スイの魔法

白神 怜司

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【スイの魔法 3 七人の魔女】 別章 『スイの姉』

選考学科

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2014/09/03 改稿
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 ヴェルディア魔法学園生徒会室。
 入り口の高々とした両面開きの扉を潜ると、半円状のスペースが広がり、灰色の石を削って造られたその場所には真っ白な魔法陣が描かれていた。転移用の【施陣魔法】――魔法陣を描いて魔法を発動させる総称――の転移座標を指定をされたものだ。

 生徒会生徒がつける生徒会腕章は魔導具であり、この裏面には様々な魔導言語と魔法陣が描かれ、魔力を込めると学園の敷地内であればこの場所に転移する事が可能となる。

 魔法陣から扉を背に正面を見れば、石造りの長い廊下が続いる。アーチによって囲まれた廊下の外は真っ暗な暗闇が広がり、中空を貫くように廊下は伸びている。ふと視線を廊下の外へと向ければ、遠く左右に見える黒い壁面で滝のように水が流れている光景が目に入る。
 空間を歪ませる魔法によって造られたこの生徒会室は、外観だけ見れば確かに教室と同等の広さ程度しかないが、その中は広大だ。

 廊下をしばらく進むと、円状に広がった広間がある。
 そこには真っ白で大きな円卓が置かれ、机と同系色の椅子が6脚、円卓を囲むように並べられていた。その向こう側にはガラス窓によって仕切られた食器棚が置かれ、ティーセットなどが並べられていた。

 ――まだ誰もいないのかな……。
 いつもよりも早く学園に着いたスイは周囲を見回してそんな事を考えながら、肩にかけていた鞄を机の上へと置くと、ティーセットが並べられた食器棚の横を通り抜けた。

 そこに広がっていたのは草原だ。
 広がる人工の草原の向こうには、太陽にも似た光を放った球体が遠くに浮かぶ。言うまでもなく、ここも人工物である。

 ヘリンの時代、魔導具の発展が盛んであった頃に築かれたヴェルディア魔法学園は、当時は軍――騎士団や魔法師団の総称――の詰め所であり、このヴェルディア王国の軍部の人間にとっての主要な建物であったのだ。
 70年前の魔導大戦によって学園として扱われる事になったのは、ヴェルディア王国が平和になった証でもあると言えるだろう。

 内部の空間を歪めたり、この生徒会室を造りあげているのは魔導具によるものだ。
 70年前のヘリンの終焉となった魔導大戦では、『魔導兵器』と呼ばれた強力な魔導具が世界を焼き、大地を殺し、空を焦がしたという。
 以降、魔導具は武器としての発展や高度な技術を持つものは世界的に忌み嫌われ、禁忌と指定されている。国によっては魔導具そのものさえ国の中での使用を禁じた所もあると言う。

 つまるところ、この生徒会室一つ取ってみても、現在においては再現が不可能な『遺失された技術』によって築かれていると言っても良いだろう。

「ファラ、起きてる?」

 誰もいない草原でスイが呟くと、スイの目の前に白金色の光が生まれた。真っ白な光がスイの視界を塗り潰し、直後に集まっていた光が弾け、彼の使い魔であるファラが姿を現した。
 金色の長い髪を揺らして両腕をぐっと伸ばし、大きな欠伸をする。小さな声を漏らしながら、ファラはようやくそれを終えて目を開け、真っ赤な双眸をスイへと向ける。釣り上がった目付きも、今はそういった印象を与えないような柔らかなものとなっている。

「おはよー……」

 ふにゃりとした眠たげな空気を纏わせながら、ファラが落ちかけた瞼を必死に持ち上げてスイへと歩み寄り、そのまま抱き着いた。

 ――ブレイニル帝国によって拐かされて以来、スイとファラとの間にあった奇妙な主従関係は改善されつつある。ファラが抱いていた『主様』に対する信頼が、『スイへと向けられたもの』ではなかったのだが、それはブレイニル帝国での一件によって修正された、とでも言うべきだろう。
 元々過剰な密着ぶりを見せてこそいたが、最近のそれと出会った当初のそれとは含んでいる意味合いが若干異なっていた。以前のそれは、長い年月によって生まれた寂しさを埋める為のものであり、今のそれは純然たる甘えとでも言うべきだろうか。

