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第47話 バアさんはいつも強引だ
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久々に体調がまともな朝だった。
部屋に差し込む陽光が、熱っぽかった額ではなく、ようやく落ち着いた俺の目を射る。
毛布の感触がやけに優しくて、アルテミスの看病の成果をしみじみと感じていた矢先──
ピピッ。
サイドテーブルにあったのモニターが点灯する。
映し出されたのは、案の定バアさんだ。
私はなんでもお見通しよ、と言わんばかりのすまし顔でコーヒーを啜っている。
「……おはよう、ケイ。体温は平熱に戻ったようね。よろしい……では、任務の時間よ」
任務言った。
「はぁ? 何のだよ。こっちは病み上がりだっつーのに……」
「本日あなたには、アルテミスをあなたの意思でどこかへ誘う義務があります。なお、これは強制です」
言ったなコイツ。
しかも強制とか、普通にブラックすぎる。
「……さてはバアさん、俺とアルテミスをくっつけて、自分のラブロマンスを成就させようとしてないか?」
「まぁ。何のことかしら?」
シズが片眉を上げ、無表情のままカップを傾ける。
“否定しない”って、それもう肯定だろ。
「あなたがあまりにもグダグダしてるから、私がストーリーを進めてあげるのよ」
いやストーリーってなんだよ!? 俺たちは芝居してんのか!?
「というわけで、ケイ。今日はアルテミスをどこに連れて行ってあげるの?」
おい、待て、話が強引すぎ──
と、そのとき、視界の隅で気配が動いた。
「ケイ、起きましたか? 朝食の準備が整いました」
簡易調理室の向こうから聞こえるのは、当然、アルテミスの声だった。
「……ぐっ」
画面の向こうで、シズがニヤリと笑う。
「さ、どうする? “あなたの意思”で彼女を誘わなきゃ、ミッションはクリアできないわよ」
アルテミスの声がもう一度響く。
「……お粥は、まだ冷めてません。ゆっくりで大丈夫です」
「……ああ、今行く」
俺は応えながら、シズの顔がまだ画面に残っていることに気づく。
「バアさん、切れよ。人の寝起きの監視とかどんな趣味してんだ」
「安心なさい、記録はしていないわ。ただ──」
カメラ越しのシズが、おかしそうに目を細める。
「“その場で言葉を選ばないと、未来を一つ潰してしまうことがある”。……私の世代では、よく聞く教訓なのよ」
それ、人生ベテランすぎるだろ。
返す言葉もなく、俺はモニターを手で消す。
……さて、問題はこっからだ。
朝食後、少し散歩でも、と提案する──だけなら普通の会話だ。
だが、この普通の会話がこっ恥ずかしいにも程がある。
俺は食卓に座りながら、お粥をすくう手を止めた。
いったん、普通のお粥で安堵する俺。
「なあ、アルテミス」
「はい」
視線が、まっすぐ俺に向く。
……無表情だが、妙に真剣なのがまたやりづらい。
「今日は、その……ちょっと、気分転換にさ。どっか、行くか?」
「場所の指定は?」
「ん……ま、まだ決めてないけど。近場でもいいし……」
「目的は?」
「……お前が、行きたいならって話だ。別に義務とかじゃなくて」
そのとき。
アルテミスの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
俺の顔を見つめて、静かに問う。
「それは、“命令”ですか?」
「いや、だから……」
返そうとした俺の言葉を遮るように──
「それとも、“ケイの希望”ですか?」
その目が、少しだけ揺れた気がした。
無表情の奥に、ごくわずかな、でも確かな“期待”のようなものがある。
──なんなんだよ、これ。
くそ、言わせる気か。
