逆張りの占い師、マデリーネ・アモンドにお任せください!

樹里

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2.絵画収集家からのご依頼

第1話 私は藁です

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「いよっと!」

 目一杯背伸びして棚の高い所へお皿を置こうとしていたら、すっと横から腕が伸びて私から皿を奪いユリウスが置いてくれた。

「あ。ありがとう」
「高い所に用事がある時は必ず俺に言って」
「うん。ありが――」
「割られると困るから」

 ええ。もちろん知っていましたよ。そういう性格だって。

「何、その顔。怪我したいのか?」
「……ううん」

 うん。もちろん本当は知っているよ。そういう性格だって。
 頬を緩ませていると、ユリウスは訝しげにその柳眉をしかめた。

 現在、午前中の忙しい時間帯が過ぎてお客様が引けた状態だ。こんな時間帯にカランとドアベルが鳴ったとしたら。

「私よ私。占いよ!」

 ユリウスに小さく宣言して、来客のお出迎えに向かう。
 出入り口すぐ側で立つのは若い男性だ。

「いらっしゃいませ。占いのご利用でしょうか」
「え!? い、いや。カフェの利用で」

 違った。
 ……ふっ。頭の片隅で少しくらいは分かっていたさ。

「かしこまりました。お席にご案内いたします」

 落胆を笑顔で隠して二人がけのテーブル席に誘導すると、メニューを差し出す。彼はそれに軽く目を落とすが、すぐに決めたようだ。

「まだ朝の軽食セットをやっていますか」
「ええ。大丈夫です」
「ではそれをお願いいたします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 カウンターに戻り、ユリウスに注文を伝える。

「朝の軽食セットをお願いします」
「はい」

 ユリウスには澄まし顔でも落胆を見抜かれたようで、小馬鹿にした笑み(被害妄想)を向けられるのが何とも癪である。
 注文を受けた彼はお得意の紅茶を用意し、私は軽食の準備に取りかかった。
 紅茶の良い香りが店内に漂い出した頃。

 カラン。
 再びドアベルが鳴る。
 ユリウスを見ると、彼が先の男性に持って行くと合図したので、私は来客を出迎えにカウンターを出た。
 五十代くらいの品がある渋い紳士だ。何やら布が被された荷物を抱えている。

「いらっしゃいませ。お一人でカフェのご利用でしょうか」
「あ、いや。ここで……占いをやっていると聞いたんだが」
「はい。かしこま――はい!?」

 聞き間違いだろうかと思って尋ね返したら、彼は眉を落とした。

「違ったのかね。ここだと聞いたんだが」
「い、いえ! た、ただいまお席にご案内いたします。こちらへどうぞ」

 私は途中、カウンターに戻っていたユリウスにとびっきりの笑顔を送りながら、男性を席へと導く。
 彼は勧めた椅子に腰を下ろすと、リチャード・ブラウンだと名乗った。

「それではご相談内容をお話しいただけますか」
「ああ。まずはこれを見てくれ」

 ブラウン氏が被されていた布を外して顔を出したのは、壁に立てかけた一枚の絵画。奥には山がそびえ、透明感のある川が流れ、手前には広大な美しい花畑が描かれている。
 一見するとどこにでもあるような風景画だが、荘厳な山々から気高さを放っているのが感じられる。自然から愛された土地のようである。とは言え、私は知らない町の風景画だ。

「それでは拝見します」

 とりあえず席を立って近くで絵を見つめるも、心眼美が激しく欠如している私としては、高名な画家のものなのかどうかの判断がつかず、はぁ素敵な絵画ですねとありきたり以下の言葉しか口から出てこない。

「この絵画が何か?」
「ああ。本物かどうか確かめたい」

 ……ん? えっと、私は絵の鑑定士ではないのですが。
 一瞬ぽかんとした後、口を開いた。

「失礼ですが、それは専門家の方がお詳しいかと」
「君に絵画の真贋を見極める目を求めているわけではない。ただ占ってくれればいいんだ」

 無機物相手に占えと? 占い師を万能能力者か何かと勘違いしている。占い師は過去を透視するのではなく、未来を透視するものであって……。あ、いや。待ってよ。過去も一応透視するのが占いか。となると、人が手がけたものなら無機物相手でも占える?
 ただ占えと言われても、この作者の背景を何一つ知らない芸術音痴の私、かつ画家名もサインされていないという条件下では酷な話で。――うん。ひとまず画家の名前や背景を聞いてみよう。

