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ローレシアン王国編

小雨

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知らなかったが、回復したサーニャさんは今はクァーク要塞の代理司令らしい。
リームスの長い感謝が済むと、再び部屋に入ってきてそう教えてくれた。
あと"穢れ"は全て俺に向かったのでよくなったとのことだ。
俺は流れ人なので影響を心配することはないが
それでも迷惑をかけたと深く謝られた。
そして
「代理司令とはいえ、ここに戦略的価値はもうないので、
 クラーゴン司令のおられるマルガ城の後詰のようなものです」
と笑ったあとに彼女は
「機械槍は、完全に回復しきったあと、タカユキ様に届けさせますね」
と言った。俺はなんとも言えない顔で頷いていたと思う。

俺たち三人は昼食後に
単騎で要塞まで駆けてきた第二王子補佐官リームスの護衛も兼ねて
第二王子の居城、ソーン城へ向かう。
今度は装甲車ではなく、馬と徒歩、アルデハイトは飛行である。
徒歩のセミーラやザルガスたちは後から装甲車を出してもらって
向かってくるとのことだった。
結局、あの乗ってきた装甲車は戦闘には使われなかった。
銃もあるとは以前にミーシャから聞いたが
戦闘で使われているのを一度も見ていない。
提供した側の機械人からの制約が何かあるのかもしれない。

小雨の中、全速力で北にある王子居城へと
馬を走らせるリームスとミーシャに、俺は走りながらついていく。
何と馬の速度にである。しかも息切れ一つしない。
我ながら異常だなと思う。
日が暮れる前にはつきたいそうだ。
ちなみにサーニャさんによると、
各地に潜んでいたゴルスバウ軍も要塞侵攻軍が崩壊するのと同時に
南側の自国へと一斉に引いたということである。
なので一応、安全ではあるようだ。
「兄さん……なんかまた身体強くなってない?」
驚きつつも半ば呆れた調子で、馬上からミーシャが訊いてくる。
「うん……よくわからんけどさらに……慣れた気がするな」
リームスはこちらをチラッと振り返り微笑むと
再び、手綱を握り締め馬を走らせていく。
俺たちの二メートルほど上を翼を広げ
ゆっくりと飛ぶアルデハイトは暇そうに欠伸しながら
「タカユキ様、走らなくても、私が連れて行きますよ?」
と訊ねてくる。
「いや、走るよ。世話になりっぱなしは悪い」
「そうですか、ちょっと周りの様子を見てきて良いですか?」
「どうぞ。適当なときに帰ってきてな」
「もちろんですよ」
空を見ながら生返事をしたアルデハイトはどこかへと飛び去っていった。

そのまま走っていると
装甲車内に居たときは気付かなかったが、幾つかの大きな城を通り過ぎる。
そりゃそうだよな。さすがにクァーク要塞を抜かれたら
次は王子居城だったら、あの支援のなさはおかしい。
支援がなかったのも、後詰の城に兵力を込めていたんだろう。
そう思いながら、リームスに
「クァーク要塞の北にもいくつか城があったんですね」
と走りながら話しかける。馬上からリームスは
「とはいえ、要塞を落とされたらもう終わりでした」
と爽やかに言い放つ。おいおいマジか。
「マルガ城の残存兵と第二王子領の遊撃兵の全兵でしたから。
 ルクネツア城に詰めていた王都中央軍はライグァークによりほぼ全滅しましたし」
そうか……支援がこないと思った。
ザルガスたちが言うように王都の政界や
王子たちの争いと言うのも支援のない理由もあるだろうが、
実質、戦える主力がほぼやられていたのか。
「そして、我が王子は統率力が……いや統治力そのものが……」
とリームスは言いかけて、スキンヘッドの頭を自ら軽く叩く。
「いやいや、言ってはいけないことでしたな」
俺と顔を合わせ、お互い笑って誤魔化して、ミーシャは不思議な顔をした。

