アゲパン

LongingMoon

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第4編:88星座巡礼編

第75章 ケンタウルス境界水鏡の楽園

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序盤:静かな到達

 僧侶の巡礼船じゅんれいせんホシアゲほしあげ〉は、アンドロメダ境界アンドロメダきょうかいの荒れ狂う嵐の星を離れ、長い沈黙の航路を経てケンタウルス宙域ちゅういきへと滑り込んだ。
 眼前に広がるのは、無風の蒼い惑星。雲ひとつない大気の下、湖と海が陽光を反射して鏡のように輝いていた。

「僧侶、あの静けさはデータでは説明できません」
 イザナミいざなみの声に、僧侶は思わず笑った。
「たまには説明なんかできなくていいんだ。美しいってだけで十分だろ?」

 〈ホシアゲ〉は大気圏をすべり、淡い虹のような光を散らしながら、静かな入り江へと降りていった。

水の歌を持つ民

 惑星の沿岸に集落があった。
 水面に浮かぶ半透明の建物群、揺らぐ音楽のような声。
 迎えてくれたのは、青く透き通る肌を持つ種族――「ルーミアるーみあ」と名乗る水の民だった。

「遠くから来た祈りの人よ、あなたの波を聞かせてほしい」
 彼らはそう言って僧侶を湖の中心へ案内した。
 湖の底では微細な生物発光せいぶつはっこうがゆるやかに脈打ち、まるで星座が水中に映っているかのようだった。

穏やかな日々

 僧侶は、この星での数日を、静かに過ごした。
 水面に浮かぶ図書室で祈りをささげ、ルーミアたちと静かな対話を重ねた。
 彼らの寿命は地球基準で数百年――アンドロメダ境界アンドロメダきょうかいの短命の民とは正反対の、穏やかで長い時間の流れがあった。

「命がこんなにも長くて……退屈にはならないのか?」
 僧侶が尋ねると、ルーミアの青年はゆるやかに微笑んだ。
「長い命には、長い祈りが必要なんだよ。だから退屈なんてない」

 僧侶はその言葉を、心の奥で繰り返した。

儚さの残像

 しかし僧侶の心は、まだ嵐の星の歌を抱えていた。
 短命の少女・カリナかりなが見せた、あの瞬間の輝き。
 それは穏やかな水鏡の楽園の中で、いっそう際立つ。

 ルーミアの女性研究者・リシアりしあが、そんな僧侶の心の動きを察した。
「あなた、悲しみを連れてきたのね」
「悲しみ、か……。いや、あれは……歌だよ。もう消えない、あの星の歌だ」

 リシアは優しく笑い、湖に一枚の花弁を浮かべた。
「ここでは、祈りはすべて水に溶けて、星の海へ流れていくわ。あなたの歌も、ここで休ませてあげて」

旅立ちの前夜

 その夜、僧侶は湖の畔で目を閉じた。
 静かな波の音の中で、短命の星で聞いた嵐の歌と、ここで聞く穏やかな水の歌が、ひとつの旋律に溶け合っていくのを感じた。

「……ありがとう」

 誰にともなくつぶやき、僧侶は再び巡礼船のデッキに立った。
 星空が湖に映り込み、まるで宇宙そのものが足元に広がっているかのようだった。

出航

 〈ホシアゲ〉が静かに大気圏を離れると、リシアが通信で囁いた。
「また来てね、旅人。長い時間の中で、あなたの祈りは忘れないから」
「約束はできないけど……祈りは、必ず返すよ」

 船が軌道を外れ、再び宇宙の暗黒へと溶けていく。
 僧侶の胸には、静かな水の星の旋律と、嵐の星の短い歌声が、確かに共鳴していた。
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