19 / 26
5.遺産相続人からのご依頼
第4話 交流という名の試験
しおりを挟む
ソフィアさんはレティシアさんの姿を見ると、皮肉っぽく口を歪めて笑った。
「あら。レティシア、ここに来て抜けがけってわけ?」
「……そんな」
「レティシアさんは謝罪にいらっしゃっただけですよ」
眉を落として口を噤むレティシアさんに代わって私が答える。
「どうだか」
ふんと鼻を鳴らして、彼女はレティシアさんの横の椅子に座った。
「ソフィアさん。あなたはこちらには何をしにいらっしゃったのですか」
「ここに何をしに来たのですって? 占い以外、何をしに来ると言うの?」
彼女は眉を上げて小馬鹿にしたように笑った。
謝るという考えは頭にも無いらしい。もういいですがね。最初から期待していなかったし。
「ヘボ占い師の元へですか?」
「……時間が無いからよ。あなたで手を打ってあげるって言ってんの」
いちいち口調が腹立つなー。腹立つったら!
お客様相手に感情的になってはいけないので、必死に苛立ちを押さえて笑みを浮かべる。
「信じられない占い師の元に、助言に来るのはお勧めいたしません。信頼関係で成り立つものですから」
ソフィアさんは腕を組むと、嫌そうに眉をひそめた。
「……振られたのよ」
「え?」
「彼に振られたの! 何度も同じ事を言わせないでよ!」
ああ。なるほどね。あの時点ではまだ振られていなかったけれど、私が近々振られますよって言ったんだっけ。それが当たったというわけか。もっとも占いなどしなくても、彼女の性格では振られるのは時間の問題だっただろうけれど。……なんて仮にもお客様相手に考えちゃだめだってば!
「そうですか」
「ええ。だから腕を認めてあげてもいいと言っているの。前回の話の通り、お祖父様の気に入るものを占って。遺産が手に入ったら、占いの価格の十倍でも二十倍でも好きなだけ払ってあげるわよ。あと、ここのお店を大々的に宣伝してあげてもいいわ」
前回、詐欺で返金騒ぎを起こしておいて、それを信用しろと言うのか。さすがに呆れて言葉を失ってしまう。
感情がつい表情に出てしまったらしい。彼女は眉を上げたが、自分でも調子のいい事を言い過ぎたと思ったようだ。視線を少し逸らした。すると横に置いてあるお金の袋が目に入ったのだろう。こちらに差し出してきた。
「ああ。これでいいわ。これで占って。前回、少しは私も悪かったと思うから、詫び料を含めて受け取ってもらっていいわ。まずはこれが手付け金よ」
あなたのお金じゃないでしょーっ!
私の物は私の物。妹の物も私の物ってことか。いくら姉妹だからと言って、やり過ぎではないか。
さすがにレティシアさんは身を乗り出す。
「ソフィア! これは」
「何よ。遺産が入ったら、こんなお金ぐらい微々たるものじゃない。あなたにも倍にして返してあげるわよ」
私は心の中でこっそりため息をついた。
「レティシアさん、このお金はあなたのものです。あなたがこのお金の使い道を決めることができます」
「占ってもらうわよね。ここまで来るのに、あなただって自分のしてきた事ぐらい分かっているでしょ」
「――っ」
とりあえず、あなたは黙れ。
……と言いたいが、レティシアさんは姉に従うらしい。頷いた。
私としては彼女が本意で無いにしろ、自分で決めたならば、それ以上の事を口出せない。
「それでは占いをさせていただきます。ただし正規のお代金で結構です」
「あら、そう。じゃあ、それでよろしく」
彼女は何のためらいもなく袋から一人分の料金を取ると、こちらに寄越した。
せめて二人分寄越しなさいよ。やっぱり詫び料をぶん取ってやれば良かっただろうか。……いやいや。そもそもこれはレティシアさんのお金だった。私まで同じ所に堕ちてはならない。
私は咳払いした。
「占う前に一つ。私が占えるのは基本的にはご本人です。今のご本人を起点に過去、現在、未来を占います」
「じゃあ、ここに本人を連れて来いと言うの? それは無理な話よ。遺産相続人を決める日までは本人に会うことを禁じられたから」
不満げに尋ねるのは口調から分かるようにソフィアさんだ。顔や声はそっくりだが、口調から容易く見分けが付く。
「いえ。占ってほしい方の情報から彼が望んでいるものを占うことは可能です。ただし情報というのはこれまでの過去の羅列に過ぎませんので、現在からほんの少し先の未来を占えるぐらいの範囲になります。つまり、誰を遺産相続人に選ぶかなど明確な事を占うのは、現段階では不可能です」
