不器用な恋の実り方

香野ジャスミン

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6第四話

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第四話。
「失った恋とそのあと」

「これ、招待状。もちろん、来てくれるよな」
笑顔で言われて断れる人はいないだろう。

お互い自分の気持ちを告げないというスタンスで暮らし始めて3年。
上司と部下として出会った俺たちは、すぐに同棲を始めた。
秘めた恋。
外では上司と部下。
元々、プライドが高い人だと思っていた。
自分の事を少しでもいい印象を与えたくて、誇張する傾向にあるとも知っていた。
けれど、惹かれた気持ちは、否めない。
直属を外れたけれど、その関係は変わりなく続いていた。

数か月前から帰りが遅くなり、そして、徐々に物がなくなっていった。
過ぎる不安。
けれど、俺は何も言えないでいた。

社内で、結婚の噂を耳にした時、腑に落ちた。
―そうか、捨てられるんだ。
相変わらず、一緒に居る時、触れてきたあの手も、他の人を触ったものだった。
俺だけだと思った。
なのに、平気な顔で話しかけてくる。
期限は近づいてくる。
そう心のどこかで思っていた。

残業で帰宅が遅くなった日。
家のドアを開けると、女性の靴。
そしてあなたの靴。

とうとう、この日が来たと思った。
渡された招待状…
この家に住んでいるのは、あなたと俺。
なのに、こんな別れの切り出し方は、あんまりだ。

「まぁ、そういうことだから、出て行ってね」

住む場所を同時に失うのは、正直、きつい。
けれど、あの部屋にはいることができない。
「‥わかりました。
 近々、業者を用意します」
悪あがきすらしない俺を、あなたはなんて思うのだろう。

一人が耐えきれず、夜の街を彷徨った。
気が付けば、繁華街の裏。
仲間と呼べる人がいる場所に来ることは初めてだ。
でも、今日は、違う。
一人にしないで欲しい。
あの人しか知らない身体。
あの人しか知らない心。
それが、今はどうしようもなく嫌だった。

グイっと身体を引っ張られる。
「-専務…」
目の前にいるのは、会社の専務をしている新庄 麗一。
他社で経験を積み、この度、専務として我が社に来た敏腕専務。
俺は、この人の秘書としてついている。
全く経験のなかった俺があの人の元から離れ、秘書をすることになったのは一年前。
秘書の資格を持っている者は俺だけではない。
畑違いの異動に戸惑いを感じた。
あの人の応援で、仕事に慣れようと必死になって、気が付けば離れていった。
専務は、俺とあの人の事を、知っていた。
「はやく別れろ」「あんな奴はやめておけ」
何度も、言われたが、ずるずると今日まで来ていた。
泣きそうな俺を見て、専務がため息をつく。
「ほら…
 だから、傷つく前に、別れろって言っただろう」
そう言って抱き寄せられる。
上質なスーツを汚してしまいそうで、俺は彼から離れようとする。
けれど、彼は許してくれない。
「もしかして、自棄になっていたのか?」
辺りを見まわしてそういう店が並んでいることに気付いたのだろう。
声に少し怒りを感じる。
応えれない俺を見て、スマホを取り出し、どこかに電話をする。
「とりあえず、俺のマンションに行こう」
呼ばれた車に乗り込み、彼のマンションまで行く。
そこは、一人で暮らすには広すぎる場所だった。
俺の住んでいた部屋を全部入れても広い。

渡されたホットワインをチビチビと飲む。

「今日、残業を終えて帰ったら、あの人と女性がいました。
 笑顔で招待状を渡してきて、断れなくて…

 あの人は平気な顔で言ったんです。
 『出ていけ』って。
 元は、俺が借りていた場所なのに…
 だけど、あの人と俺の部屋に、他の人がいることが許せなくて…
 分かったと返事して、勢いで出てきて…
 
 なんだか、あの人だけを知っている身体も、あの人だけを考える自分も嫌で…
 今だけでもって…」
専務が怒ってくれる。
「…こらこら。
 もっと自分を大切にしなさい」
手に持っているワイン入りのマグを取り上げられる。
専務が、優しい顔で笑う。
「間に合ってよかった。
 電話をしたんだ。
 そうしたら、あの人が出た。
 『家を飛び出した』って聞いて、もしかしてって思った」
ー!
あそこにいたのは、俺を探してくれたから?
そう思ったら、俺は、どうしてそこまでするのかと考えた。
「はぁ…
 明らかに口説いていたのに、気付いてないんだからな…
 一途なのはいいんだけど…。
 本当は、弱っているところをつけ入れるのはあまり好きじゃない。
 だけど、今だけは違う。
 お前の手を今、手放すことはできない。

