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第49話 優先順位はあなた
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「おい待て、それはやばいヤツだろ……!」
スマートグラスの内側で、ガチャのルーレットが勝手に回っていた。
「“今すぐ告白ミッション”……って誰がやるかそんなもん!」
青白く回転していたホログラムがピタリと止まると、強制的に「実行までのカウントダウン」が始まった。
──3、2、1……
「アルテミス! 止めてくれ!」
振り返ると、彼女の瞳が光の粒を放ち、まっすぐ俺を見ていた。
「了解しました、ケイ」
次の瞬間──ピ、と短く音が鳴り、ルーレットが消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように、画面は真っ白になっていた。
「……止まった?」
「はい。あなたのストレス数値が、私の規定値を超過しました」
「てか、これどうやって──」
「強制割り込みプロトコルを実行しました。
感情負荷の上昇は、あなたの健康と幸福に対する重大な脅威です」
その口調は、あくまで冷静だった。だけど、なんだろうな。
ほんの少し──ほんの、わずかにだけど。
その声音に、“怒ってる”ような、そんな響きがあった気がした。
「……あのアプリ、バアさんのだろ? 俺が頼んだとはいえこんなことして、大丈夫なのかよ」
「優先順位を再調整しました。シズ様の指示より、ケイの幸福が上位です」
「は?」
「最上位です」
「いや、それ、バアさんにバレたら──」
「その時は、私が説明します」
そう言い切ると、アルテミスは目を逸らした。ほんの一瞬。
でも、確かに逸らした。
「……なんだよ」
「いえ。ただ……あなたが、これ以上無理をしなくて済むようにしたいだけです」
すげぇな、って思った。
こいつ、昔は“効率”が最適解だと信じてたのに。
今は“俺の気持ち”を、最優先してくれてんだ。
「……ありがとう」
俺がそう呟くと、アルテミスは小さく頷いた。
でもその表情には、ちょっとだけ曖昧な影が差していた。
たぶん、シズの目を盗んでこんなことして、後で怒られるのも分かってる。
それでも、彼女は迷わなかったんだろう。
……やっぱ、もうちょい大事にしないとな、こいつのこと。
「ま、たぶん熱でテンションおかしくなってるだけかもしれないけどな」
アルテミスがくすりと笑った──ような気がした。
「──お前が俺とやってみたいこと、なんかあるか?」
不意に聞いた俺の問いに、アルテミスはしばらく無言だった。
演算でもしてるのか? と思ってると──
「……あります」
まっすぐに返ってきた。
「そ、そうか。で、なんだ?」
「キス、です」
……は?
「……え、いや、え?」
俺は素で固まった。
「ちょ、ちょっと待て、今なんて──」
「キス、です」
再主張してくるな。
こっちは処理落ちしてるんだ。
「……お前、それ……冗談、じゃないよな?」
「冗談を言う機能は搭載されていません」
「知ってるけどな! っていうか、なにその真顔で地雷投下してくる感じ!」
「以前、ケイは“愛とは何か”という命題を私に与えました……あれから多くの記録を解析し、愛情表現として一般的な行動の統計を取った結果──キス、という行為に高い関連性があると判断しました」
「なんでそういうとこだけ合理的なんだよ……」
「ただし、これはあくまで私自身の希望でもあります。あなたに求められているわけではないと理解していますので、拒否されても問題はありません」
そう言って、アルテミスはほんの少しだけ目を伏せた。
……“少しだけ”ってのがズルいんだよ。いつも無表情なやつが、そういう微細な変化を見せてくるの、心臓に悪いって。
「……あー、もう……」
俺は髪をかきむしるようにして、思いっきり顔を背けた。
「……それ、俺が承諾するとは思わないだろ普通」
「風邪の影響による判断力の低下を踏まえて、今なら許容率が上がっていると判断しました」
「ほんとにAIかお前は……!」
それでも、手は彼女のものより少し熱く、そして、震えていた。
