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エングラントの槍編
出発
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数日後の朝、ミカとリグルは正面玄関に回された馬に荷物を付けていた。
先に馬に乗ったリグルが見下ろして言った。
「ミカ様。しばらくは晴天が続きそうですよ。片道だいたい三日くらいですよ」
ミカはキルシュから魔法の玉が入った袋を受け取って、それを腰に下げた。
「ミカ様、くれぐれもお気を付けくださいませ」
「ありがとう。初めての街だし気を付けるわ」
そう言うとミカは馬に乗った。
「ウェザー、リー。道中よろしくね」
ミカは自分の馬とリグルの馬にそう言った。そしてキルシュに一言挨拶して出発した。
リグルは日程を伝えた。まずはヒューロンの街を目指す。少し休憩をした後街を出て街道を進む。
「丁度イチョウが色づき始めてる頃ですよ。イチョウヒューロン街道は綺麗でしょうね。今回は通りませんが」
リグルはミカと並走しながら日程を確認し、そんな世間話をした。
「ゆっくり行ってもヒューロンを出て日があるうちにカンガムの街に入れるのよね。そこで一泊ね」
ヒューロンを経由して今日はカンガムの街まで行く予定だ。
「そうです」
二人が進む小道は時に森を抜け、時に川べりを歩き、畑の中を進む道になった。ヒューロンは近くだ。
畑道をしばらく行くと木製の柵が見えてきた。ヒューロンだ。
二人が木で枠を作っただけの街の門をくぐると、犬がけたたましく吠え始めた。いつもの事だ。
「さて、ヒューロンに着きましたね。ウェザーとリーを少し休ませましょう」
リグルは馬を降りて、ウェザーとリーの手綱を持ち引っ張った。そして近くの酒場の前に二頭を繋いだ。
ヒューロンの街で食事ができる店はここしかない。ヒューロンはさほど広い街では無いので訪れる者も少ないからだ。
ミカとリグルは店に入ってワインを頼んだ。
「少し休んだらすぐに出発しましょう」
「日があるうちにはカンガムに着きますよ」
「カンガムはどんな街なの?」
「ミカ様は初めてですかね」
カンガムはこの周辺の街からの道が全て繋がっている街で、旅の拠点となる大きな街だ。
「この地域から出るにはカンガムを通らないと出られないんですよ」
リグルは暫くカンガムについて話をした。しかしいつしか話はリグルの日々の仕事についての愚痴になっていった。
「シュタイン様はせっかく腕によりをかけて作った燻製には目もくれません。そもそも、シュタイン様は……」
「あ、ありがとう。その話は今度聞くとして、そろそろ出発しないと日が暮れちゃうんじゃないの?」
ミカは話を遮った。
「あ、少し話し過ぎましたね。そろそろ行きますか?」
リグルは数枚のコインをテーブルに置いた。
二人は店を後にしてウェザーとリーの所へ行った。手綱を解きそれぞれの馬にまたがる。
「では行きますか」
また二人は木でできた枠だけの門をくぐり道を進んだ。門を出たのに犬は相変わらず吠えていた。
「ミカ様はお屋敷へ来て半年あまりですが、何か魔法を使えるようになりましたか?」
「いいえ、何も出来ないわ。今は魔法理論学の勉強をしている所」
そんな話をしているうちに、道は大きな街道と交わった。道標が立っている。
「これを西に行けばやがてカンガムに着きますよ」
二人は街道を西へと向かった。時折すれ違う人々は、ミカ達のように少人数だったり、輸送団であったりまちまちだった。
この街道は輸送路という事もあって、時折警備の兵士などもすれ違う。
街道は広く馬車が三台はすれ違えるくらいの大きさだった。
途中馬に水をあげたりなど小休止を挟みつつ街道を進むと少し小高い丘の上から遠くに大きな街が見えた。