 スイの頭を胸元に抱き寄せたファラが銀糸のような髪に顔を擦りつけると、ようやくスイを解放した。
 人の頭を眠気覚ましの道具に使わないで欲しいと思いつつも、なんだかんだでファラのスキンシップを動物が甘えてくるような感覚をもって受け流しているスイである。

「今日はいつもより早いね、主様」

「うん。集まるように言われてたんだけど、少し早過ぎたみたいだね」

 スイが5年生となってすでに二週間ばかりが経過していた。
 この日、スイは所属している生徒会の生徒で集まるように言われていた。

 スイとて早めに学園に来たというのは理解しているが、その理由は同じ孤児院に住んでいる少女が原因である。
 茶色い瞳を爛々と輝かせ、晴れてこの春から学園に通い始めたチェミという7つの少女。彼女にとって学園は楽しく、まだまだ知らない所がたくさんあるからという理由で毎朝早くから学園へと向かいたがるのだ。

 元々スイも早めに学園に行く癖はあったが、チェミのそれは尋常ではない。
 彼女曰く――

「えっとね、お得なんだよ!」

 ――だそうだ。その言い分の訳が分からない。
 ともあれ、そうした経緯から早めに学園に着いては生徒会室に立ち寄り、この場所でゆったりとした時間を過ごすのも最近ではスイの日課となりつつあった。

「仲良いわね、ホントに」

 正しくそんな二人をそう評した横合いから声。

 スイが振り返ると、そこにはスイの同級生である少女――シルヴィ・フェルトリートが立っていた。相変わらずの茶色く長い髪は左右に括られ、整った顔は呆れ顔となって二人へと向けられている。

 4年生の頃はクラスが違ったスイとシルヴィであったが、五年生となった今は同じクラスに振り分けられ、最近は以前にも増して一緒に行動することが多い。
 その為、こうしてファラがスイに対してやたらとスキンシップを取りたがる光景をよく目の当たりにしているのか、その呆れは人一倍強いようだ。
 どうやらスイにわずかに遅れる形でやって来ていたらしく、二人のスキンシップぶりを見ていたようだ。

「おはよう、シルヴィさん」

「おはよー」

 スイの挨拶と一緒に、ファラもまたシルヴィに声をかけた。

「おはよ。ブレイニル帝国から帰って来てからというものの、何かあったの?」

「何かって?」

「だって、そんなにべったりじゃなかったでしょ?」

「んー、そうかな?」

「そうかもー?」

 ファラがスイにひっついているというのは大して珍しい光景ではなかったが、ガザントールから帰ってからのそれは顕著に現れている。
 スイはそんな些細な変化に気付いていないのか、シルヴィの指摘が何を指したものなのかいまいち理解していないのか、首を傾げてシルヴィへと答えた。

 細かいことを気にしていないのは鈍感というべきか、あるいは度量が大きいと言うべきか。些か判断に困るというのがシルヴィの本音である。

 それはもう一つの問題にも向けられていた。

「そういえば、スイ。アナタのお姉さん――アーシャさん、だったかしら。やっぱり有名みたいよ」

「有名って?」

「銀色の髪に青い瞳、それにあんな整った容姿だもの。話題にもなるわよ」

「そうなんだ。そんな話何も聞かされてないけどなぁ」

 どうやら先程シルヴィが抱いた二択の疑問は、鈍感であると判断するのが妥当なようだ。そうシルヴィは判断した。

 ブレイニル帝国から連れ帰ってきた『銀の人形』は、現在はその名をアーシャと改め、このヴェルディア魔法学園の七年生として編入している。
 現在はこの学園の寮にその住まいを移していた。

 どうやら、チェミには「アーシャ姉」と呼ばれて懐かれており、学園で会ってチェミが声をかけている姿を偶然目にした事もあったが、邪険にするようなことはないそうでスイも安心して放っている。
 それでも心に巣食った陰は全て拭われくれる訳ではない。時折アーシャが浮かべる悲しげな表情はスイの脳裏に焼き付いていた。

