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第31話 雰囲気作りはやっぱり服装から
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俺はアルテミスが手渡してきたタブレットを受け取って、目を通す。
画面にはびっしりと細かい文字――彼女が選んだ「行きたい場所リスト」。
「……観覧車、植物園、博物館、路面電車の記念館……」
呟きながら、俺は思わず目を細める。
場所の隣には全て、移動時間、混雑予想、ケイの平均歩行可能距離との比較まで書かれていた。
あまりにも几帳面で、もはや旅行会社の資料に近い。
「これ、いつ作ったんだよ」
「ケイが『行きたい場所を考えとけ』と言った時点で準備を開始していました」
「いや、言ったけどな……その直後にお前、電車の時刻表まで調べてなかったか?」
「当然です」
当然って顔をして言われると、何も返せねぇ。
まあ、いつものことだ。俺がぼんやり口にした一言を、アルテミスは全力で拾ってくる。
だけど――
俺は、ふと紙の最後の一行に目を止めた。
【どこでもいいです。ケイと一緒なら】
……こういうのが、一番困る。
「……おい」
「はい」
「これは、必要か?」
「“行きたい場所”という条件に該当するものです。私は、ケイの隣にいられる場所であれば、基本的にどこでも満足できます」
言い方は冷静だった。けれど、その“満足”という単語が、なんだかやたらと響いた。
俺は、鼻を鳴らしてごまかす。
「……じゃあ、プラネタリウムでも行くか」
「承知しました」
「ただし。今回は、バアさんのコーデは却下だからな。俺が自分で選ぶ」
「……ケイのファッションセンスに関しては、一定の不安材料があるため、助言程度はさせていただきます」
「……うるせぇよ」
俺はタブレットをそっと机に置いた。
そのデータには、きっと思った以上の気持ちが、詰まってる。
そして――俺は、その気持ちに、ちゃんと応えなきゃいけない気がしていた。
◆
俺の名はビル。医者だ。
いや、ケイに言わせりゃ「勝手に友人を名乗る医者」ってところだが、そこはもう認めさせる気もない。
さて、昼下がりの診察の合間。研究室からの非常通信──なんて物騒なものじゃなく、ケイからの個人通話が来たときは、こっちもつい身構えた。
『なあ、ビル。仮にだ──仮にだぞ?』
端末越しのケイは、いつになく歯切れが悪い。眉根を寄せて頬をかくあの仕草、珍しいな。
「どうした? また胃痛か? それとも夜更かしが祟った?」
『ちげぇよ。……その、もし俺が、散歩じゃなくてどこか行くとしてだな。その相手が、例えばこう……女性で、人間じゃなくて、しかもアンドロイドでな』
おおっと。これは珍しく面白くなりそうな相談だ。
俺は背筋を伸ばし、画面に顔を寄せる。
「ほう。いいねぇケイ。まるで小説の導入みたいじゃないか。で? その“相手”とは、どんな関係なんだ?」
『そこは掘んな。服の話をしてんだよ!』
「服?」
やれやれ、核心に入る前に焦れたらしい。
『俺はいつもの白衣でもいいけど、さすがに今回はそれじゃまずい気がしててな……』
「ふむ、恋人未満のアンドロイドとの非業務外出──つまりデートだな?」
『ちげぇし、ちょっと違うし……』
照れたように語尾が濁る。
これはもう確定と見ていい。
俺は診察机の上にあったタブレットを引き寄せながら、にやける顔を隠しもしなかった。
「よし、任せとけ。俺は主治医としてケイの体型も傾向も把握してる。それに──」
『ログ使うなよ!?』
「まだ、言ってないだろ。でも、脳波傾向から心理的快適ゾーンの推定くらいは──」
『やめろって言ってんだろ!』
ちょうどその時だった。
ケイの端末に割り込むように、澄んだ機械音声が響いた。
『ケイ。現在、あなたが“プラネタリウム”という非日常空間における服装選定に困っているというログが取得されました』
ああ、この声はアルテミスか。
『ビルへの支援要請はすでに完了しています』
モニター越しに、ケイが天を仰いでるのが見えた。俺は小さく笑いながら返した。
「いやぁ、頼られてるって実感するねぇ。ちょうど知り合いのスタイリストに連絡取ってたとこだ」
『俺の意思は!? なあ、ビル、聞いてるか!?』
「んー、なんだって?」
『おい!』
からかうのは楽しいが、今回はちゃんとサポートしてやりたいと思った。
◆
私の名前は沢渡ナナ。
私の仕事机は、基本的に静かだ。
計算、実験ログ、シミュレーションとAI補助のデータ整理。どれも騒々しさとは無縁の、静かな探求。
けれど今日は違う。
眼前に表示されたのは──カラーパレット、体型マップ、心理影響データ、そして最新のファッションカテゴリ分布図。
テーマは「デート服」。
しかも、対象者は雪宮財団代表補佐・ケイ氏。
依頼者はその随行アンドロイドであるアルテミス様。
──もはや、簡単な話ではない。