「カンガムの街ですね。もう少し頑張れば予定より早く着きそうですよ」
その言葉通り、二人は夕方前にカンガムに着いた。
ヒューロンの街とは違い、街の周りには堀が掘られており水が張ってある。街の周囲も石の壁で覆われていて門も立派な大きな門だった。
しかし門扉は開かれており、警備兵が何人か詰めているものの、基本的に自由に行き来している。
ミカ達も門をくぐった。
カンガムはとても広い街だった。沢山の人が行き交って賑わっている。
リグルはこの街を知っているらしく、道に迷うこともなくスイスイ馬を進めていった。
角をいくつか曲がって人々の数が少なくなってきた辺りにその宿屋はあった。
「ミネルバの酒場? 店主は女性なの?」
宿屋の看板にはそう書かれていた。宿屋というのは普通一階が食堂兼酒場になっている。二階に泊まるための部屋が並んでいる。大きな宿屋ともなると二階には娼婦が並んでいることもある。
「ハイ。まだ若いのに先代の後を継いでたくましく切り盛りしているんですよ」
ウェザーとリーを馬つなぎ棒につなぎながら答える。
中に入ると酒場にはチラホラ客が話していて、その中から景気のいい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい! あら! リグルさんじゃないの!」
リグルは声の主ミネルバに手を振った。
「今回はお嬢さんをお連れなんだね」
「ああ、今回は主人のお弟子さんと一緒なんだ」
部屋の空きを確認するとちょうど二つ空いていると言われた。
「二つ取るの?」
「ミカ様のようなお若い女性が私のような男と同室ではあらぬ噂が立ちますゆえ」
ミカは納得した。
「お代は前払いよ。一泊で二部屋分ね」
ミネルバは見た感じは三十代のようだった。二十歳のミカからすれば若くはないが、この歳で店一つを切り盛りしてるのは確かに中々難しいだろう。
「お嬢さんがお弟子さんなのかい? この街は初めて?」
「はい」
「ウチの店はこの街では一番の良好店さ。たっぷりリラックスしていっておくれよ」
「そうさせて頂くわ」
二人は部屋に上がって行った。ミカは荷物袋をクローゼットに入れて窓を開けた。
まだ日はある。少し街を散歩してみようかと考えた。しかし慣れない遠出のせいか疲れが出てきたようだ。ミカはベッドに横になると途端に寝てしまった。
ドアを叩く音でミカが目を覚ました時、外はすっかり暗くなっていた。
「ミカ様、ミカ様。いらっしゃらないのですか?」
ドアの外でリグルが呼んでいる。ミカはドアを引いて開けた。
「ごめんなさい。うたた寝のつもりがすっかり寝込んじゃったみたい」
「夕ご飯を食べませんか? もうお腹がペコペコですよ」
二人は階段を降りて酒場へ入った。ワインと肉を注文して席に着く。
「ここからはどう言う道のりになるの?」
「一本道になりますよ。ここカンガムは街道に直結してる街ですからね。王都ポルシュまでの道に入れば一日半くらいですかね」
「一日半だと途中に旅籠とかがあるの?」
「はい。カンガムから一日かからないくらいの所に小さな宿場がありますが、少々宿賃が高いんです。それで宿場の周りに野営する旅団などが多いですね」
「そんなに高いの? 私たちはどうするの?」
その時ちょうどテーブルに肉が運ばれてきた。リグルは待ってましたとばかりに肉に食らいついた。口の中の肉をワインで流しながら話を続けた。
「シュタイン様からは十分な駄賃を頂いております。ミカ様が望むなら野営でも構いませんが」
ミカは首を振って自分も肉を食べ始める。
「私は草原で寝泊まりしたことはないし、それはとても怖いわ。必要がなければちゃんとした宿で寝たいわ」
「私もです」