「分かったわ。ともかく祖父の情報を持ってこいというのね」
「それについてですが、こちらも少し調べさせていただきました」
「……なぜ?」
ソフィアさんは注意深く目を細めた。
「もう一度、ご来店いただけると思ったからです。レティシアさんが日をあらためてお詫びをともおっしゃっていたので」
私がレティシアさんに視線をやると、ソフィアさんは彼女を睨み付けた。やっぱり抜け駆けしようと思っていたのねとでも言わんばかりである。妹が尻ぬぐいをしてくれているのだと思いもしないようだ。……後半は言うべきではなかった。
レティシアさんは何も言い訳せず、半ば目を伏せるばかりだ。
「ところで」
二人の気をこちらに戻すために私は声をかけた。
「お二人はバトラー伯爵ご本人様にお会いになったことはあるのでしょうか」
「ええ。あるわよ。孫たちを一堂に集めて今回の事を話したから。いとこたちとは初めて会ったけど、皆ギラギラした目をしていたわよ。みっともないったら!」
中でも一番ソフィアさんがギラギラした目をしていたんだろうなぁ、などと失礼な事を考えてみたが、いかんいかんと頭を軽く振った。
「そうですか。分かりました。現在のお祖父様からお二人が受けた印象も考慮してみます」
私はそのままソフィアさんを見て、次にレティシアさんを見た。が、相変わらず映像が頭に流れ込んでくるわけではないので、後はカードが出す答えに委ねる。
「では、始めさせていただきます。まずお祖父様についてですが――」
カードを並べ、次々と展開していく。
「利益重視の考えをなさっています。そのため、子供の結婚も政略結婚を押し勧めてきました。お母様のご兄弟は全て政略結婚です」
「調べたら分かるでしょ、そんな事ぐらい」
「ソフィア、マデリーネさんの集中を削ぐような言葉を挟むのは止めて」
レティシアさんが窘めると、ソフィアさんはちっと舌打ちでもしかねない表情をしたが、ここは素直に押し黙った。
「ありがとうございます。続けます。――仕事面では計算高く、利己的で猜疑心の強いお方です。一方で性格においては非人情だけではなく、むしろ不器用ながら人を想う一面もあります。特に晩年になってからは。奥様に、そしてお二人のお母様である娘に先立たれたことも原因の一つです」
「気弱になったって? 私が受けた印象は食えないジジイだと言ったでしょう?」
「その部分は確かにあります。けれど彼が大切しているのはこれです」
既に開かれている最後の一枚を手に取ると彼女らに見せる。
「……家族、ですか?」
レティシアさんはぽつりと呟いて、考え込む表情を見せる。
「ええ。私のカードにはこう出ています。ほとんど家に寄りつかない息子たちや孫たちと家族の絆を取り戻すために、今回の話を持ちかけたものだと思われます」
それを不器用と取るか、利己的と取るかは人による話ではある。
「それとこれは占いではなく推測ですが、遺産相続を自分の息子たちではなく孫たちに指定したのは、あなた方お二人も対象に含めることでお会いする機会を得たかったからかもしれません」
「ふうん。家族ね。祖父が望むのはお涙頂戴ってわけ」
茶化したような小馬鹿口調のソフィアさんに嫌な気分にはなるが、私は頷いた。
「家族愛を感じさせてくれた方に全財産を譲る可能性が高いですね」
「それが具体的に何なのかは分からないのですか?」
「ええ。先ほども申しましたように、今の条件だけでは分かりません。申し訳ありません」
そうですかと表情を曇らせるレティシアさんとは逆に、ソフィアさんは何か手掛かりを掴んだようで自信ありげに笑うと立ち上がった。
「レティシア、今日からあなたも私の敵の一人だからね」
「え……」
「お祖父様は一人だけに全財産を譲ると言ったのだもの。当然でしょ。では、私は先に失礼するわ。占い師さん、報酬を楽しみにしていてよ。じゃあね」
それだけ言うと、ソフィアさんはあっと言う間に去って行った。
本日は風のようにやって来て、風のように去って行く人だ。少し呆れていると、レティシアさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「それでは……私もそろそろ失礼いたします。これ、私の分のお代金です」
さすがレティシアさん。きちんと自分の分を支払ってくれた!
