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エングラントの槍編
勝つ者
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九階は外壁以外壁も仕切りもない、天井を支える柱が規則正しく並んでいるとても広いフロアだった。シュタインは何か嫌な予感がした。
「戦闘に参加出来ない者はこの階段に隠れて見ているんだ」
シュタインは戦闘可能な兵士二人を連れてフロアの中を歩いて行った。よく見るとフロアの中心辺りの天井が吹き抜けになっている。その吹き抜けの下には、何やら大型の生き物の死骸が何体か転がっていた。
「シュタイン様。あれは?」
「捕食された後のようだが……」
するとフロアの奥からズルズルと引きずるような足音が複数聞こえてきた。グルルーと言う喉が鳴るような音もする。
「気を付けろ。何かいるぞ」
すると柱の影から巨大なトロールが姿を表した。
「シュタイン様! あっちからも!」
柱の反対側からも別のトロールが顔を出した。
「二匹も……か」
トロールは丸太の棍棒を持っている。
「奴ら、僕らを食べるつもりでいるようだ。あの棍棒、掠っただけでも怪我しそうだね」
と、徐ろにシュタインは呪文を唱え始めた。
「ザララーマ ヤナチャード カリオン」
「シュタイン様、どうすれば?」
「今君達の武器は氷の魔法によって強化されている。トロールはでかいから膝を狙うんだ。しかし奴らの攻撃をかわす事を第一とするんだ。無理するな!」
と、トロールが間合いに入った。トロールは鈍重に丸太を振りかぶると思いっきりそれを振り下ろして来た。
シュタインは後ろに飛び退いた。
「少しだけ時間稼ぎしてくれ!」
そう言うと呪文の詠唱に入った。
「スチラニヤーマ トニガラチーノ サンサンス マダマチル 風の界より出よ、風の精霊 ダルラン カルラン マ スタナ」
すると辺りに一陣の風が舞った。そして何やら形の捉えにくい何かが辺りを凄い速度で飛び回り始めた。シュタインは風の精霊を呼び出し使役したのだった。
風の精霊は口から何か吹き出した。発射されたそれは片方のトロールの持っている丸太に当たると丸太が粉々に砕け散った。トロールは何が起きたのか理解できず、一瞬動きが止まった。兵士はすかさずそのトロールの膝に剣を入れた。
風の精霊はもう一匹のトロールの目の辺りを掠め飛んだ。その際目を引っ掻いた。引っ掻かれたトロールは堪らず丸太を落とし目を両手で覆った。
「目をやった奴は僕が引き受ける。もう片方に二人でかかれ!」
二人の兵士は言われるままに丸太を砕かれたトロールに立ち向かった。
風の精霊は再び目をやられたトロールに向かって何かを吹いた。それはトロールの喉に当たった。トロールは一瞬息が詰まって動きがまた止まる。
二人の兵士はトロールの膝を連打した。氷によるダメージがトロールの膝に蓄積されとうとうトロールの膝が凍りついた。
風の精霊は次に目をやられたトロールの頸動脈に向かって旋風の魔法を唱えた(精霊は魔法の詠唱は必要なく魔法を使える)。
真空の空気の刃がトロールの頸動脈を切り裂いた。トロールは悲鳴をあげるが程なくして意識を失った。
同時に二人の兵士ももう一匹の心臓に剣を突き刺して倒した。
シュタインは精霊を解放した。ミカが慌てて階段から叫んだ。
「大丈夫ですか、師匠?」
しかしシュタインは吹き抜けから上のフロアを見ていた。そこにはバオホの姿があった。
「シュタインよ、ここまで来たか……」
「お陰でヘロヘロだよ」
「良いだろう……」
バオホは吹き抜けに向かってジャンプした。
「オブザード マ ザード 解き放て」
するとゆっくりとバオホは降りて来た。
「師匠!」
ミカは咄嗟に魔剣シュネーバルをシュタインに向かって投げた。シュタインは右手でそれを受け取った。
「右手で受け取っては咄嗟には使えないな」
「お前もローエ・ロートを帯剣してないようだが」