「……姉なのに?」

「うん? あ、うん。姉って言っても、向こうでアーシャも一人ぼっちだったからついて来てもらっただけだから、ほら。あんまりずけずけと踏み込む訳にもいかない、から?」

「何で疑問形なのよ……」

 シルヴィの鋭い指摘に苦笑を浮かべるスイであった。

 アーシャはガザントールで出会ったスイの姉として紹介されている。数年前までは親が一緒に暮らしていたという方向で話を進め、親が亡くなってしまって以来はたった一人で生きていたのだ、と。
 もちろん『銀の人形』である彼女に家族がいた訳ではないのだが、銀髪蒼眼というこの珍しい見た目から、姉弟であると言った方が何かと言い訳はしやすい。

 その為、背景を知っているアーヴェンと相談した結果、スイの姉でありたった一人で生きていたアーシャを連れ帰った、という体で周囲には説明しているのである。

 そんな話をしている内に、生徒会のメンバー全員がようやく姿を見せ始めたのか二人のもとへと話し声が聴こえてきた。誤魔化しも楽ではないと言わんばかりにスイは安堵しながらも話を切り上げ、円卓に向かおうとシルヴィを促す。

 入り口から姿を現す生徒会メンバーに朝の挨拶を交わしていると、次々と入ってきた生徒会メンバーの最後尾に続く形となって入ってきた、生徒会顧問講師――メトレイア・シウーを見つけ、自分達も定位置である椅子に腰掛けた。

 相変わらずの黒い髪と黒い瞳はユーリに似ているが、年齢の差からか波打った長髪と切れ長の瞳から発せられる艶やかさは、まだ少しばかりあどけなさが残っているユーリとは比較にならない。

 そんなメトレイアは円卓の最奥部へと腰掛けた、青い髪に紫の瞳が特徴的な容姿の整った生徒会会長である八年生、『魔術科』に所属するソフィア・シヴェイロの隣へと立った。

 スイから見てその右に座るのは、ヴェルディア王立図書館の司書でありヴェルディア王国軍に所属しているネイビス・ウォルスの娘――クレディア・ウォルス。ソフィアと同じく八年生で『魔術科』を選択している彼女は、長かったポニーテールを一思いに短くしたのか、茶色い髪は背にかかる程度の位置で切り揃えられている。

 左隣には、六年生で『執務科』への所属が決まったナタリア・ルダリッド。丸いレンズの小さな眼鏡をかけている、どこか他者を寄せ付けない空気を放った少女だ。クレディアの隣にはシルヴィが座り、その隣――ちょうどソフィアと対面で座るのがスイである。

 そんなスイの左隣には、紫の髪と瞳の少年、前髪を掻きあげながら自らが所属する『騎士科』をやたらと強調したがるウェイン・クレイサスの姿があった。

「――さて、今日皆さんにこうして早くから集まってもらった理由ですが」

 メトレイアが言葉を区切り、それぞれの周りを回って一枚ずつのプリントを手元に置いていく。目の前に置かれたプリントを、スイは手に取った。

「……専攻科目の選択学年引き下げ……?」

「その通りです。皆さん、我がヴェルディア魔法学園はヴェルディア王国によって運営されているのはご存知の通りですが、今回バレン国王陛下とカンディス学園長の間で話がまとまり、今年度から急遽、五年生からの専攻科目への授業参加が決定したのです」

 スイの呟きにメトレイアが説明を始めた。

 これまで専攻学科は六年生の生徒からの選択授業という形になっていた。一般授業は午前中に行われ、午後になるとそれぞれの科目による授業が始まるといった形で進むのだが、科は大きく分けて二通り。

 『商業科』・『工業化』・『研究科』・『執務科』の一般的な就職に関係する一般専攻と呼ばれるもの。『魔術科』と『騎士科』といった戦闘技術を要求される戦闘専攻と呼ばれるものだ。

 花型と呼ばれるのは、やはり『魔術科』と『騎士科』の二つであり、ウェインが事ある毎に『騎士科』の名を強調したがっているのはこの花型に在籍しているから、という訳だ。

 それぞれにプリントに目を通している最中、メトレイアが表情に陰を落としながら改めて口を開いた。

「昨年末の光夜祭襲撃事件と昨今の周辺大陸への他国の侵攻から、最近では他の大陸でも軍事強化が施されているようなのです。現在のヴェルディア王国の戦力状況ではいざという時に対処が出来ない可能性がある、と判断されています。そうした経緯もあって、早い段階から才能のある生徒を発掘すべく、こうしてこの制度が用いられることになったのです」