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました」
笑みで返すと彼女もまた帰って行った。
私は張っていた肩をほっと下ろす。
「お疲れ様」
「あ。ユーリ。ユーリのお陰でスムーズに占えたよ。ありがとう」
「ああ」
ブースに顔を出すユリウスに私は感謝を伝える。
先入観を持つのは駄目だけれど、知識や情報を持つこともやはり大切だなと感じた。
「二人はどんな感じだった?」
「えーっと、そうね。ソフィアさんは何かを掴んだ感じだったかな」
悔しいが、男に媚びを売ることに長けている彼女は、バトラー氏が欲しい物を思いつきそうな感じがする。
「男に媚びを売ることに長けている彼女を羨んでいるのか?」
「は!? そ、そんな事言ってないよ?」
「言った」
「い、いや。言ってないよ!? 仮に言ったとしても無し! 無しね!」
私はまだこの辺りに漂っているであろう言葉を慌てて手を振ってかき消した。
バトラー家にて。
本日、アレサンドロ・バトラー伯爵の茶番劇に付き合わされた親族各々が一堂に集められた。
安楽椅子にゆったりと腰掛け、子犬を膝に乗せるバトラー氏のすぐ側には遺言執行人であろうか、立会人が立っている。一方、相続権利者である孫たちは皆、何かしらバトラー氏への贈り物を用意し、緊張の面持ちでいる。
「本日は私のために集まってくれてありがとう。まあ、自分たちのためでもあるのだろうがね」
皮肉の笑顔を浮かべながら子犬を撫でるバトラー氏に誰もが一瞬息を詰めるが、次の瞬間にはあちこちからお世辞の言葉がかけられた。
すでに勝負は始まっているのだ。相手に取り入ろうとする行為も勝負の行方を左右する要素の一つだろう。
「さて。長い前置きはいいかね。早速、君たちの贈り物を拝見していこうか」
「そ、それでは。僕から」
緊張した様子でまず前に出たのは、バトラー氏の長男の息子だ。
まず一番に出て目立とうと思ったのか、端に立っていたから自分からかと思ったのか、あるいは早く済ませて緊張感から解き放たれたいと考えたのか。その全部か。ともかくも、まずこれが一つの指標となるだろう。
「最近、足腰を悪くされたと伺いました。そこで杖をご用意いたしました。お祖父様の身長に合わせて作らせたオーダーメイド品です」
さすがはお金には困っていないことを考慮したバトラー氏への贈り物だ。
金銀、装飾が派手な品の無い物ではなく、お金をかけてはいても品質と実用性へと重きを置いている。オーダー品とあって使い手に優しい作りとなっているだろう。
「ほぉ。これはいい品だ。ありがとう。助かるよ」
「は、はい!」
伯爵からはなかなかの好感触を得たようだ。安堵やら落胆やらの声が部屋に上がる。
バトラー氏の息子や孫同士の間ではお互いに牽制し合い、祖父と孫との間は試験官と挑戦者という構図となっており、とても祖父と孫たちとの微笑ましい交流などとは言えないだろう。
「それでは次は、わたくしの贈り物をご覧くださいませ。お祖父様にいつまでもお元気でいただきたく――」
誰もが野心を抱き、誰もが警戒心を抱いた張り詰めた空気の中、祖父への贈り物会という名の試験が行われていく。
彼の顏色を見ながら皆が一喜一憂していく中で、とうとうベーカー姉妹の妹、レティシアの順番がやって来た。
バトラー氏とは今回の話を事務的に告げられた前回一度しか会ったことがない彼女は、緊張を隠せず、震える足を一歩前に出す。すると間近になった祖父の顔からは、母の面影が見て取れることに気付いた。意志の強い眼差しが似ているのかもしれない。
「お前はレティシアか。それともソフィアか?」
彼から声をかけられてレティシアははっと我に返り、頬を染めると慌てて返事をした。
「あら。レティシア、ここに来て抜けがけってわけ?」
「……そんな」
「レティシアさんは謝罪にいらっしゃっただけですよ」
眉を落として口を噤むレティシアさんに代わって私が答える。
「どうだか」
ふんと鼻を鳴らして、彼女はレティシアさんの横の椅子に座った。
「ソフィアさん。あなたはこちらには何をしにいらっしゃったのですか」
「ここに何をしに来たのですって? 占い以外、何をしに来ると言うの?」
彼女は眉を上げて小馬鹿にしたように笑った。
謝るという考えは頭にも無いらしい。もういいですがね。最初から期待していなかったし。
「ヘボ占い師の元へですか?」
「……時間が無いからよ。あなたで手を打ってあげるって言ってんの」
いちいち口調が腹立つなー。腹立つったら!
