逆張りの占い師、マデリーネ・アモンドにお任せください!

樹里

文字の大きさ
8 / 26
2.絵画収集家からのご依頼

第2話 真贋を見極めろ

しおりを挟む
 絵の売買に同行するって、一体どういう事だろう。
 私は首を傾げる。

「私がお店に同行するのですか?」
「あ、いやね。同行してもらいたいのはオークション会場なんだ。そのオークションには時々まがい物が紛れ込んでいると聞くのでね。君が側で占ってくれると安心だから。もちろん占い料金とは別に出張料も出すよ」

 占い料金の上に出張料まで出してくれるとなれば、文句などあろうはずもない。けれど、どんな場所なのか不安ではある。
 私がちらっとユリウスを見ると、私の思惑を読んだ彼は目線で頷いた。

「あの。それは彼が一緒でも構わないでしょうか? 私も初めての所は不安なので」

 ブラウン氏はユリウスを見て、なぜか一瞬躊躇したようだったが、精神は占いの精度に影響するのだと言ったら納得してくれた。三日後、また再会することを約束して、彼は帰って行った。

「さっきブラウン様は、まがい物が混じっているかもっておっしゃっていたわよね。ちゃんと検査していないものなのかな?」

 お茶の後片付けしながら私は尋ねた。
 偽物を高額で売りつけたことが発覚したら、主催者側としても大問題だろう。

「もちろん何人もの専門家が検査はしているだろうけど。結局、人の目によるものだろうから完璧ではないな」
「そうなの?」

 ユリウスは洗ったお皿をこちらに手渡しながら頷く。
 絵の具の年代を知る方法もあるらしいが、作品の一部から削り取る必要があり、作品を傷つけてしまうから、なかなか難しいそうだ。

「つまり鑑定士の目が重要ってことね」
「ああ。だから、もし鑑定士の心眼を上回る技術を持った贋作師がいたとしたら、それは偽物でも本物になってしまう可能性がある」

 それでブラウン氏は念のために私に依頼したのか。

「あ。でも複製品って、お土産物屋とかでよく売っていない?」
「複製品と贋作の違いは偽物として売るか、本物として売るかの違いだ。複製品には真作と比べてサイズを小さくしたり、本物ではないと証明するサインを入れたりして販売する。一方、贋作は本物そっくりに作り上げて、本物として意図的に販売するんだ。もちろん後者は犯罪だ」
「なるほー。それにしても、さすがユリウスは何でも良く知っているね」

 にっこり笑うと彼は手を止めて、私をじっと見つめてくる。

「ん? 何?」
「いや。……今の生活を手に入れるために、それこそ血が滲む思いで人の何倍も努力したから」
「へえ」

 そんなにカフェがやりたかったのか。これまでの努力を明後日の方向に飛ばそうだなんて、これだから頭が良い人がする事はよく分からない。
 私は不可思議に思いながら拭いたお皿をカゴに入れようとしたが、一つ、目の前のとても重要な疑問が湧いてきてユリウスを見た。

「あ、ねえ。オーションだっけ。それって、具体的にどんな販売方法か知っている?」
「オークション。最も高額で購入すると提示した人が購入できるんだ。競り合わせるんだよ。そのために価格が次々と跳ね上がっていく」

 昔、親に連れられて行ったことがあると言うので、よっさすが公爵家の坊ちゃん! と声をかけると嫌な顔をされた。お坊ちゃまの方が良かっただろうか。

「それって結構、時間勝負でもある?」
「そうだな。占いで判定するって言うなら、焦点を絞らないと流れが速くて間に合わないかもしれないな」

 前回依頼された時は、彼が要望する画家が裏に描く鳥のマークを手掛かりに占った。でも今回は彼の作品に限らず、他の画家さんの絵画も気に入るものがあれば購入の意思があるとのことだから……。

「うーん。何に絞って占おう?」

 私は今度こそお皿を直すと、腕を組んで小首を傾げた。

「やはり一番いいのは制作時期だろうな。競売人が販売前に説明するはずだから」
「あ、そか。占い結果の制作時期が大幅にずれていたら、偽物というわけね」
「ああ。新進気鋭の画家も出品されるかもしれないが、一般的には年代を経た高名な作品の方が人気で高額取引されるだろうから失敗は許されないな」
「ちょっとぉ! 不安を煽らないでよ」

