば、私も正気でいられたかどうか。
 ミリィ・ストケシアの魅了に掛かっていた四人は程度の差こそあれど心神喪失状態だと聞いている。
 王は術者が神子だったと言う事実を鑑み、その父親達に責任は問わないと仰せになったが、残ったのは宰相だけだ。
 もっとも、国王陛下が代替わり可能であれば宰相も変わっていたかもしれないが。

 エルディン元王太子殿下には弟君が三人いるが、どの御方も幼すぎるのだ。
 ワーグマン王弟殿下は、万が一を考えて他の王子達がもう少し成長するまではと継承権を保持されていらっしゃるが、公爵家のルークレア嬢と結婚するから王になるつもりはない、責任を取ると言うならしっかりと国の舵を取れと容赦がなかった。
 だが、王太子殿下の件を除けば国王陛下は間違いなく良い王だ。
 国の恥を隠さず、魔の一族からの脅威を正しく伝えた上で各国に助力を頼むと頭を下げた王は、確かに国民を愛してくれているのだから、在位が長いに越したことはない。
 今回の事を教訓にすれば、幼い王子達の将来も希望が持てる。
 王弟殿下の言は正しい。

 そして、そのついでで構わないので『六花の神子』代理になどなってしまったうちの息子のことも守って頂ければと思う。

 ……まあ、セレナ嬢と婚約解消したと思ったら、あっという間に公爵家のユージィン様を口説き落とすのだから心配など要らんのかもしれんが、な。
 誰がどの家を継ぐのかなど考えねばならぬ事はまだたくさんある。
 だが、彼らは皆、まだ若い。
 ゆっくりと考えてもらえばいいのだろう。

 馬鹿息子だとは今でも思っているが、それでも、戦う姿は立派だった。
 あの子は自分の足で立てている。

 きっと、自力で幸せな未来を手に入れてくれるだろう。


 ***

「それで、ミリィ・ストケシアは生きているのか?」
「生きてはいます。状態としては眠っているというのが一番近いのですが、呼吸も心音もひどくゆっくりで……何をしても目覚めません。このまま飲食出来ずに眠り続けるような事になれば、遠からず……」
「そう、か……」

 宰相から報告を受けて、私は深く息を吐く。
 胸中には様々な感情が渦巻くが、私がそれを表に出すことは許されない。
 私は王だ。
 この国の民の命を背負う者。

 守るべきものを間違えてはならない。

「……心を病んだ神子は食事すら出来なくなり衰弱死した、国民には頃合いを見てそのように伝えよ」
「承知致しました」
「其方の……」

 言い掛けて、口を噤む。
 しかし宰相は私の言いたい事を察したのだろう。

「昨日、神子殿が……リント・バーディガルが邸を尋ねて来てくれましたよ。息子に会わせて欲しい、試したい事がある、と」
「試したいこと……?」
「優先順位はエルディン様が先だろうが、自分が直接頼めるのは我が家くらいなので、効果が出たらで構わないから陛下にも取次ぎを願いたいと」
「……よく判らぬが、神子殿であればいつでも謁見するのだが……」
「あの子は、あくまでも侯爵家の息子なのですよ」
「ふむ……して何を試すと?」
「……息子の症状を改善出来ないだろうか、と」
「! それは……っ」
「効果が出るかどうかはわかりません。だからこそ、まずは私のところだったのでしょう」
「それで効果はっ」
「時間が掛かるそうです。一度や二度でどうにか出来るものではない、と。ただ……昨夜、息子は久しぶりに食事の最中に「美味しい」と呟きました」
「!!」
「本当に……久しぶりに、あの子の声を……聞き、ました……っ」
「……っ!」

 息を詰め、今にも泣きそうになった男を私は抱き寄せていた。
 若かりし頃と変わらない、小さいくせに頼りがいのある背中だ。

「しばらく、通ってくれると。ですから、エルディン様にも」
「ああ。……ああ、頼む」

 頼む。
 それ以外の言葉が出て来ない。

 こんな現実は悪い夢であって欲しいと願った日もあったけれど、……現実だからこそ変えられる。

 きっと、やり直せる。
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