お客様相手に感情的になってはいけないので、必死に苛立ちを押さえて笑みを浮かべる。
「信じられない占い師の元に、助言に来るのはお勧めいたしません。信頼関係で成り立つものですから」
ソフィアさんは腕を組むと、嫌そうに眉をひそめた。
「……振られたのよ」
「え?」
「彼に振られたの! 何度も同じ事を言わせないでよ!」
ああ。なるほどね。あの時点ではまだ振られていなかったけれど、私が近々振られますよって言ったんだっけ。それが当たったというわけか。もっとも占いなどしなくても、彼女の性格では振られるのは時間の問題だっただろうけれど。……なんて仮にもお客様相手に考えちゃだめだってば!
「そうですか」
「ええ。だから腕を認めてあげてもいいと言っているの。前回の話の通り、お祖父様の気に入るものを占って。遺産が手に入ったら、占いの価格の十倍でも二十倍でも好きなだけ払ってあげるわよ。あと、ここのお店を大々的に宣伝してあげてもいいわ」
前回、詐欺で返金騒ぎを起こしておいて、それを信用しろと言うのか。さすがに呆れて言葉を失ってしまう。
感情がつい表情に出てしまったらしい。彼女は眉を上げたが、自分でも調子のいい事を言い過ぎたと思ったようだ。視線を少し逸らした。すると横に置いてあるお金の袋が目に入ったのだろう。こちらに差し出してきた。
「ああ。これでいいわ。これで占って。前回、少しは私も悪かったと思うから、詫び料を含めて受け取ってもらっていいわ。まずはこれが手付け金よ」
あなたのお金じゃないでしょーっ!
私の物は私の物。妹の物も私の物ってことか。いくら姉妹だからと言って、やり過ぎではないか。
さすがにレティシアさんは身を乗り出す。
「ソフィア! これは」
「何よ。遺産が入ったら、こんなお金ぐらい微々たるものじゃない。あなたにも倍にして返してあげるわよ」
私は心の中でこっそりため息をついた。
「レティシアさん、このお金はあなたのものです。あなたがこのお金の使い道を決めることができます」
「占ってもらうわよね。ここまで来るのに、あなただって自分のしてきた事ぐらい分かっているでしょ」
「――っ」
とりあえず、あなたは黙れ。
……と言いたいが、レティシアさんは姉に従うらしい。頷いた。
私としては彼女が本意で無いにしろ、自分で決めたならば、それ以上の事を口出せない。
「それでは占いをさせていただきます。ただし正規のお代金で結構です」
「あら、そう。じゃあ、それでよろしく」
彼女は何のためらいもなく袋から一人分の料金を取ると、こちらに寄越した。
せめて二人分寄越しなさいよ。やっぱり詫び料をぶん取ってやれば良かっただろうか。……いやいや。そもそもこれはレティシアさんのお金だった。私まで同じ所に堕ちてはならない。
私は咳払いした。
「占う前に一つ。私が占えるのは基本的にはご本人です。今のご本人を起点に過去、現在、未来を占います」
「じゃあ、ここに本人を連れて来いと言うの? それは無理な話よ。遺産相続人を決める日までは本人に会うことを禁じられたから」
不満げに尋ねるのは口調から分かるようにソフィアさんだ。顔や声はそっくりだが、口調から容易く見分けが付く。
「いえ。占ってほしい方の情報から彼が望んでいるものを占うことは可能です。ただし情報というのはこれまでの過去の羅列に過ぎませんので、現在からほんの少し先の未来を占えるぐらいの範囲になります。つまり、誰を遺産相続人に選ぶかなど明確な事を占うのは、現段階では不可能です」
「分かったわ。ともかく祖父の情報を持ってこいというのね」
「それについてですが、こちらも少し調べさせていただきました」
「……なぜ?」
ソフィアさんは注意深く目を細めた。
「もう一度、ご来店いただけると思ったからです。レティシアさんが日をあらためてお詫びをともおっしゃっていたので」
