逆張りの占い師、マデリーネ・アモンドにお任せください!

樹里

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7.若手占い師から大御所占い師への依頼

第1話 魔女の家

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 占い客も増えてきて、なかなかの順風満帆の日々に満足していた頃、一人の女性が恋愛相談でうちを訪れた。今付き合っている彼との未来についてだ。おそらくだが、彼女はその彼に何かしらの不安感を抱いていたのだと思う。
 思い詰めた様子で、私が展開するカードの行方を見守っている彼女に、心苦しくも出た結果を伝えなければならない。

 カードが示したものは、現在男性は相談者とは別に付き合っている女性が複数いるとの結果だった。彼としては、彼女はあくまでも女友達の一人として考えているようで、仮に彼女が正面からぶつかっていったとしたら、手酷く振られる結果となるだろう。

「彼は少し気が多い方のようですね。このままお付き合いを続けていても実りはなく、マディソンさん、あなたがご苦労なさ――」
「嘘! 私と彼はもう五年も付き合っているんですよ。そんな人じゃありません! 彼のことは私が一番知っているわ。やっぱり占いなんて頼りにするんじゃなかった!」

 彼女はバンッとテーブルにお代を置いて立ち上がると、肩を怒らせながら帰って行った。

「……はぁ」

 占い結果を曲げて嘘をつくわけにもいかないし、他にどうすれば良かったと言うのか。
 私はため息をつきながら頭を抱えた。



 鬱蒼と茂った森奥深くにある一軒家。
 何代にも渡って建て増しと改築を繰り返した結果、当時はあったであろう造形美はすっかり消え失せ、まるで魔女が住んでいるかのような、どこか歪で現世離れした印象を人に抱かせる屋敷となっている。我が国が超自然的なものを厳しく取り締まる国ならば、この家の主が魔女狩りに遭っていてもおかしくない。

 そんな雰囲気のある家だが、国一番と噂される占術師、カミーラ・オルティスが構える屋敷となれば、なるほど確かに合っていると頷く人も多いだろう。

 そう。ここは私が生まれ育った家だ。
 本日は私の師匠でもある祖母宅へ、ふた月に一回の帰省の日である。見習い占い師ともあって、祖母に報告を兼ねて助言などをもらったりしているからだ。

「や、やっと着いた……」

 私は膝に手を当てて、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。
 この家を出るまでは普通に周りの野山を駆け回っていたはずなのに、今や街路から家に辿り着くまでには酷く体力を消耗してしまっている。普段、一生懸命働いている割には運動不足のようだ。この近くだが、坂道を上っていかなければならない墓地へと親に挨拶に行ったのも原因の一つだ。

「大丈夫か」

 本気で心配しているようには聞こえない口調でユリウスが尋ねてくる。
 私が帰省する際、決まって付いて来てくれるのだが、もしかしてこれでも一応本気で心配してくれているのだろうか。
 顔色一つ変えず、呼吸一つ乱れていないユリウスを恨めしげに見ながら、私はやれやれと身体を起こした。

「平気。じゃあ、入ろうっか。お祖母ちゃん、いつものように占い館にいると思うし」

 本日はお休みだが、住まいの右横に併設されている占い館で祖母は待っているはずだ。私はその扉を手に掛けた。

「マデリーネさんとユリウスさん。お帰りなさい」

 扉を開けて入ると笑顔で迎えてくれるのは、占い館の受付兼助手でもあるエレナさんだ。
 おっとりとした性格の一方、弟子は取らない主義の祖母に対して毎日通い詰めてお願いし、とうとう祖母を根負けさせたという芯の強い部分もある。現在、彼女は住み込みで弟子と助手業に励んでいるらしい。

「エレナさん、こんにちは。……あれ? 今日、占い館はお休みですよね。どうして受付にいらっしゃるんですか」
「ええ。実は今日、特別なお客様がいらしていて」

 エレナさんは遠慮がちにユリウスを見る。すると彼は何かを察したらしく、眉をぴくりと上げた。
 もしかしてこれは……。

「やあやあ。息子よ。元気かね」

 軽い口調で挨拶をしながら奥から顔を出したのはユリウスの父君、エヴァンズ公爵だった。
 若い頃は、いや、今もかもしれないが、女性にさぞかしモテたであろう彫りの深い顔立ちの気品ある男性だ。公爵はいかにも男っぽい印象なので、ユリウスの透明感のある顔立ちは美人のお母様似なのだろうと思う。

「……どうもお久しぶりです」
「うわ、ユリウス酷い! 嫌な奴に会っちまった。今日は何と不運な日だろうっていう顔をするのは止めようよ!」

 エヴァンズ公爵はさすがユリウスの父親だ。見事なまでに彼の表情を解読してみせた。
 私は苦笑いしながら挨拶する。

「エヴァンズ公爵閣下、お久しぶりです」
「おぉ! マデリーネちゃんか。久しぶりだね。そんな他人行儀な呼び方止めておくれよ。昔のようにおじ様と呼んでくれないか」
「……はい。おじ様」
「うん。いいね、いいね」

