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エングラントの槍編

エメラルド

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 半年の月日が流れた。
 ミカとシュタインは食後のデザートを食べていた。
「独学で勉強しているわりには続いているね、ミカ」
「他にやる事もないからですよ。それに約束でもありますし。師匠、あなたの方は一体何を研究しているのですか?」
「僕は今、封入魔法についての古い文献を調べている所さ」
「封入魔法? 何ですか、それ?」
「魔法結界やエンチャント効果に関する魔法だよ」
 ミカはそれでも分からず困惑した。
 シュタインは軽く笑って話を続けた。
「何か対象物に魔法を閉じ込めておき、何かのきっかけで発動するようにした魔法の事さ」
「う~ん、何となくは分かりますけど。魔法と言うのは、呪文を唱えて即発動するものではないのですか?」
「そうさ。普通の魔法はね。呪文の詠唱が終わればその場で発動するのが魔法なんだ。しかし、例えば何の変哲も無い剣に魔法によって物理的ダメージを沢山与える魔法を封入しておけば、呪文の詠唱をしなくても、何かを攻撃するたびに魔法が発動するのさ。これはエンチャント効果と言われているよ。その他にも宝石に封入魔法で強力な爆破魔法を封入しておいて、大きな岩や建物を爆発させると言うような魔法もあるよ」
 ミカには少し高度な話だったようだ。
「僕は今"封入結界"について研究している。これには冀求ききゅうの指輪が必要らしいんだ」
「封入結界とは?」
「ああ、簡単に言うと結界を冀求ききゅうの指輪に封入しておき、いつでも必要な場所に結界を作り出せると言うものさ」
 ミカは半分理解した。要するに持ち運べる結界と言う事のようだが、肝心の結界が何なのか分からなかった。
「師匠。結界とはそもそも何の事なのですか?」
「結界にも色んな種類があるが、簡単に言えば見えない壁で囲まれた空間と言えるね。ガラスでできた小さな部屋を思い浮かべてごらん。中と外はガラスで遮断されているだろう? このガラスの代わりに霊的なエネルギーで遮断したものが結界だよ」
 ミカはそれでも理解できていなかった。
「物理的に完全に遮断されているものや、特別な方法で遮断されているものなど様々だよ。例えば光を捻じ曲げる結界なんかもあって、これは外からは見ることができない」
「よく分かりませんが、師匠はその結界を持ち歩こうと言うのですか?」
「結界を作り出すのも意外と大変でね。咄嗟に結界を張らなければならない局面もあるんだよ」
 ミカは考えるのをやめた。聞けば聞くだけ分からない事が重なって行く。
「所でミカ。頼みがあるのだが」
「何ですか?」
「百八十カラットのエメラルドを調達してきてほしい」
「エメラルド……ですか?」
「僕の古い友人に連絡を取りたいのだが、彼に連絡するには紙とペン、伝令用の鳥にエメラルドが必要なのさ」
 ミカはまた不思議に思った。
「何故エメラルドが必要なのか? と言いたいようだね」
 シュタインはミカの心を読み取ったのか魔法探究者の秘密を話し始めた。
 そもそも魔法探究者は、病的なまでに魔法研究に没頭している。裏を返せば研究を誰にも邪魔されたくないのだ。
 だから、身の回りの世話は弟子や使用人にやらせたり、高い塔のてっぺんや深い地下迷宮の奥底に篭って研究をしたりする。
 中にはシュタインのようにその居場所を結界で囲み、物理的に入れないようにしている者もいる。
 そうなると、本当にその魔法探究者に会見したい時に困ってしまう。
 なので、魔法探究者は自分にアポイントを取るための手段をそれぞれ持っている。これをアポイントプロトコル、もしくは単にプロトコルと言う。
 シュタインにもアポイントプロトコルがある。彼の場合よろず屋"月影"に協力してもらっている。
「その友人はプロトコルも合理的でね。伝令用の鳥が到着する鳥小屋に結界を張っているのさ。エメラルドに、ある一定以上の魔力を封入しておく事でその結界を無効化して結界内、つまり鳥小屋に到達できる。奴はまんまとエメラルドも手にできるという仕組みさ」
「なんて卑怯な」
「そうでもないさ。エメラルドに一定以上の魔力を封入するなんてことは駆け出しの魔法探究者にはできない。また、エメラルドも高価な宝石だ。つまり、魔力を封入する事で自分の魔力の強さを示し、エメラルドを使う事で財力がある事を示す。一種のテストだね」
「そうまでして会見したい友人って誰なんですか?」
「彼は符呪魔法のエキスパートでもあるバオホさ」
 符呪魔法はミカも聞いた事があったが、あまり良く理解はしていない。しかしその事を聞くのはやめた。
 ミカはこの半年、魔法の研究だけでなく乗馬の練習も少しずつしていた。しかし、屋敷の周辺の草原や森などしか行っておらず、時々ヒューロンの街へ買い物に行く使用人のリグルの手伝いとして同行した事はあるが、どこになんの店があるのかなどは分からなかった。
「おっと、エメラルドはヒューロンの街には売ってないよ。ちょうど良い機会だからポルシュへ行ってみてはどうかな?」
「ポルシュと言えば国王陛下の居城がある城下町ですよね。行った事は無いですが」
「どうせポルシュに行くならよろず屋月影に顔を出しておくといい。僕につなぎをしてくれている店さ」
 シュタインはよろず屋月影に魔法の玉を置いている。シュタインに連絡を取りたい者は月影の店主につなぎを依頼。月影の店主は簡単に客を調べ合格なら魔法の玉をハンマーで叩き割るのだ。それをシュタインの屋敷のマリオネットが魔法探知で感知して、不思議な歌を歌う。シュタインはそれでつなぎを知ると言う仕組みだ。
「月影の店主はバルモと言ってね。とても無口で人当たりは悪いが、信頼できる頼れる男だよ。リグルは彼の事を知ってるからリグルと共に行くといい。魔法の玉を渡すからバルモに渡してくれないか」
 こうしてミカはポルシュに買い物に行く事になった。
「リグルはちょうど今、仕事もなくのんびりしてるはずだからすぐに準備をさせておこう」
 するとシュタインは呼び鈴を鳴らして大きな声で言った。
「指輪をミカに渡してくれ」
 すると給仕のニーノが小さな箱を持って部屋に入ってきて、ミカの前に立った。箱を開けてそのままミカに差し出す。
「どうぞ」
 箱の中には小さな宝石が埋め込まれた指輪が入っていた。
「これは?」
「鍵の指輪さ。これがあれば僕の屋敷に張られている結界を無効化して自由に出入りできるよ。今までは渡していなかったがこれからは屋敷から出る時はいつでも持って出てくれ」
 今まで外に出る時は必ず誰かと一緒だった。鍵の指輪はその連れが持っていたと言う事か。
 ミカは指輪を指にはめてみた。高いものとは言えない。しかし古い指輪のようだ。
 最初指よりも大きかった指輪が、指にはめると指のサイズにピタリと縮まった。
「ではよろしく頼むよ。ああ、そうだ。ミカはローエ・ロートと言う魔法の剣を知ってるかな?」
「知りませんが……?」
「とても貴重な魔法の剣で、今まで失われていたのが最近発見されたと噂されているんだよ」
「なるほど……?」
「僕はあまり興味ないんだけど、もしその噂を聞いたら教えてほしい」
「分かりました」
「あ、でも積極的に聞き回らなくていいよ。何かの話で耳にすることがあれば教えてくれればいい」
「はい」
 そう言うとシュタインは部屋を後にした。
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