月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

よしだひろ

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エングラントの槍編

魔法の勉強

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 翌朝、ミカは給仕のキルシュが起こしにくるまでぐっすり眠っていた。キルシュがカーテンを開けて始めて目を覚ました。
「あら、ごめんなさい。あなたは?」
「私は給仕のキルシュでございます。ミカ様と同じくシュバルツ家の女であり年端が近いと言う事でミカ様の担当になりました。今後ともよろしくお願い致します」
「え? 同じ家の?……お幾つなの?」
「八十四歳でございます」
 ミカは驚いた。確かに見た目はミカと同じくらいの年齢に見える。
「シュタイン様はなるべく健康なまま寿命を全う出来るように魔法で歳を取る速度を遅くしてくださるのです。もちろん良くその事について本人の考え方を聞いた上で」
「よく分からないけど、歳を取る速度が遅くなるの? あなたは二十歳くらいに見えて、八十代なのはその為?」
「左様でございます。ミカ様、食堂の方でお食事になさいますか?」
「シュタインも同席するの?」
「ミカ様。仮にもあなた様の師匠となる方を呼び捨てとするのはどうかと思われますよ。シュタイン先生とお呼びなされてはいかがでしょう」
 先生。そうか、今日から彼は私の師匠なのか。
「私は師匠と呼ぶわ。昨夜彼も呼びやすいよう呼んでいいと言ってたわ」
「左様ですか……では、お師匠様は既にお食事はお済みになっておりますよ」
「じゃあ直ぐに着替えて行きますから、キルシュさんは先に行っててください」
 しかしミカは食堂の場所が分からないだろうに、どうしたものかとキルシュは考えた。
「しかしミカ様。食堂の場所はご存知ないのでは?」
「大丈夫よ」
 ミカは笑顔で答えた。キルシュは不思議に感じたがミカがそう言うのだから従わない訳には行かない。迷わず食堂に来れるのか。
 しかしキルシュの心配をよそにミカは程なくして食堂に入ってきた。そしてそこにはシュタインの姿があった。ミカは驚いた。
「ミカ。夜の散歩は楽しかったかい?」
 ミカはドキッとした。昨夜一度目が覚め眠れず、屋敷内を見て回ったのだ。だから食堂の場所を知っていたのだ。
「え、ええ。見てたの?」
 ミカは驚きを隠し平静を装いながら席に着いた。シュタインはこちらを見もせずデザートを食べている。
「偶然さ」
「そ、そう。それより朝食は済んだんじゃないの?」
 キルシュが小声で口を挟む。
「ミカ様。お言葉遣いにご注意くださいませ」
 そうか。師匠と弟子なのにこの口のききようは良くないか。
「全く構わないよ。ミカには契約を違えて連れてきたと言う負い目もあるしね」
「出しゃばり過ぎました」
 キルシュはシュタインに頭を下げた。シュタインはナプキンで口元を拭きながらミカの方をやっと見た。
「ここの使用人たちはとても礼儀がよくて、少し息苦しいくらいさ。朝食を済ませた後部屋に戻ったはいいが少し物足りなくてね。それでデザートを食べに戻ったんだよ」
 ミカの元にサラダが運ばれてきた所だった。
「朝食を済ませたら僕の研究室へ来ておくれ。今後の事を話しておきたい。研究室の場所は分からないだろうから今度は案内してもらうといい」
 そう言うとシュタインは水を一口飲んで席を立った。ミカはシュタインに聞こえないくらいの小さな声で返事をしていた。確かに昨夜の屋敷内散歩の時は研究室などと言う所は無かった。
 ミカは朝食を済ませてキルシュと共にシュタインの研究室へと廊下を歩いていた。
「随分と広いお屋敷なのね」
「魔法探究者の屋敷や塔、地下迷宮などは見た目では分からない程不思議な作りをしているのですよ」
「魔法探究者って、魔法使いの事?」
「多くの方は勘違いをされてるようですが、シュタイン様のような魔法の研究をされてる方は、その研究成果の一つとして魔法が使えるようになるのです。魔法を使う事を第一として活動しているわけではないのですよ。だから"魔法使い"と呼ぶのは間違いです」
「そうなのね」
 ミカは気にしていることを聞いてみた。
「あの……キルシュさんもシュバルツ家の出だと仰ってたけど、やはり契約によって連れてこられたの?」
「はい。私も契約によってここへやってきました」
 悲しくはなかったの?
 そう聞きたかったが、ミカは言葉に出せなかった。
 そんな話をしているうちにシュタインの研究室の前にやってきた。キルシュがドアをノックする。
「ミカ様をお連れしました」
 しかし返事はない。
「いつもの事ですよ。研究に没頭すると何も聞こえなくなるらしいのです」
 キルシュはドアを開けた。ミカは後に続いて部屋に入った。
