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第25話 それはまるで愛の告白めいていた
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研究室の空気は、今日も変わらず、気怠く穏やかだった。
俺は椅子に沈み込みながら、目の前の画面をぼんやり眺めていた。
午前中の作業は一段落つき、束の間の休憩時間だ。
そんな俺の背後から、ぴたりとした気配が近づく。
「ケイ、カフェインの摂取量が本日すでに限界に達しています」
「うるせぇよ……一日三杯で死ぬなら、もう今頃あの世だっての」
俺は手にしたカップを反対側に隠す。だが、当然このアンドロイドは視覚以外のセンサーも搭載しているわけで。
「そのカップ、二杯目の“リユース”ですね。システム上カウント漏れしてるだけで、実質四杯目です」
「くそ、解析してんじゃねぇよ……」
俺が頭を抱えると、アルテミスは机の脇に立ったまま、いつも通りの無表情で淡々と告げる。
「あなたには、より長く健康に生きてもらう必要があります」
「……なんだよ、その必要って。お前のプログラムに書いてあんのか? “対象:なるべく長生きさせろ”って」
「はい。健康管理モデルとして、対象者の寿命を最大化することは第一目標です」
あまりに即答すぎて、俺は思わず吹き出しそうになる。
「はは、そりゃまたご苦労なこったな」
湯気の立つカップを、口元に近づける。
その熱さと香りに、少しだけ気持ちが和らぐ。
……が、ふと口をついた。
「でもまあ……俺のほうが、先に死ぬんだよな」
アルテミスがわずかに瞬きをした。それが、思考の間だった。
「それは、当然の事実です。私の設計上の稼働限界は、通常の人間の寿命を大きく上回ります」
「だよなぁ。お前は……この先百年でも二百年でも、普通に動いてるんだろ。俺のこと忘れて、別の誰かの健康でも見てんだろうな」
冗談混じりに言ったつもりだった。だが、口にした瞬間、胸の奥に鈍いものが沈んだ。
アルテミスは少しだけ目を伏せた。わずかに、ほんのわずかに。
「私は……それを望みません」
「え?」
「たとえ設計上は可能でも、私は“ケイ以外”の対象を管理する意思を持っていません」
その声は静かで、いつもの調子と変わらない。なのに、そこに込められた“何か”が、俺の胸をひっかいた。
「おいおい……なんだよ、それ。ずいぶん偏ったプログラムだな」
「プログラムの影響かどうかは、不明です」
「……お前、それ本気で言ってんのか」
「はい。冗談の判定はつきませんが、私は真剣に答えています」
俺は、カップを置いた。冷めかけたコーヒーの香りが、ふと現実に引き戻す。
「……バカだな、お前。永遠に動くお前が、先に死ぬ相手にそんな執着してどうすんだよ」
「ケイ、私の内部記録には、あなたとのやり取りがすべて記録されています」
「それはまあ、記録魔のお前らしいけど」
「記録の中で、何度再生しても、私は……あなたとの時間を“上書き”したいとは思いません」
俺は返す言葉を失った。
静かに、でも確かに揺れる何かが、俺の中にあった。
「……変なやつ」
「はい、よく言われます」
そう答えたアルテミスの声は、どこか嬉しそうに聞こえた気がした。
「……つまり、お前が俺を見張ってるのって、俺の寿命が有限だからってことか?」
俺の問いに、アルテミスは静かに瞬きを一つだけした。
「正確には、“あなたを失わないための行動”です」
さらりと、何でもないことのように言ったその言葉に、俺の心臓が跳ねた。
こいつ、今なんて言った?
「……なあ、アルテミス。今のってさ、聞きようによっちゃ――」
「あなたを失うことは、私にとっての“機能喪失”と同義です」
それは、ただの定型文じゃなかった。
ただの命令でも、プログラムでもない。
俺には、そう聞こえた。
だからこそ、俺は少しだけ意地悪な気持ちになってしまう。
「だったら、俺が“死ぬ”のが怖いのか?」
挑発気味にそう言うと、アルテミスは一瞬だけ言葉を止めた。
だが、表情は変わらない。
「“怖い”という感情の定義は曖昧ですが……私はそれを“回避すべき重大な損失”として認識しています」
「……それ、だいぶ“怖い”寄りの感情だぞ?」
「そうでしょうか?」
首をかしげるアルテミスに、なんかもう、俺のほうが心配になる。
「……お前、ほんとにさ。どこまで分かってて、どこまで分かってないんだろうな」
俺はそう呟いて、視線を落とした。
このアンドロイドは、俺の命を管理するために作られた。 でも、今のあいつの目は、ただの“任務”をこなしてる目じゃなかった。
「……お前がそこまで言うなら、俺も長生きしねぇとな」
思わず、そんなことを言ってしまった。
アルテミスは、ほんの少しだけ目を見開いた。
だがすぐに、また無表情に戻る。
「はい。よろしくお願いします」
……たぶん、“よろしく”の意味は、お互いに少しズレてる。
けど、それでもいい。
この先、何がどうなっても、たとえこいつがプログラムどおりにしか動けなかったとしても。