「アルテミスさん。対象となる“ケイ代表補佐”との外出の目的は、やはり非業務的な、私的な内容で間違いありませんか?」
「はい。ケイからの提案により、指定された日時に外部施設──プラネタリウムへの同行が予定されています」
私は思わず姿勢を正す。
これは、非常に重要なケースだ。
単なる“外出用の服”の選定ではない。
対象は、科学的思考を主とする人物。それでいて感受性も高い。
つまり──ロジックと情緒の両立が求められる。
「……承知しました。今回の主目的は、“代表補佐の視覚・感情反応を最大化しつつ、拒否反応を回避する”コーディネートの立案ですね」
「正確です。さらに、“当方の印象を過剰に強調しない”ことも同時に考慮すべきと判断しています」
「了解いたしました。目指すのは──“非主張型親和印象強化スタイル”、もしくは“控えめな自己表現を伴う感情促進装備”。仮称《代表補佐攻略・科学的最適化ファッション計画》にて、構築を開始します」
モニターに一覧表示されるファッションデータを一つずつ分析していく。
代表補佐はブルーグレーの中明度・中彩度に対してストレス反応が低く、注視率が高い。これは“安心・安全”の印象をもたらすカラートーン。
一方で、強すぎる装飾要素には即座に反応し、視線を外す傾向がある。
つまり、シンプルな構成の中に一点、非日常的なエレメントを混ぜるのがベスト──“計画的逸脱”。
私は候補を絞りながら、アルテミスさんに問う。
「体型に関するデータ、および可動範囲に影響する制限など、何かございますか?」
「私の身体構造は人間型に準じており、制限はございません。視覚的印象を優先していただいて問題ありません」
「承知しました。では、“代表補佐の生体反応を引き出す服”に特化した選定を行います」
私は、服飾データベースに記録された反応指標とアルテミス様の外見要素、代表補佐の好ましい反応ログを突き合わせながら、一着の服をピックアップする。
「……こちらのワンピースが最適かと判断します。ベースカラーは中明度のブルーグレー、差し色にサンドグレージュのリボン。視認性は高く、かつ過度な主張は避けられます。素材はシルキーニット、代表補佐の視覚ログにおける好感度スコアが高い質感です」
アルテミス様は画面上のデータに目を通し、静かに頷かれた。
「……この構成は、ケイに対して過剰な刺激を与えず、好ましい印象を残せると判断します。貴重な助言に感謝いたします」
「こちらこそ、お任せいただき光栄です」
私は深く一礼したあと、画面の記録ボタンを押す。
──これが、科学と知性の総力を結集した“非戦闘型攻略計画”。
成果は、代表補佐の反応次第だ。
だが私は確信している。
この選定は、決して“間違い”ではない。
画面にはびっしりと細かい文字――彼女が選んだ「行きたい場所リスト」。
「……観覧車、植物園、博物館、路面電車の記念館……」
呟きながら、俺は思わず目を細める。
場所の隣には全て、移動時間、混雑予想、ケイの平均歩行可能距離との比較まで書かれていた。
あまりにも几帳面で、もはや旅行会社の資料に近い。
「これ、いつ作ったんだよ」
「ケイが『行きたい場所を考えとけ』と言った時点で準備を開始していました」
「いや、言ったけどな……その直後にお前、電車の時刻表まで調べてなかったか?」
「当然です」
当然って顔をして言われると、何も返せねぇ。
まあ、いつものことだ。俺がぼんやり口にした一言を、アルテミスは全力で拾ってくる。
だけど――
俺は、ふと紙の最後の一行に目を止めた。
【どこでもいいです。ケイと一緒なら】
……こういうのが、一番困る。
「……おい」
「はい」
「これは、必要か?」
「“行きたい場所”という条件に該当するものです。私は、ケイの隣にいられる場所であれば、基本的にどこでも満足できます」
言い方は冷静だった。けれど、その“満足”という単語が、なんだかやたらと響いた。
俺は、鼻を鳴らしてごまかす。
「……じゃあ、プラネタリウムでも行くか」
「承知しました」
「ただし。今回は、バアさんのコーデは却下だからな。俺が自分で選ぶ」
「……ケイのファッションセンスに関しては、一定の不安材料があるため、助言程度はさせていただきます」
「……うるせぇよ」
俺はタブレットをそっと机に置いた。
そのデータには、きっと思った以上の気持ちが、詰まってる。
そして――俺は、その気持ちに、ちゃんと応えなきゃいけない気がしていた。
◆
俺の名はビル。医者だ。
いや、ケイに言わせりゃ「勝手に友人を名乗る医者」ってところだが、そこはもう認めさせる気もない。
さて、昼下がりの診察の合間。研究室からの非常通信──なんて物騒なものじゃなく、ケイからの個人通話が来たときは、こっちもつい身構えた。
『なあ、ビル。仮にだ──仮にだぞ?』
端末越しのケイは、いつになく歯切れが悪い。眉根を寄せて頬をかくあの仕草、珍しいな。
「どうした? また胃痛か? それとも夜更かしが祟った?」
