スクナビコナの冒険―小さな神が高天原を追放されネズミとともに地上に落っこちてしまった件―

七柱雄一

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スクナビコナとネズミ馬⑤―驚愕!団子を食べたチュルヒコの体にとんでもない異変が!!―

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「…うん……?」

 翌朝、スクナビコナは目を覚ます。そして周囲を見回してみる。
 部屋の板の間や、戸の隙間からわずかに光が漏れている。また、かすかに鳥たちが鳴く声も聞こえる。
 もはや完全に夜が明けたことがスクナビコナにもはっきりとわかる。それは実にのどかな朝である。

「…さわやかな朝だな……」

 スクナビコナは上体を起こしたあと、つぶやく。
 それは昨晩起こったことは全て夢だったのではないか、と錯覚さっかくするほどの、きわめて自然な朝の目覚めである。

『…うーん……』

 スクナビコナから少し遅れて、チュルヒコも目を覚ます。

『…ふわあ、…昨晩は本当にぐっすり眠れたよ……』

 チュルヒコはのん気とさえいえる調子で言う。しかしそのすぐあとに、ぐうー、と腹が音を鳴らす。

『…あー…、そうだ、僕ずいぶん長い間何も食べてないんだった……』

 そう言うと、チュルヒコは下を向いて、落ち込んだようなしぐさをする。

『…あ、思い出した!昨晩、おばあさんが朝には食べるものを用意してくれるって言ってたぞ!』

 チュルヒコは嬉しそうに大声で言う。

「…そういえばそうだったな……」

 スクナビコナがつぶやくように言ったそのときである。

 ドン、ドン、ドン。

 突然戸を叩く音がする。

「…すいません。もう起きてらっしゃいますか」

 戸の向こう側から聞き覚えのある声がスクナビコナたちを呼ぶ。
 その声を聴いた瞬間、スクナビコナは夢から現実へと一気に引き戻される。そして昨晩の老婆が隣の部屋でやっていたことを思い出す。

「…ひょっとしてまだ寝てるのかなあ……?」

 老婆は隣の部屋で小さな声で言う。その声の調子から少し困惑している様子がうかがわれる。

「…いや、もう起きてるよ……」

 老婆はわざわざ自分たちに声をかけている。少なくとも寝込みをいきなり襲ってやろうなどと考えているわけではないことだけは確かだろう。
 スクナビコナはそう考えて、とりあえず返事することにする。

「…入りますよ」

 老婆はそう言うと、ガラガラーッと戸を横に開ける。

「…お待たせしました!朝食を用意しましたよ!」

 老婆はニコニコと笑顔を作りながら言う。一見ごくごく自然な笑顔である。だが昨晩の老婆の様子を盗み見てしまったスクナビコナにとっては、どこか白々しく感じられる笑顔である。
 老婆は相変わらず笑みを浮かべながら、二つの木の皿を両手に持って、それらをそれぞれ一つずつ、スクナビコナとチュルヒコの前に置く。皿の上には山盛りの団子が乗っている。