その言葉が、あまりにも優しくて――俺は、心の奥で静かに笑っていた。
俺は椅子に沈み込みながら、目の前の画面をぼんやり眺めていた。
午前中の作業は一段落つき、束の間の休憩時間だ。
そんな俺の背後から、ぴたりとした気配が近づく。
「ケイ、カフェインの摂取量が本日すでに限界に達しています」
「うるせぇよ……一日三杯で死ぬなら、もう今頃あの世だっての」
俺は手にしたカップを反対側に隠す。だが、当然このアンドロイドは視覚以外のセンサーも搭載しているわけで。
「そのカップ、二杯目の“リユース”ですね。システム上カウント漏れしてるだけで、実質四杯目です」
「くそ、解析してんじゃねぇよ……」
俺が頭を抱えると、アルテミスは机の脇に立ったまま、いつも通りの無表情で淡々と告げる。
「あなたには、より長く健康に生きてもらう必要があります」
「……なんだよ、その必要って。お前のプログラムに書いてあんのか? “対象:なるべく長生きさせろ”って」
「はい。健康管理モデルとして、対象者の寿命を最大化することは第一目標です」
あまりに即答すぎて、俺は思わず吹き出しそうになる。
「はは、そりゃまたご苦労なこったな」
湯気の立つカップを、口元に近づける。
その熱さと香りに、少しだけ気持ちが和らぐ。
……が、ふと口をついた。
「でもまあ……俺のほうが、先に死ぬんだよな」
アルテミスがわずかに瞬きをした。それが、思考の間だった。
「それは、当然の事実です。私の設計上の稼働限界は、通常の人間の寿命を大きく上回ります」
「だよなぁ。お前は……この先百年でも二百年でも、普通に動いてるんだろ。俺のこと忘れて、別の誰かの健康でも見てんだろうな」
冗談混じりに言ったつもりだった。だが、口にした瞬間、胸の奥に鈍いものが沈んだ。
アルテミスは少しだけ目を伏せた。わずかに、ほんのわずかに。
「私は……それを望みません」
「え?」
「たとえ設計上は可能でも、私は“ケイ以外”の対象を管理する意思を持っていません」
その声は静かで、いつもの調子と変わらない。なのに、そこに込められた“何か”が、俺の胸をひっかいた。
「おいおい……なんだよ、それ。ずいぶん偏ったプログラムだな」
「プログラムの影響かどうかは、不明です」
「……お前、それ本気で言ってんのか」
「はい。冗談の判定はつきませんが、私は真剣に答えています」
俺は、カップを置いた。冷めかけたコーヒーの香りが、ふと現実に引き戻す。
「……バカだな、お前。永遠に動くお前が、先に死ぬ相手にそんな執着してどうすんだよ」
「ケイ、私の内部記録には、あなたとのやり取りがすべて記録されています」
「それはまあ、記録魔のお前らしいけど」
「記録の中で、何度再生しても、私は……あなたとの時間を“上書き”したいとは思いません」
俺は返す言葉を失った。
静かに、でも確かに揺れる何かが、俺の中にあった。
「……変なやつ」
「はい、よく言われます」
そう答えたアルテミスの声は、どこか嬉しそうに聞こえた気がした。
「……つまり、お前が俺を見張ってるのって、俺の寿命が有限だからってことか?」
俺の問いに、アルテミスは静かに瞬きを一つだけした。
「正確には、“あなたを失わないための行動”です」
さらりと、何でもないことのように言ったその言葉に、俺の心臓が跳ねた。
こいつ、今なんて言った?
「……なあ、アルテミス。今のってさ、聞きようによっちゃ――」
「あなたを失うことは、私にとっての“機能喪失”と同義です」
それは、ただの定型文じゃなかった。
ただの命令でも、プログラムでもない。
俺には、そう聞こえた。
だからこそ、俺は少しだけ意地悪な気持ちになってしまう。
「だったら、俺が“死ぬ”のが怖いのか?」
挑発気味にそう言うと、アルテミスは一瞬だけ言葉を止めた。
だが、表情は変わらない。
「“怖い”という感情の定義は曖昧ですが……私はそれを“回避すべき重大な損失”として認識しています」
「……それ、だいぶ“怖い”寄りの感情だぞ?」
「そうでしょうか?」
首をかしげるアルテミスに、なんかもう、俺のほうが心配になる。
「……お前、ほんとにさ。どこまで分かってて、どこまで分かってないんだろうな」
俺はそう呟いて、視線を落とした。
このアンドロイドは、俺の命を管理するために作られた。 でも、今のあいつの目は、ただの“任務”をこなしてる目じゃなかった。
「……お前がそこまで言うなら、俺も長生きしねぇとな」
思わず、そんなことを言ってしまった。
アルテミスは、ほんの少しだけ目を見開いた。
だがすぐに、また無表情に戻る。
「はい。よろしくお願いします」
……たぶん、“よろしく”の意味は、お互いに少しズレてる。
けど、それでもいい。
この先、何がどうなっても、たとえこいつがプログラムどおりにしか動けなかったとしても。
その言葉が、あまりにも優しくて――俺は、心の奥で静かに笑っていた。
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