プルートの逆襲

LongingMoon

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二十二. 冥王星最終戦

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 冥王星は、主に研究と鉱物資源を採取するための基地となっていた。主として、数少ない企業が輸送船を必要に応じて送り込んで採掘される星であった。地球から遠く離れているためか、ここでは企業は自由に活動していた。6箇所の空気圧1気圧のドームが形成されていた。1つのドームの大きさは直径1~10kmで、ドームとドームの間は、氷上車で移動するようになっていた。ただし、一部ドーム間接続されているドームチャネルが建設されていて、リニア(リニアモーターカー)で行き来することができた。
直接敵の施設があるドームへ潜入することは、危険なので、あらかじめネルソンがどのドームから潜入するかを考えて、輸送船への乗船手配をしてくれていた。
 カズ・セバスチャン・ドクターの3人が乗った輸送船は、6つのドームのうち管理/科学研究用ドームに着陸した。ドームへ入るためは、まずドームから500m離れた宙港に着陸する。着陸した宇宙船は、地上に設置されたベルトコンベアみたいなもので、ドームの側面にあるゲートの開いた着陸用ハッチまで移動する。そして、ゲートが閉じられて、ハッチ部分が1気圧常温の空気に満たされる。それが終わると、宇宙船は所定のドックへ移動し、予め頼んでおいた業者にメンテしてもらう。宇宙船に乗っていた人は、業者と打ち合わせた後、そのドックから自分が行きたいところへ移動する。
カズたち3人が、ドックを出て通路を通ってドームの管理塔に向かおうとした時、既に敵の手配がまわっていた。そして3人が管理塔に着く直前に、拉致されそうになった。
「てめぇら、オレたちに、タイマンはろうなんて、百万年はえぇんだよ」
セバスチャンが、恫喝にも似た大声で敵を威圧した。
「はったりだ。怯むな」
敵のリーダーらしき奴が言い放った。
しかし、宇宙での戦い方をよく知っているセバスチャンとその愛弟子カズが、美鈴から習ったカンフー宇宙バージョンで5人を10メートル先へ突き飛ばし一目散に逃げる。そして、来た通路を逆戻りし、宙港に停まっていた氷上車を奪い、宙港を脱出した。
「カズ、行くぞ」
「ドクター安心して下さい。ボクとセバスチャンがいれば大丈夫です」

「全然、心配しとらんよ。おまえさんたちがいれば、冥王星なんてちっぽけなものだと、感じ取るよ。それより、美鈴とクリスの方が心配だがな」

「氷の山々を1日かけてこえることになるぜ。ドクター、ちっとしんどいかもしれないが、がまんしてくれ」
「なぁに、そんなこと気にするな。私が、どんな状態になっていようと、おまえさんたち二人を信じとるよ」

ドームの外は、絶対0度=摂氏マイナス273度に近い絶対4度しかなく、地球の空気中では気体の窒素ですら個体になってしまう。当然ほとんど水の塊である生物がその温度にさらされれば、瞬間的にカチコチになってしまう。

 一方、美鈴とクリスの乗った輸送船は産業拠点ドームの宙港に着陸した。カズたちの乗った船と同じように、船がドックに収容されてから、2人は通路を通って管理塔に向かっていた。しかし、2人は10人の敵による挟み撃ちにあった。
 「何よ。あんたたち、たった二人の人間に武装して、それだけの人数かけるわけ。わたしと、さしで勝負しようという男はいないの」
 「残念ながら、あんたの腕前は本部から報告済みだ。あんたは、生きた凶器との報告を受けている」
 「何それ、このか弱き女の子に向かって言う言葉なの」
クリスが、こんな危機的状態なのに、思わず苦笑をかみ殺していた。
 「・・・」

多勢に無勢、二人は拉致されてしまった。そして、目隠しをされて、そこから敵の管理しているドックに連れていかれ、氷上車に乗せられた。そして、敵の主力ドームへ半日ほどかけて連行されてしまった。
ドームに入ると建物の1つに連れて行かれてしまった。目隠しを解かれたのは、4畳半ほどの物置のような部屋で、どうやら他の3人に対する人質として監禁されてしまったようであることが、わかってきた。
 カズ、セバスチャン、ドクターは、到着した冥王星ドームから1日かけて、液体窒素の沼や炭酸氷の山を越えて、敵の本部があるドームに到着した。
侵入する時は、宇宙服を着た状態でドームのハッチから、物陰に隠れてハッチが開いた瞬間を狙っての侵入だった。無論、隙のない監視カメラがあれば、即座にこのミッションは終わってしまったかもしれない。
幸いにも宇宙船やハッチの状況をチェックするためのカメラはあっても、まさかこんな最果ての星の一介のドームに侵入者があることなど想定されていなかったため、カズたちは無事に侵入することができた。