ミカの方を見もせず、肉やらパンやらを口に頬張りながらリグルは同意した。リグルはレンジャーだ。普段狩りをしたりする時は野営しているくせにとミカは思った。
食事を終えるとミカは部屋に戻った。リグルは飲み足りないらしく、カウンターに移って続きを飲み始めた。
*
翌朝、ミカは朝の街に出てみた。ほんの少し散歩をしたかったのだ。街の一角を回ってみると遠くで人々の声が聞こえた。どうやら朝市をやっているようだ。
ミカは何となく朝市を覗いてみた。
売っているのはやはり食品が多い。リグルに朝食を買って行ってあげようと思い、ハムとボイルした玉子、新鮮な野菜を買った。
パン屋に寄りその材料でサンドイッチを作ってもらった。
宿に戻りリグルの部屋のドアを叩いた。返事がない。何度か叩いてリグルを呼んでみた。しかし隣りの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
ミカはびっくりして小声で謝った。
仕方ないので一人で食事をしようと、ミカは一階の食堂へ降りて行った。
「ミネルバさんおはようございます。何かフルーツのジュースはあるかしら?」
「あら、あなたはリグルさんのお連れの方よね? リグルさんには会えたのかしら?」
「え? リグルは部屋にいませんでしたけど」
「違うわよ。さっきリグルさんがあなたを探して大慌てで飛び出して行ったのよ」
ミカは事情が理解できなかった。ミネルバの話だと、どうやら部屋にミカがいないので探しに行ったようだ。
「大変! 探しに行かないと!」
「ちょ、ちょっと待って! お互いに探し回ってたら見つかるものも見つからないよぉ。ここはそこに座ってリグルさんが帰ってくるのを待ってるのがいいよ。はい、リンゴの果汁だよ」
ミネルバはコップにリンゴ汁を入れて出してくれた。ミカはミネルバの言う通りだと思いテーブルに腰掛けて待つことにした。
すると程なくしてリグルが落胆しながら入ってきた。
「ダメだ。ミカ様はどこにも居ない」
「リグルさんよく見なよ。ミカさんならそこにいるよ」
リグルはそう言われて初めてミカに気付いた。ミカはぎこちなく軽く手を振った。
「ミカ様! どちらにいらしたのですか?」
「ちょっと街を散歩して朝食を買ってきたのよ」
「おお、人騒がせな……部屋に行ったらドアは開いてるしミカ様は居ないし、肝を冷やしましたよ」
「ごめんなさい。朝食を買ってきたから食べましょう」
リグルはミネルバに水を一杯貰って席に着き、ミカの買ってきたパンを食べた。
「今度からは単独に行動するときはお互いに相手に伝える事にしましょう」
二人は朝食を取ると一旦部屋に戻り荷物をまとめた。そして水袋にワインを買い宿を出た。ミネルバが二人の馬を馬小屋から連れてきてくれた。
「またこの街に来たらウチの宿をご贔屓にしてね」
「はい。ありがとうございました。それからお騒がせしました」
二人はそれぞれの馬にまたがりミネルバに手を振って出発した。
朝の散歩の時から時間が経っているせいか、既に街は賑わっていた。大きな門をくぐり街道へ出た。
爽やかな風が吹いている。秋の気配が心地いい。綿雲がゆっくりと流れていた。
「リグルはレンジャーなのよね? 師匠の雑用以外には何をしてるの?」
「シュタイン様が私に頼まれるご用事は日程が掛かるものが多いので、空いている時間はあまり無いのですが、短い時間ですが剣術や狩猟の鍛錬などをしてますよ」
「お屋敷で食べてるお肉はあなたが取ってくるって聞いたわよ」
「狩猟の練習で仕留めた土地の動物ですが、お屋敷では肉を食べる者が少なく私もお屋敷にいない事も多いので、保存食にしてる物ですけどね」
レンジャーは野山を知り尽くしている。野草を集めたり動物を取るばかりでなく、道具を使ったり物を作り出すことにも長けている。シュタインの屋敷では一番重宝されている人間だろう。
