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第46話 そばにいるよ
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俺は、意識の深いところからゆっくりと浮かび上がってた。
熱はまだ少し残ってる。
でも、喉の灼けるような痛みはやわらぎ、汗も乾いている。
毛布のぬくもりと、かすかにするオゾンのような匂いが、現実へと俺を引き戻してくれる。
夜だ。
外は真っ暗で、研究室の照明も落とされていた。
ソファサイドのスタンドランプだけが、柔らかい光を投げかけている。
その光の中、静かにこちらを見ているアルテミスの姿があった。
動かない。
まるで時間の止まった人形のように、ただそこに存在している。
「……なに、人の寝顔を記録してんだ?」
声を出してみる。
かすれていて、自分でも驚いた。
アルテミスは一瞬だけ瞬き、そしてゆっくりと目を伏せた。
「いえ。……ただ、安心していたのかもしれません」
その返事は、どこか迷子のような響きを持っていた。
そして、ふと彼女がぽつりとこぼす。
「ケイが、いなくなったら。私はどうすればいいんでしょうか」
その言葉に、胸の奥を掴まれたような感覚がした。
唐突な問いじゃない。あの影の出現、崩落、浜辺の再会……あの瞬間の記録が、彼女の中で何度も反芻され、削れたエラーのように残り続けているのだ。
「また極端なことを……」
苦笑で流しかけた。
でも、彼女の瞳はまっすぐで、真剣だった。
俺は、視線を天井に向けた。
言葉を選ぶ、なんて高尚なことはできない。
ただ、自分が今ここにいる理由を探すみたいに、思考の底を探った。
「……もし、俺が消えても」
自分の声が、静かに部屋に染み込んでいった。
「たとえば身体が原子にまで分解されて、電子が熱として散って、量子レベルにまで細かくなっても──それでも、俺っていう存在の“痕跡”は、どこかに残る」
アルテミスの目が揺れた。光の反射のせいか、潤んで見えた気がした。
「人間が出す微細な電磁波、脳の信号、心拍のリズム……それら全部は完全には消えない。エントロピーに飲まれたって、情報はどこかに溶け込んで残るんだ。たとえ誰も気づかなくても、観測できなくても」
俺は、少し息をついた。
熱のせいか、喉の奥がざらついている。
「だからさ。もし俺がいなくなったとしても──お前がそれを覚えていてくれたら、それで俺の一部は世界に残る。……そう思えば、なんとなく、ちょっと安心するだろ?」
そう言って、苦笑を浮かべる。
自分で言っておいてなんだが、やたらと理屈っぽくて回りくどい。
「……まあ、風邪の熱でテンションがおかしいだけかもしれないけどな」
目をそらす。
今さら、急に恥ずかしくなってきた。
けど、アルテミスはなにも返さなかった。
ただ、そっと立ち上がり、俺が寝ているソファの傍に膝をついた。そして、静かに、慎重に、俺の額に手を添えた。
その手は冷たくも、温かくもなかった。ただ、確かにそこにあった。
「それでも、ありがとうございます。ケイ」
やわらかい声だった。機械の響きではなく、人の温度を思わせる音。
俺は──なにも返せなかった。ただ、まぶたをゆっくりと閉じた。
いつの間にか、外ではまた雨が降り始めていた。静かに、優しく、屋根を叩く音がしていた。
眠気が再び押し寄せてくる。
でも、今度は安心して眠れそうだった。
熱はまだ少し残ってる。
でも、喉の灼けるような痛みはやわらぎ、汗も乾いている。
毛布のぬくもりと、かすかにするオゾンのような匂いが、現実へと俺を引き戻してくれる。
夜だ。
外は真っ暗で、研究室の照明も落とされていた。
ソファサイドのスタンドランプだけが、柔らかい光を投げかけている。
その光の中、静かにこちらを見ているアルテミスの姿があった。
動かない。
まるで時間の止まった人形のように、ただそこに存在している。
「……なに、人の寝顔を記録してんだ?」
声を出してみる。
かすれていて、自分でも驚いた。
アルテミスは一瞬だけ瞬き、そしてゆっくりと目を伏せた。
「いえ。……ただ、安心していたのかもしれません」
その返事は、どこか迷子のような響きを持っていた。
そして、ふと彼女がぽつりとこぼす。
「ケイが、いなくなったら。私はどうすればいいんでしょうか」
その言葉に、胸の奥を掴まれたような感覚がした。
唐突な問いじゃない。あの影の出現、崩落、浜辺の再会……あの瞬間の記録が、彼女の中で何度も反芻され、削れたエラーのように残り続けているのだ。
「また極端なことを……」
苦笑で流しかけた。
でも、彼女の瞳はまっすぐで、真剣だった。
俺は、視線を天井に向けた。
言葉を選ぶ、なんて高尚なことはできない。
ただ、自分が今ここにいる理由を探すみたいに、思考の底を探った。
「……もし、俺が消えても」
自分の声が、静かに部屋に染み込んでいった。
「たとえば身体が原子にまで分解されて、電子が熱として散って、量子レベルにまで細かくなっても──それでも、俺っていう存在の“痕跡”は、どこかに残る」
アルテミスの目が揺れた。光の反射のせいか、潤んで見えた気がした。
「人間が出す微細な電磁波、脳の信号、心拍のリズム……それら全部は完全には消えない。エントロピーに飲まれたって、情報はどこかに溶け込んで残るんだ。たとえ誰も気づかなくても、観測できなくても」
俺は、少し息をついた。
熱のせいか、喉の奥がざらついている。
「だからさ。もし俺がいなくなったとしても──お前がそれを覚えていてくれたら、それで俺の一部は世界に残る。……そう思えば、なんとなく、ちょっと安心するだろ?」
そう言って、苦笑を浮かべる。
自分で言っておいてなんだが、やたらと理屈っぽくて回りくどい。
「……まあ、風邪の熱でテンションがおかしいだけかもしれないけどな」
目をそらす。
今さら、急に恥ずかしくなってきた。
けど、アルテミスはなにも返さなかった。
ただ、そっと立ち上がり、俺が寝ているソファの傍に膝をついた。そして、静かに、慎重に、俺の額に手を添えた。
その手は冷たくも、温かくもなかった。ただ、確かにそこにあった。
「それでも、ありがとうございます。ケイ」
やわらかい声だった。機械の響きではなく、人の温度を思わせる音。
俺は──なにも返せなかった。ただ、まぶたをゆっくりと閉じた。
いつの間にか、外ではまた雨が降り始めていた。静かに、優しく、屋根を叩く音がしていた。
眠気が再び押し寄せてくる。
でも、今度は安心して眠れそうだった。
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