たまたま無人だったハッチの管理室に忍び込むと、おもむろにドクターが管理室のパソコンを操作し始めた。
「うーん、なんとか怪しい研究所をつきとめたよ。少し手間取ったが」
カズとセバスチャンはお互いの顔を見合わせた。
わずか、5分もかかっていなかった。

「さすが、ドクター。カズ、行くぞ」
「はい」
3人は、その研究所へ侵入することになった。
研究所は、そこから目と鼻の先にあった。

管理人の目を盗んで、研究所の所長室らしき部屋への侵入に成功した。すると、そこには3人の白衣を着た研究者らしき人影があった。
彼らが一斉にこちらを振り向くと、その中にドクターがかつてフランスの大学病院で共にライバルとして、親友として、競い合い、あるいは助言しあったシバザトがいた。
「おっ、おまえは、確か火星のオリンポス山の登山中に行方不明になったのではなかったのか」
ドクターが驚愕の形相で言い放った。
「よく、ここまでやって来れましたね」
シバザトは、無表情に小声で言った。
「事情は、後で。あなた達のことは、わかっています。抗ウィルス剤を奪取して、地球に帰るんですよね。ある程度、想像はついているとは思いますが、あなた達の仲間もやつらに襲われて、あっちは拉致されています。私達は、家族を人質に取られたりして、ここへ連れてこられて研究させられているんだとだけ言っておきましょう」
「わかった。やはり、そんなことだったんだな」
「このドーム自体は企業連合が出資した管理会社が運営しています。そして、公募で集めた民間の企業が工場を建てて活動しているのです。やつらは息のかかった企業をこのドームに入植させたり、ここに入った企業の弱みを握って配下におさめたりして、ここの30%程度規模の権力を掌握し、管理会社の運営にも影響力を持つようになっています。このドームは、見てわかるとおり、中心に管理会社が運営する管理塔があって、そのまわりに私たちのいる研究開発の建物があります。ここの研究開発は、宇宙工学・鉱物資源・生化学などの中で、実用に結びつくものが多いようです。そのまわりには、ドーム外にある鉱物採掘場のコントロールセンターや精製工場、組立工場、薬剤工場などがあります。やつらの配下にあるかどうかの色わけは、はっきりしていませんが、多くは一般の企業であるのは確かです。だから、ここは一般の企業の人達も多く出入りしています」
「だいたいの事情はわかった。私たちに、抗ウィルス剤とその製法をもらえないか。それと、私たちの仲間を助けるための情報で知っていることがあれば、何でもいいから教えてくれないか」
「残念ながら、ここにはその製法書はありません。それは、ここから見えるあの研究所の最上階の金庫に入っています。それから、若い男と女があっちのビルに監禁されているという情報も掴んでいます」
「そうか。それだけ教えてもらえれば、充分だ。必ず、あなたたちの家族を助け出して、ここからあなたたちを解放させるので、それまでがまんしていてください」
「ありがとう。あなたのことだから、大丈夫だと思います。無事を祈っています」
 「しかし、やつらの根城に潜入するのは、少々やっかいだぜ。こんな時にクリスがいたらいいんだがなあ。その本人が、囚われの身となっているとは」
セバスチャンは眉間に皺を寄せた。