 膨れっ面して抗議するとユリウスはくすりと笑う。

「まあ、正直誰もが自分で側に行って確かめられないリスクを抱えている中で、競売に参加するんだ。彼もマディの占いは気休め程度に思っているんじゃないか。最後に購入するかどうかを決めるのはブラウン氏だ」
「また藁ですかー。それはそれで何だか複雑」

 そこまで信頼を置かれていないから大丈夫と安心したら良いのか、悲しんだらいいのかよく分からない。

「それよりこの前にみたいに、慣れぬ環境に緊張して占いの精度が落ちるんだったら問題だな」
「だからユーリにも付いてきてもらうんじゃない」
「……へえ」

 唇に満足そうな微笑みが浮かんでいるところを見ると、機嫌は悪くないらしい。しかし、ふと何かに気付いたようで、笑みを消した。

「そう言えばマディ。あの会場はドレスコードがある所なんだけど、持っている?」
「え? 普段着じゃだめ?」
「華やかなドレスを着込む必要はないけど、マディの普段着だとな……」

 何だと言うのだ。さあ、言えるものなら言ってみろ。
 と睨み付けたものの、確かにドレスコードが必要な所に合う服はない。

「あ。以前、殿下にディーラーのドレスを記念にって頂いたわ。あれ――」
「却下」
「何で。似合う似合わないはこの際どうでもいいでしょー」

 つんと顔を背けるとユリウスはため息をつく。

「あれは会場に合わない。服は俺が用意する」
「きゃっ。女性の服を用意するだなんて、何だか意味深。女慣れしていますねー、ユリウス君」
「ああ」
「……どうもすみませんでした」

 からかうつもりが、あっさり頷かれて見事に敗北を喫した。

「だからマディも覚悟しておけよ」
「ん?」


 三日後の夕方。
 ユリウスの実家、エヴァンズ公爵家にぽいっと放り込まれると、彼のお母様や妹さんたち、侍女さんたちが我先にと言わんばかりに、一斉に飛びかかってきた。この服にしようだの、この髪型が今流行だの、この化粧がいいだの、もみくちゃにされた後に再びぽいっと外に出されると。

「まあ、無難な形になったな」

 顔には疲労の色が出ているはずの私に対して、ユリウスはに評価してくれた。

 もっと私を労り、褒め称える言葉は無いのか!
 よく似合っているなとか、気品があるなとか、今日は一段と綺麗だなとか……。
 そこまで考えて、この男がそんな事を言うはずがないと私は一人頷いた。その後、ブラウン氏と合流したのだが。

「ほぅ。美しいね。よく似合っているよ」
「ありがとうございます、ブラウン様も素敵なお召し物で」
「そうかね。ありがとう」

 これだこれ。この大人の会話を求めていたのだよ、私は。
 見せつけるようにユリウスに振り返ると。

「俺からのお世辞も欲しいのか?」

 などと、のたまいやがりました。
 はっ。いらねーやぃ!

「では参りましょう、ブラウン様」

 私は苦笑する彼の腕に自分の腕を絡ませて促した。


 中に入ると、椅子が多数並べられ、舞台にはこれからオークションにかけられる品々の準備がされている。まだ早かったのか空席が目立つが、これから続々と増えてくるだろう。
 私たちはあまり目立たないように隅の方の席に座った。私を真ん中に左隣がユリウス、右隣がブラウン氏だ。
 ブラウン氏には10の番号札パドルが受付で渡されていて、落札したい商品を入札額の提示と共にそのパドルを挙げるそうだ。
 私は競売中、迅速に占いを行って、結果と落札したい物が釣り合った時、パドルを挙げて意思表示をしてもらう。そのタイミングは彼にお任せすることになる。そのブラウン氏はと言うと、現在少し席を外している。

「ねえ、ユーリ。どうしてこんな仮面を付けなきゃいけないのかしら?」

 話に聞いた程度だが、仮面舞踏会で付けるような目元だけのマスクを受付で渡されたのだ。もちろん派手なものではなくて、あくまでも機能重視のシンプルなもので、占いに支障をきたす程ではないが。
 ユリウスは何を着けてもサマになっているのが、密かにむかつきながら私は尋ねた。

