スクナビコナの冒険―小さな神が高天原を追放されネズミとともに地上に落っこちてしまった件―

七柱雄一

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スクナビコナとアマカニ合戦⑥―アマノジャクの家に謎の住人たち!彼らはいったい何者なのか!!―

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「…とうとう着いたな」
『…ふう…、なんか緊張してきましたよ……』

 カニヒコは建物の入り口の前で、否が応にも高ぶる気持ちを抑えながら言う。

「じゃあみんな、決めたとおりに配置についてくれ!」
『わかったよ!』
『わかりました!』
『チュー!』

 スクナビコナの言葉とともにチュルヒコ以下ネズミたちが、両開きになっている入り口の左右の扉にそれぞれ取りつく。

「じゃあ行くぞ!いっせ―のー……!」

 スクナビコナがネズミたちにかけ声をかける。

『チューッ!』

 ネズミたちはスクナビコナのかけ声にこたえながら、全力で扉を押す。
 すると、扉はギーッという鈍い音を立てながら、開いていく。

「よしっ、開いたぞ!」

 スクナビコナは扉が自分の体が入れる程度に開くと同時に、内部に突入する。

「……!」

 スクナビコナは素早く薄暗い建物の内部を見回して、様子を確認する。

「…誰もいないみたいだな……」
『…やっぱりアマノジャクたちはいませんかね……?』

 スクナビコナから少し遅れて中に入ってきたカニヒコが聞く。

「…うーん、…どうもそうみたいだな……」
『…なんか少し拍子抜けしちゃいましたね?』
「ああ、しっかし……」

 暗い部屋の中で少し目が慣れてきたスクナビコナは、改めて屋内をじっくりと見回してみる。

「外から見ても倉庫にしか見えない建物だったが、中も完全に〝物置小屋〟って感じだよな」
『そうだね。本当に色々な物があるよ』

 スクナビコナの言葉にチュルヒコが続ける。
部屋の中には様々な大きさのつぼ、くわなどの農具、米や野菜などの食べ物、といった物が置いてある。

「ここはどう考えても人間が使っている倉庫だ。本当にこんなところにアマノジャクとドブヒコは住んでいるのか?」
『…うーん、確かにそうだよね』
『オイッ、お前らここになんの用だ!』
「うわっ、なんだ!」
『わっ、何?』

 突然部屋の中に大きな声が響き渡る。驚いたスクナビコナ以下、屋内にいる者たちは全員部屋の中を見回す。

『ハッハッハッ、ここだよ!俺はこ・こ・だあっ!』

 再び部屋の中に自分の存在をアピールする野太い声が響く。皆がその声のするほうを見る。

「…お前か?さっきから喋っていたのは……」
『ハッハッハッ、そういうことだ!』

 スクナビコナの言葉に声の主である臼が答える。

『私は臼のウスヒコだ。お前たちは何をしにここに来たんだ?何かを探しているみたいだが……』

 ウスヒコは重々しい声でスクナビコナたちに尋ねる。

「僕たちはアマノジャクとドブヒコに会いにここに来たんだ」

 ウスヒコの言葉にスクナビコナが答える。

『…アマノジャクとドブヒコ…、確かにあの者たちはここに住んでいるが、今はどこかに出かけているようだ』
「そうか。…あいつらがどこに行ったとか、いつごろ帰ってくるか、とかわからないかな?」
『…うーむ…、あの者たちは出かけるときも帰ってくるときもいつも突然だ。つまり行動が予測不能というわけだ』
「…そうなのか……」
『しかしお前たちは何ゆえアマノジャクたちを探しにここまで来たのか……?』
「…それは、…カニヒコ……」

 そう言いながら、スクナビコナはすぐそばにいるカニヒコに目配せする。

『…わかりました。ウスヒコ殿、それについては僕のほうから説明します』

 そう言うと、カニヒコはウスヒコに自分とアマノジャクたちとの間にある〝因縁〟について語って聞かせる。

『…うーむ、そのようなことがあったのか……』

 ウスヒコはカニヒコの言葉に心を動かされた様子で、言う。

「はい、ですから僕はなんとしても母の仇を討ちたいのです!」

 カニヒコは言葉に力を込めて訴える。

『うむっ、お前の訴えはもっともだ!このウスヒコもお前の〝仇討ち〟に力を貸すぞっ!』

 ウスヒコは力強く宣言する。

『ほ、本当ですか!ありがとうございます!』
『うむ、実はこのウスヒコ、以前からアマノジャクとドブヒコのここでの行動に腹を据えかねていたっ!』

 ウスヒコはそう叫ぶと同時に、大きな木の体をドーン、ドーンと揺らして怒りをあらわにする。

「そんなに酷いのか?」
『ああ、本当に酷いのだ!あいつらときたらこの近隣の人間たちが使っている倉庫に後からやって来たにもかかわらず、さも自分がここの主人であるかのようにふるまっている!』
「…そうなのか……」

