スクナビコナの冒険―小さな神が高天原を追放されネズミとともに地上に落っこちてしまった件―

七柱雄一

文字の大きさ
4 / 56

スクナビコナとチュルヒコ③―スクナビコナ天の安河へと向かう―

しおりを挟む
「ふう、終わった、終わった」

 そう言いながら、スクナビコナは両腕を高く上げて全身を伸ばす。
 倉庫から出て視界がかなり開けた場所まで来ると、すでに日がかなり傾き、西の空が茜色に染まりつつあるのが確認できる。

「ははっ、一時はどうなるかと思ったけど、何とか日没までに明日の準備は終わりそうだな。あとは食料の準備だけど、それはすぐに終わるだろう。さあ、チュルヒコ、いっしょに食料がある倉庫まで行こうぜ」

 そう言うと、スクナビコナは倉庫に向かって歩き始める。

『…うん、それはいいんだけど……』

 チュルヒコはスクナビコナのすぐ横を歩きながら話を切り出す。

「…何か僕に言いたいことでもあるのか?」
『うん、さっきのおわんや箸たちのことなんだけど……』
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
『スクナはさ、もっとおわんや箸たちの気持ちを考えようとは思わないの?』
「おわんや箸の気持ちを考えるう?」
『そうだよ!だってみんなすごく嫌がってたじゃないか。僕たちといっしょに地上に行くことを』
「ふん!僕があんなやつらに気をつかえってのか?」
『だってスクナのやり方はあまりにも強引過ぎるよ!もうちょっと違うやり方だってあるはずさ!』
「はん!いいか、これは僕の問題なんだ!あいつらがどう思ってるかなんて知ったこっちゃあないな!だいたいおわんも箸もただの〝モノ〟じゃないか!たかが〝モノ〟ごときの気持ちを考えるなんて単なる時間の無駄さ!」
『もう、そんなことを言ってるから高天原から追放されちゃうんだよ!』
「なにぃ、お前言っていいことと悪いことがあるぞ!」
『だって本当のことだろ!』
「ふざけるな!僕は何も悪くない!」

 このあと一人と一匹は不毛な言い争いを倉庫にたどり着くまで続けた。
 そして、倉庫では親切にも誰かが用意してくれたらしいおにぎりを、スクナビコナが用意していた袋に詰めれるだけ詰めた。
 そのあとスクナとチュルヒコは帰り道では一言も会話をすることなく、険悪な雰囲気のまま別れた。
 そうしてチュルヒコはネズミの穴へと、スクナビコナは倉庫の前へとそれぞれ帰っていくのだった。


「ふん、ようやく帰ってきたか」

 スクナビコナが倉庫の入り口まで戻ると、スサノオが入り口の扉の前で待ち構えている。

「ぎりぎりだったけど準備は全部終わったよ」

 スクナビコナは機嫌悪そうに、仏頂面で答える。
 今はすでに日没寸前でもう周囲は薄暗くなっている。

「たわけが!」

 スサノオはいきなりスクナビコナを叱り飛ばす。

「貴様が持ってきたおにぎりは誰が用意したかわかるか?このスサノオだ!つまり貴様は今日一日かけても一人で準備をすることができなかったというわけだ」
「…そう、一応礼を言っておくよ。ありがとう」

 相変わらずふて腐れた様子でスクナビコナはスサノオに礼を言う。
 そして昨日と同様にスサノオによってツボヒコの中に入れられるのだった。


「…あー、くそっ!」

 スクナビコナはツボの中で一人怒る。

『どうなさいました、スクナ殿?ずいぶん気分を害されているようですが……』

 そんなスクナビコナにツボヒコが不機嫌の理由を尋ねる。

「…お前はチュルヒコのことは知っているか?」
『ああ、この高天原のネズミたちの主チュル王の息子チュルヒコ殿のことですか?そこまで詳しく知っているわけではありませんが……』
「そうか、でもまあ大体どんなやつかくらいは知ってるんだな?」
『…ええ、まあ……』
「そのチュルヒコが僕に高天原から追放されたのは僕の態度に原因がある、とか言うんだ!」
『…ふふ、チュルヒコ殿も私と同じ考えのようだ』
「なっ!お前も同じ考えなのか?」
『はい』
「ふんっ、なんだよ!」
『ははっ、しかしまあこのツボヒコ、無理やりあなたの態度を改めさせようとは思いません。そんなことをしようとしてもあなたが聞き入れることはないでしょうからな』
「当たり前だっ!」
『ふふっ、あなたは本当に頑固な方だ。おそらく私やチュルヒコ殿だけでなく、スサノオ様や他の高天原の方々もそう思っておられるはずだ』
「悪かったな」
『ただ高天原の方々はあなたを見捨てているわけではないとも思いますぞ』
「なに?…だって僕は〝ここ〟から追放されるんだぞ。それってもう二度と高天原に戻ってくるな、って意味なんじゃないのか?」
『いやいや、それは違うのではないでしょうか』
「どう違うんだよ?」
『スサノオ様や高天原の方々はあなたに地上で色々なことを学んで欲しいのではありませんか?』
「マナブ?この僕が?そんなの必要ないね。僕に学ぶものなんてないよ」

 スクナビコナは肩をすくめながら言い放つ。

『ふふっ、もうこれ以上はこのツボヒコは申しません。あなたが地上で考えるべきものですから』
「ふん、そうか。じゃあもう僕は寝るぞ。今日は一日中あちこちに動き回ったから結構疲れたんだ」
『はい、おやすみなさい。このツボヒコも地上であなたが健闘されることを祈っております』
「言われなくても〝健闘〟してやるさ。じゃあ、お休み」

 そう言うと、スクナビコナは横になって眠りに落ちるのだった。


 翌早朝、スクナビコナはスサノオによってつぼから外に出された。
 そして必要なものを全て自ら用意した。
 袋の中には自分が高天原の住人であることを証明する勾玉まがたま、入る限りのおにぎりを詰めて、左肩に担ぐ。
 腰の帯には愛用の裁縫用の針を帯びる。その〝刀身〟はスクナビコナがわらで作った〝鞘〟におさまっている。
 そうして倉庫を出て、高天原から地上へ向かうための出発地点である天の安河へと向かうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...