 身も蓋もない戦力増強目的という言葉ではあるが、その言葉に特に文句の言葉が上がることはなかった。

 昨年末の光夜祭襲撃事件の際、ここにいた生徒会メンバーは少なからず敵と対峙する状況に追い込まれた。『魔術科』と『騎士科』に在籍していながら、ろくに手も足も出ないまま無力化されたのは記憶に新しく、その記憶が蘇ったのかウェインとソフィアの二人は悔しさを噛み締めるかのように視線をわずかに伏せた。

「元々、このヴェルディア魔法学園は教育の為だけではなく軍部としての役割も果たしていました。あの『魔導戦争』から七十年、改めて軍部の色が強くなってしまうように思えてしまうかもしれませんが、何もそれだけではありません。今回は同時に転科試験も行う予定ですから」

「転科試験?」

「そうです、クレディアさん。これまで『騎士科』と『魔術科』は試験を突破した生徒でなければ入れず、またそれぞれの科に進んだ後でも異動したいという希望もままありました。その対策として、今年からは毎年転科試験を一度設け、その都度異動が出来るようにと配慮されています。一度戦闘学科の試験に落ちて夢が破れた生徒も、再び戦闘学科への転科も可能となりますし、また戦闘学科から一般学科への転科も可能になる、という訳ですね」

「ですが先生、戦闘学科から人数が減ってしまう可能性があるのでは?」

「いいえ、ナタリアさん。戦闘学科から人数が減るにしても、流れに身を任せたまま後悔して実力が伸び悩むぐらいならば、本人の為にもなりませんから。何も人数ばかりを集めようという訳でもありませんしね」

 ナタリアの質問は確かに正しいものであったが、学園側としては戦場に立つ覚悟がないのであれば、無理強いするぐらいならばいっそ立たないでもらうべきというのが本音だろう。
 そうした学園の意思を汲み取ったのは、やはり立場上貴族であるソフィアとシルヴィの二人であったらしく、その事態の重みに思わずといった具合に溜息を吐いていた。

「生徒への発表は今日になりますが、スイ君。それにシルヴィさん。二人の希望学科はもう決まっていますか?」

 メトレイアの質問に、シルヴィとスイの二人が視線を交わす。

「私は『魔術科』の予定です」

「シルヴィさんは『魔術科』なのね。スイ君は?」

「僕も『魔術科』に進みたいです」

「えっ」

「え?」

 最初の「えっ」はウェインから発せられた言葉であったらしく、スイが思わずウェインに振り返って同音異義語を返した。

「ス、スイ。『魔術科』は女子生徒ばかりなんだぞ? それにキミ程の魔法の実力があれば、むしろ剣技を憶えて接近戦を極めた方が良いんじゃないのか?」

 予想外だと言わんばかりに詰め寄るウェインにスイの表情が引きつった。

「えっと、僕は別に剣技とかには興味ないですし、むしろ魔法の腕をあげた方が良いかなって思ってるんですけど……」

 確かにウェインの言い分は理解出来るし、近接戦に対する実力をあげようと考えるのは特におかしな話ではなく、至極まともな提案といえるものであった。だが、それにはスイの魔力と彼の扱う『無』の魔法のアドバンテージを殺す結果となりかねないのだ。

 加えて、ガザントールでの地下でアリルタによって伝えられた一件を鑑みる限り、魔法の扱いなどに関してはまだまだ経験値が足りていない。これはアーシャからも釘を刺されている事柄であり、スイもまた強く実感していた。

 帝都ガザントールのあるリブテア大陸で、アーシャに精神を乗っ取られて戦ったあの時の強さは、今のスイでは発揮出来ないのだ。それはひとえに経験の差だとアーシャはスイに告げていたのである。

「スイの魔力と魔法の特徴から考えると、『騎士科』は向いていないと思いますよ、ウェインさん」

「どうしてだい!?」

「一つは、スイの魔力なら威力を重視した連射という方法が取れるというのがスイの持ち味ですし、それを外してまで至近距離で闘うなんてハンデにしかなりません。それに、スイは男子の中でも比較的背が低いですし、わざわざ近接戦にして不利な戦い方をするのは難しいです」

