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5第三話
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第三話。
初恋。
桜の花びらが舞う校庭の一角にある、大きな図書館。
あまり使われることのないこの場所は、俺の息抜きの場所だった。
生徒会長という堅苦しい役職、周囲の期待、教師からの信頼に応える身には、わずかでも、一人の時間を持ちたかった。
幼い頃から、俺の周りには本が溢れていた。
病気がちだった幼少、外で遊ぶことを禁じられた俺を不憫に思った親は、たくさんの本を俺に与えた。
絵本、写真集、物語…いろいろなジャンルの物をその年代に読まれる物をできる限り集めてくれた。
文字に興味を持つことも、他の子どもより早かったのも、その影響だろう。
外出することのできない俺は、本の世界で見たことのない物を想像して過ごしていた。
成長する過程で、病気がちだった身体も、少しずつ他の子どもと同じことができるようになり、俺の世界は広がった。
けれど、油断をすればすぐに熱が出たし、体力はあまりなかった。
図書館に行くことも、休息をとることに繋がる。
擦切った精神を解すのも、この場所だった。
紙の独特の匂い、木の机。
本棚の並ぶ壁を見て、これほど安心を得るのは、たぶん自分ぐらいだろう。
他の生徒は、校舎から離れたこの場所には、あまり近づかない。
でも、利用しないというわけではなかった。
「あ、先輩」
本を読んでしばらくして、俺を呼ぶ声がする。
まだ、成長過程なのか、かすれた声だが、彼の声は、心地いい。
姿を現したのは、一年後輩の麗一だった。
俺の姿を見つけた彼は、いつも声をかけてくれる。
それが、俺は嬉しい。
役職のせいか、必要以上に人は近づいてこず、周りは生徒会の役員で囲まれていて、親しい友人と呼べる人がいない。
だから、この何気ないやり取りがとても新鮮で、密かに俺の楽しみなっていた。
麗一は、優秀だ。
新学年が始まり、たった一年過ごしただけで、彼は全生徒の憧れの的となった。
まだ、進級したばかりだというのに俺が卒業すると、彼が次期生徒会会長になることは、もう決定している。
明るい性格は多くの人を虜にし、彼の周りには、いつも人が溢れている。
噂では、校内にも校外にもファンクラブが出来ているというぐらい人気がある。
けれど、俺のいるこの場所に、彼はいつも一人で来る。
それは、俺への配慮をしてくれているらしい。
「あぁ、先輩…
もしかして、体調が良くない?」
近づいて俺の顔を見て、彼はすぐに、俺の状況に気付いた。
―!
どうして、彼は気づくのだろう。
朝からの怠さを押して、今日は生徒会の書類の提出期限のため、登校してきた。
けれど、昼食を迎えるころには、熱も出始めたようで、俺は気づかれないように図書室に逃げ込んだ。
ボウッとするので、持ってきた昼食も手を付けずにただ、椅子に座って過ごしていた。
日陰にいると、流れてくる風が心地いい。
近づいてきて、額に手を当ててくる。
―冷たい。
彼の手は、大きくて、俺のように子どものようではない。
目を閉じて、その額の冷たさに浸る。
「…熱がありますね。
薬は?」
―!!
俺は、身体をビクつかせた。
「一応、ある。
けど…」
それ以上、恥ずかしくて俺は口を閉ざしてしまう。
熱を下げる薬は、持っている。
けれど、それは、錠剤なのだ。
俺は、粉薬しか飲むことができない。
何度も練習をしている。
錠剤の異物感がどうしても、喉に感じていつも苦戦しているのだ。
それを知られるのが、なんだか、恥ずかしくて俺は、言えなかった。
だけど、目の前の麗一は、俺の言葉の続きが気になるようだ。
顔を近くに寄せて聞いてくる。
「薬は、どこですか?」
周囲にあるのは、昼食だけ。
俺は、動かない頭で、誤魔化すように答える。
「大丈夫、自分で飲めるから…」
俺の言葉を聞いて、じっと見つめる。
「そう言って、この前、結局、飲まなかったですよね。
俺がいたから、あの時、怪我しなかったんですよ」
…
彼の言っていることは、間違いない。
流石に、逃がしてくれそうにない彼の雰囲気に、俺は諦める。
「粉薬だと飲めるんだけど…」
そう言いながら、俺は、制服のポケットから薬を取り出す。
彼の前に見せたのは、錠剤。
こんな年齢で、苦手だと知られたら、笑われるかもしれない。
俺の微かな心配は、彼の言葉で吹き飛んでいった。
「薬の苦手な人は、多いですよ。
先輩は、錠剤が苦手なんですね。
俺は、逆です。
粉が、飲めません」
笑いながら言う彼を見て、俺も顔を緩めてしまった。
―そうだったんだ。
「だから、薬を飲みたい…けど…無理…」
困った顔をして、気持ちを分かってもらおうとする。
けれど、彼は許してくれない。
「じゃぁ、俺が手伝います」
そう言って、彼は、錠剤を手に取る。
「念のため、効き過ぎたら怖いので、量を少なくしておきましょう」
そう言って、彼は綺麗な紙を取り出し、薬を挟んで潰す。
がりがりと音が鳴る。
「本当は、こんなことをしては、いけないんですよ。
錠剤は、錠剤のまま。粉は粉のまま。
薬の効き方が違うらしいんです。
だけど、今日は、特別です」
指を唇に当ててヒミツを知らせるサインをする。
頷き、薬の様子を見る。
すると、だいぶ細かい物になっていた。
「これは、どうですか?」
そう言って渡してくれた薬は、飲めそうだ。
「嬉しい…ありがとう」
助かったという気持ちと、俺の好みに合わせてくれたことに、嬉しさが湧きおこる。
笑顔を見せると顔を赤くする。
―?
