逆張りの占い師、マデリーネ・アモンドにお任せください!

樹里

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1.やんごとなきお方からのご依頼

第1話 逆張りの占い師

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「マスターぁ。もう一杯!」
「お客様、飲みすぎですよ。そろそろお止めになった方がよろしいかと」

 カウンターテーブルに顔を伏せながらおかわりを要求する私に、呆れが多分に含まれた窘めの言葉が頭上から降って来た。

「うるさーい。もう一杯って言ったら、もう一杯なの!」
「……ったく。自分の所に客が来ないからって、ヤケ酒ならぬ、ヤケ紅茶するなよ」

 常連客の中でもさらにお得意様である私に対して、不遜な言葉に変えてため息をつくのは、このカフェの主であるユリウス・エヴァンズだ。
 角度によって青味を帯びているようにも見える金髪と琥珀色の瞳が人目を引き、憂い帯びた表情が儚げな印象をもたらすらしい。女性客には唇の上に載せられる微笑と穏やかな口調が、麗しき庶民の王子という通り名を初め、美辞麗句が並び立てられている。
 ――が。
 幼き頃から付き合いのある私には、そんな王子面が欲しいなら金を出して買えというスタンスらしい。笑顔をろくすっぽ見せない上に、おまけに普段は人当たりの良い外面の反動か、口調も荒っぽく毒をよく吐いてくる。今は開店前の準備中の看板を掲げていて、店内には私と彼以外の人間はいないので、本性をだだ漏らししているのだろう。
 しかし、そんなことよりも。

「こんなちっぽけな所で、人生が終わるような私じゃないのにー!」

 再びテーブルに顔を伏せると、拳を作ってテーブルをドンドンと叩く。
 私、マデリーネ・アモンドは占術の才がある家系に生まれ、自身も駆け出し中の占い師である。祖先の古くは王宮専属占術師にまで上り詰めた者もいると言う。

 当然私にもあふれんばかりの天賦の才が引き継がれた(はず)にもかかわらず、新米占い師がゆえに実績に乏しく、知名度も皆無だ。そのために当然、相談客数は少なく、経験値が積めない。となると実績ができないことによって、ますます客寄せができないといった悪循環に陥っているのだ。

「こんなちっぽけな店で悪かったな。今すぐ荷物をまとめて出て行ってもらっても一向に構わないんだけど?」

 平坦な口調のユリウスの声に私はがばりと顔を上げた。
 お金も実績も無い私はこれまた当然、自分の店を構えるどころか、住む場所の安定したお金も無い。だから現在、彼のカフェ上の住居となる二階に居候させてもらっている。
 また、お店の一画に占いブースを設置してもらっている上、メニューの片隅に載せて宣伝までしてもらっている。さらにさらに、客数の少ない今のままではとても生活ができないから、お店を手伝うことでお給金まで頂いている有様。つまり彼に足を向けて眠れない状況にあるわけだ。

「ごめんなさい嘘ですとてもお洒落で素敵なお店の一部をわたくしごときにお貸しいただいた心優しきユリウス様におかれましては日々感謝の念を捧げて生きております」

 テーブルに手を置き、ぺこぺこ頭を下げてみせた。そんな私を見下ろして、腕を組むとユリウスは顎を小さく上げた。

「分かればいい。これからも感謝の気持ちを忘れず、日々精進するように」
「ははぁ。ありがたき幸せ」

 私はプライドをかなぐり捨て、テーブル上でひとしきり平伏した後、そのままごろりと顔を横たえた。

「だけど実際、脈々と受け継がれた目映いほどの私の才能を、ただ埋もれさせておくなんて、この国にとって大損失なことだわ……」
「マディ、お前な」

 憂鬱のため息をつく私に対して、ユリウスは呆れのため息で返して来る。

「水晶占いを始めると言って身分不相応な高いやつを買ったはいいが、初日に落として割るし、手相占いの練習に付き合ってやれば、レンズで俺の手を焼き焦がそうとするし、おまけにカード占いはカードの意味を覚えるのが面倒だとかで放り出しただろ。その才能を埋もれさせているのは、誰よりもお前自身じゃないのか」
「あーあーあ。聞こえない聞こえない」

