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エングラントの槍編
狙われた二人
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翌朝はのんびりと支度をして宿を後にした。と言っても日がある内に王都に入りエメラルドを買っておきたいとミカは思った。
この平原は緩く下りになっているようで、宿場から街道沿いに流れている川はミカたちが進んでいく方向へ流れている。そして宿場を出て程なくして遠くに王都のお城が見えた。
「道は王都までまっすぐなのね」
王都ポルシュは兵士だけでも十万からいて住民も含めると五十万人は住んでいる巨大都市だ。城は街の中央に丘を築いて作られており、四重の城壁とその堀で守られている。
城壁の最外殻の外側に広大な農耕地が広がる。所々に貯水池があり、水路が縦横に張り巡らされている。
「ミカ様は王都は初めてでしたね」
王都は城壁毎に検問が置かれていて、第二城壁、つまり外側から二番目の城壁を超えるには通行証がいる。ミカ達はもちろん通行証など持っていない。
「ポルシュは広い街ですからね。人も多いしその分治安も悪くなる。迷わないように気を付けて下さいね」
お昼になりミカとリグルは川原に下りて昼食を取る事にした。もはや王都は目の前だった。第一城壁がハッキリと見える。辺りは小麦の畑になっていた。
「ポルシュに入ったらやはり私が使っている宿に直行しましょう」
昼食を終えて少し休んでから再び馬を歩かせた。
城門が見えてきた。スレイグル門だ。そこには検問を待っている馬車が何台か並んでいた。ミカ達もその列に並ぶ。
程なくしてミカ達の検問の番が来た。
「名前を聞こうか?」
「私はリグル・ハーレン、こちらはミカ・シュバルツ様だ」
「目的は何だ?」
「街で宝石を買いたい」
「手荷物を改める」
門番はリグルとミカの荷物袋の中を覗き混んでみた。
「良いだろう。この書類にサインするんだ」
ミカとリグルは差し出された書類にサインした。ミカは随分と厳しい検問だと思った。
門をくぐると街の中は人々でごった返していた。リグルは慣れたもので道を右へ左へ進んでいく。
街は大通りが環状に通っていて、そこから小さい通りが枝葉のように分かれていた。何本目かの角を曲がるとその宿屋はあった。
「フクロウの巣? 変わった名前の宿ね」
「この宿は、宿の他に口入屋もやっています。街中の情報も集まります」
二人はウェザーとリーを繋いで宿に入った。まだ日は高い。酒場には客はあまりいなかった。
「いらっしゃい。口入の話なら今日はもうないよ」
「いや、部屋を用意してもらいたい。二部屋だ」
「はいよ。ちょっと待っておくれ。えーと。あるよ」
「じゃあそこを頼む」
「料金は後払いだ。何日利用するんだい?」
「一泊だよ」
店主は部屋の鍵を取りに行ってすぐ戻ってきた。ミカは店主に聞いた。
「この辺りで信頼のできる宝石商はどこかしら?」
「お若いお嬢さんは宝石が好きなんだねぇ。そうだな、ここから東にジングウィル広場という所がある。ジングウィル広場から赤トカゲ通りを北に進むとキルト小道があるから、そこに"ブラックロータス装飾店"と言う店があるよ。店主のヌエリはとても真面目で勤勉だ。扱ってる商品に間違いはないよ」
「そこなら知ってる。ご主人も信頼を置いてる店で良く取引させてもらっている」
二人は早速ブラックロータス装飾店へ行く事にした。
「お客さん達出かけるのかい? だったら気をつけるといい」
「気をつける?」
「最近この辺りには盗賊団が出没してるんだ。昼間でもひったくりや強盗が出る。夜は尚更さ」
「なるほど。気をつけるよ」
そう言うと二人は外に出て歩きでブラックロータス装飾店に向かった。
左手奥に教会の礼拝堂が見える。この城下にはいくつか寺院が建っている。ドームの天辺に掲げられている紋章から、この寺院はエトラント教である事が分かる。そう言えば、世界の宗教についても勉強するように師匠に言われてたなぁとミカは思った。