辺りが真っ暗になるころに、ソーン城へとたどり着いた。
相変わらずの人と兵士の多さである。
小雨の中、数多くのカンテラに照らされて、行き来している。
「お二人にはすぐにお部屋をご用意します。
 アルデハイト様は良いのですかな?」
「ああ、多分、しばらくは帰ってこないからいいですよ」
と俺はリームスに返して、ミーシャがすぐに
「兄さんと私の部屋は同じところね!!」
「……了解しました。兄弟仲良きことは素晴らしいですな」
そうリームスが微妙な顔を俺に向けて来たので
「……あの、ベッドが二つあるところでお願いします……そういう意味では……」
俺は付け足しておいた。ミーシャが隣で頬っぺたを膨らませる。

食堂で寡黙な兵士たちに囲まれながら、静かな夕食を終えた俺たちは、
大きな客室で、久しぶりにゆっくりする。
でたらめなことが沢山起こったが
ここからは命の危険を感じたり、仲間の心配をしないでも良さそうだ。
リームスからは明日、ザルガスたちもこちらに揃ったら
第二王子マグラムールに正式な謁見をして貰いたいと言われた。
「これから"救国の英雄"だと騒がれ始めるタカユキ様と若様が昵懇になったと
 世間への早めのアピールが肝心ですから……」
それを聞かされたときの俺は
そんなことにこれからなるのかと、自分の立場に愕然としながらも
あの王子のために休まずに策をめぐらすリームスも大変だなと思った。

カンテラによる明かりが煌々と照らす室内で
ベッドの上、下着姿でゴロゴロしているミーシャに
せめてショートパンツとシャツくらいは穿いてくれと文句をつけて
ぶーぶー言うミーシャに服を着せつつ、小雨になった外を眺める。
部屋はこの大城の中階くらいにあるようで
窓からは立ち並ぶ塔や、高い城壁が良く見える。
「アルデハイトのやつ、大丈夫かな」
さすがに心配になってきた。布切れで弓を磨いているショートパンツ姿のミーシャが
「何とかするでしょー。あのライグァークすら騙した魔族なんだし」
笑いながら言ってきたる
「あれで、意外と抜けてるからな……」
「ほっとこうよ。勝手に帰ってくるって」
ミーシャはこちらを見ずに、楽し気に弓を磨きながら
「兄さんもとうとう、英雄の仲間入りかぁ」
「とはいえ、色んな人たちにたらい回しにされて、
 気付いたら危機が去ってただけだ」
俺は正直な想いを口にする。事実その通りだと思う。
大老ミイからここ南部の第二王子領に派遣され
クラーゴンとアルデハイトの口車……いや、作戦に乗せられ
途中で機械人のリサがこじれた話をまとめてくれて、片付いただけだ。
作戦の後始末の段取りも、全て周囲の大人が進めてくれた。
「まーねぇ、でも、そういうのを引き寄せるのもまた才能じゃないかなぁ」
ミーシャはあくまで俺を褒める。
「王都に帰ったら、どうなるんだろ」
「さあ?領土とか、爵位が貰えるんじゃないの?」
「そしたらお前も貴族かな。俺の妹だしさ」
「やーだっ。私は兄さんについていければいいだけだから、何もいらないよっ」
ミーシャはベーっと舌をだして、ふて腐れた様子で毛布を被る。
そして毛布の中から、着ているものを脱いで殆ど外に投げ出すと
そのまま眠りについてしまった。
俺は、その寝顔を見ながら、無事でよかったと感謝して
部屋の中心に置かれた低いテーブルの椅子に腰掛ける。

これから起こることと、起こりうることを頭の中で整理していく。
まずは、明日、第二王子との謁見、そして移動して
何日か後に、王都での女王との謁見だな。
謁見後には、間違いなく何らかの褒美を貰えるだろう。
……要らないものだったら、辞退するか。
その後は、おそらく面倒ごとをまた押し付けられるだろう。
あるとしたら、ゴルスバウへの遠征軍に参加かなと思っていたが
今日聞いたリームスの話を考えるに、戦力の損耗の大きさから
それはしばらくなさそうである。
俺はホッとすると同時に王都へ残してきたメイドたちや
元盗賊団、そして馬のライオネルのことを思い出す。
みんな元気かな。いやむしろ、大人しくしてくれていればよいが……。
と思いながら、用意されていた寝巻きに着替え
明かりを消して、ベッドへと入り、眠りについた。
外では降り注ぐ小雨がポツポツと
包み込むような優しい雨音を立てている。
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