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第32話 プラネタリウム
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館内の照明が落とされ、世界が静まる。
そして、ゆっくりと夜が広がっていく。
柔らかな星の光が、仄暗いドームに浮かび上がる。俺はひとつ息をつき、隣に立つアルテミスをちらと見た。
……正直、まだちょっと信じられない。
あのアルテミスが、わざわざ服を選び、髪型まで整えて、こうして俺の隣にいる。その事実だけで、思考が二、三個くらいショートする。
それに、星を見に来たなんて、何年ぶりだ?
弟と一緒に来たときのことを、ふと思い出す。あいつはやたらと詳しくて、プラネタリウムの解説にいちいちツッコミを入れては、俺に目を輝かせて解説を重ねてきたっけ。
……もっと、いろいろしてやればよかった。
気づけば、そんな後悔ばかりが記憶に積もっている。
けどだからこそ、俺はこの先、ちゃんと“思い出”を作ろうと思った。
残された時間が限られているなら、なおさらだ。
──その始まりが、今日だ。
数時間前・研究所
「おお、いいじゃん。そのシャツ、ケイっぽさが薄くて!」
「それ褒めてるのか!?」
モニター越しに相変わらずの調子でビルが笑う。だが、彼が選んでくれた服装は、いつもの俺とは少し違っていて──まあ、悪くなかった。
アルテミスも、沢渡に勧められた服に身を包み、いつも以上に“雰囲気”を纏っていた。あれは……正直、驚いた。
「準備は整いました。ケイ、出発しましょう」
「……ああ」
ビルと沢渡に背中を押されるようにして、俺たちは研究所を後にした。
──そして今、再び視線を星に戻す。
「ケイ、リクライニングをお勧めします」
「……お、おう」
落ち着け、俺。
今日ぐらい、科学じゃなく、感情で動いたって、いいじゃないか。
俺は隣のアルテミスをちらりと見て、小さく笑った。
(──さて、この記憶は、どんなふうに残るだろうな)
遠く、機械が起動する微かな音。座席の軋む気配。
そして──静けさ。
一つ、星が灯る。
まるで、誰かが夜空にそっと穴を開けたように。
その星は孤独に瞬きながら、すぐに仲間を呼んだ。二つ、三つ……やがて無数の光が、音もなく天蓋を覆っていく。
俺は思わず息を飲んだ。
ただの光の粒。
それだけのはずなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
隣のアルテミスは微動だにしない。
だが、彼女の瞳──否、光学レンズの奥に、わずかな光の揺らぎが映り込んでいた。
それが投影された星のせいなのか、彼女の内部に何かが反応しているのか──判別はつかない。
でも、どちらでもいいとそのときは思った。
この静けさの中に、言葉はいらなかった。
この空間が、今の俺たちをすべて包みこんでいたから。
天井に広がる星々。
ありえないほど澄んだ空。都市の光も、天気も関係ない——この部屋の中だけに存在する、完璧な夜。
正直、最初は少しバカにしていた。
こんなもの、本物じゃない。ただの高解像度の映像。最新の演算処理で、位置情報と視差を計算しているだけ。
……なのに。
「……作り物のはずなのに、なんでだろうな。ちょっと、泣きそうになるな」
ふっと口から漏れた言葉に、自分で少し驚く。
誰に向けたわけでもない。ただ、思ったままが言葉になった。
隣で座るアルテミスは、静かにこちらを見つめていた。
彼女の視線は、いつもまっすぐすぎて、時々たじろぐ。だが今は、どこか、柔らかさを含んでいた。
「感情に対する自己認識の変化……または、記憶の連鎖反応かもしれません」
それは、いつもの冷静な分析だった。でも、俺は首を横に振る。
「そういうのじゃない。たぶん、理屈じゃねぇんだよ」
アルテミスの視線が、再び星空へと戻る。
「では、それは“感動”というカテゴリで処理しても良いでしょうか」
「……ああ、しておけよ。感動ってやつだ、たぶん」
作られた星空。
完璧に制御された光。
だけど、そんな“作り物”が、今ここにある“本物の時間”を作ってる。
——この瞬間にしか存在しないものが、確かにここにある。
なんて、らしくないな俺。
でもまあ、たまにはこんな日も悪くない。
そして、ゆっくりと夜が広がっていく。
柔らかな星の光が、仄暗いドームに浮かび上がる。俺はひとつ息をつき、隣に立つアルテミスをちらと見た。
……正直、まだちょっと信じられない。
あのアルテミスが、わざわざ服を選び、髪型まで整えて、こうして俺の隣にいる。その事実だけで、思考が二、三個くらいショートする。
それに、星を見に来たなんて、何年ぶりだ?