元々ミカの生まれたシュバルツ家は、ポーレシア王国の南部、ナレリア地方にあった。王都ポルシュはポーレシア王国の北東にあったのでナレリア地方は田舎の土地として認識されていて、事実農業従事者が多い土地だった。南部の宗教観はブメリアート教が強く、ついでエトラント教、ブーディス教の信者が多かった。ミカの家もブメリアート教だった。
その後ミカはシュタインの元へ連れて来られた訳だが、そこは王都の東側に広がる北ヴァイスパーレン地方にあたる。この辺りはエトラント教が特に多かった。
シュタインは様々な宗教に精通してはいるが、自らが信仰する神については謎が多かった。ミカは熱心なブメリアート教徒では無かったのと、この半年で宗教に構っている暇が少なくなったのとで、今ではあまり宗教を意識しなくなっていた。
「ジングウィル広場です」
ちょうど蚤の市が開かれているようで、広場には沢山の露店が並んでいる。
「リグル、あの店を見て」
ミカはとある骨董品の店を指差した。
「あのナイフ。護身用にどうかしら?」
ミカは骨董屋の露店に並べられた品物の中にあった、祭礼用と思われるロングナイフを指差した。
「盗賊団対策ですか? でもあれは祭礼用ですが……」
「無いよりはあった方がいいんじゃない?」
「護身用なればちゃんとした店で買われた方が」
「ちゃんとしたお店では高価だし、何より私は剣を使えない。それに護身用だから目立った方がいいのよ」
二人は暫く話し合った。そして結果として買うことにした。
「はいよ。ブメリアート教の祭礼用ロングナイフだよ。祭礼用だからね、切れないよ」
ミカは店主からナイフを受け取り腰に挿そうとした。すると店主が言った。
「おやおや、お嬢さん。ブメリアート教は詳しくないのかな? それは肩から斜めにたすき掛けしておくものだよ」
言われてみればナイフにはストラップが付いていて、とても長い。ミカは肩からナイフを掛けた。
「これ……護身用として目立っているかしら?」
確かにナイフは黄金色ではあるが、斜めに掛けることでより一層祭礼用っぽさが醸し出されている。
「まあいいじゃないですか。いざとなれば私がショートソードを持ってるんですし」
「おじさん。ありがとう」
ミカは店主にお礼を言ってリグルと話しながら歩いて行った。その様子を影から見ていた男が二人の後をつけて行った事には気付かずに。
赤トカゲ通りを通ってキルト小道に入る。そしてブラックロータス装飾店があった。しかし入り口には張り紙がしてあった。
「『所用の為外出中。日暮れ前には戻ります』だそうです」
「日暮れ前って事はそろそろよね。ここで少し待ちましょう」
そして二人が待っていると店主のヌエリが戻ってきた。それにリグルがいち早く気づき声を掛けた。
「ヌエリさん! 待ってたんですよ」
ヌエリは二人に気づいて一度立ち止まり、またのんびりと歩いて近づいてきた。見たところ六十代といった所か。本来なら隠居するくらいの年齢だろう。
「あなたは……おお、リグルさんか」
「その通りです。今日は我が主人の弟子となる方を連れてきました」
「そちらのお嬢さんかな?」
「ミカです。よろしくヌエリさん」
「可愛いお嬢さん。よろしく頼みますよ。それで今日は? そのためだけに来られたのかい?」
「いえいえ、仕事です。百八十カラットのエメラルドを下さい」
「ふむ、百八十とはまた……とにかく中へお入り下さい」
ヌエリはいくつもある店の扉の鍵をガチャガチャと開けていった。
店に入るとヌエリは燭台に火をつけて回り、それが終わると天秤やらルーペなどを机の上に用意した。
「少し待ってておくれ。エメラルドだったね」
そう言うとヌエリは店の奥へと消えていった。二人は店に展示されているものを見て回った。指輪やチェーン、ピアスなどが飾られている。ふと、目をやると祭礼のコーナーにブメリアート教の祭礼用ロングナイフが飾られていた。先程ミカが買ったものだ。
「これより綺麗。しかも安い」
ミカが購入した物より派手でよく目立つ。そして何より値段が安かった。ミカは複雑な気持ちになった。リグルは小刻みに肩を震わせた。
ミカはそれをキッと睨み言った。
「何!」
「いえ、何でも」
その時店の奥からヌエリが戻ってきた。
「百八十カラットじゃったのう」
ヌエリは先程用意した道具の前に皮袋を置いて中身を出した。中からは手頃な大きさのエメラルドがいくつか出てきた。
