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アップデート要因5

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ヨシキの玄関の前で一呼吸した僕は、扉の横についている押しボタンに指をゆっくりと置いたのだった。



「あ、姫、いらっしゃい」

「お邪魔します」

姫と呼ばれることに違和感があるけれど、この時の僕はまだ、なんとも感じることはなかった。

「お、俺、こんな風に誰かと付き合ったことがないから…緊張する…」

僕はヨシキに指摘されたようにいくつか気を付けて発言するようにした。

名前はもちろんだけど、自分の事を僕と呼ぶことは禁止された。

「なに?姫緊張してるの?どれ?」

―!?

「うわ!!」

ドサッとしりもちをついてしまった。

だって、ヨシキが僕の胸に手を置いてきたんだから。

「ハハハ、驚きすぎ!大丈夫?」

・・・・

「うん…」

すごく自然なヨシキの様子と、僕のぎこちなさに差があるけれど、ヨシキは特に怒ったりしていないようだ。

よかった。

それからも、ヨシキは普段と変わらなかった。

録音しているとは思えないほど普通に過ごす。

「おりゃ!っヨシ!!」

ゲームのコントローラーを持ったままヨシキが歓び、僕は負けたと嘆く。

「おかしいなぁ…どうして、いつも勝てるの?俺、いつも本気だよ?」

僕の言葉にヨシキが笑う。

「姫は、いつまでも俺には勝てないな」

ズキリと痛む胸。

「…そうなのかな…」

苦しいけれどヨシキの傍にいれるのは、今、この時だけ僕のモノだ。

こんなは、我慢できる。



それからも、ヨシキは二人の時だけ、僕を恋人のように接してきた。

直接何かをしてくるわけでもないけど、甘えてきたりとか、逆に甘やかしてくれようとしたりとか。

僕にとっては、毎回、何度もドキッと高鳴ったり、ズキリと傷ついたり。

ヨシキにとっては、それはすごく楽しいようで、僕はなんだかやましい気持ちもあって、録音した物を聴くことはしなかった。



「先生、知ってる?」

ある時、バイト先の生徒からたわいもない話をされた。

「今、私たちの中ですごく人気の配信者がいるんですよ」

きゃーっとその周りの女子が一斉に騒ぎ出す。

「何?そんなにかっこいい人なの?」

僕の問いに、騒いでいる中の一人が

「違います、違います!あのね、顔とかは全然わからないんですよ。

 年齢も分からない。どこに住んでるのかもわからない。

 でも、私たち…主に、腐女子とかで大人気なんです」



「…腐女子?」

このぐらいの年齢の子は、僕が質問をしなくても次から次へと話をしてくれる。

ここ、勉強する場所なんだけど…ちらりと周りを見ても、囲んでいる生徒の多さと熱気に、近くにいる先生やバイト仲間、他の生徒も遠巻きにクスクスと笑っている。助ける気はないようだ。

「そうそう、BLズキの女子の事なんだけど、もう、最近じゃ、女子を超えてるよね?」

「うん、うちは弟が嵌ってるし、兄ちゃんも嵌ってる。

 お母さんも好きって言ってたよ。」

話を聞いていて気づいたことがある。

動画サイトに最近、腐女子たちが楽しみにしている投稿者がいるということを。

年齢も性別もわからない。

ただ、とあるカップルと思われる会話が声を変えて公開されているという。

「もうね、両思いなのかな?よくわからないんだよね。

 たぶん、声も地声を変えられてると思うんだけど、別にそれはいいの。

 二人がさ、普通に会話してるんだけど、一方が相手を可愛がったりするところがすごくキュンってなる」

キャーと再び騒ぎ出し、僕はただ、唖然。

もしかして…

過ぎるのはヨシキの顔だった。



ヨシキは、公開したとも言ってこない。

僕もそれをどうだと聞かないから言ってこないのかもしれないけど、自分が一時でもヨシキの一番になれたと思っている様子を誰かにのぞき見されているようで、正直、嫌な気持ちだった。

でも、まだ、もう少しヨシキの傍にいたい自分のちょっとばかりの願望を、僕は抑えることができないままでいた。
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