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嫁にまつわるエトセトラ最終話・ある日の過ごし方

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この日、久し振りに宝典と休日が重なった蒔は、前日、彼から
「明日、用事があるからあけておくように」
と、言われ玄関の扉の前で彼を待つ。
廊下を歩いてきた彼は紙袋に物をいくつか入れているようである。
「何か要るものが有るのか?
 ほら。
 持つから」
彼に手を差し出してみるが
「あ?
 あぁー…
 いや。これは俺が持つ」
珍しくためらう様子に蒔は違和感を感じる。
ーなんか大切な物でも入ってるのか?ー
特に気にするわけでもなくやり過ごした。


マンションの下には、呼んでいたのか車が待っている。
「乗って?」
基本、2人の移動は電車だ。
車を用意されるのは何か特別なことがある時だ。
蒔は宝典の顔を見て何か言いたそうにしているが、黙って車に乗り込んだ。

しばらくして、美しい庭園が有名な建物の前に車は停まった。
ここは、一般の人が手を出せるような場所ではない。
手入れが行き届いたその場所はよく雑誌でも取り上げられている。
勤務先の雑誌を休憩中にみているから蒔はいち早く気付いた。
「おいー…
 ここで何かあるのか?
 まず、俺たちのこの格好は駄目だろう?」
蒔が気にするのも無理はない。
それぐらい、格式の高い場所。
そしてそれを気付くだけの常識がある蒔を宝典は誇らしいと思う。
「事情は説明していて了承済みだ。
 はい。
 これつけて」
宝典に渡されたのは、サングラスとマスク。
眉間に皺を寄せて蒔は彼を睨む。
感情を悟られないようにしているようで蒔は従うしかなかった。

マスクとサングラス。
完璧に不審者の姿が2人。
宝典も一緒に同じ物をつけている。

建物に入るとエントランスに大きなクリスタルのオブジェ。
目の前でゆっくり見たいのだが、サングラス越しは残念だ。
オブジェを通り過ぎ奥のエレベーターに入る。
人が誰かいてもおかしくないのに、人はいない。
「ー・・・誰もいない」
蒔の声にサングラスの奥で宝典の目が和らいだ。
「ーそうだな」
最上階に上がりエレベーターの扉が開く。
!!!!!!!
「「「「お待ちしておりました」」」」
ブラックスーツにサングラスをした男性陣が4人。
蒔は、驚きでエレベーターの中から出ようとしない。
宝典は、クククと小さく笑いながら手をとり連れ出す。
「宜しくお願いします」
宝典は開始の合図のように言葉をかける。
「では、こちらをどうぞ」
今度は、アイマスク。
蒔は徹底した小細工に躍らされてる感じはあるが他人のいる前でゴネる訳にもいかず受け入れる。

手を引かれどこかに連れて行かれる。
宝典が準備したのだろうか?
されるがまま、言われるまま。
蒔は人形のように過ごすのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この日、出張帰りの朔と待ち合わせをして央は久し振りに人の多い駅にいる。
「央」
待ち合わせの場所で朔と合流し歩き出す。
まだ、早い時間で休みの日のせいか通勤時の混み具合ではなく、空いている。
朔は新幹線の切符を持っていて
「もうすぐ、出発です。
 急ぎましょう」
足早に向かう朔を央は行き先も知らずついていく。

ー・・央と朔はグリーン車に乗り込んで座っている。
「朔、どこに行くの?」
普通のスーツを着ているのに、モデルかどこかの王族のような気品のある容姿。
長い足を組んでネクタイを指で緩める姿も様になっている。
同棲して数年。
それでも、彼へのときめきは増すばかりだ。
まだ、ポーッとしている央を朔はみられているのにもかまわず、流している。
ネクタイを緩める仕草は央の気に入っている仕草のようでやめることはしない。

「ー央?
 あまり見ると、ここでキスをしますよ」
!!!!!
ハッと我に返り、言われた言葉を思い出し顔を真っ赤にする。
意地悪な事を言うところは学生の時から変わらず、央は拗ねてしまった。