 中は書物が山と積まれていて薄暗い。天井は高く壁にも本棚が並んでいる。梯子が何本もかけられている。
 山と積まれた本の向こう側、ほのかに灯りが灯っている。キルシュはその灯りの所へ歩いていく。
「シュタイン様。ミカ様がおいでです」
「ああ、分かってるよ。ここだけ書かせてくれ」
 シュタインは何やら書き物をしているらしい。二人はそれが一段落するのを少し待った。
 暫くしてシュタインはペンを置いた。
「キルシュ、案内ありがとう。ミカと今後の事について話をしたい。君も知っておく方がいいだろう。一緒に聞いててくれ」
「かしこまりました」
「ミカ、乱雑な研究室で済まないね。取り敢えず座ってくれよ」
 何の本か分からないが、それが山積みになっているテーブルの椅子にミカは座った。キルシュは傍らに立った。
「まずミカにやってもらいたいのは勉強だ。魔法物理学、魔法史、魔法心理学などなど。各言語、古語の読み書きから精神統一、基礎魔法論の修練をしてもらうよ」
 ミカは何が何だか分からなくなっていた。
「この屋敷には先生と呼べる人間は僕しかいないから、基本的には独学で学んでもらう事になる。何かあれば僕が様子を見るし分からない事があれば僕に聞けばいい」
 ミカは相変わらず混乱している。
「……弟子って言うのは身の回りの世話をしたりしながら技術を教えてもらうものなんじゃないの?」
「身の回りの事は使用人がしてくれる。本来なら付きっ切りで教えたい所だが、僕も忙しくてね。必要な教材は用意してあるから今頃君の部屋に運ばれているよ」
「要するに本を読んで独学で魔法を勉強しろって事?」
「基礎魔法についてはそうだ」
 もう基礎魔法が何なのか分からないが、ミカは考えるのを辞めた。
「と、突き放すのも良くないな。簡単に魔法について説明しようか」
 するとシュタインは一冊の本をテーブルの上に置いた。正確には山積みになっている本の上に本を置いた。
 一瞬鋭く本を見つめるとこう命じた。
「上がれ!」
 すると本がフワフワ浮き上がった。続けて次の命令を言った。
「開け!」
 すると本は開いた。暫くフワフワ浮いていた後、ゆっくりテーブルの上に降りた。
 シュタインはまた穏やかな表情に戻った。
「これが基礎魔法だよ。精神集中で物を動かしたり流体を制御したりする基本中の基本の魔法さ。念動力とも言われている」
「これを出来るようになれと言う事?」
「簡単に言えばそうだね。でも、実技だけなら誰でも出来る。その理論を学ぶ事でもっと高度な魔法を使えるようになる」
「その為にはどうすればいいの?」
「本を読むのさ。過去の探究者たちが書き記した書籍を読むこと。これが魔法研究の実態だ」
 ミカは勉強方法についていくつかシュタインに聞いた。とにかく本を読み知識を身につけることが第一。それから精神の鍛錬。魔法の使用には強い精神集中が必要なようだ。
「とにかくその本とやらを読んでみるわ」
「ああ、君の部屋に届けてあるからね」
 ミカは席を立った。そしてくるりと振り向きドアに向かった。
「分からない時は聞いてくれ」
 背中で声がしたので振り返ると、シュタインはもう書き物をしていた。
 ミカ達はシュタインの部屋を後にした。
「私の部屋はどこだったかしら?」
「こちらですよ」
 キルシュは前に立ち案内した。
 部屋に着くと箱が運び込まれていた。蓋を開けると中には数多くの書籍が入っていた。
「どの本から読めばいいのかしら」
 本をテーブルに並べてみる。キルシュが一つの本を指し言った。
「これなんかはどうですか?」
 初級基礎魔法学。タイトルはそう書かれていた。
「そうね。初級って書いてあるし取り敢えずこれを読みましょう」
 ミカが本を読み始めるとキルシュは傍らに立って控えていた。ミカは暫く本を読んだがすぐに意味が分からなくなって目を上げた。そこでキルシュが微動だにせず立っていることに気付いた。
「キルシュさん。自由にしていていいのよ。座ってもいいし何しててもいいわよ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて編み物でもさせて頂きます」
 キルシュは一旦部屋を出て編み物セットを自室に取りに行った。
 ミカは眠気と戦いながら本を読み進めていった。ノートに重要な点を書き取り分からない点をまとめて書いておいた。
 初めて読む、しかも自分には全く関係のない知識の本を読んでいるため、物凄い睡魔が襲ってくる。ミカは遂にはウトウトし始めた。
「ミカ様、初日はそれくらいでよろしいのではないでしょうか?」
 堪らずキルシュが言った。
 ミカはハッと目覚めて照れ臭そうに本で顔の半分を隠した。
「気分転換にお屋敷をお散歩しませんか?」
「ありがとう。そうするわ」
 こうしてミカの魔法修行が始まった。
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