「さあ、昨晩のうちにあなたたちのために作った団子ですよ!たーんと召し上がってくださいな!」

 老婆は実に嬉しそうにスクナビコナたちに言う。その団子はスクナビコナにとってはよく見覚えのあるものである。

「ふふふ、この婆がここにいると食べづらいですかねえ。それでは私は別の部屋におりますゆえ……」

 そう言うと、老婆は入ってきた戸から、別の部屋へと去っていくのだった。


『うわあ!この団子、すごくおいしそうだなあ!』

 老婆が部屋から去ったすぐあと、チュルヒコは山盛りに積み上げられた団子を見ながら、口からよだれを垂らさんばかりに大喜びする。

『僕、腹ペコで本当に死にそうなんだよ!いただきまーす!』

 そう言うと、チュルヒコは一気に団子を口の中に入れようとする。

「待て!」

 そんなチュルヒコにスクナビコナが待ったをかける。

「チュルヒコ!その団子を食べちゃダメだ!」

 スクナビコナは強い調子でチュルヒコを制止する。

『なんでだよ、スクナ!』
「それはな……」

 スクナビコナの言葉に不満げなチュルヒコに、スクナビコナは昨晩チュルヒコが寝ている間に見たことの一部始終を話す。

「…だからな、その団子は絶対に食べちゃダメなんだよ!」
『フン、だからなんなんだよ!』

 スクナビコナの言葉を聞いても、チュルヒコは納得しようとしない。

『団子を食べたからって悪いことが起こるって決まったわけじゃないじゃないか!だいたいあの親切なおばあさんが悪い人なわけないだろ!』

 チュルヒコはスクナビコナの言葉に強硬に反発する。

「ダメなものはダメなんだよ!絶対にダメだ!」

 それでもスクナビコナはチュルヒコが団子を食べるのをなんとか止めようとする。

『いい加減にしてよ!スクナ!』

 しかしチュルヒコはスクナビコナへの〝反発〟をやめることはない。

『僕は死ぬほどお腹が減ってるんだよ!スクナだって腹ペコなはずだよ!』

 なおもチュルヒコはまくし立てる。

『僕はもうおばあさんに騙されたってなんだって団子を食べたいんだよ!僕には団子を食べたあと何が起こっても後悔しない自信があるからね!』

 団子を食べるという主張をあくまで変えようとしないチュルヒコに、もはやスクナビコナも何も言うことができなくなる。

「よーし、団子を腹いっぱい食べてやるぞー!」

 スクナビコナを黙らせたチュルヒコは誰にも気兼ねすることなく、猛烈な勢いで団子を食べ始める。

「…モグモグモグモグ、…あー、この団子、本当においしいよ!」

 チュルヒコは一匹の獣として猛然と団子を食べまくる。

「…モグモグモグモグ、…プハー、…おいしかった!」

 そしてあっという間に、自分の前の皿に大量に積み上げてあった団子を食べつくしてしまう。

『…ふう、でもまだまだ食べたりないや……!』

 自分の皿の上に乗っていた大量の団子を食べつくしても、チュルヒコはまだ満足していないと言い放つ。

『…あ、そう言えばまだスクナは団子を食べてなかったね……』

 チュルヒコはすぐ近くのスクナビコナの前にある団子の皿に目をつける。

『でも、確かスクナは団子を食べるつもりはないはずだから、別に僕が食べちゃっても問題ないよね!いただきまーす!』

 そう言うと、チュルヒコはスクナビコナに食べてもいいのか確認することもなく、またも猛然と本来スクナビコナの分だったはずの団子まで食べ始める。

『…モグモグモグモグ、…すごいよ、この団子。本当においしくて、本気で食べようと思えば無限に食べられそうな団子だよ!』

 チュルヒコは飽くことなく、団子を食って食って食いまくる。そしてついにはスクナビコナの皿の分をも完食してしまう。

『…プハー、食べた食べた。さすがに少しはお腹もいっぱいになってきたかな……』

 チュルヒコは満足げに腹をぽっこりと膨らませながら、仰向けになる。

「…とうとう食べちまったか…。これからいったい何が起こるのか……?」

 スクナビコナはこれからチュルヒコの身に何が起こるかを、戦々恐々としながら案じる。

『…え、何が起こるかって?そんなの何も……』

 そのときである。

『…わ、わわわわわ、なんだ、おかしいよ……!』

 チュルヒコが自分の体の異変を訴える。

「どうした、チュルヒコ!」

 スクナビコナは慌ててチュルヒコのそばに近寄ろうとする。

『…ア、アアアアアア…!…スクナ、助けて……!』

 その言葉を最後に、突然チュルヒコの体が大きくなり始める!