お互い間合いを取っている。シュタインは二人の兵士から離れるようにジリジリと動く。
「全員なるべくバオホと僕から離れるんだ」
「他人の心配をしていていいのか?」
「それはお互い様だよ」
二人の動きが止まった。と同時に二人は呪文の詠唱に入った。
「ガルガポ マルナラ ヤポ サンス」
「クーサラミ ナヤラミ コンゴ 壁よ」
呪文はほぼ同時に唱え終わった。シュタインの目の前には分厚い氷の壁が現れた。バオホの目の前の空気が陽炎で揺らいだかと思うと火の粉が舞い始めそれらがシュタイン目掛けて高速で飛んでいった。
「お前はいつでも守りを考えるな。この五百度の熱風にいつまでその氷の壁が持つと思うのだ!」
そしてバオホは続けて魔法の詠唱に入った。
「ザラルグバルド ダヌミガラルヨ マイア ヨルグア 突き刺せ」
シュタインは横に飛びのきながら呪文の詠唱に入る。バオホは今までシュタインがいた空間を指差した。するとその指先から真っ白に光を放つ熱線が飛び出した。火の粉の熱風でかなり溶けかかっていた氷の壁に熱線が当たるとたちまち氷が砕けて熱線はそのまま突き抜けた。
「シャルルアート マリルミルモ サバクナ ギルギヤ」
シュタインはサッとバオホの方へ片手を突き出した。するとその手の先から水平に放射状に雷が伝わっていった。雷はそのままバオホの体に当たった。バオホは後ろに吹き飛ばされた。ミカは思わず声を出した。
「当たった!」
「いや、奴はレジストした」
レジストとは、強い精神力によって魔法を耐え抜きダメージを少なくする手法の事だ。
バオホはゆっくりと立ち上がる。雷によるダメージはあまり無いようだった。
「シュタインよ。子供騙しの魔法はやめよ。それともここにくるまでに強力な魔法を使い過ぎて、もはや魔法が残っていないのか?」
「お前相手に騙し合いをしても始まらないか……」
魔法探究者と言えども無限に魔法を使えるわけではない。魔法を使うたびに精神力を浪費する。
例えば水瓶に水が一杯に入っている状態を魔法を全く使っていない状態とした場合、何か魔法を使うと言うのはその水をその分だけ外に捨てる事になる。強力な魔法程大量に水を捨てなければならない。バオホの水瓶にはまだ沢山水が残っている。しかしシュタインはここに来るまでに何度も魔法を使っているので水瓶の水は少ない。もし水瓶の水を全て使い果たすと昏睡に陥る。
「シュタインよ。このまま引き下がってくれないか。無駄な戦いはお互いに取って意味がないだろう」
「僕ら二人の問題ではないだろう。それくらいは分かってるはずだ」
魔法による戦闘は一瞬で決まる。どちらかが強力な魔法によって相手を屈服させた時だ。しかしそれ程の強力な魔法を唱えるには長い呪文の詠唱とより強力な精神集中が必要になる。その為、お互いに弱い魔法を小出しにして相手を牽制したり、会話によって隙を生み出したりする。
バオホは不意に後ろに飛びのきながら何か紙切れを空中に放り投げた。
「エストラーヤ!」
「符呪魔法か」
紙切れに何やら呪文のようなものが書かれているのをシュタインは見逃さなかった。と同時に身を屈めて腕を顔の前でクロスした。
バオホが放った紙切れは小型のナイフに姿を変えてシュタインに向かって飛んでいった。放たれた紙は三枚。シュタインの右二の腕と左足太ももを掠め、あと一つは左手の腕に刺さった。
しかしシュタインは次の呪文を唱えていた。
「オブザード マ ザード 解き放て」
シュタインの体は宙に浮いた。
「現代魔法の飛翔か。飛翔中は他の魔法を使えないぞ」
シュタインはバオホから間合いを取るように後ろに飛行した。
魔法と言うのはその魔法が継続している間、集中力を解くことが出来ない。もし敵の攻撃を受けるなどして集中力が途切れるとその魔法も終わる。もちろん他の魔法を使う事も出来ない(但しそれは魔法科学が確立している現代魔法学の魔法だけの話で、失われた古代魔法学に置いては複数の魔法を使う事も出来た)。