目的地まではまだ時間がかかるようで、朔の土産を摘まんで食べている。
「よく、これを買えたね。
 僕ばかり食べるのは悪いから朔も一緒に食べる?」
家で癖になっているので朔の口元に持っていこうとして朔の手によって遮られる。
央は彼の目を見てどうするか伺う。
「央」
耳元で朔が何かを呟く。
うん。うん。と頷いていたが恥ずかしそうに周りをみる。
比較的空いている車内。
周りには誰もいないので、若干ホッとしたが素直にできるはずがない。
央は朔の口元に視線を向ける。
ーど・う・ぞー
口パクで言う朔を睨んで、央は持っていたジャケットを頭から被る。
そして、手でお土産をとり、その中に入れる。
央の身体が朔の方に向けて傾いた後、朔は服の上から押さえるように手で支える。
朔の顔もジャケットの中に入り、しばらくすると身体が離れていった。
頭のジャケットが央の膝の上に滑り落ちる。
唇は赤く色づき、濡れている。
瞳は涙で潤んで息が上がっている。
「もう少し、甘味を抑えてくれたら私も食べれるんですが・・・」
何もなかったように朔は、会話を続けていく。
唇についた餡が気になった央は、指で拭おうとした。
今度は自分で何をしようとしたか気づき、手を隠してしまう。
「唇にまだ付いてるよ。
 自分で取ってね!」
また朔に振り回されてしまったと思う。
反面、彼が出張に行っていたので寂しくなり、一刻も早く彼にふれたかった。
央は、その欲求を彼も同じ様に持っているのだと思うと嬉しい。
窓の方に向いて嬉しい顔を見られないように隠す央。
耳の赤さを本人が気付いてないのが可愛らしい。

窓を見ていた央は、自身も仕事で睡眠が足りてなかったようで、しばらくすると寝てしまっていた。



やはり都会は人の多さが違う!
央は朔の横で彼が調べ物をしているのを待っている。
朔がタブレットに向かって色々確認をしているようで邪魔しないようにいる。
ー朔は見てないけど、他の人が目を引く彼を無遠慮にみているー
あまりいい気分じゃないな…
央は自分の独占欲の大きさを改めて知り器の小さい男だ!と、自戒する。


朔が立ち上がって
「央、ちょっと寄るところがあります。
 一緒に行ってもらってもかまいませんか?」
央は頷き、その目的地まで向かうのだった。

少し歩いた所に、その建物があった。
見た瞬間に高級感が感じ取れる洗練された入り口に央は慌てる。
「朔!」
思わず彼の服をつかみ歩みを止めてしまった。
「僕は外で待ってるから・・」
央の言葉に
「あぁ…
 中でも待つことが出来ますよ。
 少し飲み物でも飲んでてください」
そう朔が言うので、疑うことなく彼について行く。
エントランスの輝き放つクリスタルの美しさを横目に眺め奥のエレベーターに乗る。

「朔はここによく来るの?」
最上階に向かう箱の中で央は尋ねる。
「いいえ。
 初めてですよ。
 さっきのきれいでしたね」
会話を続けようと央が言おうとした時に扉が開いた。
朔が出るので一緒に行こうとした央は、自分たちを待っているかのような人を見つける。
「「お待ちしておりました」」
黒いスーツにサングラスの男性2人。
体格が細身なので怖くはないが、異様な出迎えに央はたじろぐ。
「央、この人に連れて行ってもらってくださいね。
 では、また後で」
朔のいきなりの別行動宣言で央は慌てる。
だが、朔はもう己の用を済ませるためひとりのスーツの者について行く。
「では、ご案内します」
そう言われてついて行くしかない央だった。

「こちらにどうぞ」
そう言われて促されるのは入り口が暗幕を張られていておかしい。
「えっと…」
躊躇う央に
「中に入ってお待ちください」
そう言い残しスーツの男は立ち去って行ったのだった。

取り残された央は恐る恐る暗幕を抜けようと手を出す。
その瞬間!
グイッと身体を引っ張られた。
中に入って央は思わず、驚きの声をあげる!
「な!
 何?!
 えっ?!うわぁ! ちょっと! 何? 」
あれよあれよと騒ぐ央の服を脱がす男たち。
黒いスーツの男たちはみな、無言。
始めの慌てぶりはなくなり、なんとなく危険ではないことが分かり央は落ち着く。
ーー・・・落ち着いていいのか?
服を着替えさせられた央は、微妙な表情だ。
鏡を見せられうつる自分をみるが、この服はなぜか、自分にピッタリだ。
色も派手な物ではなく、どこか異国の正装のような印象を持つ。
でも、何故?
部屋には、耳にインカムをつけたままの男の人が扉の近くで央を見張るように立っている。

インカムに何か伝わったのか反応したあと
「お待たせしました」
扉が開けられ向かう方向に等間隔でスーツの男たちが立っている。
央が連れて行かれたのは、美しい庭園。
そこには、どう見ても結婚式のような長いロードを催した空間。
先には神父?
ん?
羅修さん!
「あら!
 素敵じゃない!」
後ろから声がして振り返ると母親がいる。
おしゃれに着飾って横には父がいる。
「全然?
 状況が分からないんだけどー・・・」
央が話そうとすると
「じゃ!
 お父さん!
 頑張ってね」
と、母親だけ羅修さんの近くの椅子に座る。
「央。
 父さんと腕を組もう」
父の声にやっと央は自分が当事者だと気付く。
「父さんー・・・」
央は腕を組み、父親の顔を見る。
「自分で選んだことだ。
 でも、人からの気持ちも大切にな」
そう言って前に足を出し歩き出す。