 相変わらずその〝巨体“を激しく揺らしながら怒り続けるウスヒコに、スクナビコナたちはすっかり圧倒される。

『そうなのだ!何度かは、あいつらはここで激しく暴れ回って、いくつかのツボを叩き割ったりした!』
「…そんなことまでしたのか……?」
『ああ、そうだとも!今でも壊されてしまったツボたちのことを思うと、このウスヒコ、泣きたくなるのだよ!だが悲しいことにこのウスヒコは臼であるがゆえに涙を流すことすらできない!ああ、なんと悔しいことだろうか!』

 ウスヒコはその激しい感情を思い切り表現するかのように、ドスーン、ドスーンと大きくその体を揺らす。

『…ゴボゴボゴボゴボッ……!』
「なんだ?」
『何?』

 突然部屋の中に奇妙な音が響き渡り、中にいる者たちは全員驚く。

『おお、ワカメヒコか!』
「ワカメヒコ?なんだそれ?」

 スクナビコナがウスヒコに尋ねる。

『ワカメヒコはこの中のツボのどれかに入っているワカメだ』
「ツボの中に?」
『ああ、この部屋の中に水が入っているツボがいくつかあるはずだ。そのどれかにワカメヒコが入っているはずなんだ』
『ケーン!そのワカメ、このキジヒメが探すわ!』

 キジヒメがスクナビコナとウスヒコの前に名乗り出る。

「わかった。キジヒメ、頼むよ」
『任せてちょうだい!』

 そう言うと、屋内を飛んで中にワカメがつかっているツボを探す。

『あったわ!』

 そしてワカメがあると思われるとツボを見つけると、素早くその水中からワカメをくちばしではさみ込んで、引き上げる。そうしてくちばしでワカメをつかんだまま、スクナビコナたちの前に飛び降りてきて、ワカメを地面に降ろす。

『…プッハァー!…久々に水から出たあー…!…そしてやっと自由に喋れる!』

 地面に降ろされたワカメはその解放感からか、歓声を上げる。

「…お前か?ワカメヒコとかいうのは……?」
『うん、そうだよ』
「ワカメってのは本来海にいるものだろ?なんでこんなところにいるんだ?」
『確かに僕は生まれてからずいぶん長い間海の中にいたよ。でもある日漁師に取られちゃって、その後ツボの中に海水といっしょに入れられちゃったんだ。そして運命に流されるがままに、どういうわけかここまで運ばれてきたというわけさ』
「…そうなのか……」
『そうなのさ。所詮ワカメである僕は自由に自らの運命を切り開くことができない。いつも流されるまま生きている…。悲しいよね……』

 ワカメヒコは感傷的になりながら言う。

「…ずいぶんと悲観的なんだな……」
『しょうがないよ。この世の中では自由に動くことができる人間やネズミのような存在でさえ、自分の一生を思い通りにできるとは限らない。ましてやまったく動くことができないこの僕が自分の一生を思い通りにできる保証などあろうはずがないよ……』
「…悲観的な上に哲学的なんだな……」
『そうだね。僕は一生のほとんどの時間を海の中で、あるいはツボの中で孤独に過ごしてきた。その間に僕にできることといえば海中でゆらゆらと漂いながら、自らの生について思いを巡らすくらいだった。もはや僕にとっては息をすることと同じくらい自然に考えずにはいられないんだ』
「…よく喋るワカメだな……」

 スクナビコナは少しだけいらだった様子を見せながら、言う。

『ああ、もし気分を害してしまったんだとしたらごめんよ。でも喋らずにはいられないんだ!何しろ僕は生まれてこのかた天涯孤独の一生を過ごしてきた!海水の中では誰かと話そうにも言葉を伝えることができないからね!それが今ではこうして話せる!気持ちを伝えられるんだ!だからこうして喋らずにはいられないんだ!』

 ワカメヒコは突然興奮した様子で言う。

「…そうか、それはよかったな……」

 スクナビコナは呆れ気味に言う。

『ああ、でも僕はこうしてここにいて、いったいなんの役に立つんだろうか!海の中にいるときから、僕には大して意味もなさそうなことを考えることくらいしか能がなかった。いっそのこといずれかのときに、人間にでも食べられたほうがよかったのかもしれない。でも僕は誰にも食べられることがなかった。だから僕は今でもこうして生きている。いや、生き残ってしまったんだ!』

 ワカメヒコは、今度は自らを卑下し、自虐的に嘆く。

「…いやいやワカメヒコ、そこまで卑屈になる必要はないぞ。お前にだっていいところの一つくらいは探せばあるはずだ」
『僕にいいところがあるだって!僕のいいところなんてせいぜい何ものかの食べ物になれることくらいだよ!』
「…うーん、…お前と話しているとどうしても悲観的な方向に話が進んでしまうよな……」
『僕は所詮ワカメなんだ!海の中でゆらゆら漂っているのがお似合いの、ヌメヌメした体をしているワカメなんだよ!』

 ワカメヒコは再び大声で自虐的に嘆く。

「…おい、お前今なんて言った……」
『…いや、だから海の中でゆらゆら漂っているのがお似合いで……』
「いや、そこじゃない。その次だ」
『その次?…ヌメヌメした体をしている……』
「そう、それだ!」