それでもシュタインはバオホから一定の距離を取って円を描くように飛行した。
バオホは懐から先程の紙切れをいくつも取り出して、それをシュタインに向けて放った。しかし飛行しているシュタインに当てるのは難しいようだった。
「悪あがきはよせ! 身を引くんだシュタイン!」
シュタインは唐突に飛行の向きを変えたり近付いたり遠ざかったりしてバオホを翻弄した。
そしてシュタインは柱の影に隠れるとそこから出てこなかった。
「子供騙しだ。シュタインよ、こそこそ隠れずに出てくるのだ」
しかしシュタインは柱の影から出て来なかった。バオホは柱から一定の距離を取り、柱を中心にして円を描くようにゆっくりと回り込んだ。
「ガニガスマダラバ ヨースーン ナラバ 灼熱の炎 ナンガーサラ」
するとバオホの正面にスイカほどの大きさの燃え盛る炎で包まれた球が現れ、シュタインが隠れている柱目掛けて飛んでいった。その炎の球が柱を回り込み柱の裏に来た時、反対側からシュタインが飛び出した。
と同時にその炎の球が爆発した。その破片が辺り一面に飛び散って床にコツコツと当たる音がした。
「ガニガスマダラバ ヨースーン ナラバ……」
バオホは再び同じ呪文を詠唱し始めた。
シュタインは右手に持っているシュネーバルを床に置き、素早く左腕に刺さっているナイフを抜いてバオホに向かって投げた。投げると同時に呪文の詠唱に入る。
「アララナムーガ ゴロバズナーヤ アンラナエッカサル……」
ナイフは呪文の詠唱に集中しているバオホに容易に突き刺さった。
「うぐっ!」
バオホの呪文は失敗した。しかしバオホは続けて次の呪文の詠唱に入った。
「タナラビ ナカラタバ グンドゥ ナルプグ 火の界より出よ 炎の大蛇 サラナーグ」
バオホの呪文が先に終わった。シュタインは構わず詠唱を続ける。
「外界に住まいし兄弟よ アルサエフーゴ マルマサリーノ……」
バオホは火の精霊界から炎の大蛇を召喚した。大木程の大きさの炎の大蛇がシュタイン目掛けて突っ込んでいった。しかしその時シュタインの呪文の詠唱が終わった。
「その槍を捧げよ」
次の瞬間、炎の大蛇はシュタインの体を突き抜けていった。
「ぐおおーっ!」
しかしシュタインは必死にレジストした。耐え難い火炎のダメージだった。
同時に床が青白く光った。魔法陣だ。
「何! さっきの飛翔は私を翻弄していたのではなく魔法陣を描いていたのか!」
炎の大蛇がシュタインの体を突き抜け切り、再びバオホの横に戻ってくる。シュタインはレジストしたのだがそれでも片膝をついて倒れそうになっていた。
見るとシュタインの左側に裸の少年が立っていた。少年の体は光り輝いている。
「こ、古代召喚魔法か⁉︎」
シュタインは古代召喚魔法ではなく古代契約魔法を唱えていたがバオホには知る由もなかった。
古代魔法は既に失われた魔法だ。探究者の中にはその魔法を発掘し復活させているものも少なくない。そして古代魔法は系統立たれていない為、他の魔法探究者からはそれが何の魔法なのか分からない利点がある。
光の少年の背後に光の玉が浮かび上がると、その中から染み出すように小さな天使達が現れた。天使達は次々と四方に広がり次の瞬間そのあどけない姿を光の槍に変えた。
「な、なんだこの魔法は⁉︎」
バオホは本能的に危険を察知し、炎の大蛇を自分の前に盾として配置した。
光の槍へと姿を変えた天使達は次々と高速でバオホ目掛けて飛んでいった。その槍の威力は絶大で、炎の大蛇は一瞬にして霧散した。
光の槍は次から次へとバオホに突き刺さり体を貫いていった。
「か、神との契約魔法だ。レジストはできんぞ、バオホ」
シュタインは片膝をついてその様子を見ていた。
「うおおおー!」
光の槍を猛烈に食らったバオホは、断末魔を上げて床に崩れ落ちた。そして動けなくなった。
バオホの体を突き抜けた光の槍はまた天使のあどけない姿に戻り、少年と共に消えていった。
「ミ、ミカ。バオホを捕縛するんだ」