 シルヴィの反論は確かである。が、自分の背が比較的小さいという現実を突きつけられた点については男子として反論したいスイである。

「ウェイン君、シルヴィさんの言う通りよ」

「で、ですがメトレイア先生!」

「もしかして、ウェイン君。アナタ、『騎士科』にスイ君を引きずり込んで自分の手柄にしようとしているんじゃない?」

「っ!? ……ち、違いますよ」

 クレディアの冷静な指摘に反論するウェインであったが、その視線は明後日の方へと向けられている。その姿にその場にいた誰もが「あぁ、やっぱり」と呆れたかのような溜息を漏らしたのは言うまでもない。

 最近ではウェインの『騎士科』自慢も鳴りを潜め、訓練に余程の熱が入っているのか、他の生徒に負けぬようにと剣を振っている為、最近では彼の評価は上がりつつあるのだ。

 それでもスイを仲間にして、あわよくば自分の評価を持ち上げようとする辺りは何とも彼らしい選択ではあるし、そんな彼の努力は生徒会メンバーには理解を得られていないのは、これまでの彼の言動が起因しているというのも皮肉なもので、それを看破されてしまったせいか強気に出れないウェインであった。

「それで、メトレイア先生。私達の専攻学科希望がどうしたんですか?」

「生徒会生徒の選考学科は早い内に提出して欲しいと要望が出ているのです。生徒会に選出された生徒は基本的には能力が優秀であるという前提条件があるでしょう? 一般学科は特に問題ないですが、戦闘学科は上限に最大定員数を設けているので、二人の希望学科には別枠を設けなくてはならないのです」

「でも僕らも試験は受けるんですよね?」

「えぇ、もちろんです。……まぁスイ君に関してはいらないと思いますけどね……」

 メトレイアの小さな呟きは全員の耳にしっかりと届いていたようで、全員の視線がスイに集まり「あぁ……」と何やら納得した様子で頷いている。当の本人は試験にやる気を燃やしているのか、その反応には気付いていないようであった。






「本当に『魔術科』に入るつもり?」

 生徒会室を後にしたスイとシルヴィが二人並んで教室へと向かっている最中、シルヴィが念を押すかのような質問をスイへとぶつけた。

「どうしたの?」

「だって、スイが魔法の勉強をしたがるって言っても、正直なところスイの魔力とか実力とか、そういうの考えたら『魔術科』に入ってもあまり意味があるとは思えないもの」

 こればかりはシルヴィの本音であった。何せ彼女は、生徒会室の奥で行われるスイの〈使い魔〉であるファラとの魔法の応酬を見ているのだ。

 実際『魔術科』の平均的な実力は今のスイのそれとは比較にならない程であるように思えてならない。誰よりも強い、とまではいかずとも、あまり『魔術科』に入ってもスイにプラスになるとは到底思えなかったのだ。

「し、辛辣だね……。シルヴィさんだって『魔術科』に入るんでしょ?」

「入るから訊いてるんじゃない。あ、別にスイが入るからってそれが嫌って訳じゃないのよ。ただ、ほら。もともとそんなに実力とかに固執しているようなタイプじゃなかったのに、ちょっと意外だなーって思っただけ」

 シルヴィが慌てた様子でスイへと質問の意図を口にする。

 スイがこれまで、自分の実力を鼻にかけて他者を見下したりという態度は見せたこともない。それはある意味では、年齢に対して不相応な態度だ。シルヴィはてっきり、スイはそもそも魔法の実力などには興味がないのかと思っていたのである。

 そんなスイが改めて『魔術科』に入ってしまったら、何かが変わってしまうのではないだろうか。有り得ないとも思えるがスイとてまだ子供であり、自分の実力に陶酔してしまうのではないかという懸念もシルヴィには僅かばかりには芽生えていた。

 皮肉にもその具体例が、生徒会室にいるとある少年の姿を見て芽生えたものであるということにはシルヴィ本人も気付いてはいないが。

「……もしかして、ブレイニル帝国で何かあったの?」

「……うん、ちょっとね。やらなきゃいけないことがあるんだ」

 マリステイスとの約束――『宝玉』の回収。そして、ガザントールの地下でアリルタに告げられた、何者かの魔手。

 それらを思い浮かべたスイの横顔を見ながら、シルヴィは自分の胸元で小さな手をきゅっと握り締めた。

 ――いつか、何処かへ行ってしまうんじゃないだろうか。
 アーシャという偶然とは言い難い姉の登場とその言葉を前に、シルヴィはそんな予感を胸にしながら、スイの横顔をじっと見つめていた。
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