「それは」

 そこまで言うとユリウスは少し辺りを見回し、顔を寄せてきたかと思うと私の耳元に何かを低く囁いた。
 彼の熱い息が耳元にかかって、反射的に肩が跳ね上がる。

「ひゃう!?」
「……何て声を出すんだ」
「そ、そっちこそ。い、いきなり耳元で囁かないでよねっ」

 呆れた様子のユリウスに恥ずかしくなりながら、しかし私は耳を押さえつつ彼の行為を咎めた。

「で。何ですって? もう一度言って」
「だから。もしかしたらあまり品の良いオークションじゃないかもしれないなって」
「どういう意味?」
「もちろん全てとは言わないが、人の評価一つで簡単に価格が左右するような芸術品を購入する者は一般的に自己顕示欲が強い人間が多い。俺の父親を含めてだけど」

 自分の父親をつかまえて、皮肉っぽく言うのはおやめなさいな。公爵様だもの。そりゃあ、顕示欲の一つや二つはおありでしょう。

「しかしここではどうだ? 仮面を付ければ顔が分からず、自己顕示のしようがない」
「と言うことは純粋に芸術に傾倒している人なのね?」
「もちろんそれもあるだろうけど、たとえ誰に知られなくても、自分がそれを持っているだけで優越感に浸り、幸せを感じることができる人間もいるんだ」

 ん? 何が言いたいのか、さっぱり分からないな。端的に頼みますよ、端的に。
 私は眉根を寄せた。

「つまり?」
「盗品が出品されている可能性がある」
「なっ! と――」

 声を張り上げる前に、ユリウスの大きな手の平がすぐさま私の口を塞ぎ、言葉を遮った。

「大声を出すな。手を離すけど静かにすること。いいな?」

 私が頷くと同時に、彼は宣言通り手を離してくれた。

「話を続けるぞ。その盗品を買おうとする人間は当然顔を知られたくないはずだ。それに配慮して仮面を配られるんだと思う。おそらくここは、その裏事情を知っていて参加している人間ばかりだ。……もちろん主催者側を含めて」
「そんっ――」

 再び彼は私の口を手で覆った。……だけでなく、今度は真顔でとんでもない発言を落としてくる。

「静かにしないと次は唇で塞ぐ」

 な、何て事を言うんだ!
 私は青くなって、激しく頭を揺らしてこくんこくん頷き、これ以上騒がない意志を強く表明する。
 仮面を付けていても伝わる不満げな雰囲気を漂わせながら、ユリウスはようやく手を離してくれた。そこで、少し嫌な予感を抱きながら気になる事を尋ねてみる。

「じゃあ……もしかしてブラウン様もそれを知っている?」
「ああ。おそらく。そうでなければ、まがい物が出品されるかもしれないなんて発言はしないだろうな」

 確かにブラウン氏はそんな言葉を口にしていた。
 途端に不安になる。

「でもブラウン様が盗品を買うとは……限らないよね?」
「そうだな。彼はもっと別の目的があるような気がする」
「え? それって何?」
「それは――。いや、彼が戻ってきた」

 ユリウスはブラウン氏の姿を見て口を閉じたので、結局、話はそこで終わる。

「お待たせしましたな。もう間もなく始まるようですよ」
「は、はい。頑張ります」

 まず絵画から競売がかけられるらしい。私は緊張を解そうと、深呼吸などして心の準備をする。
 うん。大丈夫、大丈夫。私は良い子、強い子、元気な子。――ヨシ!
 妙な気合いの入れ方をして気持ちを高めていたが、時間となり、進行役の競売人がオークションの開催の挨拶を始めると、再び緊張感がぶり返してきた。

 真贋を本当に占いなどで判断してもいいのだろうか。
 カードをぎゅっと握りしめていると、横からユリウスの大きな手が被さった。
 私は彼を見るが、ただこちらを黙って見つめ返すだけで何も言わない。

 だからぁ!
 マディは優秀だから大丈夫だとか、俺がフォローするから心配するなとかくらい言いなさいよね! 毒だけは容赦なく吐くくせに。
 けれどそんな事を考えていたら、緊張感がどこかへ消えて行ったみたいだ。まあ、良しとしよう。
 ――そして。

「ただ今よりオークションを開始させていただきます。それでは皆様、最後までどうぞお楽しみくださいませ」

 オークションの開幕が今ここに宣言され、戦いの火ぶたが切って落とされた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~

依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」 森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。 だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が―― 「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」 それは、偶然の出会い、のはずだった。 だけど、結ばれていた"運命"。 精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。 他の投稿サイト様でも公開しています。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...