 耳に手を当てて無駄な抵抗をしてみるが、冷めた視線を向けられて、私はそっと手を離した。

「何なら話術から相手を読み解くコールド・リーディングの技術でも学んでみたら?」
「や。自分、不器用ですから」

 顔をきりりと引き締め、ユリウスの提案を手で押し下げてお断りすると、彼はなぜか無表情で手の平にぐーパンチをぽこんとお見舞いしてきた。
 痛くはないが、文句はしっかり言っておくことにする。

「酷い。何するの」
「いや、悪い。今、何か無性にムカついたもので。ところで」

 彼は気持ちのこもらない謝罪をして視線を横に流すと、茶葉用の小さな匙を手に取る。一瞬両手を後ろにしたかと思ったら、拳を作った両手を私の前に突き出してきた。
 お綺麗な顔立ちとは裏腹に、男らしい骨張った指で作られた大きな拳だ。

「脈々と受け継いでいる目映いほどの才能で、どちらに匙が入っているか当てて」
「ふっ。私を誰だとお思い? そんなのは朝飯前よ」

 私は目を閉じて集中した。頭の中でうんぬんかんぬん呪文を唱えて一つの答えを導き出すことに成功して目を見開くと、一寸の迷いも無くユリウスの左手を指さす。すると彼は無言で両手を裏返して同時に開いたかと思うと、唇を薄く引いて笑った。

「おめでとう。記念すべき一万回だ。――外れの」

 彼の言葉通り匙は右手に収まっており、左手の中はもちろん空である。私は目を見開き、がくりと頭を垂れた。

「やっぱり先祖代々占い師とは言え、マディには向いていないんじゃないか? でも唯一菓子を作る腕だけは確かだから、それをここで生か――」
「っく。くくっ。くくく。くくくくくくっ。あ、あっーーーはっははははぁっ!」

 瞳の色と同じ栗色の髪を一つでまとめた三つ編みを振り乱しながら顔を一気に上げて、お腹に手の平を当てて大笑いしてみせる。するとユリウスは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの平静さを取り戻す。
 精神力強いな、ユリウス君。

「……気の毒に。とうとう自分の無能さに気付いて、気が触れたか」

 ちっとも気の毒そうな表情を浮かべずに、さらりと毒を吐くユリウスを前に私は高笑いを止め、くいっと口角を上げた。
 何も悔しさで漏らした声でも、喉を詰まらせた訳でもない。もちろん気が触れたなどとは以ての外だ。

「やはり勝利は我にあり! とうとう見切ってやったわー! はっはっはーだ! ざまぁみなさい!」
「朝からテンション高すぎ。やかましい」

 ユリウスを指さしながら騒ぐ私の頭に、無情にも手刀をすこんと落としてきた。
 私は頭を抱えながら彼を睨みつける。

「ちょっとぉ。馬鹿が余計に馬鹿になったら、どうしてくれるのよ」
「ああ、良かった。自覚している分、まだ救いがある」
「冗談に決まっているでしょ!」
「俺は本気だけど。それよりさっきの話は何?」
「ちょっ――え? ああ」

 憤慨する私の言葉を軽く無視するものだから、仕方なしに話を進めることにする。私はこほんと一つ咳払いした。

「これまで私に見合う占い方法じゃなかっただけという事実に気付いたのよ。さっきの結果を見ても分かる通り、私はこれまで自分の占いが当たったことがないの」
「……今度は自覚している分、質が悪いな」
「まあ、最後までお聞きなさいよ」

 顎に手をやって難しそうに眉根を寄せる彼に対して、私は得意げに腕を組んだ。

「一万回も当たらないって、凄いと思わない?」
「ああ。そうだな。堂々と胸を張って、当たらない自慢するお前が凄い。何なら尊敬すらする」

 高度な嫌味ですね!

「じゃなくて! 逆に凄いって思わない? 一万回も外れているのよ。普通そこまで外せられると思う? 全て外れているってことはつまりよ。結果を真逆にすれば、確実に当たるってわけじゃない!」

 そこまで言うとユリウスは目を見開いて、今度こそ言葉を失った。
 きっと私の理路整然とした説明に、思わず納得してしまったに違いない。しかし彼の恒常性機能はさぞかし優れているのだろう。すぐに考えを否定するために首を振った。