ヌエリは天秤の一方の皿に重りを乗せた。次にもう一方にエメラルドを乗せて重さを計った。バランスが合わないので次の石と交換する。
「用途を聞いても構わないかな?」
ミカは説明の仕方が分からず口ごもった。
「何と言えば良いのかしら。連絡用でもないし、プレゼント、と言うのも厳密には違うし……師匠はテストだって言ってたわ」
「なるほど。バオホ様とのご連絡に使うんじゃな」
ミカは驚いた。何で分かったのか。
「どうして?」
「昔は魔法使い専門の雑貨屋をやっていたんだよ。だからプロトコルの事もある程度は分かるんじゃ」
そして、天秤のバランス重りを調節しながら一つのエメラルドを計り求めた。
「このエメラルドは百八十三カラットあるが、あんたの師匠なれば腕に十分じゃろう」
「え? 百八十カラットの石は無いの?」
「今いくつか見た中にはなかったんじゃよ。しかしバオホ様へのプロトコルに使うなら百八十三でも事足りる。安心せえ。なんなら料金は百八十カラットの分でよいよ」
ミカは少し不安だったが納得して店を出る事にした。
「まあ良いわ。師匠に何か言われたら私が石を削って百八十カラットにするから。ヌエリさんありがとう」
エメラルドを削るなどと言う事は素人には無理である事をミカは理解していなかった。
二人が外に出ると、人影がささっと動いて建物の陰に隠れたように見えた。日が沈もうとしているのか辺りは暮れなずんでいる。
「ミカ様、今何か隠れましたよ」
「え?」
「少しお待ちください」
リグルは影が隠れた方に走って行き様子を見た。しかしそこには誰も居なかった。
「見間違いかなぁ」
「何かいたの?」
「そう見えたんですけど……いませんでした」
「なら見間違いよ。行きましょう」
その時遠くでドームの鐘の音が聞こえた。
「日が沈みましたね。早く帰りましょう。じき暗くなりますよ」
二人がブラックロータス装飾店に背を向けて歩き始めた時、後ろから何者かが駆け寄ってきてリグルに殴りかかった。リグルはそのまま前向きで地面に倒れた。
「リグル⁉︎」
「動くな!」
小柄な男が棍棒を構えて立っていた。フードを目深に被り表情は見えないが、皮の鎧を着ている。
「金目の物を全部出せ。そうすれば命までは取らない」
盗賊団の一味。ミカは咄嗟にそう思った。
そしてそっと護身用のナイフに手を当てた。
「そのナイフは祭礼用だろう。武器としては効果が薄いぞ。さっきの店で宝石を買ったのも知っている。それも出してもらおうか」
その時屋根の方から声がした。
「そこの賊よ。命が惜しくばそのまま立ち去れ」
ミカと賊は上を見上げた。翼を羽ばたかせたリートが空中に留まってこちらを見ていた。
「リート!」
「ミカ様、お怪我はございませんか?」
賊は見慣れないその生き物にたじろいだ。
「お前は何者だ!」
「お前のような下賤の者に名乗る名はない。お前が知るべきは、ここで素直に立ち去らないと光の矢がお前の急所に当たるということだ。この光の矢は絶対に的を外さない」
そういうと、リートの右手にボーッと光る弓が現れ、左手にはやはりボーッと光る矢が現れた。
リートはその光る矢を弓につがえると賊に狙いをつけた。
賊は得体の知れないリートにたじろいだ。
「きょ、今日の所は特別に見逃してやる。しかし次は無いからな」
そう言うと賊はじりじりと二、三歩後ずさりしてから、踵を返して逃げていった。
それを見てミカは安心した。同時にリグルも意識を取り戻した。
「リグル殿、油断されましたな」
リートはふわりとミカとリグルの間に降り立ち言った。
「リート⁉︎ 何故ここに?」
「そうそう。何でリートがここにいるの?」
いつの間にかリートの手から光る弓矢は消えていた。
「ご主人様の命により現れた次第です。密かにお二人を監視してミカ様に危険が迫るようなら手助けしてほしいとの仰せで」
「シュタイン様が?」
「今回はミカ様は初めての土地です。何かあってはいけないと、私を使わせたようです」
「え? だったら最初から三人で行かせれば……。まあいいわ、とにかく助かったわ。ありがとう」
「私はあまり人前に姿を見せるのは苦手ですし、人々も私を好奇の目で見る事でしょうから、私はまた人目に付かない所からついて行きます」
そう言うとリートはまた空に飛び立った。