そんな話をしながら二人は街道を進んでいった。この街道はこの国ポーレシアの中でも治安のいい場所で何の問題もなく道中は続いた。
「そろそろ日が傾いてくるわね」
「もうすぐ宿場に着きますよ」
辺りには野営している旅人達も見え始めた。野営を選ぶ程高い宿屋とは一体どれだけ高いのだろう。
道が大きくカーブしている。その道に沿って川が流れている。そして徐ろに宿場に建つ宿屋がチラホラと見え始めた。
「ここの宿場には十軒程の宿がありますよ。私は普段は利用しません」
「そんなに高いの?」
「高いと言えば高いですが、なんなんでしょうね。この辺りは治安が良くて野宿しても危険が少ないんですよ。だから腕に自信がある者は宿に泊まりません」
リグルも腕に自信があるという事かな、とミカは思った。自信があるのに今回は宿に泊まる。それは私がいるから? 私は足でまどいなのだろうか。
「まあ、いいわ」
二人は宿場へと入って行った。
二人が選んだ宿屋はこの宿場内では客が多いようで、酒場は人でごった返していた。今回も二部屋取った。
ミカは部屋に入ってベッドに横になった。草原のど真ん中にあるこの宿場だ。まだ日はあるとは言えやる事がない。旅にも慣れたようで疲れもそれほど無い。つまり眠くないという事だ。
ミカは窓辺に起き上がり地平線を見た。国名でもあるポーレシアとはこの国の言葉で「草原の」と言う意味だ。言うだけあって地平線まで草原が広がっている。所々に林があるものの基本的には草原だ。
「あと半日くらいで王都のポルシュね」
シュタインの所に連れて来られる前はポーレシアの南部に住んでいたから王都に来る日があるとは思ってもいなかった。人生とは不思議なものだと思うのだった。
「ミカ様、夕食にしませんか?」
ドアを叩く音と共にリグルの声がした。
「今行くわ」
二人は階下へ降りて行った。
先に馬に乗ったリグルが見下ろして言った。
「ミカ様。しばらくは晴天が続きそうですよ。片道だいたい三日くらいですよ」
ミカはキルシュから魔法の玉が入った袋を受け取って、それを腰に下げた。
「ミカ様、くれぐれもお気を付けくださいませ」
「ありがとう。初めての街だし気を付けるわ」
そう言うとミカは馬に乗った。
「ウェザー、リー。道中よろしくね」
ミカは自分の馬とリグルの馬にそう言った。そしてキルシュに一言挨拶して出発した。
リグルは日程を伝えた。まずはヒューロンの街を目指す。少し休憩をした後街を出て街道を進む。
「丁度イチョウが色づき始めてる頃ですよ。イチョウヒューロン街道は綺麗でしょうね。今回は通りませんが」
リグルはミカと並走しながら日程を確認し、そんな世間話をした。
「ゆっくり行ってもヒューロンを出て日があるうちにカンガムの街に入れるのよね。そこで一泊ね」
ヒューロンを経由して今日はカンガムの街まで行く予定だ。
「そうです」
二人が進む小道は時に森を抜け、時に川べりを歩き、畑の中を進む道になった。ヒューロンは近くだ。
畑道をしばらく行くと木製の柵が見えてきた。ヒューロンだ。
二人が木で枠を作っただけの街の門をくぐると、犬がけたたましく吠え始めた。いつもの事だ。
「さて、ヒューロンに着きましたね。ウェザーとリーを少し休ませましょう」
リグルは馬を降りて、ウェザーとリーの手綱を持ち引っ張った。そして近くの酒場の前に二頭を繋いだ。
ヒューロンの街で食事ができる店はここしかない。ヒューロンはさほど広い街では無いので訪れる者も少ないからだ。
ミカとリグルは店に入ってワインを頼んだ。
「少し休んだらすぐに出発しましょう」
「日があるうちにはカンガムに着きますよ」
「カンガムはどんな街なの?」
「ミカ様は初めてですかね」
カンガムはこの周辺の街からの道が全て繋がっている街で、旅の拠点となる大きな街だ。