弟と一緒に来たときのことを、ふと思い出す。あいつはやたらと詳しくて、プラネタリウムの解説にいちいちツッコミを入れては、俺に目を輝かせて解説を重ねてきたっけ。
……もっと、いろいろしてやればよかった。
気づけば、そんな後悔ばかりが記憶に積もっている。
けどだからこそ、俺はこの先、ちゃんと“思い出”を作ろうと思った。
残された時間が限られているなら、なおさらだ。
──その始まりが、今日だ。
数時間前・研究所
「おお、いいじゃん。そのシャツ、ケイっぽさが薄くて!」
「それ褒めてるのか!?」
モニター越しに相変わらずの調子でビルが笑う。だが、彼が選んでくれた服装は、いつもの俺とは少し違っていて──まあ、悪くなかった。
アルテミスも、沢渡に勧められた服に身を包み、いつも以上に“雰囲気”を纏っていた。あれは……正直、驚いた。
「準備は整いました。ケイ、出発しましょう」
「……ああ」
ビルと沢渡に背中を押されるようにして、俺たちは研究所を後にした。
──そして今、再び視線を星に戻す。
「ケイ、リクライニングをお勧めします」
「……お、おう」
落ち着け、俺。
今日ぐらい、科学じゃなく、感情で動いたって、いいじゃないか。
俺は隣のアルテミスをちらりと見て、小さく笑った。
(──さて、この記憶は、どんなふうに残るだろうな)
遠く、機械が起動する微かな音。座席の軋む気配。
そして──静けさ。
一つ、星が灯る。
まるで、誰かが夜空にそっと穴を開けたように。
その星は孤独に瞬きながら、すぐに仲間を呼んだ。二つ、三つ……やがて無数の光が、音もなく天蓋を覆っていく。
俺は思わず息を飲んだ。
ただの光の粒。
それだけのはずなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
隣のアルテミスは微動だにしない。
だが、彼女の瞳──否、光学レンズの奥に、わずかな光の揺らぎが映り込んでいた。
それが投影された星のせいなのか、彼女の内部に何かが反応しているのか──判別はつかない。
でも、どちらでもいいとそのときは思った。
この静けさの中に、言葉はいらなかった。
この空間が、今の俺たちをすべて包みこんでいたから。
天井に広がる星々。
ありえないほど澄んだ空。都市の光も、天気も関係ない——この部屋の中だけに存在する、完璧な夜。
正直、最初は少しバカにしていた。
こんなもの、本物じゃない。ただの高解像度の映像。最新の演算処理で、位置情報と視差を計算しているだけ。
……なのに。
「……作り物のはずなのに、なんでだろうな。ちょっと、泣きそうになるな」
ふっと口から漏れた言葉に、自分で少し驚く。
誰に向けたわけでもない。ただ、思ったままが言葉になった。
隣で座るアルテミスは、静かにこちらを見つめていた。
彼女の視線は、いつもまっすぐすぎて、時々たじろぐ。だが今は、どこか、柔らかさを含んでいた。
「感情に対する自己認識の変化……または、記憶の連鎖反応かもしれません」
それは、いつもの冷静な分析だった。でも、俺は首を横に振る。
「そういうのじゃない。たぶん、理屈じゃねぇんだよ」
アルテミスの視線が、再び星空へと戻る。
「では、それは“感動”というカテゴリで処理しても良いでしょうか」
「……ああ、しておけよ。感動ってやつだ、たぶん」
作られた星空。
完璧に制御された光。
だけど、そんな“作り物”が、今ここにある“本物の時間”を作ってる。
——この瞬間にしか存在しないものが、確かにここにある。
なんて、らしくないな俺。
でもまあ、たまにはこんな日も悪くない。
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