二人は宿に戻る事にした。リグルは殴られた頭を撫でていた。
この平原は緩く下りになっているようで、宿場から街道沿いに流れている川はミカたちが進んでいく方向へ流れている。そして宿場を出て程なくして遠くに王都のお城が見えた。
「道は王都までまっすぐなのね」
王都ポルシュは兵士だけでも十万からいて住民も含めると五十万人は住んでいる巨大都市だ。城は街の中央に丘を築いて作られており、四重の城壁とその堀で守られている。
城壁の最外殻の外側に広大な農耕地が広がる。所々に貯水池があり、水路が縦横に張り巡らされている。
「ミカ様は王都は初めてでしたね」
王都は城壁毎に検問が置かれていて、第二城壁、つまり外側から二番目の城壁を超えるには通行証がいる。ミカ達はもちろん通行証など持っていない。
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お昼になりミカとリグルは川原に下りて昼食を取る事にした。もはや王都は目の前だった。第一城壁がハッキリと見える。辺りは小麦の畑になっていた。
「ポルシュに入ったらやはり私が使っている宿に直行しましょう」
昼食を終えて少し休んでから再び馬を歩かせた。
城門が見えてきた。スレイグル門だ。そこには検問を待っている馬車が何台か並んでいた。ミカ達もその列に並ぶ。
程なくしてミカ達の検問の番が来た。
「名前を聞こうか?」
「私はリグル・ハーレン、こちらはミカ・シュバルツ様だ」
「目的は何だ?」
「街で宝石を買いたい」
「手荷物を改める」
門番はリグルとミカの荷物袋の中を覗き混んでみた。
「良いだろう。この書類にサインするんだ」
ミカとリグルは差し出された書類にサインした。ミカは随分と厳しい検問だと思った。
門をくぐると街の中は人々でごった返していた。リグルは慣れたもので道を右へ左へ進んでいく。
街は大通りが環状に通っていて、そこから小さい通りが枝葉のように分かれていた。何本目かの角を曲がるとその宿屋はあった。
「フクロウの巣? 変わった名前の宿ね」
「この宿は、宿の他に口入屋もやっています。街中の情報も集まります」
二人はウェザーとリーを繋いで宿に入った。まだ日は高い。酒場には客はあまりいなかった。
「いらっしゃい。口入の話なら今日はもうないよ」
「いや、部屋を用意してもらいたい。二部屋だ」
「はいよ。ちょっと待っておくれ。えーと。あるよ」
「じゃあそこを頼む」
「料金は後払いだ。何日利用するんだい?」
「一泊だよ」
店主は部屋の鍵を取りに行ってすぐ戻ってきた。ミカは店主に聞いた。
「この辺りで信頼のできる宝石商はどこかしら?」
「お若いお嬢さんは宝石が好きなんだねぇ。そうだな、ここから東にジングウィル広場という所がある。ジングウィル広場から赤トカゲ通りを北に進むとキルト小道があるから、そこに"ブラックロータス装飾店"と言う店があるよ。店主のヌエリはとても真面目で勤勉だ。扱ってる商品に間違いはないよ」
「そこなら知ってる。ご主人も信頼を置いてる店で良く取引させてもらっている」
二人は早速ブラックロータス装飾店へ行く事にした。
「お客さん達出かけるのかい? だったら気をつけるといい」
「気をつける?」
「最近この辺りには盗賊団が出没してるんだ。昼間でもひったくりや強盗が出る。夜は尚更さ」
「なるほど。気をつけるよ」
そう言うと二人は外に出て歩きでブラックロータス装飾店に向かった。
左手奥に教会の礼拝堂が見える。この城下にはいくつか寺院が建っている。ドームの天辺に掲げられている紋章から、この寺院はエトラント教である事が分かる。そう言えば、世界の宗教についても勉強するように師匠に言われてたなぁとミカは思った。
元々ミカの生まれたシュバルツ家は、ポーレシア王国の南部、ナレリア地方にあった。王都ポルシュはポーレシア王国の北東にあったのでナレリア地方は田舎の土地として認識されていて、事実農業従事者が多い土地だった。南部の宗教観はブメリアート教が強く、ついでエトラント教、ブーディス教の信者が多かった。ミカの家もブメリアート教だった。
その後ミカはシュタインの元へ連れて来られた訳だが、そこは王都の東側に広がる北ヴァイスパーレン地方にあたる。この辺りはエトラント教が特に多かった。