「この地域から出るにはカンガムを通らないと出られないんですよ」
リグルは暫くカンガムについて話をした。しかしいつしか話はリグルの日々の仕事についての愚痴になっていった。
「シュタイン様はせっかく腕によりをかけて作った燻製には目もくれません。そもそも、シュタイン様は……」
「あ、ありがとう。その話は今度聞くとして、そろそろ出発しないと日が暮れちゃうんじゃないの?」
ミカは話を遮った。
「あ、少し話し過ぎましたね。そろそろ行きますか?」
リグルは数枚のコインをテーブルに置いた。
二人は店を後にしてウェザーとリーの所へ行った。手綱を解きそれぞれの馬にまたがる。
「では行きますか」
また二人は木でできた枠だけの門をくぐり道を進んだ。門を出たのに犬は相変わらず吠えていた。
「ミカ様はお屋敷へ来て半年あまりですが、何か魔法を使えるようになりましたか?」
「いいえ、何も出来ないわ。今は魔法理論学の勉強をしている所」
そんな話をしているうちに、道は大きな街道と交わった。道標が立っている。
「これを西に行けばやがてカンガムに着きますよ」
二人は街道を西へと向かった。時折すれ違う人々は、ミカ達のように少人数だったり、輸送団であったりまちまちだった。
この街道は輸送路という事もあって、時折警備の兵士などもすれ違う。
街道は広く馬車が三台はすれ違えるくらいの大きさだった。
途中馬に水をあげたりなど小休止を挟みつつ街道を進むと少し小高い丘の上から遠くに大きな街が見えた。
「カンガムの街ですね。もう少し頑張れば予定より早く着きそうですよ」
その言葉通り、二人は夕方前にカンガムに着いた。
ヒューロンの街とは違い、街の周りには堀が掘られており水が張ってある。街の周囲も石の壁で覆われていて門も立派な大きな門だった。
しかし門扉は開かれており、警備兵が何人か詰めているものの、基本的に自由に行き来している。
ミカ達も門をくぐった。
カンガムはとても広い街だった。沢山の人が行き交って賑わっている。
リグルはこの街を知っているらしく、道に迷うこともなくスイスイ馬を進めていった。
角をいくつか曲がって人々の数が少なくなってきた辺りにその宿屋はあった。
「ミネルバの酒場? 店主は女性なの?」
宿屋の看板にはそう書かれていた。宿屋というのは普通一階が食堂兼酒場になっている。二階に泊まるための部屋が並んでいる。大きな宿屋ともなると二階には娼婦が並んでいることもある。
「ハイ。まだ若いのに先代の後を継いでたくましく切り盛りしているんですよ」
ウェザーとリーを馬つなぎ棒につなぎながら答える。
中に入ると酒場にはチラホラ客が話していて、その中から景気のいい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい! あら! リグルさんじゃないの!」
リグルは声の主ミネルバに手を振った。
「今回はお嬢さんをお連れなんだね」
「ああ、今回は主人のお弟子さんと一緒なんだ」
部屋の空きを確認するとちょうど二つ空いていると言われた。
「二つ取るの?」
「ミカ様のようなお若い女性が私のような男と同室ではあらぬ噂が立ちますゆえ」
ミカは納得した。
「お代は前払いよ。一泊で二部屋分ね」
ミネルバは見た感じは三十代のようだった。二十歳のミカからすれば若くはないが、この歳で店一つを切り盛りしてるのは確かに中々難しいだろう。
「お嬢さんがお弟子さんなのかい? この街は初めて?」
「はい」
「ウチの店はこの街では一番の良好店さ。たっぷりリラックスしていっておくれよ」
「そうさせて頂くわ」
二人は部屋に上がって行った。ミカは荷物袋をクローゼットに入れて窓を開けた。