「いや、でも待て。占いで相談を受けるとしたら、はい、いいえの二択だけで済まないだろう?」
「ええ。そこでこれの登場なのです」

 私はにっと笑って、カバンから既に準備していた物を取り出すと、それをテーブル横一列に広げた。
 ユリウスは訝しそうに端の一枚を手に取る。

「カード?」
「ええ。でも、ただのカードじゃないわよ。表を見て」
「……『探す』」

 彼は裏面に六芒星が描かれたカードをくるりと回して表面にすると、その文字を読んだ。

「これ、何。真っ白な背景に文字で、探すと書いてあるだけなんだけど」

 私は頷いて、横一列に並べたカードを見事な手さばきで表向けた。
 幼い頃から占い師ごっこをしていたから、こういうのだけは得意なのだ。

「全部書いてあるのか?」
「ええ。質問をいくつかに分類して、カードを使い分けるの。例えばユーリが相談者で、今一番悩んでいることがあると仮定するね。相談内容は自分の将来、恋愛、家族、友人、仕事、あとはその他の事と分けていて計六枚のカードを使用します」

 説明しながら六枚のカードを広げて見せると、自分の手の上に重ねて置いた。

「それでは、ユーリ。カードの上に利き手とは逆の手、あなたなら右手ね、右手を置いて」

 利き手は『意識』が反映され、利き手とは逆の手は『無意識』、つまり『本質』が反映されると言う。まあ、もっとも単なるパフォーマンスで特に意味はないのだけれど。

「……こうか?」

 警戒しているのかもしれない。珍しくためらいがちに彼がカードの上に手をのせると、少しばかりの重みと熱量が伝わってくる。大きな手の彼は私の手ぐらいすっぱりと包み込んでしまいそうだ。

「ん。もういいわ。ありがとう」

 彼の手が離れると、私は六枚のカードを手の内でシャッフルした後、横に並べた。それから自分が最もピンと閃いたカードを順番にめくって行く。

「私が確信したカードは残念ながら訳だから、消去法で一つ一つ結果を潰していくの。するとですね」

 最後に残った真ん中のカードを指でとんとんと軽く叩いて示すと、手に取って表向けた。恋愛と書かれたカードである。

「ほら。この通り、最後に引いたカードが本当の結果になるというわけ。まあ、実際には何の相談なのかは最初に話してくるだろうし、聞いてもおかしくない事柄だから、この過程はなくてもいいんだけどね。後は」
「その話、まだ続く?」

 ユリウスは少しうんざりしているようだ。

「続きますよ! それでね。相談内容に対してどう行動すべきかという助言もカードに書き込んであるから、同じ方法で選んで行く寸法ってわけ。これならカードの意味を覚えなくていいし、発想を広げなくてもいいし、まさに文字通りに助言すればいいだけという利点でいっぱいでしょ。――名付けて、逆張りの占い師!」

 カードを指に挟んで顔の前でかざし、片目を伏せてポーズを取ってみる。
 ……が。自分としてはなかなか良いアイディアだと思ったが、無表情で最後に残ったカードを手に取って見ているユリウスに少し不安を覚えた。また、会心の決めポーズを流されたことも少なからず不満だ。

「ねえ、ユーリ。聞いている? この手法、どう思う?」

 お伺いを立てる私に、それまでずっと表情を固めていたユリウスだったが、ふっと顔をほころばせた。

「発想は悪くない」
「でしょう! これで百発百中よ!」
「百発百中は言い過ぎ」
「何、その言い方。今の占い、外れたとでも言いたいの? 絶対に当たったはずよ」

 腕組みして睨み付けるとユリウスはそれには答えず、ふぅんと口角を上げるのみだ。

「な、何よ?」
「自分の能力に対してそんなに自信があるんだったら、俺の意見は気にしなくていいんじゃないか」
「うっ!? ……ユ、ユーリィ、そう言わずに。ちょっと私の肩を押してくれさえすればいいんだから。意地悪を言わないでよぉ」

 ユリウスのあまりにも不遜な態度に不安を感じて私が下手に出ると、彼は少し苦笑いして一つ息を吐いた。

「まあ、いいんじゃないか。これでやってみれば」
「本当!? 良かった。ユーリのお墨付きなら安心ね!」

 ありがとうと喜ぶと、見惚れそうな綺麗な笑みを浮かべるユリウスに、私ははっと表情を変える。
 騙されてはいけない。こんな表情を私に見せる時は、たいてい良からぬ事を考えている時だからだ。

「じゃあ、早速キャッチコピーを付け加えよう。名付けて『限りなく百発全敗に近い当たらない占い師』」
「やめろぃ! 逆張りの占い師よ!」

 私は、今にもメニュー表に書き込まんとする彼の手を慌てて止めた。
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