シュタインは様々な宗教に精通してはいるが、自らが信仰する神については謎が多かった。ミカは熱心なブメリアート教徒では無かったのと、この半年で宗教に構っている暇が少なくなったのとで、今ではあまり宗教を意識しなくなっていた。
「ジングウィル広場です」
ちょうど蚤の市が開かれているようで、広場には沢山の露店が並んでいる。
「リグル、あの店を見て」
ミカはとある骨董品の店を指差した。
「あのナイフ。護身用にどうかしら?」
ミカは骨董屋の露店に並べられた品物の中にあった、祭礼用と思われるロングナイフを指差した。
「盗賊団対策ですか? でもあれは祭礼用ですが……」
「無いよりはあった方がいいんじゃない?」
「護身用なればちゃんとした店で買われた方が」
「ちゃんとしたお店では高価だし、何より私は剣を使えない。それに護身用だから目立った方がいいのよ」
二人は暫く話し合った。そして結果として買うことにした。
「はいよ。ブメリアート教の祭礼用ロングナイフだよ。祭礼用だからね、切れないよ」
ミカは店主からナイフを受け取り腰に挿そうとした。すると店主が言った。
「おやおや、お嬢さん。ブメリアート教は詳しくないのかな? それは肩から斜めにたすき掛けしておくものだよ」
言われてみればナイフにはストラップが付いていて、とても長い。ミカは肩からナイフを掛けた。
「これ……護身用として目立っているかしら?」
確かにナイフは黄金色ではあるが、斜めに掛けることでより一層祭礼用っぽさが醸し出されている。
「まあいいじゃないですか。いざとなれば私がショートソードを持ってるんですし」
「おじさん。ありがとう」
ミカは店主にお礼を言ってリグルと話しながら歩いて行った。その様子を影から見ていた男が二人の後をつけて行った事には気付かずに。
赤トカゲ通りを通ってキルト小道に入る。そしてブラックロータス装飾店があった。しかし入り口には張り紙がしてあった。
「『所用の為外出中。日暮れ前には戻ります』だそうです」
「日暮れ前って事はそろそろよね。ここで少し待ちましょう」
そして二人が待っていると店主のヌエリが戻ってきた。それにリグルがいち早く気づき声を掛けた。
「ヌエリさん! 待ってたんですよ」
ヌエリは二人に気づいて一度立ち止まり、またのんびりと歩いて近づいてきた。見たところ六十代といった所か。本来なら隠居するくらいの年齢だろう。
「あなたは……おお、リグルさんか」
「その通りです。今日は我が主人の弟子となる方を連れてきました」
「そちらのお嬢さんかな?」
「ミカです。よろしくヌエリさん」
「可愛いお嬢さん。よろしく頼みますよ。それで今日は? そのためだけに来られたのかい?」
「いえいえ、仕事です。百八十カラットのエメラルドを下さい」
「ふむ、百八十とはまた……とにかく中へお入り下さい」
ヌエリはいくつもある店の扉の鍵をガチャガチャと開けていった。
店に入るとヌエリは燭台に火をつけて回り、それが終わると天秤やらルーペなどを机の上に用意した。
「少し待ってておくれ。エメラルドだったね」
そう言うとヌエリは店の奥へと消えていった。二人は店に展示されているものを見て回った。指輪やチェーン、ピアスなどが飾られている。ふと、目をやると祭礼のコーナーにブメリアート教の祭礼用ロングナイフが飾られていた。先程ミカが買ったものだ。
「これより綺麗。しかも安い」
ミカが購入した物より派手でよく目立つ。そして何より値段が安かった。ミカは複雑な気持ちになった。リグルは小刻みに肩を震わせた。
ミカはそれをキッと睨み言った。
「何!」
「いえ、何でも」
その時店の奥からヌエリが戻ってきた。
「百八十カラットじゃったのう」
ヌエリは先程用意した道具の前に皮袋を置いて中身を出した。中からは手頃な大きさのエメラルドがいくつか出てきた。
ヌエリは天秤の一方の皿に重りを乗せた。次にもう一方にエメラルドを乗せて重さを計った。バランスが合わないので次の石と交換する。
「用途を聞いても構わないかな?」
ミカは説明の仕方が分からず口ごもった。
「何と言えば良いのかしら。連絡用でもないし、プレゼント、と言うのも厳密には違うし……師匠はテストだって言ってたわ」