 …なぁ、あの人の事を考えれないようにしてやろうか?」
顎を持ち上げられ唇をなぞられる。
かけている眼鏡を外されている―と思ったら、唇に柔らかい物が触れる。
啄むことしかしない彼を、じれったく思った俺は、少し唇を開けて招きいれた。
熱い舌が追いかける。
俺の知っているキスは、こんなに情熱を持っていない。
激しく、そして気持ちがいい。
いつの間にか、服は開けてその先の行為を想像させる。
―!!
胸に広がる切ない想い。
あの人は、俺以外を見ていた。
溢れてくる涙。
男なのに、こんなことで泣いてしまうなんて…

想い出して泣いている俺を、専務は優しくしてくれる。
なんども俺の意志を確かめる。
「寂しかったな」「苦しかったな」「俺を見ていろ」
優しい言葉で俺の尖った心の中を丸くしていく。
あの人だけだった身体も、専務は、それでもいいという。
あの人を思い出す心を、それでも待つという。
―!?
「お前、いつから…」
俺の身体は、しばらく開いていなかった。
何度かあの人は試みたけど、身体は心以上に、繊細だ。
だから、開くには時間がかかる。
それでも、専務は俺を大切に扱ってくれた。
何度も名前を呼んで、何度も想いを唱えてくれる。

情事の後、気だるいけれど俺は、帰ろうとした。
けれど、彼は許さない。
「このまま、引っ越してこい」
もう、その時には、俺の中にはあの人は、過去へと歩いて行っていた。
「このままじゃ、すっきりしないからな」
そう言って、専務は色々と電話を掛ける。
「専務…」
彼は、俺を抱き寄せて
「麗一って呼べ。
 それとも、ベッドの中、限定か?」
カァっと顔が熱くなる。
「それじゃぁ、仕事の時以外は、麗一と呼ばせてもらいます」
仕事モードで表情を固めるように返した言葉で、嬉しそうにしている麗一。

あの場所に戻る俺の傍には麗一がいる。

部屋に戻ると、あの人と女性は、一緒にいた。
まだ、朝、早い時間。
それでも、麗一はずかずかと入っていく。
引き連れたスタッフで俺の荷物を運び出す。
「いきなり何?」「何を勝手に!!」
騒ぎ立てるあの人。女性も騒いでいたけれど、麗一の姿を見て、一気に態度を変えていた。
部屋にある物のほとんどは、俺の物だ。
「これは、一式処分してください。
 これとこれ、あ、あとこれもお願いします」
次々と運び出される家電。
もちろん、ベッドは数分前まで彼らがいたものだ。
これは、処分だ。
あっという間。
スゴイ。
30分後には、賃貸契約をあの人名義に変更した。
もちろん、光熱費とか郵便物などの細かい手続きもいつの間にか終わっていた。
「これで、完了だな」
あれだけ生活していた部屋も、加湿器のみ置かれた部屋は、見慣れない。
「ちょっと、どういうことよ!!」
女性が、あの人に詰め寄っている。
もう、関係ないので、帰らせてもらう。
「先輩、今度こそ、お幸せに」
俺の最大限の嫌味。
それぐらい言っても、いいと麗一も言ってくれる。
部屋の中からは、言い争っている声がする。
それを聞きながら、麗一と目が合い、笑顔がこぼれた。


麗一のマンションに戻り、空いている部屋に荷物を置かせてもらう。
あの部屋に収まった物は、ここだと、ガラクタに見える。
俺は、じっと運ばれた荷物を見て、考えた。
「すみません、今からいう物を処分してください。
 テレビ、洗濯機、掃除機、炊飯器…」
横で聞いていた麗一が慌てる。
「オイ、何も全部処分しなくても…」
俺は首を横に振る。
「全部、俺が買いましたけど、選んだのはあの人です」
―!!
住んでいた場所も、物も俺が負担していた。
「付き合いは色々と大変だ」
それを言われると、どうすることもできない。
気付けば、俺が当たり前のように負担していた。
「はぁ…
 お前さ、クズだと思わないか?」
麗一の言葉に、苦笑いをしてしまう。
「ハハ‥思います。
 恋は盲目とは、うまいことを言いますね」
この言葉で、麗一は気づくだろう。
「これで…始めれます」
麗一が、俺を見る。

恋を失った日、俺は、新しい恋をしった。
強引で、優しくて、でも、大切にしてくれるその人は、いつも傍にいてくれた。
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