アゲパン

LongingMoon

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第4編:88星座巡礼編

第87章 観測者の影、光の彼方

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 銀河ぎんがふちを進む巡礼艦じゅんれいかんソワレそわれ〉は、漆黒しっこく虚空こくうを裂きながら航路こうろを描いていた。
 その先にあるのは、僧侶たちが「観測者かんそくしゃほし」と呼ぶ世界。あらゆる物理法則ぶつりほうそくが歪むその領域では、観測かんそくする意識いしきそのものが現実げんじつ決定けっていすると伝えられていた。

 僧侶は視界しかいいっぱいの深いやみを見つめていた。
 タウ・ケンタウリたう・けんたうりで音楽と心を調和ちょうわさせた日も、リラ座りらざ双子惑星ふたごわくせいあいゆるしを学んだ夜も、すべての記憶きおくが重なり、ひとつの旋律せんりつのように胸の奥で鳴り続けている。
 ――それでも、まだ宇宙は問いかけてくる。「おまえはだれだ」と。

 艦橋かんきょうでは、僧団そうだんの仲間たちが次々と準備じゅんびを進めていた。
 「また難儀なんぎな星だな」
 副僧ふくそうカイかいが笑う。笑顔えがおは軽いが、声の端にはかすかな緊張きんちょうが混じっている。
 「今度は重力じゅうりょくでも温度おんどでもなく、心をためされる星だ。俺たちが観測かんそくするものが、向こうの“現実げんじつ”になるらしい」
 「じゃあ、もし私が“パン屋ぱんや”を想像したら、そこにアゲパンあげぱんが現れるってこと?」
 冗談じょうだんめかして言ったのは、巡礼じゅんれいの末に仲間となった医師いしリナりなだった。
 彼女の声に一瞬だけり詰めた空気がやわらぐ。

 僧侶は彼らを見つめながら、心の奥で問いを繰り返した。
 ――観測かんそくするとは、何だ。
 ――見つめることで、私は宇宙に何をきざんでいるのだろう。

 やがて、星系せいけい外縁がいえん到達とうたつした。そこには惑星わくせい恒星こうせいもなかった。
 ただ、ひかり粒子りゅうしがきらめくきりのような空間が広がり、艦のセンサーせんさーは意味をなさない数値すうちを吐き出し続けている。
 「……はじまったな」
 カイが小さくつぶやく。

 艦体かんたい周囲しゅういで、現実げんじつらぎ始めた。
 僧侶は胸の奥に眠る「こたえ」をそっと見つめる。
 あいも、くるしみも、ゆるしも、旅のすべてを抱えたまま――彼はその星のとびらをくぐる覚悟かくごを決めた。
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