渡された物を飲もうとするけれど、熱が上がってきていて、手元が変だ。
ペットボトルの蓋もあけれない。
「‥あれ?力が、入らない…」
それを見た麗一は、
「先輩、ごめん」
―!?
そう言って、ペットボトルを奪い、飲み物を口に含んだと思ったら、粉薬を口の中に入れた。
―!!!
「あっー!?んん!!」
俺の口には、いつの間にか、麗一の唇があり、彼の舌が俺の唇をノックする。
トクトクとゆっくり流し込まれる液体を、俺は、ただ、驚きで飲み込んでしまった。
ボウッとする頭で、彼を見る。
少し、困った顔の彼は、俺を抱きしめる。
「…先輩、ごめんね。
体調が悪そうだから、早くよくなってもらいたくて…」
そう言いながら、彼は、俺の頭を撫でてくる。
それが、心地よくて、身体の力を抜いてしまう。
「…薬はのめた…けど、…キス…初めてだったのに…」
話を続けたいのに、薬と熱と、心地よい安心感。
眠気が一気に襲ってくる。
「え?!先輩、初めてだったの?!
嬉しい…だって…俺、先輩のことが…先輩?」
彼に名前を呼ばれながら、何か嬉しいことを言われたように思う。
けれど、それを聴けたのは、起きてからのことだった。
初恋。
桜の花びらが舞う校庭の一角にある、大きな図書館。
あまり使われることのないこの場所は、俺の息抜きの場所だった。
生徒会長という堅苦しい役職、周囲の期待、教師からの信頼に応える身には、わずかでも、一人の時間を持ちたかった。
幼い頃から、俺の周りには本が溢れていた。
病気がちだった幼少、外で遊ぶことを禁じられた俺を不憫に思った親は、たくさんの本を俺に与えた。
絵本、写真集、物語…いろいろなジャンルの物をその年代に読まれる物をできる限り集めてくれた。
文字に興味を持つことも、他の子どもより早かったのも、その影響だろう。
外出することのできない俺は、本の世界で見たことのない物を想像して過ごしていた。
成長する過程で、病気がちだった身体も、少しずつ他の子どもと同じことができるようになり、俺の世界は広がった。
けれど、油断をすればすぐに熱が出たし、体力はあまりなかった。
図書館に行くことも、休息をとることに繋がる。
擦切った精神を解すのも、この場所だった。
紙の独特の匂い、木の机。
本棚の並ぶ壁を見て、これほど安心を得るのは、たぶん自分ぐらいだろう。
他の生徒は、校舎から離れたこの場所には、あまり近づかない。
でも、利用しないというわけではなかった。
「あ、先輩」
本を読んでしばらくして、俺を呼ぶ声がする。
まだ、成長過程なのか、かすれた声だが、彼の声は、心地いい。
姿を現したのは、一年後輩の麗一だった。
俺の姿を見つけた彼は、いつも声をかけてくれる。
それが、俺は嬉しい。
役職のせいか、必要以上に人は近づいてこず、周りは生徒会の役員で囲まれていて、親しい友人と呼べる人がいない。
だから、この何気ないやり取りがとても新鮮で、密かに俺の楽しみなっていた。
麗一は、優秀だ。
新学年が始まり、たった一年過ごしただけで、彼は全生徒の憧れの的となった。
まだ、進級したばかりだというのに俺が卒業すると、彼が次期生徒会会長になることは、もう決定している。
明るい性格は多くの人を虜にし、彼の周りには、いつも人が溢れている。
噂では、校内にも校外にもファンクラブが出来ているというぐらい人気がある。
けれど、俺のいるこの場所に、彼はいつも一人で来る。
それは、俺への配慮をしてくれているらしい。
「あぁ、先輩…
もしかして、体調が良くない?」
近づいて俺の顔を見て、彼はすぐに、俺の状況に気付いた。
―!