そう言うとシュタインも床に崩れ落ちた。
「戦闘に参加出来ない者はこの階段に隠れて見ているんだ」
シュタインは戦闘可能な兵士二人を連れてフロアの中を歩いて行った。よく見るとフロアの中心辺りの天井が吹き抜けになっている。その吹き抜けの下には、何やら大型の生き物の死骸が何体か転がっていた。
「シュタイン様。あれは?」
「捕食された後のようだが……」
するとフロアの奥からズルズルと引きずるような足音が複数聞こえてきた。グルルーと言う喉が鳴るような音もする。
「気を付けろ。何かいるぞ」
すると柱の影から巨大なトロールが姿を表した。
「シュタイン様! あっちからも!」
柱の反対側からも別のトロールが顔を出した。
「二匹も……か」
トロールは丸太の棍棒を持っている。
「奴ら、僕らを食べるつもりでいるようだ。あの棍棒、掠っただけでも怪我しそうだね」
と、徐ろにシュタインは呪文を唱え始めた。
「ザララーマ ヤナチャード カリオン」
「シュタイン様、どうすれば?」
「今君達の武器は氷の魔法によって強化されている。トロールはでかいから膝を狙うんだ。しかし奴らの攻撃をかわす事を第一とするんだ。無理するな!」
と、トロールが間合いに入った。トロールは鈍重に丸太を振りかぶると思いっきりそれを振り下ろして来た。
シュタインは後ろに飛び退いた。
「少しだけ時間稼ぎしてくれ!」
そう言うと呪文の詠唱に入った。
「スチラニヤーマ トニガラチーノ サンサンス マダマチル 風の界より出よ、風の精霊 ダルラン カルラン マ スタナ」
すると辺りに一陣の風が舞った。そして何やら形の捉えにくい何かが辺りを凄い速度で飛び回り始めた。シュタインは風の精霊を呼び出し使役したのだった。
風の精霊は口から何か吹き出した。発射されたそれは片方のトロールの持っている丸太に当たると丸太が粉々に砕け散った。トロールは何が起きたのか理解できず、一瞬動きが止まった。兵士はすかさずそのトロールの膝に剣を入れた。
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「目をやった奴は僕が引き受ける。もう片方に二人でかかれ!」
二人の兵士は言われるままに丸太を砕かれたトロールに立ち向かった。
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二人の兵士はトロールの膝を連打した。氷によるダメージがトロールの膝に蓄積されとうとうトロールの膝が凍りついた。
風の精霊は次に目をやられたトロールの頸動脈に向かって旋風の魔法を唱えた(精霊は魔法の詠唱は必要なく魔法を使える)。
真空の空気の刃がトロールの頸動脈を切り裂いた。トロールは悲鳴をあげるが程なくして意識を失った。
同時に二人の兵士ももう一匹の心臓に剣を突き刺して倒した。
シュタインは精霊を解放した。ミカが慌てて階段から叫んだ。
「大丈夫ですか、師匠?」
しかしシュタインは吹き抜けから上のフロアを見ていた。そこにはバオホの姿があった。
「シュタインよ、ここまで来たか……」
「お陰でヘロヘロだよ」
「良いだろう……」
バオホは吹き抜けに向かってジャンプした。
「オブザード マ ザード 解き放て」
するとゆっくりとバオホは降りて来た。
「師匠!」
ミカは咄嗟に魔剣シュネーバルをシュタインに向かって投げた。シュタインは右手でそれを受け取った。
「右手で受け取っては咄嗟には使えないな」
「お前もローエ・ロートを帯剣してないようだが」
お互い間合いを取っている。シュタインは二人の兵士から離れるようにジリジリと動く。
「全員なるべくバオホと僕から離れるんだ」
「他人の心配をしていていいのか?」
「それはお互い様だよ」
二人の動きが止まった。と同時に二人は呪文の詠唱に入った。
「ガルガポ マルナラ ヤポ サンス」
「クーサラミ ナヤラミ コンゴ 壁よ」