「大丈夫だ。こんな事くらい想定済みだ。今のシバザトの話からすると、潜入するだけなら簡単にできる方法がある。どんなセキュリティの高い会社でも、ほとんどの会社は清掃を清掃会社に委託している。ここには、一般企業がたくさんあるということは、必ず清掃会社もあるはずだ。もちろん、清掃会社とそのクライアントは厳格なセキュリティ契約を結んでいるはずなのだが、実際に掃除しているのは義理人情に厚いおばちゃん達なんだ。そのおばちゃん達に事情を話せば、必ず協力してくれるはずだ」
ドクターの表情には、かすかな笑みがこぼれていた。
「そのとおりです。冥王星付近の衛星やスペースコロニーでは、プルート・ブリリアントという会社のご婦人達がセキュリティ認証を受けて早朝に清掃作業をしています。今は、地球標準時刻の23:00にあたるので、しばらくここの仮眠室で休んで、明日の早朝に、ご婦人達の掃除に絡んで、協力してもらえばいいと思います」
シバザトの表情にも、かすかな笑みがこぼれていた。
「よし、わかった。しかし、やつらはここへは、来ないのか」
「大丈夫です。ここは、完全に外界との連絡を絶たれていてはいますが、研究活動に支障を来たような束縛は受けません。時々、家族をネタにゆすられるのは別として。さんざん、口実を作って引き延ばしてきてはいましたが、・・・。今は、とりあえず安心して休んでください」

 時計のアラームが鳴り響き、ドクターが目覚めた。続いて、すぐにセバスチャンも起きた。
「さあ、起きるんだ」
カズはアラームでは起きず、セバスチャンが激しく揺り起こした。
3人は部屋の外にあるトイレに隠れて、シバザトが口実を作って管理人を部屋へ呼びつけている間に、研究所を脱出した。

ドクターが最初に口火を切った。
 「さあ、これから仕事に入るおばちゃん達をどうやって、説得するかだが。おばちゃん達も仕事だから、いきなり捕まえて事情を話すというわけにはいかないからなあ。そこで、カズに一役かってもらうよ」
「何をするんですか」
「いや、ただうつ伏せで道に寝ころんでいるだけだよ。おばちゃん達の通勤経路でね」
ドクターが笑った。
「なるほど。そこで、オレ達が深刻そうな顔して、カズを介抱しているという構図だな」
セバスチャンも笑った。
「そうだ。そして、我々ははるばる地球から、抗ウィルス剤を求めてここまでやってきたが、2人の仲間を拉致された上、若いメンバーのカズがやつらとの戦いの連続による疲れで、倒れてしまい、途方にくれているという状況を話すんだ。そこで私がカズの肩を少し揺するんだ。
そこで、カズは、『うーん、美鈴さん達を助けなきゃ』と寝言を言った後、しばらく唸り声をあげてから、『あれボクどうしたんですか』と言いながら、上体を起こすんだ」と説明し、ドクターは更に話を続けた。
「それから、おばちゃん達にあのビルに抗ウィルス剤があって、忍び込みたいということと、2人が拉致されているビルにも侵入しないといけないことを話し、交渉するんだ。もし同時に2人の救出が可能なようであれば、セバスチャンはそちらへ行ってくれるな」
「もちろん。必ず2人を助けだして見せるさ。カズ、演技もあるが、それ以前に眠ってしまうなよ」
「だっ、大丈夫だよ。まかせてよ」
カズは、眠そうな目を擦りながら言った。

 徹夜研究が日常茶飯事のシバザトからすでに、掃除のおばちゃん達がいつも通る道はすでに教えてもらっていた。抗ウィルス剤のあるビルからプルート・ブリリアント駐在所の方向へ少し離れた露地で、カズは倒れている様にして、うつ伏せて倒れているふりをした。横には、ドクターとセバスチャンがしゃがみ込んでカズに寄り添いその肩に手をかけて、掃除のおばちゃん達が来るのを待った。
 5分程して、定刻通りにおばちゃん達がやってきた。
「カズ、しっかりするんだ」
 ドクターとセバスチャンが交互に迫真の演技で肩を揺すった。
 3人のおばちゃん達がビルの角を曲がって、視界に入ってきた3人の男に気づいた。距離は20mもない。おばちゃん達に、進路を変えることを考えさせない距離だ。おばちゃん達は、警戒しながら近づいてきた。
「こんな朝早くに、どうかなされましたか」
 50過ぎでスリムで、日焼け顔のリーダー風の女が話しかけてきた。
「あのビルに用事があって遠くからやってきたのですが、強行軍の旅でこいつが倒れてしまって、どうするか考えていたところだったんですよ。我々のことは構わず、行って下さい」
 ドクターが言った。
「う、うーん。フランソワーズ。抗ウィルス剤を手に入れなきゃ」
カズが、うなり声混じりに消えそうな声で言った。
「抗ウィルス剤ってなんですか。よかったら、私達に事情を教えてもらえませんか。私達もこれからあのビルに掃除いくのよ」
 リーダー風の女が言った。
「ありがとうございます。私達を助けてくれますか。いや、地球で困っている人達を助けてもらえませんか」
 ドクターは、おばちゃん達に向かって、言い放った。
「私達は、みんな主任と同じ考えよ。ウィルスの噂は知っているわ」
 小太りのおばちゃんが、と顔を紅潮させて言った。
 すると、もう一人のおばちゃんも頷いた。
ドクターは、必要な要点をまとめて事情を話し、協力を要請した。
「わかったわ。もう、ヘタなお芝居はいいのよ。カズくん。だいたいの事情はわかったわ」
主任が言った。
「なんだ、ばれてたのかぁ。我ながら完璧な演技だと思ったんだけどなぁ」カズは、頭を掻いた。

更に主任は、「拉致された2人のいるビルの方も、任せといて」と言った。
彼女の通信装置であるネックレスで、そのビルの清掃担当に連絡し協力を要請してくれた。
「セバスチャンさん、あなたが行くのね。すぐに行って。今から、5分後にビルの裏口で、担当のものが待ってるわ」
主任は、しっかり、段取りまで組んでくれた。
 「わかりました。ありがとうございました」
セバスチャンは主任と握手を交わしてすぐに、2人が拉致されているビルへ向かった。
 主任は、すでに3人のために、男用の清掃員の服も他の仲間に手配していてくれた。
服を着替えた3人のそれぞれのミッションが始まった。

 閉じ込められたせまい倉庫の中、しばられた状態で「この男は、いったい何を考えているのだろう」と美鈴は思った。
 クリスは、この状況を楽しんでいるかのように、くだらないジョークばかりとばしていた。
 美鈴は、とても笑える状況ではなく、ついにブチ切れてしまった。
 「あなたは、いったい何を考えてるのよ。このままだと、私達はどうなるかわからないのよ。なんとか、ここを脱出する方法を考えてよ」
 「お嬢さん、こういう時は慌てず焦らず諦めずだぜ。まあ、落ち着け。もう少し待つんだ。1つは、オレ達に逃げるそぶりがないように見せかけて、やつらを油断させるんだ。1つは、カズ達も動いている限り、オレ達は殺される心配はない。それに、オレ達を助けにくるはずだ。いざとなりゃ、こんなところくらい、オレがなんとかするからさ」
美鈴は、小声で「うん」と言いながら、自分が騒いでも事態は変わらないと諦めたような顔つきで、頷いた。
クリスが、「それより、楽しい話をしようぜ。オレは美鈴のこと、好きだなあ。ちょっと、おっかないけど。だから、もっと美鈴のこと知りたいなあ。美鈴は、このミッションが終わったらどうするんだい。太極拳の技を磨いて、指導者にでもなるのかな」
「うーん、私、子供のころは、歌手になりたかったんだけど、なんかいろいろ疲れちゃって、なーんにも、考えてないの。太極拳の指導者も考えたことはあったけど、何かもっと人に夢や希望を与えたり、楽しんでもらえたりするようなことをやりたいな、なーんて漠然と思ってるの」
「オレは、太極拳の先生も、充分、人に夢や希望を与える仕事だと思うんだけどなあ」
「私がこんなこと言っちゃあいけないのかもしれないけど、なんかもっと、パアーっと明るく楽しくなるようなことやりたいななんて思ったりするのよね。そういうクリスは、ミッション終わったらどうするの」
「オレは、やっぱりサーカスかな。しかも、一流のピエロになりたいなと思ってるんだ。それで、サーカスがオフの時は、大道芸でいろんなところへ行って、人とふれあい、みんなを楽しませながら、自分もいっしょに楽しんで、子供たちに夢や希望を与えるようなネタやパフォーマンスをいっぱいいっぱい仕込んで、仲間や友達もいっぱいいっぱい増やして、いろんなことを話して、それを本にしたり、そこから他にもできることがあれば、何でも挑戦したりするような、はかなく、切なく、本当にどこまでやれるかわからないような漠然としたくだらない夢があるんだ」
「そんなこと全然ないよ。そんなにはっきりしていて、みんなに夢をあたえるようなことを考えているなんて、立派だよ。私なんて、太極拳以外になーんにもないもんね」
美鈴は目を輝かせて、そう言った後、なぜか寂しそうな顔を浮かべた。

しばらくして、美鈴の顔に突然赤みがさして、また目を輝かせた。
「そうだ。私にも、大道芸教えてよ。あたしは、あんたの話を聞いて、カンフーを取り入れた大道芸をやりたくなったのよ」
美鈴は、そう言った後、顔を曇らせた。
「でも、私なんかに、そんなこと無理かな」
「いや、そりゃすごい。そんなこと考えたこともなかったけど、めちゃくちゃ、おもしろい考えだ。オレにやらせてくれるなら、カンフーを応用した芸とそれを使ったシナリオを考えるよ。オレとコラボすれば、きっと無限のパフォーマンスが考えられるよ」
クリスも興奮しながら言った。
そして、お互いの身の上話をしながら、実は、多少なりともお互いに気があることに気づいていった。
2人の心が打ち解けたところで、クリスは微笑んだ。
「もし、生きて地球に帰れたら、今度はフロリダのディズニーでデートしようぜ」
「うん。それ、いいわね」
「それじゃ、こんなとこ、さっさと出て行って、ミッションも即効で終わらせないといけないな」
クリスは急に自分を縛っているロープをはずしてしまった。
美鈴は、あっけにとられた。
そして、あっという間に美鈴のロープもときはずして、ひとこと言った。
「さっきの話はマジだぜ」
 「何よ、それ」
美鈴はあきれ顔だった。
その時、侵入者の警告を告げるけたたましいサイレンを遠くに聞きながら、クリスがカギをあけ、脱出を開始した。

掃除のおばちゃんに、2人が閉じ込められているであろう場所を聞いたセバスチャンが、地下1階まで来ていた。そこで、敵の見張りに見つかり、激しくレーザー銃を打ち合っていた。さすがのセバスチャンも多勢に無勢で押され気味であった。
2人は、おばちゃんの言っていた通り、地下2階の倉庫に閉じ込められていたが、鳴り響く銃撃戦の音を聞いて、急いで地下1階へ駆け上がった。
そこで、美鈴とクリスがセバスチャンを攻撃している敵に背後から急襲をかけた。まず、美鈴がこっそり敵の背後に近付き、敵の3人を正拳突き、前蹴り、後ろ回し蹴りで、ほとんど一瞬にして、倒してしまった。
そして、2人は倒した敵を飛び越えセバスチャンと合流し、階段を駆け上がり、脱出に成功した。
セバスチャンは、少し離れたビルの屋上にあるドーム内移動用ヘリのキーを、シバザトから預かっていた。3人は小走りでセバスチャンを先頭にそのビルへ向かった。
「とにかく、抗ウィルス剤を盗み出すためには、クリスの力が必要だ。カズたちが待ってるはずだから、急ぐんだ」
セバスチャンは走りながら、言った。
3人は10分ほど走って目的のビルについた。そして、そのビルのエレベータに乗り込み、屋上までいくと、シバザトから聞いていたとおりヘリがあり、すぐさま乗り込んだ。乗り込むやいなやヘリは飛び立ち、敵のビルの隣のビル屋上へ着陸した。

 カズとドクターは、掃除のおばちゃんの手びきで、忍び込んだビルの19階まで来ていた。
 「おばちゃん、本当にありがとう。ここから先は、ぼくらだけでいくからね」
 「そうだね。ここから先は、私たちは足手まといだね。気を付けてがんばるんだよ。また、機会があったら会いたいわね。さようなら」
 「ありがとうございました」
ドクターとカズが声を合わせた。
さすがに、最上階の20階へはフロアセキュリティがかかっており、簡単には入ることができなかった。フロアには、個人が固有に持っている遺伝子配列認証・カード・パスワードのトリプルセキュリティがかけられていた。遺伝子配列認証は、ある種の粒子照射により、一瞬にして生体の中の数千の細胞をランダムに選択し、その1つ1つの細胞の中にあるその人に固有の特定DNA配列を数百読み取り、その配列パターンが99%以上、登録されたパターンと一致した時、カギが開けられるしくみになっていた。これだけは、どんなスパイや泥棒が来ても破ることができない暗号であった。しかし、ドクターはシバザトからマスタードールと呼ばれるダミー人形を預かっていた。この人形は、掌で握られるほどの小さなケースの中に折りたたまれて入っていて、膨らますことのできる特殊ビニール製の人形だった。ケースから取り出し空気に触れると、一瞬にして人の体の大きさの人形ができあがる仕掛けとなっていた。そして、その中には数千の人工細胞がちりばめられており、その中には、もちろんマスターキーとなるDNA配列のみが仕込まれていた。ドクターがケースからその人形の塊をポロっと振り落とすと、一瞬にして人形ができあがった。そして預かってきたICカードをかざしてパスワードを入力し、人形を所定の位置にセットした。すると、フロアのドアが開き2人は中に入ることができた。部屋の中は、以外とガランとした状態になっていた。部屋の奥の窓際には、大きな机とソファがあり、壁の片側の側面には1つだけ書棚があった。そして、反対の壁側には、人の大きさほどの金庫があった。
これにも、指の静脈による生体認証とレトロなダイヤル式金庫キーが仕組まれていた。生体認証については、シバザトが人工のマスターフィンガーを用意していてくれた。しかし、古めかしいダイヤル式金庫キーは開けることができなかった。金庫を開けるためには、クリスの力が必要だった。
このオフィスの社員が出勤してくるまで、わずかな時間しか残されていなかった。あと1時間もすれば、敵の幹部の人間がやってくるはずであった。
「クリス達は、無事にここまでこられるだろうか」
窓の方を見ながら、カズが言った。
「大丈夫だ。必ず来るよ」
確信しているような表情でドクターも、窓の方を見た。
と、その時窓の外、遠方に小さなヘリの姿が映し出され、少しずつ大きくなっていった。ヘリは隣のビルの屋上に着陸した。ビルの屋上からは、フックが付いた一本のロープが発射された。
フックは屋上の手すりに引っ掛かり、1人の男がスルスルとこちらのビルへ移ってきた。
男の名は、まぎれもなくクリストファー・ウィンストン=クリスであった。カズとドクターは窓を開け、屋上から降りてくるクリスを迎え入れた。
ヘリが隣のビルについてから,部屋の中に侵入するまで、その間わずか5分、まさに職人のなせる神業だった。
この時、けたたましいサイレンの音が響きわたった。どうやら、窓を開けたタイミングで、警報が鳴り出したようであった。
「やばい」
カズが、慌てた表情を浮かべた。
「大丈夫だ。あの、書棚と机とソファーでバリケードを作るんだ。やつらがここへ、来ても、10分や20分くらいは、持ちこたえられるはずだ。それだけあれば、充分だな。クリス」とドクターが言った。
「まかせろ。静脈生体認証は、終わってるな。話は後だ。時間がない。バリケードでできるだけ時間を稼いでくれ」
クリスはいつの間にか敵から奪い返していた7つ道具を下ろしていた。すでに高精度のライト付きルーペと聴診器を装着し、金庫に向かっていた。
「この男は何者なんだ。普段は、陽気でおちゃめで、何をやってるのかわからないのに」
カズとドクターは、きつねにつままれたような思いを胸に、バリケードを築き始めた。
クリスが、金庫に取りついたタイミングで、部屋のドアの外が騒がしくなっていた。カズとドクターは、必死で部屋の装備品によるバリケードで抑えながら持ちこたえた。
「もう、諦めて開けろ。命だけは助けてやるから。すぐに開けないと、ここを爆破するぞ。命はないぞ」
ドアの外から、怒号が何度も響き渡り、ドアを押し破ろうと何かをぶつける大きな音や銃声が何度も鳴り響き渡っていた。
クリスは金庫にとりつくと、わずか5~6分でこじあけてしまった。
金庫の中からワクチン・抗ウィルス剤のサンプルと処方箋らしきものを取り出した。
「この中にあると思うんだが、ちょっと見てくれ」
クリスが、いくつかの分厚い書類をドクターに手渡し、バリケード役をドクターと交替した。
「わかった」
ドクターは、言葉を発する前に、それらの書類をサラサラとめくり始めていた。
そして、ドクターもクリスに負けず劣らずわずか2分程で、大量の書類の中から処方箋を取り出し、「あったぞ」と言いながら、笑顔を浮かべた。
クリスは、「よし、1・2の3で、バリケードの抑えを離して、一気にあのロープに取りつき、自分の足をあのフックにつっこむんだ」と言いながら、自分が降りてきたロープを指差した。ロープには、きっちり3人の足をひっかけるためのフックが作ってあった。
そして、ヘリの方に向けて、レーザーポインターの光線を当てた。
すると、ヘリがすぐに動き出した。
ヘリがビルとビルの中間地点にさしかかった時、クリスは、「今だ。1・2の3」と、音頭をとった。
3人はすぐさま窓へ向かって飛ぶように走り、各自の足をロープのフックにひっかけた。
「よし、今だ、手を放せ」
クリスが叫んだ。
その瞬間、屋上の手すりからロープが外れて、約1秒後、衝撃とともに3人は宙吊りの状態で、ヘリの乗客となった。
窓からは、敵の怒号とレーザー銃声が響き渡っており、3人かロープに当たっても不思議はない危機一髪の状態であったが、なんとかその場を切り抜けることができた。
しかし、敵のヘリが5分もたたずに、追撃してきた。この時、すでに宙吊りの3人はヘリまで引き上げられていた。セバスチャンは、ビルの谷間を縫うように操縦し、敵の追撃を許さなかった。
しかし、敵の追撃は厳しくビルの谷間とはいえ、後方と前方からのはさみうちに会い、あえなく敵ヘリが待ち構える上空へ急上昇した。いくら歴戦のパイロットとはいえ、ヘリでのドッグファイトは多勢に無勢でとても戦えるものではなかった。セバスチャンは、またヘリを下降させ、今度は別のビルの谷間で、一計を案じた。わざとはさみうちにあって、今度はできるだけ敵をひきつけて一か八かの急降下を試みた。すると下降しようとした敵同士で正面衝突し、大爆発を起こした。
猛爆の中、世界が真っ暗になった。カズは、一瞬自分たちはこの世の存在ではなくなったのではないかと思った。みんなあの世でも一緒に居られるんだという錯覚に陥った。しかし、数秒もすると、猛爆の煙の中、視界にリニアのチャネルゲートが現れた。
「リニアのチャネルの入口だ。隣のドームまで、一か八か行くぞ」と言って、セバスチャンはその入り口へ突っ込んだ。敵の誰しも、カズ達のヘリは一緒に木端微塵になったと安堵していた。
数十秒ほどたって、リニアのチャネルに不審なヘリが突っ込んだという情報で、まだ上空で待機していたヘリがそのチャネルへ向かった。敵のヘリの中には1機だけ軍用ヘリが残っており、そのスピードは早く、隣のドームへ着くまでに銃撃を受ける距離まで迫られていた。
隣のドームというのは、全く敵の管制からはずれており、かつミロメシアを発着させることのできるドームであった。セバスチャンは、じいさんがなんとかそこへミロメシアを着陸させていることにかけた。
もちろん、敵のレーダーに発見されれば、ミロメシアは冥王星へ着陸すらできないが、じいさんなら何とかやってくれると信じた。
「あの最後の手段があるはずだ・・・」

当初の作戦で、みんながちりぢりバラバラになった時に最終集合場所になっているドームであった。セバスチャンのヘリは被弾しながらも、なんとか隣のドームまでたどり着いた。
しかし、ミロメシアはいなかった。
すぐ真後ろまで、敵軍用ヘリは迫っており、「もうおしまいだな」とさすがのセバスチャンも覚悟した時、2機のへりを覆い隠すように大きな影の暗闇ができていた。その瞬間、敵のヘリが爆音をたてて炎上した。
大きな影は、ミロメシアの影だった。
間一髪で、じいさんが戦闘ヘリの爆撃に成功したのであった。しかし、セバスチャンが操縦するヘリも炎上しており、ゆっくりとハッチ付近に着陸した。
「すぐに降りてヘリから離れろ」
セバスチャンは、4人を急き立てるように大声で怒鳴った。
セバスチャンを最後にヘリから飛び降りて脱兎のごとく、物陰に向かって走った。セバスチャン達のヘリもドラマの1シーンを見てるかのように大音響とともに木端微塵に爆発してしまった。逃げ遅れてしまったセバスチャンは、爆風で吹き飛ばされて頭から血を流しながら倒れていた。
すぐさま皆がそのまわりにかけよった。
「いやぁー。セバスチャン、しっかりしてぇー」
美鈴が、泣き叫んだ。
他の皆も悲壮な顔で、セバスチャンの名を呼んだ。
ドクターがセバスチャンの容態を確認した。
「肩の骨とろっ骨が折れ、内蔵破裂してるようだ。頭は、たぶん打撲と裂傷だけだ。とにかく、できるだけ早く手術をせにゃならん」
「そっ、それで、命は助かるんでしょ」
美鈴が、泣きながら言った。
「ドクター、セバスチャンを助けて下さい」
カズとクリックも、それぞれ瞳を潤ませながら言った。
「ここは、地球じゃないから、破裂した内蔵の再生医療ができん。なんとも言えんが、一刻でも早くここを離れて、ちゃんとした病院のあるカロンへ行って手術せにゃならん。カズ、じいさんといっしょにミロメシアを動かしてくれ」
いつの間にかミロメシアを着陸させていたじいさんとクリックが担架を持ってきていた。
「カズ、セバスチャンをミロメシアに乗せるぞ」
クリスが言った。
じいさんが持ってきた担架をセバスチャンの横に置いた。
カズとクリックは、ドクターの指示に従って、セバスチャンを慎重に担架に乗せ、ミロメシアの医務室へ運んだ。
ミロメシアはドームのハッチから、カズの操縦によってゆっくりと浮上しカロンへ向かった。ミロメシアに乗ると、ドクターがセバスチャンの応急処置にあたり、美鈴がそれをフォローした。
6時間程で、ミロメシアはカロンのCセントラルのハッチに着いた。ハッチへは、じいさんの手配で病院の救急要員が迎えにきていて、セバスチャンを救急用のエレベーターで搬送した。もちろんドクターが付き添った。手術は、ドクターがメインで執刀した。
手術の間、セバスチャンはうなされていた。
「イサベル。カルメン・・・」
セバスチャンは、故郷に残してきた妻や娘の名を口ずさみながら、うなされていた。
手術室の前で、カズ達が不安な表情を浮かべていた。
ほとんど会話もなく、手術室の外で待っていた。
カズとクリックは、落ち着かない様子で絶えず、手術室の前の廊下を行ったり来たりしていた。  
美鈴は、時折ハンカチでにじみ出る涙を拭っていた。
じいさんは、腕組みをし、目を瞑り、じっと座ったまま何か考え込んでいるようだった。
「ネルソンくんの船と別れて、すぐにミロメシアへは敵のレーダー電波を吸収するスーパーフェライト塗装にかかったのだが、・・・。あと少し早く、冥王星へ到着できていれば、・・・」