「……希望、だよ。俺の」
言った途端、顔が熱くなるのを感じた。
熱のせいじゃない。今度は完全に“照れ”だ。
アルテミスは、しばらく黙っていた。
が、やがて、ほんの少しだけ口元を緩めて──
「承知しました。では、“あなたの希望”として、喜んで同行いたします」
やめろ、その言い方は。
心臓が一回余計に跳ねただろうが。
俺はごまかすように咳払いしながら、額を掻いた。
「……まあ、風邪の熱でテンションがおかしいだけかもしれないけどな」
それを聞いて、アルテミスが首を傾げる。
「本当にそうであれば、午後の行動は再検討した方がよいかと」
「いや、例え話だよ、例え話!」
午後の空気は、まだほんの少し冷たい。
研究所の玄関を出た瞬間、アルテミスがこちらを見た。
「ケイ、体温は平常値付近に戻ったとはいえ、風速3.2メートルの屋外環境下では長時間の散歩は非推奨です」
「今さらかよ。出る前に言えよ」
「出る前はまだ風速2.9メートルでした」
「……その0.3メートルの変化で却下される散歩とか、俺の人生どれだけ規格ギリギリなんだよ」
そんなやり取りを交わしつつ、俺たちは並んで歩き始めた。
行き先は特に決めていない。
舗装された細道を抜けて、海がちらりと見える高台まで、ただ歩く。
「ケイの発熱は、やはり私の管理不足かもしれません」
「今さら謝られてもな……ていうか、俺が勝手に浜辺まで走ったせいだろ」
「それを“勝手に”やってしまうのがケイです。なのでやはり、私の予測アルゴリズムに問題が」
「もうそれでいいよ! お前が悪い、お前が責任を取れ!」
「承知しました。では、今夜は責任として、ケイの眠るまで添い寝を」
「そういうのを! 責任の取り方って言わない!!」
怒鳴っても、アルテミスはぴくりとも眉を動かさない。
だが、ほんのわずか、口元が緩んだ気がした。
──ああ、こいつ、わざとだな。
「……ったく、体調悪い時にこの調子だと、元気になったらどうなるんだか」
「元気になった時のプランも、既に構築済みです」
「やめろ、フラグみたいに言うな」
歩いて、笑って、また少し黙って。
潮風の混じった風が吹き抜けると、アルテミスの髪が少しだけ揺れた。
ふと、俺のほうを見て、ぽつりとこぼす。
「でも──やっぱり、良かったです」
「……何が」
「この“通常運転”に戻れたこと。ケイが、ケイのままでいてくれること」
その言葉に、少しだけ胸がざわつく。
「……まあ、風邪の熱でテンションおかしかっただけかもしれないけどな」
俺は苦し紛れにさっきと同じ言い訳で誤魔化した。
部屋に差し込む陽光が、熱っぽかった額ではなく、ようやく落ち着いた俺の目を射る。
毛布の感触がやけに優しくて、アルテミスの看病の成果をしみじみと感じていた矢先──
ピピッ。
サイドテーブルにあったのモニターが点灯する。
映し出されたのは、案の定バアさんだ。
私はなんでもお見通しよ、と言わんばかりのすまし顔でコーヒーを啜っている。
「……おはよう、ケイ。体温は平熱に戻ったようね。よろしい……では、任務の時間よ」
任務言った。
「はぁ? 何のだよ。こっちは病み上がりだっつーのに……」
「本日あなたには、アルテミスをあなたの意思でどこかへ誘う義務があります。なお、これは強制です」
言ったなコイツ。
しかも強制とか、普通にブラックすぎる。
「……さてはバアさん、俺とアルテミスをくっつけて、自分のラブロマンスを成就させようとしてないか?」
「まぁ。何のことかしら?」
シズが片眉を上げ、無表情のままカップを傾ける。
“否定しない”って、それもう肯定だろ。
「あなたがあまりにもグダグダしてるから、私がストーリーを進めてあげるのよ」
いやストーリーってなんだよ!? 俺たちは芝居してんのか!?