呪文はほぼ同時に唱え終わった。シュタインの目の前には分厚い氷の壁が現れた。バオホの目の前の空気が陽炎で揺らいだかと思うと火の粉が舞い始めそれらがシュタイン目掛けて高速で飛んでいった。
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そしてバオホは続けて魔法の詠唱に入った。
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シュタインは横に飛びのきながら呪文の詠唱に入る。バオホは今までシュタインがいた空間を指差した。するとその指先から真っ白に光を放つ熱線が飛び出した。火の粉の熱風でかなり溶けかかっていた氷の壁に熱線が当たるとたちまち氷が砕けて熱線はそのまま突き抜けた。
「シャルルアート マリルミルモ サバクナ ギルギヤ」
シュタインはサッとバオホの方へ片手を突き出した。するとその手の先から水平に放射状に雷が伝わっていった。雷はそのままバオホの体に当たった。バオホは後ろに吹き飛ばされた。ミカは思わず声を出した。
「当たった!」
「いや、奴はレジストした」
レジストとは、強い精神力によって魔法を耐え抜きダメージを少なくする手法の事だ。
バオホはゆっくりと立ち上がる。雷によるダメージはあまり無いようだった。
「シュタインよ。子供騙しの魔法はやめよ。それともここにくるまでに強力な魔法を使い過ぎて、もはや魔法が残っていないのか?」
「お前相手に騙し合いをしても始まらないか……」
魔法探究者と言えども無限に魔法を使えるわけではない。魔法を使うたびに精神力を浪費する。
例えば水瓶に水が一杯に入っている状態を魔法を全く使っていない状態とした場合、何か魔法を使うと言うのはその水をその分だけ外に捨てる事になる。強力な魔法程大量に水を捨てなければならない。バオホの水瓶にはまだ沢山水が残っている。しかしシュタインはここに来るまでに何度も魔法を使っているので水瓶の水は少ない。もし水瓶の水を全て使い果たすと昏睡に陥る。
「シュタインよ。このまま引き下がってくれないか。無駄な戦いはお互いに取って意味がないだろう」
「僕ら二人の問題ではないだろう。それくらいは分かってるはずだ」
魔法による戦闘は一瞬で決まる。どちらかが強力な魔法によって相手を屈服させた時だ。しかしそれ程の強力な魔法を唱えるには長い呪文の詠唱とより強力な精神集中が必要になる。その為、お互いに弱い魔法を小出しにして相手を牽制したり、会話によって隙を生み出したりする。
バオホは不意に後ろに飛びのきながら何か紙切れを空中に放り投げた。
「エストラーヤ!」
「符呪魔法か」
紙切れに何やら呪文のようなものが書かれているのをシュタインは見逃さなかった。と同時に身を屈めて腕を顔の前でクロスした。
バオホが放った紙切れは小型のナイフに姿を変えてシュタインに向かって飛んでいった。放たれた紙は三枚。シュタインの右二の腕と左足太ももを掠め、あと一つは左手の腕に刺さった。
しかしシュタインは次の呪文を唱えていた。
「オブザード マ ザード 解き放て」
シュタインの体は宙に浮いた。
「現代魔法の飛翔か。飛翔中は他の魔法を使えないぞ」
シュタインはバオホから間合いを取るように後ろに飛行した。
魔法と言うのはその魔法が継続している間、集中力を解くことが出来ない。もし敵の攻撃を受けるなどして集中力が途切れるとその魔法も終わる。もちろん他の魔法を使う事も出来ない(但しそれは魔法科学が確立している現代魔法学の魔法だけの話で、失われた古代魔法学に置いては複数の魔法を使う事も出来た)。
それでもシュタインはバオホから一定の距離を取って円を描くように飛行した。
バオホは懐から先程の紙切れをいくつも取り出して、それをシュタインに向けて放った。しかし飛行しているシュタインに当てるのは難しいようだった。
「悪あがきはよせ! 身を引くんだシュタイン!」
シュタインは唐突に飛行の向きを変えたり近付いたり遠ざかったりしてバオホを翻弄した。