私がレティシアさんに視線をやると、ソフィアさんは彼女を睨み付けた。やっぱり抜け駆けしようと思っていたのねとでも言わんばかりである。妹が尻ぬぐいをしてくれているのだと思いもしないようだ。……後半は言うべきではなかった。
レティシアさんは何も言い訳せず、半ば目を伏せるばかりだ。
「ところで」
二人の気をこちらに戻すために私は声をかけた。
「お二人はバトラー伯爵ご本人様にお会いになったことはあるのでしょうか」
「ええ。あるわよ。孫たちを一堂に集めて今回の事を話したから。いとこたちとは初めて会ったけど、皆ギラギラした目をしていたわよ。みっともないったら!」
中でも一番ソフィアさんがギラギラした目をしていたんだろうなぁ、などと失礼な事を考えてみたが、いかんいかんと頭を軽く振った。
「そうですか。分かりました。現在のお祖父様からお二人が受けた印象も考慮してみます」
私はそのままソフィアさんを見て、次にレティシアさんを見た。が、相変わらず映像が頭に流れ込んでくるわけではないので、後はカードが出す答えに委ねる。
「では、始めさせていただきます。まずお祖父様についてですが――」
カードを並べ、次々と展開していく。
「利益重視の考えをなさっています。そのため、子供の結婚も政略結婚を押し勧めてきました。お母様のご兄弟は全て政略結婚です」
「調べたら分かるでしょ、そんな事ぐらい」
「ソフィア、マデリーネさんの集中を削ぐような言葉を挟むのは止めて」
レティシアさんが窘めると、ソフィアさんはちっと舌打ちでもしかねない表情をしたが、ここは素直に押し黙った。
「ありがとうございます。続けます。――仕事面では計算高く、利己的で猜疑心の強いお方です。一方で性格においては非人情だけではなく、むしろ不器用ながら人を想う一面もあります。特に晩年になってからは。奥様に、そしてお二人のお母様である娘に先立たれたことも原因の一つです」
「気弱になったって? 私が受けた印象は食えないジジイだと言ったでしょう?」
「その部分は確かにあります。けれど彼が大切しているのはこれです」
既に開かれている最後の一枚を手に取ると彼女らに見せる。
「……家族、ですか?」
レティシアさんはぽつりと呟いて、考え込む表情を見せる。
「ええ。私のカードにはこう出ています。ほとんど家に寄りつかない息子たちや孫たちと家族の絆を取り戻すために、今回の話を持ちかけたものだと思われます」
それを不器用と取るか、利己的と取るかは人による話ではある。
「それとこれは占いではなく推測ですが、遺産相続を自分の息子たちではなく孫たちに指定したのは、あなた方お二人も対象に含めることでお会いする機会を得たかったからかもしれません」
「ふうん。家族ね。祖父が望むのはお涙頂戴ってわけ」
茶化したような小馬鹿口調のソフィアさんに嫌な気分にはなるが、私は頷いた。
「家族愛を感じさせてくれた方に全財産を譲る可能性が高いですね」
「それが具体的に何なのかは分からないのですか?」
「ええ。先ほども申しましたように、今の条件だけでは分かりません。申し訳ありません」
そうですかと表情を曇らせるレティシアさんとは逆に、ソフィアさんは何か手掛かりを掴んだようで自信ありげに笑うと立ち上がった。
「レティシア、今日からあなたも私の敵の一人だからね」
「え……」
「お祖父様は一人だけに全財産を譲ると言ったのだもの。当然でしょ。では、私は先に失礼するわ。占い師さん、報酬を楽しみにしていてよ。じゃあね」
それだけ言うと、ソフィアさんはあっと言う間に去って行った。
本日は風のようにやって来て、風のように去って行く人だ。少し呆れていると、レティシアさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「それでは……私もそろそろ失礼いたします。これ、私の分のお代金です」
さすがレティシアさん。きちんと自分の分を支払ってくれた!
