昇華混じりの雪柳 淡い恋の白い肌

香野ジャスミン

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コンコン
部屋の扉が鳴り、静かに入ってきた鈴宮は、ベッドの上の翼を見る。
その横で、じっと彼を見下ろしている拓人に近付き、声をかける。
「少しは、落ち着いたか?」
着替えの入った紙袋を渡し、もうひとつの紙袋を病室に備えられている棚に片付ける。
「それは?」
拓人の問いに、
「大体の下着のサイズ、あと、ここを出る時の服を用意した。
 一応、洋服にしたんだがいいか?」
相変わらず、鈴宮の仕事の速さは助かる。
「院内着も一応、用意したが、浴衣の方がいいか?」
拓人は笑いを堪えながら
「くくくっ・・・
 ありがとう。助かる。
 どちらも置いておいて」
その様子を見て、表情を変えず、ただ眉間に皺を寄せる。
チラリと拓人を見て、
「お前も早く着替えてこい。
 皺だらけの濡れネズミは見苦しい」
その言葉を聞き、拓人も着替え始める。
「・・・どうだった?
 あぁ。いや・・・」
いつもの様子と違い、少しぎこちない。
拓人は、その意味を知ろうと鈴宮の表情を見る。
「・・・どうした?」
拓人の問いに、
「雪柳・・・かわいいな」
―・・・・
その瞬間、拓人は明らかにその言葉に噛みついた。
「ダメだ」
ただ、かわいいと言っただけなのに、その余裕の無さに鈴宮が笑う。
「誰も、邪魔はしない・・・
 ただ、守りたいと思う」
その想いは受け止める。
「しばらくは、翼の傍についていてほしい。
 俺は、お爺様に事情を話してくる」
そう言って、拓人は荷物を纏めて部屋を出ていった。

病室の中からナースコールを鳴らす。
そして、翼に用意していた浴衣を着せるように頼む。
特別室となっているこの部屋には、専属のスタッフが付いていた。
前の連れ去りは、ある意味、罠だ。
本来、この病院の特別室から人間を連れ去ることなどできない。
体調の悪い翼を振り回すのは、正直、良心が痛んだ。
当然だ。
無表情の鈴宮にも感情はある。
だが、鮫島の膿を出しきるには、仕方がなかった。

着替えが終わったと言われ、中に入る。
水を浴びたせいで熱もあがり始めているとのことで、様子を見る。
念のために、モニターをつけておくとのこと。

ここ数日の慌しさが、この部屋に入ると忘れる。
まだ、世間では鮫島のことで騒がれている。
マスコミには、雪柳に関わることは報道規制をかけている。
今は、この部屋から外へは出られない。
それでいい。
弱った体には、弱った心が付いて回る。
鮫島の所で、命を絶とうと2度も実行に起こしたのだ。
危なすぎる。
それも仕方がないのだろう・・・
生きるための全てだったものを失われたのだ。

ベッドに近寄り、翼の様子を見る。
熱のせいか、汗を掻いている。
不快な様子で寝ているので拭いてやると、安心したように眠る翼。

花街にいるというから、色子でも男なのだと思った。
ただ、拓人や祖父から話を聞いて、異常なことだと思った。
鮫島の元で、事実関係を確認した。
なぜ、この子がこんな仕打ちを受けなければならないのかわからなかった。
ただ、母親の元に生まれてきた、それだけで。
不憫に思った。
正直、この子をここまで一人にしていた拓人に腹が立った。
もし、誰も胸の中にいないのなら、守り抜きたいとさえ思った。
悲しませるつもりはない。
自分の願望だけで奪うのは簡単だ。
それを実行したのが、鮫島だ。

この子が心の中に不安など一つもなく、笑えるようになる事。
それをこれから、傍でみていよう。
まずは、自分自身と見つめてもらわなければならない試練が待っている。
予測される絶望・・・その時、この子は、どんな風に選択していくのだろう。
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