まだ日はある。少し街を散歩してみようかと考えた。しかし慣れない遠出のせいか疲れが出てきたようだ。ミカはベッドに横になると途端に寝てしまった。
ドアを叩く音でミカが目を覚ました時、外はすっかり暗くなっていた。
「ミカ様、ミカ様。いらっしゃらないのですか?」
ドアの外でリグルが呼んでいる。ミカはドアを引いて開けた。
「ごめんなさい。うたた寝のつもりがすっかり寝込んじゃったみたい」
「夕ご飯を食べませんか? もうお腹がペコペコですよ」
二人は階段を降りて酒場へ入った。ワインと肉を注文して席に着く。
「ここからはどう言う道のりになるの?」
「一本道になりますよ。ここカンガムは街道に直結してる街ですからね。王都ポルシュまでの道に入れば一日半くらいですかね」
「一日半だと途中に旅籠とかがあるの?」
「はい。カンガムから一日かからないくらいの所に小さな宿場がありますが、少々宿賃が高いんです。それで宿場の周りに野営する旅団などが多いですね」
「そんなに高いの? 私たちはどうするの?」
その時ちょうどテーブルに肉が運ばれてきた。リグルは待ってましたとばかりに肉に食らいついた。口の中の肉をワインで流しながら話を続けた。
「シュタイン様からは十分な駄賃を頂いております。ミカ様が望むなら野営でも構いませんが」
ミカは首を振って自分も肉を食べ始める。
「私は草原で寝泊まりしたことはないし、それはとても怖いわ。必要がなければちゃんとした宿で寝たいわ」
「私もです」
ミカの方を見もせず、肉やらパンやらを口に頬張りながらリグルは同意した。リグルはレンジャーだ。普段狩りをしたりする時は野営しているくせにとミカは思った。
食事を終えるとミカは部屋に戻った。リグルは飲み足りないらしく、カウンターに移って続きを飲み始めた。
*
翌朝、ミカは朝の街に出てみた。ほんの少し散歩をしたかったのだ。街の一角を回ってみると遠くで人々の声が聞こえた。どうやら朝市をやっているようだ。
ミカは何となく朝市を覗いてみた。
売っているのはやはり食品が多い。リグルに朝食を買って行ってあげようと思い、ハムとボイルした玉子、新鮮な野菜を買った。
パン屋に寄りその材料でサンドイッチを作ってもらった。
宿に戻りリグルの部屋のドアを叩いた。返事がない。何度か叩いてリグルを呼んでみた。しかし隣りの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
ミカはびっくりして小声で謝った。
仕方ないので一人で食事をしようと、ミカは一階の食堂へ降りて行った。
「ミネルバさんおはようございます。何かフルーツのジュースはあるかしら?」
「あら、あなたはリグルさんのお連れの方よね? リグルさんには会えたのかしら?」
「え? リグルは部屋にいませんでしたけど」
「違うわよ。さっきリグルさんがあなたを探して大慌てで飛び出して行ったのよ」
ミカは事情が理解できなかった。ミネルバの話だと、どうやら部屋にミカがいないので探しに行ったようだ。
「大変! 探しに行かないと!」
「ちょ、ちょっと待って! お互いに探し回ってたら見つかるものも見つからないよぉ。ここはそこに座ってリグルさんが帰ってくるのを待ってるのがいいよ。はい、リンゴの果汁だよ」
ミネルバはコップにリンゴ汁を入れて出してくれた。ミカはミネルバの言う通りだと思いテーブルに腰掛けて待つことにした。
すると程なくしてリグルが落胆しながら入ってきた。
「ダメだ。ミカ様はどこにも居ない」
「リグルさんよく見なよ。ミカさんならそこにいるよ」
リグルはそう言われて初めてミカに気付いた。ミカはぎこちなく軽く手を振った。
「ミカ様! どちらにいらしたのですか?」
「ちょっと街を散歩して朝食を買ってきたのよ」