『…ヒヒーン!…あれ、どうしたんだ!…なんか、…なんかおかしいよ、これ!』

 チュルヒコは訳がわからず、周囲を見回してみる。しかしチュルヒコが見ることができるのは相変わらず同じ部屋の景色である。

「チュルヒコ!チュルヒコ!」

 スクナビコナはチュルヒコに大声で呼びかける。

『え、スクナ?どこにいるの?』

 チュルヒコは必死に辺りを見回してみる。しかし普段ならすぐに確認できるはずのスクナビコナの姿が、今に限ってはどこにも見当たらない。

「チュルヒコ、すぐ下だ!お前のすぐ下に僕はいるんだよ!」
『…えっ……?』

 チュルヒコは頭を下げて自分の下を見てみる。するとそこには飛び上がって両手を振りながら、自分がここにいることをアピールしているスクナビコナの姿が。

『…スクナ?なんでそんなにちっちゃくなっちゃったの?』

 チュルヒコは自分よりずいぶん〝小さい〟スクナビコナの姿に戸惑う。

「違う!僕が〝小さく〟なったんじゃない!お前が〝大きく〟なったんだ!」
『…えっ、…それって、…どういうこと……?』

 チュルヒコはいまだに自分の身に何が起こっているのかが理解できず、困惑しきりである。

「…いいか、チュルヒコ、落ち着いてよく聞けよ……」

 スクナビコナは努めて冷静に、チュルヒコに切り出す。

「お前はさっき突然体が巨大化した!それに今のお前はもうネズミの姿をしていない!馬の姿をしているんだ!」
『エッ!…な、なんで僕はそんなことになっちゃったの?』

 チュルヒコはスクナビコナに説明されても、本当の意味で自分の身に起きたことを理解することができない。

「…おそらく、お前はさっき団子を食べたせいで……」

 そのとき、隣の部屋からドスドス、という足音が聞こえる。

「やばい、誰か来る!」

 スクナビコナはとっさに囲炉裏の灰の中に飛び込む。
 その次の瞬間、ガラガラーッ、と木の戸が開き、老婆が部屋の中に入ってくる。

「…あれ?…馬が一匹しかいないねえ……?」

 老婆は一頭の馬を前に、首をひねりながら言う。その表情はすでに最初にスクナビコナたちを出迎えてくれたときのものではなく、昨晩一人で団子を作っていたときの醜悪なものに変わっている。

「…まあ、いいわ……」

」 そう言うと、老婆は持っていたくつわをチュルヒコの口にはめ、そのくつわの先についている綱を手で持つ。

「さあ、今日からお前はこの家の馬だ!この婆の言うことを聞くんだよ!」

 老婆はチュルヒコを怒鳴りつけると、手に持っている綱を強く引っ張る。
 しかしチュルヒコはヒヒーン、といななきながら暴れて、老婆に従うことを強く拒絶する。

「…クックックッ、どうやらまだ自分の置かれている立場がわかっていないみたいだねえ……」

 老婆は笑いながら、綱を持っていないほうの手に持っていた鞭を振り上げる。

「だったらこれから体に覚えさせてやるよ!」

 そう叫ぶと、老婆は鞭をチュルヒコの尻に振り下ろす。

『ヒヒーン!ヒヒーン!』

 鞭が体に当たるたびに、チュルヒコは悲痛な声で鳴く。部屋の中にはチュルヒコの鳴き声とともに、鞭がチュルヒコの体に当たるビチッ、ビチッという音が響き渡る。

「ハッハッハッハッ!少しはこの婆に逆らうとどうなるかわかったかい!」

 老婆は何度もチュルヒコを鞭で叩きながら、愉快そうに高笑いする。

「…ハアッ、ハアッ、…フンッ、少しはこの婆の言うことを聞く気になったかい……!」

 老婆はようやく鞭で馬を叩くのを止める。そして肩で息をしながら言い放つ。

「…さあ、とっとと行くよ!」

 そうしてすっかりおとなしくなったチュルヒコのくつわについた綱を無理やり引っ張ると、部屋から外へと出て行くのだった。
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