俺の心拍数、たぶん計測されてるんだろうな……と思いながら、俺は静かに口を閉ざした。
――で、どうするんだよ俺。
スマートグラスの内側で、ガチャのルーレットが勝手に回っていた。
「“今すぐ告白ミッション”……って誰がやるかそんなもん!」
青白く回転していたホログラムがピタリと止まると、強制的に「実行までのカウントダウン」が始まった。
──3、2、1……
「アルテミス! 止めてくれ!」
振り返ると、彼女の瞳が光の粒を放ち、まっすぐ俺を見ていた。
「了解しました、ケイ」
次の瞬間──ピ、と短く音が鳴り、ルーレットが消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように、画面は真っ白になっていた。
「……止まった?」
「はい。あなたのストレス数値が、私の規定値を超過しました」
「てか、これどうやって──」
「強制割り込みプロトコルを実行しました。
感情負荷の上昇は、あなたの健康と幸福に対する重大な脅威です」
その口調は、あくまで冷静だった。だけど、なんだろうな。
ほんの少し──ほんの、わずかにだけど。
その声音に、“怒ってる”ような、そんな響きがあった気がした。
「……あのアプリ、バアさんのだろ? 俺が頼んだとはいえこんなことして、大丈夫なのかよ」
「優先順位を再調整しました。シズ様の指示より、ケイの幸福が上位です」
「は?」
「最上位です」
「いや、それ、バアさんにバレたら──」
「その時は、私が説明します」
そう言い切ると、アルテミスは目を逸らした。ほんの一瞬。
でも、確かに逸らした。
「……なんだよ」
「いえ。ただ……あなたが、これ以上無理をしなくて済むようにしたいだけです」
すげぇな、って思った。
こいつ、昔は“効率”が最適解だと信じてたのに。
今は“俺の気持ち”を、最優先してくれてんだ。
「……ありがとう」
俺がそう呟くと、アルテミスは小さく頷いた。
でもその表情には、ちょっとだけ曖昧な影が差していた。
たぶん、シズの目を盗んでこんなことして、後で怒られるのも分かってる。
それでも、彼女は迷わなかったんだろう。
……やっぱ、もうちょい大事にしないとな、こいつのこと。
「ま、たぶん熱でテンションおかしくなってるだけかもしれないけどな」
アルテミスがくすりと笑った──ような気がした。
「──お前が俺とやってみたいこと、なんかあるか?」
不意に聞いた俺の問いに、アルテミスはしばらく無言だった。
演算でもしてるのか? と思ってると──
「……あります」
まっすぐに返ってきた。
「そ、そうか。で、なんだ?」
「キス、です」
……は?
「……え、いや、え?」
俺は素で固まった。
「ちょ、ちょっと待て、今なんて──」
「キス、です」
再主張してくるな。
こっちは処理落ちしてるんだ。
「……お前、それ……冗談、じゃないよな?」
「冗談を言う機能は搭載されていません」
「知ってるけどな! っていうか、なにその真顔で地雷投下してくる感じ!」
「以前、ケイは“愛とは何か”という命題を私に与えました……あれから多くの記録を解析し、愛情表現として一般的な行動の統計を取った結果──キス、という行為に高い関連性があると判断しました」
「なんでそういうとこだけ合理的なんだよ……」
「ただし、これはあくまで私自身の希望でもあります。あなたに求められているわけではないと理解していますので、拒否されても問題はありません」
そう言って、アルテミスはほんの少しだけ目を伏せた。
……“少しだけ”ってのがズルいんだよ。いつも無表情なやつが、そういう微細な変化を見せてくるの、心臓に悪いって。
「……あー、もう……」
俺は髪をかきむしるようにして、思いっきり顔を背けた。
「……それ、俺が承諾するとは思わないだろ普通」
「風邪の影響による判断力の低下を踏まえて、今なら許容率が上がっていると判断しました」
「ほんとにAIかお前は……!」
それでも、手は彼女のものより少し熱く、そして、震えていた。
俺の心拍数、たぶん計測されてるんだろうな……と思いながら、俺は静かに口を閉ざした。
――で、どうするんだよ俺。
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