ゆっくり同じ歩幅で歩き羅修さんの前に行く。
「央。
 手を」
言われるまま手を出すと父はその手を羅修に渡す。
「お願いします」
父の言葉に胸をうつ!
これだと本当に・・・!
羅修さんの顔を見ると
「お受けします」
ーーーー
それから後ろを向くように言われる。
!!!!!!!
朔が自分の服にあわされるように作られた物を着ている。
どうしようー・・・カッコいいー・・・
横には、姪が手を繋いでいる!
羅修さんを振り返り見るとニコッと笑っている。
妹、音橙花がイタリアで羅修との子どもを産んで数年。
つい最近、2人を産んで復帰したと報じられてはいた。
まさか、日本に来ているとは・・・

朔と姪が央と羅修の所まで来て
「朔チャン!」
ー・・・朔チャン・・
横で座っている父たちが吹き出している。
朔を見ると照れている。
姪が父親である羅修に朔の手を渡す。
「よくできたね」
褒められ嬉しそうに笑う。

羅修が朔と央を向かい合うように言う。

央は、照れる朔と目を合わせる。
「今日はまだ、これだけではないんですよ」
羅修の言葉に振り返ると、兄の宝典がアイマスクで隠されている蒔に言葉をかけているところだった。
アイマスクをとり状況を知り驚いている。
宝典に腕を絡められ強引さが見える歩き方で央たちの近くにくる。
「揃ったな」
その声に4人が羅修を見る。
「私たちと言うより、私から彼女への恩返しです」
後ろに目を向ける羅修に気付き後ろをむくと音橙花が2人目の子を抱いて近づく。
「よく似合ってるわ」
そう言って抱いていた子を母親に渡す。
「どうぞ」
宝典にピローと指輪。
朔にも同じ様に渡す。
「神父業はよくわからないけど…
 ここにいる人たちはみんなあなたの支えになることを忘れないでください」

その言葉を受け朔は央に向かい言う。
「少しでもそばにいられる確信を。
 そして、これからのあなたを私にください」
朔は央の指に光る銀のリングを通す。
ー・・・ピッタリ!
朔を見ると
「寝ている時にはかるのがいいとお兄さんが教えてくれました」
もう一つのリングを央は手にとる。
自分より大きめ。
彼にも同じ指に通す。
これは、イロイロとダメだ!

リングを交換しあうときに気づいた。
お互いの袖の模様が繋がって見える。
そして朔の手が震えてたーー・・・
央はこみ上げてくるものがあった。
思わず朔に近寄る。
額を合わせて言葉を交わす。
「ありがとう」
朔も瞳に涙を溜めている。
央の肩をそっと抱きしめる。


後ろから拍手をする音が聞こえる!
振り向くと、先ほどの黒いスーツの男性陣。
朔と央が同時に聞く。
「?誰?」

「蒔」
横で宝典が呼ぶ。
蒔はもう涙がこぼれ落ちていた。
震える彼を抱きしめる宝典。
「もう!
 心臓に悪いー!」
宝典は笑いながら
「まぁ。
 驚くだろうな」
そう話しながら蒔の指にリングを重ねる。
「もう、貰ってるよ」
蒔の問いに
「これは、まぁ。
 これで完成かな」

蒔は彼の指輪を見て気付く。
二人の誕生石が小さく並んでいる。
しかも、裏側に。
まさか!
後ろに目を向けると黒いスーツの男性陣がサングラスをとっている!
蒔は緩みきった涙腺を再び溢れさせた。

後ろの人たちーー・・・
蒔の上司と宝典の上司。
そして指輪を作ってくれた宝典の大学時代の友人。
「ほら」
指輪を通すように促される。
言葉は出せず、うん…うんと頷くだけの蒔。

「泣き虫だな・・・」
宝典は近寄り指で涙を拭う。
様子を見ていた羅修が声をかける。
「私の弟をどうぞ、よろしくお願いします」
羅修は藤咲家の両親に頭を下げる。
「羅修さん、あなたも私たちの息子よ。
 いつでも甘えていいのよ」
母親の言葉に胸が熱くなる。
音橙花がそばに行き
「さぁ!
 あとは、協力してもらうわよ!」
その声の意味を知るのはしばらく後だった。
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