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第4編:88星座巡礼編
第76章 蛇遣座:終わりなき迷宮
しおりを挟む序盤:不穏な座標
静かな水の星〈|ルーミア〉を離れてしばらく、巡礼船〈|ホシアゲ〉は再び深宇宙の闇を進んでいた。
穏やかな記憶が胸に残っているはずなのに、僧侶の心には微かな|ざわめきがあった。
「僧侶、次の座標は蛇遣座領域。記録はほとんど残っていません」
|イザナミの声は、|かす》かな緊張を孕んでいた。
「古い航路の断片しかない……『帰らざる座標』とも呼ばれている場所です」
僧侶は短く息を吐き、静かに笑った。
「いいじゃないか。帰らなくてもいい祈りもある」
到着:星のない空
蛇遣座領域に足を踏み入れた瞬間、船内の|センサーは狂ったように|ノイズを吐き出した。
そこは「空」と呼ぶには|あまりにも空虚だった。恒星の光もなく、ただ薄い灰色の霧が漂うだけの世界。
唯一の目印は、無限に絡み合うような巨大構造体――蛇の骨を思わせる、冷たい金属の|アーチ群だった。
着陸した僧侶は、足元の地面が薄く波打つのを見た。
「……生きている?」
応答するものはなく、ただ遠くで、誰かが|すすり泣くような音がした。
迷宮の深淵
内部は、途方もない規模の迷宮だった。
壁に埋め込まれた半透明の結晶が、過去の巡礼者たちの記憶を垣間見せる。
喜び、後悔、絶望、祈り――|あらゆる感情が、冷たい|ガラス越しに焼き付けられていた。
僧侶は|ふと立ち止まり、息を呑んだ。
そこには、以前の巡礼で出会った仲間の一人、〈|スフェラの学者|カイン〉の姿が、微笑みのまま凍り付いていたのだ。
「|カイン……?」
声に応えるものはない。だが結晶の奥から、微かな声が響いた。
――まだ終わらない。
――祈り続けなければ、ここからは出られない。
試練
迷宮は僧侶の心を映すように形を変えた。
嵐の星での短命の少女|カリナ、水鏡の星で微笑んでいた|リシア。
懐かしい声と幻影が僧侶を取り囲む。
「僧侶、ここは記憶を喰う場所です」
|イザナミの警告が耳に刺さる。
「惑わされれば、あなたもこの迷宮の一部になる」
僧侶は拳を握り、幻影に向かって呟いた。
「俺は……祈るために来たんじゃない。生きるために、旅をしているんだ」
その瞬間、迷宮の壁に走っていた無数の裂け目が光を放ち、空間が|ゆるやかに崩れ始めた。
脱出
崩壊する迷宮の奥で、僧侶は|ひとつの遺物を見つけた。
それは、古代の巡礼者たちが最後に残した「航路の断章」。
そこには、次に進むべき座標と、震える文字でこう刻まれていた。
>「祈りの終わりは、蛇の輪の先にあり」
僧侶はその断章を胸に抱き、船へと駆け戻った。
終わりなき旅路
〈|ホシアゲ〉が重力の井戸を抜けると、蛇遣座の星域は遠ざかり、再び深宇宙の黒が広がった。
僧侶はしばらく無言のまま、手の|ひら》に残る冷たい結晶片を見つめていた。
「僧侶……」
|イザナミの声は、どこか|ためらいを含んでいた。
「あなたは、この旅の終わりを見つけたいのですか? それとも……終わらせたくないのですか?」
僧侶は視線を外さずに答えた。
「……答えなんて、今はいらないさ。俺が祈り続けられる限りは、それでいい」
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