 スクナビコナは大声で叫ぶ。

「お前の体はヌメヌメしている。それはお前の大きな長所だ!」
『…僕の体がヌメヌメしているのが長所……?』

 ワカメヒコはスクナビコナの言わんとすることの意味がわからず、戸惑う。

「そうだよ!お前の体はヌメヌメしている。ということは例えばお前が地面に落ちていて、そこに何ものかが全力で走ってきて、お前を踏んづけたとする……」
『…すると……?』
「当然踏んづけたヤツはこける!だからお前は十分役に立つヤツだってことだよ!」
『…なんだかよくわからないな……?』
「ハッハッハッ、ワカメヒコ。これから僕たちの仲間になれば僕の言ったことの意味がじきにわかるぞ!」

 まだ困惑している様子のワカメヒコにスクナビコナは笑いながら言う。

『…僕がみんなの仲間になる……?』
「そうさ!ところでさっき僕たちがウスヒコにした話は聞いていたかな?」
『はい、確か〝仇討ち〟をするとかどうとか……』
「そうだ!僕が言いたいのはその〝仇討ち〟にお前にも参加してほしいってことなんだよ!」
『…僕が〝仇討ち〟に参加する……?』
「ああ、お前はこの〝仇討ち〟に参加して、自分が〝役立たず〟なんかじゃないことを証明するんだよ!」
『…そんな、僕なんか……』
「あー!お前はどこまで〝後ろ向き〟なんだよ!」

 スクナビコナはいら立ちを抑えきれず、怒鳴る。

「お前が役に立つヤツだってことは僕が保証するよ!お前の力が必要なんだよ!だから〝仇討ち〟に参加しろよ!」
『……』

 スクナビコナのあまりの剣幕にすっかり気おされてしまったワカメヒコは完全に沈黙してしまう。

『…ワカメヒコさん、僕からもお願いします!』

 そんなワカメヒコの前にカニヒコが進み出て口を開く。

『スクナさんがどういう理由であなたを僕たちの仲間に加えようとしているのかは僕にはわかりません。でもスクナさんがあなたの力が必要だと言うからには、それだけであなたには僕たちの仲間になる資格が十分にあります。だからお願いです!僕の〝仇討ち〟のためにあなたの力を僕たちに貸してください!』

 そう言うと、カニヒコはワカメヒコに対して頭を下げる。

『…ま、参ったな…。…僕が頭を下げられちゃうなんて……』

 カニヒコの態度にワカメヒコはすっかり恐縮してしまう。

「…なあ、ワカメヒコ……」

 戸惑っているワカメヒコに対してスクナビコナが再び話しかける。

「お前が自分に自信が持てなくても、そして自分が役立たずだと思っていても、ここにはお前を本当に必要としているものたちがいるんだ。だからさ……」

 スクナビコナはいったん話を止めると、再び力を込めて話し始める。

「…カニヒコのために、そしてここにいるみんなのために、そして自分自身のために、まずは勇気を持って前に一歩踏み出してみてくれないか?」
『…勇気を持って、…前に一歩踏み出す……?』

 ワカメヒコはつぶやくように言う。

「ああ、もしお前がこのままここでじっとしていると、お前は本当の意味で〝役立たず〟になっちまうぜ?」
『……』

 ワカメヒコは黙ったままじっとスクナビコナの話を聞く。そしてカニヒコ以下、周りにいるものたちのほうを見回してみる。

『……』

 その場にいる誰もが真剣な表情で、固唾かたずを飲んでワカメヒコの様子をいる。

『…僕の、…僕の力がみんなの役に立つのなら……』

 ワカメヒコは小さな声でつぶやくように口を開く。

『…僕をみんなの仲間にしてよ!』

 ワカメヒコは強い決意を秘めた言葉を皆の前で言う。

「よっしゃあーっ!」
『やったーっ!』
『チューッ!』

 ワカメヒコの言葉を聞くと、その場にいる全員から次々と歓声が上がる。

「よっしゃあっ!ワカメヒコ、よく言ったぞ!」

 スクナビコナはワカメヒコのすぐそばに近寄り、言う。

『…そんな、僕はただ……』
「おいおい、もうお前は僕たちの仲間になったんだ。だから―」

 スクナビコナはその顔に笑みを浮かべながら、ワカメヒコに語りかける。

「…今後は必要以上に遠慮とか、気遣いとかを僕たちにする必要はないぜ」
『…はい、わかりました』

 ワカメヒコはスクナビコナの言葉に納得した、という表情をしながら答える。

『…しかし、僕はいったい何をすればいいんでしょうか?』
「ふふっ、これからはアマノジャクたちを懲らしめるために、みんなが協力しなきゃならないんだ。もちろんお前にも〝役に立って〟もらうぞ」

 ワカメヒコの疑問に、スクナビコナは笑みを浮かべながら答える。

「さあ、これからアマノジャクたちが帰ってくる前に、それぞれの役割を決めてしまおうぜ!」

 こうしてスクナビコナたちは全員で〝仇討ち〟の計画を練るのだった。
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