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました」
笑みで返すと彼女もまた帰って行った。
私は張っていた肩をほっと下ろす。
「お疲れ様」
「あ。ユーリ。ユーリのお陰でスムーズに占えたよ。ありがとう」
「ああ」
ブースに顔を出すユリウスに私は感謝を伝える。
先入観を持つのは駄目だけれど、知識や情報を持つこともやはり大切だなと感じた。
「二人はどんな感じだった?」
「えーっと、そうね。ソフィアさんは何かを掴んだ感じだったかな」
悔しいが、男に媚びを売ることに長けている彼女は、バトラー氏が欲しい物を思いつきそうな感じがする。
「男に媚びを売ることに長けている彼女を羨んでいるのか?」
「は!? そ、そんな事言ってないよ?」
「言った」
「い、いや。言ってないよ!? 仮に言ったとしても無し! 無しね!」
私はまだこの辺りに漂っているであろう言葉を慌てて手を振ってかき消した。
バトラー家にて。
本日、アレサンドロ・バトラー伯爵の茶番劇に付き合わされた親族各々が一堂に集められた。
安楽椅子にゆったりと腰掛け、子犬を膝に乗せるバトラー氏のすぐ側には遺言執行人であろうか、立会人が立っている。一方、相続権利者である孫たちは皆、何かしらバトラー氏への贈り物を用意し、緊張の面持ちでいる。
「本日は私のために集まってくれてありがとう。まあ、自分たちのためでもあるのだろうがね」
皮肉の笑顔を浮かべながら子犬を撫でるバトラー氏に誰もが一瞬息を詰めるが、次の瞬間にはあちこちからお世辞の言葉がかけられた。
すでに勝負は始まっているのだ。相手に取り入ろうとする行為も勝負の行方を左右する要素の一つだろう。
「さて。長い前置きはいいかね。早速、君たちの贈り物を拝見していこうか」
「そ、それでは。僕から」
緊張した様子でまず前に出たのは、バトラー氏の長男の息子だ。
まず一番に出て目立とうと思ったのか、端に立っていたから自分からかと思ったのか、あるいは早く済ませて緊張感から解き放たれたいと考えたのか。その全部か。ともかくも、まずこれが一つの指標となるだろう。
「最近、足腰を悪くされたと伺いました。そこで杖をご用意いたしました。お祖父様の身長に合わせて作らせたオーダーメイド品です」
さすがはお金には困っていないことを考慮したバトラー氏への贈り物だ。
金銀、装飾が派手な品の無い物ではなく、お金をかけてはいても品質と実用性へと重きを置いている。オーダー品とあって使い手に優しい作りとなっているだろう。
「ほぉ。これはいい品だ。ありがとう。助かるよ」
「は、はい!」
伯爵からはなかなかの好感触を得たようだ。安堵やら落胆やらの声が部屋に上がる。
バトラー氏の息子や孫同士の間ではお互いに牽制し合い、祖父と孫との間は試験官と挑戦者という構図となっており、とても祖父と孫たちとの微笑ましい交流などとは言えないだろう。
「それでは次は、わたくしの贈り物をご覧くださいませ。お祖父様にいつまでもお元気でいただきたく――」
誰もが野心を抱き、誰もが警戒心を抱いた張り詰めた空気の中、祖父への贈り物会という名の試験が行われていく。
彼の顏色を見ながら皆が一喜一憂していく中で、とうとうベーカー姉妹の妹、レティシアの順番がやって来た。
バトラー氏とは今回の話を事務的に告げられた前回一度しか会ったことがない彼女は、緊張を隠せず、震える足を一歩前に出す。すると間近になった祖父の顔からは、母の面影が見て取れることに気付いた。意志の強い眼差しが似ているのかもしれない。
「お前はレティシアか。それともソフィアか?」
彼から声をかけられてレティシアははっと我に返り、頬を染めると慌てて返事をした。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~
依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」
森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。
だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が――
「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」
それは、偶然の出会い、のはずだった。
だけど、結ばれていた"運命"。
精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。
他の投稿サイト様でも公開しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる