俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人

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第8話 コーデ、一式お届けします!

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 ブゥン──と低音を響かせながら、雪宮財団の配送用ドローンが研究室の天井スリットから滑らかに降下してきた。
 俺はいつものリクライニングチェアに座ったまま、憮然とした顔でそれを見上げる。

「またかよ。最近こいつ、俺より俺の生活把握してないか……?」

 ドローンの側面にはおなじみの「雪宮財団・最優先配送」タグ。そして、運ばれてきたコンテナには見慣れぬ装飾が施されていた。

 淡い花模様のシール。
 そして、なによりも目立つピンクの手書きフォントのメッセージが、正面にデカデカと貼られていた。

『おでかけコーデ一式☆ケイ&アルテミス分!やっぱり形から入らないとね♪──From シズ』



 ……俺の眉間が、ピキピキと音を立てた(気がした)。

「バアさん……てめぇ……ッ!!」

 感情がこみ上げて、思わず握り拳を作る。

「“おでかけコーデ一式”ってなんだよ!何だその“☆”と“♪”は!? 還暦過ぎてから乙女に目覚めたんかこの科学者ァァ!!」

 誰に向かってというわけでもなく、俺は天井を仰いで怒鳴った。

「やっぱり形から入らないと、じゃねぇんだよ!形よりまず心の準備をさせろやぁああああああ!!!」

 アルテミスが横で小首を傾げた。

「形から入るのは、行動変容において有効とされています」
「お前まで乗るな!!」

 嫌な予感しかしねぇ。けど、放っておくわけにもいかない。
 仕方なく立ち上がり、コンテナのロックを解除する。
 中には、丁寧にたたまれた衣類が二組入っていた。

 一つは、俺用──  黒を基調にした細身のジャケットと、深紅の差し色が入ったインナーシャツ。
 そしてもう一つ──  アルテミス用と思しき、白のワンピース。そして、その襟元に添える淡紅色のリボンタイ。

「……色味、リンクしてやがる……っ」

 俺はそっとボックスの蓋を閉じた。

「これは……バアさんの陰謀だ。やっぱりお前、俺の人生を観察してるだけじゃ飽き足らず、脚本書き始めてるだろ……」

 間違いない。狙ってやってる。完全に確信犯だ。

「乙女ゲーのシナリオライターでも目指してんのか!? 科学の権威がする仕事じゃねぇだろ!!」

 がっくりと肩を落とす俺の前で、アルテミスが無言で立ち尽くしていた。
 ボックスをちらりと見てから、静かに口を開く。

「了解しました。着替えてきます」
「まてまてまてまて!!」
「シズ様の意図を尊重するよう設計されています。指示に基づく装備選択は、合理的判断に含まれます」
「だからってよぉ……」

 俺は頭を抱えた。

「ペアコーデって……死語じゃねぇか……」

 そのまま、深いため息をつきながら壁にもたれかかる。
 今日は美術館。
 よりによってこんな格好で。

(……このまま時間が進まなきゃいいのに)

 そう思ったところで、もう出発まで30分を切っていた。

 俺の胃の奥に、さっき飲んだコーヒーが重たくのしかかった気がした。

 数分後、控えめにドアが開く音がした。

「ケイ、準備ができました」

 顔を上げた俺の視界に、白が差し込んだ。
 白いワンピースが、研究室の照明を柔らかく反射している。胸元には淡紅色のリボンタイ。
 瞳の青がいつもより澄んで見えた。
 足元まで流れるようなラインのワンピースは、体の動きにあわせてごく自然に揺れて──その仕草がやたらと“人間くさい”気がして、俺は思わず目を細めた。

(……え、これ本当にうちのアンドロイドか?)

 無駄のない所作も、冷静な瞳も変わらないはずなのに、全体から受ける印象が違う。
 “完成された人形”から、どこか“物語のヒロイン”っぽい雰囲気になっているのが、たまらなく落ち着かない。

「……っ」

 言葉が喉につっかえた。
 ちょっとだけ、息を呑んだかもしれない。
 いや、これは──  ちょっと驚いただけだ。
 決して見惚れたとか、そういうのじゃない。  ……たぶん。

「似合ってる、か?」

 口をついて出た自分の声に、俺自身が驚いた。 
 アルテミスは一瞬、まばたきをして──それから淡々と、首をかしげた。

「比較対象がありませんが、構造上の適合率は良好です」
「そっちの意味じゃねぇ!!」

 俺が慌てて声を上げると、アルテミスは真顔のまま返す。

「では、“似合っている”とは、感情的または文化的に肯定的な評価を含む表現、という理解で正しいでしょうか?」
「いや、今は定義の確認より、そのまま『ありがとう』って返すシーンだろ……っ!」

 俺は顔を押さえた。
 せっかく少しは“雰囲気”ってやつが出かけてたのに。

 まったく。
 このアンドロイドは、平常運転が平常すぎる。

「出発、しましょうか」

 そう言ってアルテミスがドアの方を向く。
 俺はその背中を見ながら、微妙に熱のこもった顔を、再び手で覆った。

(……バアさん。お前、責任取れよな)
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