「おお、人騒がせな……部屋に行ったらドアは開いてるしミカ様は居ないし、肝を冷やしましたよ」
「ごめんなさい。朝食を買ってきたから食べましょう」
リグルはミネルバに水を一杯貰って席に着き、ミカの買ってきたパンを食べた。
「今度からは単独に行動するときはお互いに相手に伝える事にしましょう」
二人は朝食を取ると一旦部屋に戻り荷物をまとめた。そして水袋にワインを買い宿を出た。ミネルバが二人の馬を馬小屋から連れてきてくれた。
「またこの街に来たらウチの宿をご贔屓にしてね」
「はい。ありがとうございました。それからお騒がせしました」
二人はそれぞれの馬にまたがりミネルバに手を振って出発した。
朝の散歩の時から時間が経っているせいか、既に街は賑わっていた。大きな門をくぐり街道へ出た。
爽やかな風が吹いている。秋の気配が心地いい。綿雲がゆっくりと流れていた。
「リグルはレンジャーなのよね? 師匠の雑用以外には何をしてるの?」
「シュタイン様が私に頼まれるご用事は日程が掛かるものが多いので、空いている時間はあまり無いのですが、短い時間ですが剣術や狩猟の鍛錬などをしてますよ」
「お屋敷で食べてるお肉はあなたが取ってくるって聞いたわよ」
「狩猟の練習で仕留めた土地の動物ですが、お屋敷では肉を食べる者が少なく私もお屋敷にいない事も多いので、保存食にしてる物ですけどね」
レンジャーは野山を知り尽くしている。野草を集めたり動物を取るばかりでなく、道具を使ったり物を作り出すことにも長けている。シュタインの屋敷では一番重宝されている人間だろう。
そんな話をしながら二人は街道を進んでいった。この街道はこの国ポーレシアの中でも治安のいい場所で何の問題もなく道中は続いた。
「そろそろ日が傾いてくるわね」
「もうすぐ宿場に着きますよ」
辺りには野営している旅人達も見え始めた。野営を選ぶ程高い宿屋とは一体どれだけ高いのだろう。
道が大きくカーブしている。その道に沿って川が流れている。そして徐ろに宿場に建つ宿屋がチラホラと見え始めた。
「ここの宿場には十軒程の宿がありますよ。私は普段は利用しません」
「そんなに高いの?」
「高いと言えば高いですが、なんなんでしょうね。この辺りは治安が良くて野宿しても危険が少ないんですよ。だから腕に自信がある者は宿に泊まりません」
リグルも腕に自信があるという事かな、とミカは思った。自信があるのに今回は宿に泊まる。それは私がいるから? 私は足でまどいなのだろうか。
「まあ、いいわ」
二人は宿場へと入って行った。
二人が選んだ宿屋はこの宿場内では客が多いようで、酒場は人でごった返していた。今回も二部屋取った。
ミカは部屋に入ってベッドに横になった。草原のど真ん中にあるこの宿場だ。まだ日はあるとは言えやる事がない。旅にも慣れたようで疲れもそれほど無い。つまり眠くないという事だ。
ミカは窓辺に起き上がり地平線を見た。国名でもあるポーレシアとはこの国の言葉で「草原の」と言う意味だ。言うだけあって地平線まで草原が広がっている。所々に林があるものの基本的には草原だ。
「あと半日くらいで王都のポルシュね」
シュタインの所に連れて来られる前はポーレシアの南部に住んでいたから王都に来る日があるとは思ってもいなかった。人生とは不思議なものだと思うのだった。
「ミカ様、夕食にしませんか?」
ドアを叩く音と共にリグルの声がした。
「今行くわ」
二人は階下へ降りて行った。
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努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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