「申し訳ございません。芸術関係にはとても疎くて、失礼ながらこちらの画家さんのお名前をお教えいただけますか」
「いや。先入観を与えないために名は伏せておく」

 何ですと!?
 占えと言うのに、その背景すら教えないとは。
 そこまで考えて気付いた。もしかしてこれは試されているのかもしれないと。それならば、どこまでできるか分からないけれど、やってみるしかない。

 私はあらためて目の前の絵に集中してみた。
 ……うん。この画家の背景やら映像が流れ込んでくるような都合の良い出来事は起こらない。
 想定内だったので特にがっかりもせず、立ち上がって席に戻る。

「占いを始めたいと思います。ただ、絵の真贋を占うことはできません。できるのはこの絵から読み取れるものだけです。いつ作られたとか、画家さんがどんな方なのかとかですね」

 説明するとブラウン氏は興味深く眉を上げて、身を乗り出した。

「この画家が今どうしているのかなども分かるのかね?」
「いえ。それも難しいですね。現在のご本人を前にして過去の事、少し先の未来を占うことは可能です。しかし何事も占うためには、今日まで歩んできた背景が必要なのです。今、占えるのはこの絵が持っている、そうですね『記憶』とでも申しましょうか。その範囲内のみです」
「なるほど。分かった」
「ではまず画家さんの性別から」

 たった二枚のカードを裏向けに置き、目に留まるものを開く。『女』と出た。

「男性です」
「カードでは女と出ているようだが」
「私の占いは消去法によるものなのです」

 不審さを隠そうともしない彼の瞳に苦笑する。
 毎回説明しなければならないこのやり方には問題がある。何か対策を考えなければならないかもしれない。とりあえず今はそれを横に置いて。

「続けますね。次はいつ頃作成されたものか、占ってみます」

 数字のカードを取り出して一列に並べる。まずは一の位から始めると最後に『5』の数字が残った。次に十の位だが、こちらは『1』と出た。念のために百の位もやってみたが、こちらは該当無しだ。つまり15年前が占い結果となる。

「今から15年前に描かれたものです。続いて彼が何歳の頃に描いたものか占います……10。10歳。――え、10!?」

 自分の出した答えに驚いて、絵画に目をやった。10歳の時にこれだけのものを描き上げたというのだろうか。ちょっと自信が無くなってしまう。
 ちらりと男性に視線を向けると、彼は頷きもせず否定もせず、無言でいる。続けよということだろう。
 私は小さく肩をすくめた。

「えっと。では現在、画家さんは25歳ということですね。次にこの場所を占ってみます」

 数字のカードを横に置いて、故郷、旅先、自分、友人、親戚、想像など場所を表すものを取り出して並べる。
 細かく書き分けすぎるとカードの量ばかり多くなるので、臨機応変に意味を捉えることも大切だ。
 捌いていくと残ったのは『故郷』だった。

「ここは彼の故郷の景色です」
「……ああ。全て当たっている」

 そこでようやく男性は大きく頷き、ため息をついた。

 良かった。
 ほっとため息をついたのは私も同じだ。やはり彼は初めからこの絵は本人が描いたかものかどうか知っていた。最初に彼が言っていた通り、真贋を見極めるために占ってほしかったわけではなく、私がそれを見極められるかどうかの試験だったのだ。
 つまり『本物』かどうか確かめたいというのは、『本物の絵』かどうかではなく、『本物の占い師』かどうか、だったというわけか。

「君の能力を見込んで占ってほしいことがある」
「はい。何でしょうか」
「この画家の他の作品を探してほしいんだ。彼の作品が……好きでね。収集しているんだ。名前で探せば早いんだろうが、彼は作品によって色々名前を変えていて、探すのに困難しているのだよ。この国は占いが盛んだからね。優秀な人材も揃っているだろうし、力になってもらえるかと思って」