『ちげぇよ。……その、もし俺が、散歩じゃなくてどこか行くとしてだな。その相手が、例えばこう……女性で、人間じゃなくて、しかもアンドロイドでな』
おおっと。これは珍しく面白くなりそうな相談だ。
俺は背筋を伸ばし、画面に顔を寄せる。
「ほう。いいねぇケイ。まるで小説の導入みたいじゃないか。で? その“相手”とは、どんな関係なんだ?」
『そこは掘んな。服の話をしてんだよ!』
「服?」
やれやれ、核心に入る前に焦れたらしい。
『俺はいつもの白衣でもいいけど、さすがに今回はそれじゃまずい気がしててな……』
「ふむ、恋人未満のアンドロイドとの非業務外出──つまりデートだな?」
『ちげぇし、ちょっと違うし……』
照れたように語尾が濁る。
これはもう確定と見ていい。
俺は診察机の上にあったタブレットを引き寄せながら、にやける顔を隠しもしなかった。
「よし、任せとけ。俺は主治医としてケイの体型も傾向も把握してる。それに──」
『ログ使うなよ!?』
「まだ、言ってないだろ。でも、脳波傾向から心理的快適ゾーンの推定くらいは──」
『やめろって言ってんだろ!』
ちょうどその時だった。
ケイの端末に割り込むように、澄んだ機械音声が響いた。
『ケイ。現在、あなたが“プラネタリウム”という非日常空間における服装選定に困っているというログが取得されました』
ああ、この声はアルテミスか。
『ビルへの支援要請はすでに完了しています』
モニター越しに、ケイが天を仰いでるのが見えた。俺は小さく笑いながら返した。
「いやぁ、頼られてるって実感するねぇ。ちょうど知り合いのスタイリストに連絡取ってたとこだ」
『俺の意思は!? なあ、ビル、聞いてるか!?』
「んー、なんだって?」
『おい!』
からかうのは楽しいが、今回はちゃんとサポートしてやりたいと思った。
◆
私の名前は沢渡ナナ。
私の仕事机は、基本的に静かだ。
計算、実験ログ、シミュレーションとAI補助のデータ整理。どれも騒々しさとは無縁の、静かな探求。
けれど今日は違う。
眼前に表示されたのは──カラーパレット、体型マップ、心理影響データ、そして最新のファッションカテゴリ分布図。
テーマは「デート服」。
しかも、対象者は雪宮財団代表補佐・ケイ氏。
依頼者はその随行アンドロイドであるアルテミス様。
──もはや、簡単な話ではない。
「アルテミスさん。対象となる“ケイ代表補佐”との外出の目的は、やはり非業務的な、私的な内容で間違いありませんか?」
「はい。ケイからの提案により、指定された日時に外部施設──プラネタリウムへの同行が予定されています」
私は思わず姿勢を正す。
これは、非常に重要なケースだ。
単なる“外出用の服”の選定ではない。
対象は、科学的思考を主とする人物。それでいて感受性も高い。
つまり──ロジックと情緒の両立が求められる。
「……承知しました。今回の主目的は、“代表補佐の視覚・感情反応を最大化しつつ、拒否反応を回避する”コーディネートの立案ですね」
「正確です。さらに、“当方の印象を過剰に強調しない”ことも同時に考慮すべきと判断しています」
「了解いたしました。目指すのは──“非主張型親和印象強化スタイル”、もしくは“控えめな自己表現を伴う感情促進装備”。仮称《代表補佐攻略・科学的最適化ファッション計画》にて、構築を開始します」
モニターに一覧表示されるファッションデータを一つずつ分析していく。
代表補佐はブルーグレーの中明度・中彩度に対してストレス反応が低く、注視率が高い。これは“安心・安全”の印象をもたらすカラートーン。
一方で、強すぎる装飾要素には即座に反応し、視線を外す傾向がある。
つまり、シンプルな構成の中に一点、非日常的なエレメントを混ぜるのがベスト──“計画的逸脱”。
私は候補を絞りながら、アルテミスさんに問う。
「体型に関するデータ、および可動範囲に影響する制限など、何かございますか?」
「私の身体構造は人間型に準じており、制限はございません。視覚的印象を優先していただいて問題ありません」
「承知しました。では、“代表補佐の生体反応を引き出す服”に特化した選定を行います」
私は、服飾データベースに記録された反応指標とアルテミス様の外見要素、代表補佐の好ましい反応ログを突き合わせながら、一着の服をピックアップする。
「……こちらのワンピースが最適かと判断します。ベースカラーは中明度のブルーグレー、差し色にサンドグレージュのリボン。視認性は高く、かつ過度な主張は避けられます。素材はシルキーニット、代表補佐の視覚ログにおける好感度スコアが高い質感です」
アルテミス様は画面上のデータに目を通し、静かに頷かれた。
「……この構成は、ケイに対して過剰な刺激を与えず、好ましい印象を残せると判断します。貴重な助言に感謝いたします」
「こちらこそ、お任せいただき光栄です」
私は深く一礼したあと、画面の記録ボタンを押す。
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