どうして、彼は気づくのだろう。
朝からの怠さを押して、今日は生徒会の書類の提出期限のため、登校してきた。
けれど、昼食を迎えるころには、熱も出始めたようで、俺は気づかれないように図書室に逃げ込んだ。
ボウッとするので、持ってきた昼食も手を付けずにただ、椅子に座って過ごしていた。
日陰にいると、流れてくる風が心地いい。
近づいてきて、額に手を当ててくる。
―冷たい。
彼の手は、大きくて、俺のように子どものようではない。
目を閉じて、その額の冷たさに浸る。
「…熱がありますね。
薬は?」
―!!
俺は、身体をビクつかせた。
「一応、ある。
けど…」
それ以上、恥ずかしくて俺は口を閉ざしてしまう。
熱を下げる薬は、持っている。
けれど、それは、錠剤なのだ。
俺は、粉薬しか飲むことができない。
何度も練習をしている。
錠剤の異物感がどうしても、喉に感じていつも苦戦しているのだ。
それを知られるのが、なんだか、恥ずかしくて俺は、言えなかった。
だけど、目の前の麗一は、俺の言葉の続きが気になるようだ。
顔を近くに寄せて聞いてくる。
「薬は、どこですか?」
周囲にあるのは、昼食だけ。
俺は、動かない頭で、誤魔化すように答える。
「大丈夫、自分で飲めるから…」
俺の言葉を聞いて、じっと見つめる。
「そう言って、この前、結局、飲まなかったですよね。
俺がいたから、あの時、怪我しなかったんですよ」
…
彼の言っていることは、間違いない。
流石に、逃がしてくれそうにない彼の雰囲気に、俺は諦める。
「粉薬だと飲めるんだけど…」
そう言いながら、俺は、制服のポケットから薬を取り出す。
彼の前に見せたのは、錠剤。
こんな年齢で、苦手だと知られたら、笑われるかもしれない。
俺の微かな心配は、彼の言葉で吹き飛んでいった。
「薬の苦手な人は、多いですよ。
先輩は、錠剤が苦手なんですね。
俺は、逆です。
粉が、飲めません」
笑いながら言う彼を見て、俺も顔を緩めてしまった。
―そうだったんだ。
「だから、薬を飲みたい…けど…無理…」
困った顔をして、気持ちを分かってもらおうとする。
けれど、彼は許してくれない。
「じゃぁ、俺が手伝います」
そう言って、彼は、錠剤を手に取る。
「念のため、効き過ぎたら怖いので、量を少なくしておきましょう」
そう言って、彼は綺麗な紙を取り出し、薬を挟んで潰す。
がりがりと音が鳴る。
「本当は、こんなことをしては、いけないんですよ。
錠剤は、錠剤のまま。粉は粉のまま。
薬の効き方が違うらしいんです。
だけど、今日は、特別です」
指を唇に当ててヒミツを知らせるサインをする。
頷き、薬の様子を見る。
すると、だいぶ細かい物になっていた。
「これは、どうですか?」
そう言って渡してくれた薬は、飲めそうだ。
「嬉しい…ありがとう」
助かったという気持ちと、俺の好みに合わせてくれたことに、嬉しさが湧きおこる。
笑顔を見せると顔を赤くする。
―?
渡された物を飲もうとするけれど、熱が上がってきていて、手元が変だ。
ペットボトルの蓋もあけれない。
「‥あれ?力が、入らない…」
それを見た麗一は、
「先輩、ごめん」
―!?
そう言って、ペットボトルを奪い、飲み物を口に含んだと思ったら、粉薬を口の中に入れた。
―!!!
「あっー!?んん!!」
俺の口には、いつの間にか、麗一の唇があり、彼の舌が俺の唇をノックする。
トクトクとゆっくり流し込まれる液体を、俺は、ただ、驚きで飲み込んでしまった。
ボウッとする頭で、彼を見る。
少し、困った顔の彼は、俺を抱きしめる。
「…先輩、ごめんね。
体調が悪そうだから、早くよくなってもらいたくて…」
そう言いながら、彼は、俺の頭を撫でてくる。
それが、心地よくて、身体の力を抜いてしまう。
「…薬はのめた…けど、…キス…初めてだったのに…」
話を続けたいのに、薬と熱と、心地よい安心感。
眠気が一気に襲ってくる。
「え?!先輩、初めてだったの?!
嬉しい…だって…俺、先輩のことが…先輩?」
彼に名前を呼ばれながら、何か嬉しいことを言われたように思う。
けれど、それを聴けたのは、起きてからのことだった。
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