そしてシュタインは柱の影に隠れるとそこから出てこなかった。
「子供騙しだ。シュタインよ、こそこそ隠れずに出てくるのだ」
しかしシュタインは柱の影から出て来なかった。バオホは柱から一定の距離を取り、柱を中心にして円を描くようにゆっくりと回り込んだ。
「ガニガスマダラバ ヨースーン ナラバ 灼熱の炎 ナンガーサラ」
するとバオホの正面にスイカほどの大きさの燃え盛る炎で包まれた球が現れ、シュタインが隠れている柱目掛けて飛んでいった。その炎の球が柱を回り込み柱の裏に来た時、反対側からシュタインが飛び出した。
と同時にその炎の球が爆発した。その破片が辺り一面に飛び散って床にコツコツと当たる音がした。
「ガニガスマダラバ ヨースーン ナラバ……」
バオホは再び同じ呪文を詠唱し始めた。
シュタインは右手に持っているシュネーバルを床に置き、素早く左腕に刺さっているナイフを抜いてバオホに向かって投げた。投げると同時に呪文の詠唱に入る。
「アララナムーガ ゴロバズナーヤ アンラナエッカサル……」
ナイフは呪文の詠唱に集中しているバオホに容易に突き刺さった。
「うぐっ!」
バオホの呪文は失敗した。しかしバオホは続けて次の呪文の詠唱に入った。
「タナラビ ナカラタバ グンドゥ ナルプグ 火の界より出よ 炎の大蛇 サラナーグ」
バオホの呪文が先に終わった。シュタインは構わず詠唱を続ける。
「外界に住まいし兄弟よ アルサエフーゴ マルマサリーノ……」
バオホは火の精霊界から炎の大蛇を召喚した。大木程の大きさの炎の大蛇がシュタイン目掛けて突っ込んでいった。しかしその時シュタインの呪文の詠唱が終わった。
「その槍を捧げよ」
次の瞬間、炎の大蛇はシュタインの体を突き抜けていった。
「ぐおおーっ!」
しかしシュタインは必死にレジストした。耐え難い火炎のダメージだった。
同時に床が青白く光った。魔法陣だ。
「何! さっきの飛翔は私を翻弄していたのではなく魔法陣を描いていたのか!」
炎の大蛇がシュタインの体を突き抜け切り、再びバオホの横に戻ってくる。シュタインはレジストしたのだがそれでも片膝をついて倒れそうになっていた。
見るとシュタインの左側に裸の少年が立っていた。少年の体は光り輝いている。
「こ、古代召喚魔法か⁉︎」
シュタインは古代召喚魔法ではなく古代契約魔法を唱えていたがバオホには知る由もなかった。
古代魔法は既に失われた魔法だ。探究者の中にはその魔法を発掘し復活させているものも少なくない。そして古代魔法は系統立たれていない為、他の魔法探究者からはそれが何の魔法なのか分からない利点がある。
光の少年の背後に光の玉が浮かび上がると、その中から染み出すように小さな天使達が現れた。天使達は次々と四方に広がり次の瞬間そのあどけない姿を光の槍に変えた。
「な、なんだこの魔法は⁉︎」
バオホは本能的に危険を察知し、炎の大蛇を自分の前に盾として配置した。
光の槍へと姿を変えた天使達は次々と高速でバオホ目掛けて飛んでいった。その槍の威力は絶大で、炎の大蛇は一瞬にして霧散した。
光の槍は次から次へとバオホに突き刺さり体を貫いていった。
「か、神との契約魔法だ。レジストはできんぞ、バオホ」
シュタインは片膝をついてその様子を見ていた。
「うおおおー!」
光の槍を猛烈に食らったバオホは、断末魔を上げて床に崩れ落ちた。そして動けなくなった。
バオホの体を突き抜けた光の槍はまた天使のあどけない姿に戻り、少年と共に消えていった。
「ミ、ミカ。バオホを捕縛するんだ」
そう言うとシュタインも床に崩れ落ちた。
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かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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