「というわけで、ケイ。今日はアルテミスをどこに連れて行ってあげるの?」
おい、待て、話が強引すぎ──
と、そのとき、視界の隅で気配が動いた。
「ケイ、起きましたか? 朝食の準備が整いました」
簡易調理室の向こうから聞こえるのは、当然、アルテミスの声だった。
「……ぐっ」
画面の向こうで、シズがニヤリと笑う。
「さ、どうする? “あなたの意思”で彼女を誘わなきゃ、ミッションはクリアできないわよ」
アルテミスの声がもう一度響く。
「……お粥は、まだ冷めてません。ゆっくりで大丈夫です」
「……ああ、今行く」
俺は応えながら、シズの顔がまだ画面に残っていることに気づく。
「バアさん、切れよ。人の寝起きの監視とかどんな趣味してんだ」
「安心なさい、記録はしていないわ。ただ──」
カメラ越しのシズが、おかしそうに目を細める。
「“その場で言葉を選ばないと、未来を一つ潰してしまうことがある”。……私の世代では、よく聞く教訓なのよ」
それ、人生ベテランすぎるだろ。
返す言葉もなく、俺はモニターを手で消す。
……さて、問題はこっからだ。
朝食後、少し散歩でも、と提案する──だけなら普通の会話だ。
だが、この普通の会話がこっ恥ずかしいにも程がある。
俺は食卓に座りながら、お粥をすくう手を止めた。
いったん、普通のお粥で安堵する俺。
「なあ、アルテミス」
「はい」
視線が、まっすぐ俺に向く。
……無表情だが、妙に真剣なのがまたやりづらい。
「今日は、その……ちょっと、気分転換にさ。どっか、行くか?」
「場所の指定は?」
「ん……ま、まだ決めてないけど。近場でもいいし……」
「目的は?」
「……お前が、行きたいならって話だ。別に義務とかじゃなくて」
そのとき。
アルテミスの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
俺の顔を見つめて、静かに問う。
「それは、“命令”ですか?」
「いや、だから……」
返そうとした俺の言葉を遮るように──
「それとも、“ケイの希望”ですか?」
その目が、少しだけ揺れた気がした。
無表情の奥に、ごくわずかな、でも確かな“期待”のようなものがある。
──なんなんだよ、これ。
くそ、言わせる気か。
「……希望、だよ。俺の」
言った途端、顔が熱くなるのを感じた。
熱のせいじゃない。今度は完全に“照れ”だ。
アルテミスは、しばらく黙っていた。
が、やがて、ほんの少しだけ口元を緩めて──
「承知しました。では、“あなたの希望”として、喜んで同行いたします」
やめろ、その言い方は。
心臓が一回余計に跳ねただろうが。
俺はごまかすように咳払いしながら、額を掻いた。
「……まあ、風邪の熱でテンションがおかしいだけかもしれないけどな」
それを聞いて、アルテミスが首を傾げる。
「本当にそうであれば、午後の行動は再検討した方がよいかと」
「いや、例え話だよ、例え話!」
午後の空気は、まだほんの少し冷たい。
研究所の玄関を出た瞬間、アルテミスがこちらを見た。
「ケイ、体温は平常値付近に戻ったとはいえ、風速3.2メートルの屋外環境下では長時間の散歩は非推奨です」
「今さらかよ。出る前に言えよ」
「出る前はまだ風速2.9メートルでした」
「……その0.3メートルの変化で却下される散歩とか、俺の人生どれだけ規格ギリギリなんだよ」
そんなやり取りを交わしつつ、俺たちは並んで歩き始めた。
行き先は特に決めていない。
舗装された細道を抜けて、海がちらりと見える高台まで、ただ歩く。
「ケイの発熱は、やはり私の管理不足かもしれません」
「今さら謝られてもな……ていうか、俺が勝手に浜辺まで走ったせいだろ」
「それを“勝手に”やってしまうのがケイです。なのでやはり、私の予測アルゴリズムに問題が」
「もうそれでいいよ! お前が悪い、お前が責任を取れ!」
「承知しました。では、今夜は責任として、ケイの眠るまで添い寝を」
「そういうのを! 責任の取り方って言わない!!」
怒鳴っても、アルテミスはぴくりとも眉を動かさない。
だが、ほんのわずか、口元が緩んだ気がした。
──ああ、こいつ、わざとだな。
「……ったく、体調悪い時にこの調子だと、元気になったらどうなるんだか」
「元気になった時のプランも、既に構築済みです」
「やめろ、フラグみたいに言うな」
歩いて、笑って、また少し黙って。
潮風の混じった風が吹き抜けると、アルテミスの髪が少しだけ揺れた。
ふと、俺のほうを見て、ぽつりとこぼす。
「でも──やっぱり、良かったです」
「……何が」
「この“通常運転”に戻れたこと。ケイが、ケイのままでいてくれること」
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