クリスは、ほとんど頭を抱えた状態で、座っていた。
刻一刻と、時は刻まれていく。

中で、どうなっているか、皆にはわからない。
ただ、これまで数々の修羅場を乗り越え、何度も生死の境を乗り越えてきたセバスチャンの強運を祈るしかなかった。
手術室に入って、6時間がたとうとしていた。
その時、手術中のランプが消えた。
皆は、手術室のドアの前に立ち、中からドクターが出てくるのを待った。
5分程経過し、ドアが開いた。
その5分は、ミロメシアのクルー達にとって、それまでの6時間と同じくらい長く感じられた。
全員、ドクターの表情を見た瞬間、緊張の顔が緩んだ。
ドクターは、充血した眼で微笑みを浮かべていた。
「手術は、うまくいったよ。安心して下さい。全く、セバスチャンの強運と生命力には驚いたよ。何度も心臓が止まりかけたが、見事に乗り切ったんだ。ただし、セバスチャンはカロンに置いていかねばならない」
皆、当然のように首を縦に振った。
「1か月は、安静にしていないといけないからね」
カズは、ドクターの言葉に即座に反応した。
「大丈夫だよ。ボクが必ずセバスチャンの分までがんばって、抗ウィルス剤とワクチンを地球にとどけるよ」
「よし、セバスチャンはいなくても、皆で力を合わせてがんばって行こう。私は術後の引き継ぎを手早く済ませるので、皆は出発の準備を進めて下さい」
ドクターは、手術帽を外しながら言った。

セバスチャンの手術は成功し、それから半日も経たないうちにミロメシアは再び浮上することになった。その時、セバスチャンはカロンの病院の集中治療室で眠った状態のままであった。一方、ドクターも長い手術という戦いの末、ミロメシアの寝室で眠りについていた。
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