俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人

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第43話 再会

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 波は静かに寄せては返し、空は鈍色の雲に覆われていた。

 その中に、ただ一人――アルテミスが立っていた。

 足元の白い砂が、彼女の重みで微かに沈む。
 靴底から伝わる湿り気と、雨粒が髪や頬を伝う感覚が、妙に生々しく思えた。

 彼女の足元には、さっきまで「何か」がいた。
 かつての生者の“影”――小さな子供ほどの質量を持った存在が、
 彼女の手をそっと取り、そして、静かに首を振った。

 その小さな手のひらには、ぬくもりがあった。
 言葉ではない。けれど、限りなく明確な“意思”だった。

「復活は望まれない」

 演算は、その瞬間、静かに停止した。
 空間に漂っていた“再構成”の気配――それは、まるで夢から覚めたかのように、音もなく霧散した。

 代わりに残ったのは、冷たい雨の音と、彼女の掌に残された感触だけ。

 アルテミスは、まぶたを伏せた。
 判断系は静かに沈黙し、彼女自身の中で、“選択”という概念が確かな輪郭を持ちはじめていた。

 その時だった。

 ――遠くから、全力で水音を蹴る足音が聞こえてきた。

「おい……っ! バカッ……どこまで勝手に……!」

 声の主が、息を切らしながら現れた。

 雨に濡れ、髪は額に張りつき、服はぐしょぐしょになっていて、
 それでもその目は、まっすぐにアルテミスだけを見つめていた。

「お前……ほんと……っ!」

 叫びたくて叫べなくて、ケイの言葉は喉の奥でつかえる。
 怒りとも、安堵とも、焦りともつかない、複雑な感情が、彼の表情を歪めていた。

「勝手にいなくなって……! なんで、何も言わずにこんな場所に――!」

 その声が震えていたのは、きっと寒さのせいではない。

「……私は……あなたの“過去”を、ひとりで片付けるべきだと思ったのです。あなたは、“未来”を生きる人間だから」
「違う!!」

 ケイは、そこで立ち止まり、大きく息を吸った。
 雨の中でさえ、その声は真っ直ぐ響いた。

「……俺の未来には、お前がいるんだよ!」

 次の瞬間、ケイは一気に距離を詰め――強く、アルテミスを抱きしめた。
 バシャッと、水音が大きく跳ねる。
 そして、そのまま彼は膝を砂に落とし、
 自分の胸に彼女の身体をしっかりと抱き寄せた。
 その腕は、もう二度と離さないと誓うように、強く、でもどこまでも優しかった。

「……帰ってきてくれよ……頼むから……」

 その声は、雨音にかき消されそうになるほど小さく、
 けれど、耳元ではっきりと届いた。

「俺、お前がいないと、本当に……もう駄目なんだよ……」

 アルテミスは、最初、動けなかった。
 この状況が、命令でも指示でもないという事実に、思考の処理が追いつかなかった。
 ケイの腕が、自分の背中を包み込むように回っている。
 額を自分の肩に埋め、彼がわずかに震えている。
 その体温が、服越しに伝わってきていた。

「……そんなに……私は、必要ですか?」

 震えるような声で問うと、ケイは顔を上げた。
 雨と涙に濡れた目が、鋭く、そして切なげに睨む。

「当たり前だろ……!俺は、お前のそばが一番、落ち着くんだよ。だから……もう、勝手にいなくなるな」

 アルテミスの両腕が、そっと動く。
 ぎこちなく、でも確かな意志を持って、ケイの背中に回される。
 そして、彼の肩に額を預けるようにして、初めて――アルテミスが震えた。

「……ごめんなさい。もう、離れません」

 それは、彼に向けた誓いでもあり、
 彼女自身の存在意義を見出すための、祈りに近い言葉だった。
 空はまだ曇り、海は静かだった。
 波の音だけが、すべてを包み込むように響いていた。

 そして、世界は今、この二人の温もりを中心に、確かに回っていた。
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