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「あっ・・・!!
 あの、鈴宮さん、怪我は・・・」
自分のとった行動で、彼が傷ついたのだ。
一瞬、拓人と目を合わせた鈴宮が
「細かい破片を取り出すのに、時間はかかりましたが、心配はいらない」
そう言いながら、鈴宮は持っているタオルを二人に渡す。
「予想はしていたが、酷いありさまだな。
 時間がかかるが用意する。
 拓人、まだ残っているぞ」

話を聞きながら髪の水気をとっていた翼は、じっと鈴宮を見る。
一瞬、ニヤリと笑われたように思う。
口の端が少し上に上がる。
「鮫島は、しつこいぐらいに、口を狙っていた」
―!!!
そう言われて、翼がタオルで思いっきり口元を拭こうとする。
ガシッと手首を掴まれる。
腕を怪我している人間とは思えないほど、力が強い。
「・・えっ・・ちょっ・・とっ!?」
嫌だ・・思い出させたのが悪い・・
目の前にいる鈴宮を睨みつける。
その視線も、気にならないように鈴宮が言葉を付け足す。
「拓人、消毒」
!?
何?
戸惑う翼を置き去りにするように、拓人が翼の前に座る。

翼は、座って向き合う拓人を見て、その後、鈴宮を見る。
「え・・っと・・・」
翼は、感じ取る。
これは、絶対に、逃げれない・・
気付けば、身体が勝手に後ろの方に下がっていく。

でも・・・誰かのために、守るようにしてきた唇も、今は・・・
思い出しただけでも、悔しくなる・・・
唇を噛みしめ、涙を堪えていく翼を見て、手首を掴んでいた鈴宮が動く。
パッと手を離し
「やべっ・・
 いじめすぎた。
 ま、俺の言ったことを守らなかったお前が悪い」
そう言って、翼の頭をポンポンと大きな掌が重なる。
鈴宮は二人の着替えを取りに部屋を出る。

拓人を目の前にした翼は、居心地が悪い。
「鮫島には、どこを触られたの?」
拓人の問いに、
「・・・思い出したくない・・・」
首を振って顔を歪める。
濡れた院内着が冷たくなる。
ブルっと寒気が襲う。
―まだ・・・身体が治ってないか・・・
その様子を見逃さなかった拓人は、翼の着ている濡れた院内着に手をかける。
「いやっ」
―!!!
そう言って、思わず、翼は拓人の手を叩くように振り払う。
自分でも、身体が勝手に動いてしまい、後悔する。
しかし、とってしまった行動を取り消すこともできずに、気まずく弁解する。
「ごめんなさい。
 あの・・・
 見られたくないんで・・・」
拓人は聞こえるようにため息をつく。
「まだ、体調が悪んだから濡れた物を脱いで」
そう言われても、見られたくない。
中途半端な体など、見せれるわけがない。
服を手でがっしりと掴んで抵抗する。
拓人は諦めて、病室を見る。
シーツを剥がし、翼に差し出す。
「濡れた物よりはいいだろう。
 見ないから、これを身体に巻きなさい」
そう言って、拓人は揺れたまま扉の前で、背を向ける。
「着替えれたら声をかけるように・・」
その声で、翼は動く。

拓人も濡れているのだ。それなのに、そのままでは風邪をひいてしまう。
濡れた衣類を脱ぎ、渡されたシーツを身体に巻く。
それでも、不安でベッドの上に置いてある枕を抱きしめる。
「着替えました」
拓人に声をかけると、ベッドの上にいる翼を見て、笑う。
「それだと、まだ寒いだろう・・・」
そう言って、翼の足元で山になっている布団を掛けようとする。
「先輩っ!待って・・・ぁっ!」
その布団は、拓人が使うようにと言おうとした。
思わず、名前を言わずに頭の中の言葉が出てしまった。


拓人が嬉しそうに
「先輩って言った」
その嬉しそうな様子が、なんだか気に入らない翼。
「・・・言ってません」
小さい声で言っても、意味はない。
腕の中の枕を、強く抱きしめる。
翼のいるベッドの近くに来て、まだクスクスと笑っている。
目を閉じて、その反対を向く翼。
「翼」
すぐ傍に拓人がいる。
手を伸ばせば触れれる距離。

ゆっくりと振り向けば、優しい目元と、あう。
「消毒、しような?」
そう言って、拓人は身体を乗り出し翼の唇に自分の唇を合わせようと顔を傾ける。
―・・・どうしよう・・キス、だよね・・・でも、消毒って・・
 どっち?キス?消毒??!?!?
急激な緊張が翼を包み、肩を上げて迫ってくる拓人を待つ。
でも、身体は、徐々にベッドに倒れていく。
逃げてしまう・・・
だって・・したことがない・・・

もう、見ていられないっ!
そう思ったら、目をギュッと閉じてしまった。


―・・・何もこない・・・
そう思って、目を恐る恐る開く。
じっと、その様子を見ている拓人と目が合う。
―近い・・・
「キスは・・・初めて?」
もはや、拓人が覆いかぶさり、その様子を翼は見上げている。
拓人の問いに、
「・・・はい」
鮫島に対する悔しさを思い出す。
止まっていた涙がじわりとあふれてくる。
我慢をしようと大きく息を吸う。
唇をきつく締めようとするが、息が零れる。
「あれは、アクシデントだ。
 翼の気持ちを考えずにするのは、キスではない。
 ・・・それは、わかる?」
目を合わせたまま、言い聞かせるように優しく諭す。
「・・・うん」
拓人が、合わせていた視線をずらし、翼の唇を見る。
徐々に近づく拓人に翼も受け入れようと彼の唇を見つめる。
「キスは、これが初めてだ・・」
そう言って、拓人はゆっくりと唇を合わせる。
合わさった場所が、唇の山の部分だけではなく、全体に広がっていく。
これが、キス ―・・・
唇を伝って拓人の体温が感じられる。
自分の呼吸が出来ているのかわからなくなるぐらい。
この瞬間が長く感じれる―・・・・
隙間ができるのを嫌うかのように翼も拓人の唇をゆっくりと追いかけていく。
唇の柔らかを確かめる様な子どものキス。
まるで、あの頃できなかったキスを今、しているようだ。
目を閉じ、その夢をみているような幸福な時間は、どんな物よりも価値があり、そして翼の宝物となった。

翼は、ゆっくりと離れていく拓人に気付き、閉じていた目を開き、唇を目で追う。
―・・・いや・・・行かないで・・・
キスをされて穏やかな温もりに安心したのか・・・
枕を抱きしめていた腕は力を失い、少しずつずれ落ちていく。
力の抜けた状態の翼は、ボウッとする頭が痺れるような感覚になった。
そのまま、ゆらゆらと意識を落としていくのであった
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