俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人

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第41話 指し示す先

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 世界は、騒然としていた。

 黒い影が現れるその現象は、最初こそ噂話にすぎなかった。
 だが、目撃者の数が指数関数的に増えていくにつれ、それは誰にとっても無視できない“現実”となった。

 亡くなった家族に似た影。
 かつての友人を思わせる声。
 己の罪をなぞるような視線。
 影は、記憶の深い場所から現れるようだった。
 各国は緊急対策本部を設置し、都市の一部は封鎖され、メディアは情報統制に追われていた。
 だが――

 その混乱の只中で、ケイは、ただ一人の存在だけを追っていた。

 アルテミス。

 彼女がどこに行ったのか。
 なぜ、何も告げずに姿を消したのか。
 それすらも、今となってはどうでもよかった。
 彼女が、まだこの世界にいるのなら――ただ、それを知りたかった。

 ケイはあらゆるシステムにアクセスを試みた。
 財団の内部回線。
 アマテラス社のサーバ。
 地下の旧型インフラ網。
 可能な限りの通信帯をクロールし、痕跡を探し続けた。

 だが、何も見つからなかった。

 それは、完全な“沈黙”だった。
 あのアルテミスが、これほど徹底して自らの存在を消すことができるなど、信じがたかった。
 雨が降っていた。
 人気のない歩道を、彼はただ無言で歩いていた。
 体は冷えていたが、思考はやけに静かだった。

 と、不意に――足が止まる。
 視線の先に、小さな影が立っていた。
 子供ほどの背丈。
 雨に濡れても、その姿は滲まず、ただそこに“在る”という存在感だけが、確かにあった。

 声はない。
 名も告げない。

 ただ、その影は、ケイの前に立ち、無言で右手をあげ――
 行く先を、指さした。

 ケイは、一瞬だけ息を止めた。

 影の顔はよく見えなかった。
 だが、そこには確かに、どこかで見たような、けれどもう思い出せないような、
 懐かしい光が宿っていた。
 ケイはゆっくりと歩み寄り、しゃがみ込み、影と目線を合わせる。
 その瞳に何が映っているかは見えなかった。
 けれど、確信だけが、心の底に落ちていた。

「……俺に、アルテミスのいる場所を教えてくれているのか?」

 そう問いかけた声は、自分でも驚くほどに静かだった。
 けれど、その内側では、言葉にならない何かが溢れかけていた。

 影は、何も言わなかった。

 ただ――
 ケイの顔をじっと見つめたまま、微かに、けぶるように揺れていた。

 ほんの一瞬だけ、幼い頃に聞いた声が、耳の奥で重なる。

 「にーに……」

 ありえない。
 そんなはずはない。
 これは幻想だ。復元だ。記憶の断片だ。

 それでも――

 ケイの胸が、軋むように痛んだ。
 握った拳がわずかに震える。
 冷たい雨が頬を流れているのか、それとも。

「……っ」

 嗚咽が、喉の奥まで込み上げた。
 だけど、出せなかった。
 それを出してしまったら、何かが崩れてしまいそうだった。
 彼はただ、目を閉じて、小さく息を吸い込む。
 目を開けると、影はもういなかった。
 あの小さな影は、音もなく、霧のように姿を消していた。

 しばし、その場に立ち尽くす。

 自分の中に、かつて失ったものが、再び近くに来ていたこと。
 それが本物かどうかはわからない。
 でも、確かに“何か”を受け取ったと、そう感じていた。

 そして次の瞬間、ケイは走り出していた。

 雨に濡れたアスファルトを、靴音が打つ。
 濡れた路面は滑りやすく、視界も悪い。
 だが、構わなかった。
 アルテミスが、そこにいる。
 まだ遅くない。
 心臓が激しく脈打つ。
 呼吸が浅くなる。
 けれど、足は止まらなかった。

「待ってろよ、アルテミス……!」

 誰にも聞こえない声を絞り出す。

 雑踏も、信号も、遠くで鳴る警報も、すべてが遠ざかる。
 今のケイには、ただ一つの座標しか見えていなかった。

 彼の世界は、彼女ただ一人に向かって収束していく。

 アルテミスに、もう一度会いたい。

 その想いだけが、今、彼を突き動かしていた。
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