 そこまで言うと彼は一度言葉を切る。私が首を傾げて続きを促すと、ばつが悪そうに付け加えた。

「歩いて捜し回っているのだが、美術商の数も膨大で。……何と言うか、藁にでも縋りたい思いなんだ」

 最後は本音を漏らしたブラウン氏。
 なるほど。私は藁でしたか。ま、まあ、いいですよ、藁でも。しかし、探すと言ってもどうやって探せばいいのか。私の場合、逆張りの占い師であるが故に、地図を広げられたとしても無い所は明確に分かる一方で、ある所はその数、無尽な範囲となるだろう。私の能力は役に立たない。それに。

「先ほど申しました通り、私が占えるのは絵画の持つ『記憶』です。残念ながらこれだけでは他の作品の痕跡を辿るということは不可能です」
「では、これはどうかね」

 彼は席から立ち上がり、絵画を裏向けて隅を指さすので、目を細めて注視してみると、そこには鳥がマークとして描かれていた。

「これはどの作品の裏にも描かれているはずだ。ここから辿ることはできるかね」
「なるほど。それなら可能かと」

 私が頷くと、彼は美術商やら古物商など店の一覧表を出してきた。その数はかなり多い。

「ここから探すのですね」
「ああ。頼みます」
「かしこまりました」

 私は一覧表にざっと目を通すと占いを始めた。


「以上、マークを付けた所……以外のお店となります」
「分かった。早速行ってみるよ。これは代金だ。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました。……あ、あの。お帰りの前に一つお聞きしたいのですが」

 立ち上がって出て行こうとするブラウン氏に問いかける。

「何だね?」
「なぜ占いの店にうちを選んでくださったのですか?」

 もしや私のあずかり知らぬ所で、知名度が上がっているとか? とか!

「ああ。正直どこでも良かったんだがね。占い専門店はいつでも身一つで出て行けるから、責任が無い者が多い。だけどここはカフェが主体のようだから」
「なるほど」

 あ、ハイ。ですよねー。そんな程度だと思っていました。

「また利用させてもらうよ」
「はい。お待ちしております」

 男性を入り口で見送って戻ると、ユリウスが占い専用テーブルのティーカップを片付けてくれていた。
 占い客には一杯のお茶をサービスしているのだ。ユリウスは、私は占いに向いていないと毒を吐くこともあるが、意外に補助してくれる部分もあったりする。よく分からない男だ。

「お疲れ様」

 彼と目が合うと、そんな言葉をかけてきた。

「ありがとう。さっきの若い人はもう帰ったのね」
「ああ」
「常連さんになってくれそうだった?」
「どうかな。それよりそっちはどうだったんだ?」

 興味なさげに話を切ると、こちらに振ってくる。
 私は冗談っぽく笑って、唇に人差し指を立てると片目を伏せた。

「個人情報のため守秘義務があります」
「ああ、そう」

 あっさり言い捨てて、身を翻す彼の腕を焦って掴む。

「嘘。嘘です。ごめんなさい待って。聞いて。聞いてください」

 私は慌ててかいつまんで説明すると、黙って聞いていたユリウスが目を細めた。

「妙だな」
「何が?」
「作品によって画家名を変えるという話」
「どうして? そういうこともあるんじゃない? 書き物の作家さんだと、よくあると聞くわよ」

 まったく作風が違う場合、作家の染みついた色を消すために名前を変えて作品を出す場合もあると言う。

「絵画は娯楽要素が少ない分、庶民には受け入れられにくい。高名な画家だと高値で売買されるが、そんなのは一握りだ。無名だと生活するのにも苦労するぐらいで、それ一本でやって行ける人はほとんどいない。それなのに名前を変えて知名度を分散させる意味があるか?」
「言われてみれば。じゃあ、どうして?」
「……さあね」

 何だか含みがある言い方だったが、結局、それ以上の事情は分からないので、この話はそこで終わった。


 それから十日ほど過ぎた頃、かの紳士、ブラウン氏が前回と同じくらいの時間帯に店を訪ねてきた。
 本日はカウンターで結構だと腰を下ろす。

「お嬢さん、先日はどうもありがとう。おかげさまで彼の作品をたくさん見つけることができたよ」
「それは良かったです」
「ところで。また一つお願いがあるんだがね」
「はい。何でしょうか」

 ユリウスがティーカップを差し出すと、ブラウン氏は目線を上げて先日のお茶も美味しかったよと少し談笑した後、私に視線を移した。

「実は近日、絵画の売買が行われるんだがね、そこに一緒に参加してもらえないだろうか」
「……え?」
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