「なるほど。バオホ様とのご連絡に使うんじゃな」
ミカは驚いた。何で分かったのか。
「どうして?」
「昔は魔法使い専門の雑貨屋をやっていたんだよ。だからプロトコルの事もある程度は分かるんじゃ」
そして、天秤のバランス重りを調節しながら一つのエメラルドを計り求めた。
「このエメラルドは百八十三カラットあるが、あんたの師匠なれば腕に十分じゃろう」
「え? 百八十カラットの石は無いの?」
「今いくつか見た中にはなかったんじゃよ。しかしバオホ様へのプロトコルに使うなら百八十三でも事足りる。安心せえ。なんなら料金は百八十カラットの分でよいよ」
ミカは少し不安だったが納得して店を出る事にした。
「まあ良いわ。師匠に何か言われたら私が石を削って百八十カラットにするから。ヌエリさんありがとう」
エメラルドを削るなどと言う事は素人には無理である事をミカは理解していなかった。
二人が外に出ると、人影がささっと動いて建物の陰に隠れたように見えた。日が沈もうとしているのか辺りは暮れなずんでいる。
「ミカ様、今何か隠れましたよ」
「え?」
「少しお待ちください」
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「見間違いかなぁ」
「何かいたの?」
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「なら見間違いよ。行きましょう」
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「日が沈みましたね。早く帰りましょう。じき暗くなりますよ」
二人がブラックロータス装飾店に背を向けて歩き始めた時、後ろから何者かが駆け寄ってきてリグルに殴りかかった。リグルはそのまま前向きで地面に倒れた。
「リグル⁉︎」
「動くな!」
小柄な男が棍棒を構えて立っていた。フードを目深に被り表情は見えないが、皮の鎧を着ている。
「金目の物を全部出せ。そうすれば命までは取らない」
盗賊団の一味。ミカは咄嗟にそう思った。
そしてそっと護身用のナイフに手を当てた。
「そのナイフは祭礼用だろう。武器としては効果が薄いぞ。さっきの店で宝石を買ったのも知っている。それも出してもらおうか」
その時屋根の方から声がした。
「そこの賊よ。命が惜しくばそのまま立ち去れ」
ミカと賊は上を見上げた。翼を羽ばたかせたリートが空中に留まってこちらを見ていた。
「リート!」
「ミカ様、お怪我はございませんか?」
賊は見慣れないその生き物にたじろいだ。
「お前は何者だ!」
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そういうと、リートの右手にボーッと光る弓が現れ、左手にはやはりボーッと光る矢が現れた。
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賊は得体の知れないリートにたじろいだ。
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「リート⁉︎ 何故ここに?」
「そうそう。何でリートがここにいるの?」
いつの間にかリートの手から光る弓矢は消えていた。
「ご主人様の命により現れた次第です。密かにお二人を監視してミカ様に危険が迫るようなら手助けしてほしいとの仰せで」
「シュタイン様が?」
「今回はミカ様は初めての土地です。何かあってはいけないと、私を使わせたようです」
「え? だったら最初から三人で行かせれば……。まあいいわ、とにかく助かったわ。ありがとう」
「私はあまり人前に姿を見せるのは苦手ですし、人々も私を好奇の目で見る事でしょうから、私はまた人目に付かない所からついて行きます」
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突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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