 彼は笑顔で頷くと、ふーむと言って顎に手をやり、無遠慮に私を頭から足先までじろじろと見た。

「いやー。いい娘さんになったね。良かったら私の妾になるかね?」

 子供の頃から付き合いがあるせいか、あるいは元々の性格なのか、な方だ。しかし軽口を叩くおじさまに、私は唇に指を当ててうふふと笑みを返す。

「あら、ったらお戯れを。奥様のシルヴィア様がそんな事を耳にされたらタダでは済みませんよ?」
「――ぐっ!?」

 エヴァンズ公爵は途端に顔色を変えて、言葉を詰まらせた。
 決して怒りの感情を見せないお淑やかなシルヴィア様だが、夫の手綱はしっかりと握っているらしい。

「まあ。それより先に目の前の実の息子にやられるだろうがね」

 そう言って笑いながら、続いて奥から出てきたは私の祖母だ。
 今日はエヴァンズ公爵が来ていたからか、フードのついた長いドレスにフェイスベールをつけた占い師らしい格好をしている。そんな時は孫の私でもその風格に圧倒されてしまう。
 私の気持ちに気付いたのか何なのか、フードを落とし、ベールを外した祖母は目尻に皺を寄せて微笑んだ。
 その笑顔は祖母の娘である私の母を彷彿とさせ、懐かしく切なくもなる。

「お帰り、マデリーネ」
「お祖母ちゃん、ただいま」

 祖母は頷くとすぐに横のユリウスに視線を移した。

「ユリウスもいつもありがとうね」
「いえ。こんにちは」

 腕を組んで冷たい視線を実の父親に送っていたユリウスが、呼びかけられて祖母に視線を移すと笑みに変えた。

「しかしどうして父が――」
「そりゃあ、滅多に家に寄りつかないお前が心配でね。今日なら会えると思って張っていたのさ」

 自分の父親から視線を逸らしたまま私の祖母に尋ねるユリウスに、エヴァンズ公爵は話に入り込んでくる。
 ユリウスは面倒だという態度を隠しもせずにため息をついた。

「そうですか。お忙しいことでしょうに、お疲れ様です」
「我が息子ながらつれないね……。とにかくカミーラ様。待合室を借りていいですかな」
「ああ。構わないよ。エレナ、エヴァンズ殿を部屋に案内したら、今日はもう上がって良いからね。ご苦労様」
「はい、カミーラ様。ではこちらへどうぞ」

 エレナさんが二人を先導するが、私は何だか不安に駆られてユリウスに声をかけた。

「ユーリ」

 仕方なく従っていたユリウスは、私の呼びかけに足を止めて振り返る。
 とは言え、思わず呼びかけただけで特に話すことは無かったりする。それが分かったようで彼は少し頷いた。

「マディ、後で」
「……うん」

 彼らが部屋へと行く背中をぼんやりと見送っていた。
 おじ様はユリウスに一体何の話なのだろうか。もしかして喫茶店などの道楽はいい加減止めるように言いに来たとかだったりして……。もしそうだったらどうしよう。
 唇を噛みしめていると。

「マデリーネ」

 背後からの祖母の呼びかけに我に返る。

「お前はこのふた月どうだった? 近況を聞かせておくれ」
「あ、うん。分かった」
「じゃあ、行こう」

 私は祖母に話を聞かせるために、彼らとは逆の方向の小部屋へと歩いて行った。そこにあるいつもの一人がけのソファーに収まると懐かしい匂いに包まれて、ほっとする。

「ねえ、お祖母ちゃん。……おじ様は何をしに来られたの?」
「占いだよ。まあ、占いにかこつけて、自分の息子に会いに来たってのが本当のところだろうがね。今日がうちの休みと知って、マデリーネと一緒に来ると見当を付けていたんだろう」

 孫との語らいを楽しみにしている私の休みを何だと思ってんだい、あの坊ちゃんはと、祖母は毒を吐く。
 さすが公爵相手にも容赦が無い。

「あの。それでおじ様は……どんな占いを?」
「孫のお前とはいえ、それだけは言えないね。占い師として当然だろう?」
「う、ん」

 一度は頷いた。しかし嘘をついたところで、この祖母には見抜かれるだろう。正直に話すことにした。

「……ごめんなさい。えっと。ユーリには話している。か、かもです」
「まあ、あの子は他の人に口を開くことはないだろうがね。だがね、いいかい。占い師は相談者との信頼関係で成り立っているんだ。誰に聞かれたって決して他の人の前で口を開くものじゃないよ」
「はい。でも……ユーリにはいい?」

 下から顔色を窺うように尋ねると、祖母はため息をついた。

「まったくしかたがない子だね。でもお前はユリウスとは信頼関係ができているんだね」
「はい。あ、でも人の恋愛話とかは言ってないよ! ただ、なぜか変わった相談をされる事が多いから」
「変わった相談?」
「うん。あのね」

 私は注意されたところなのに、早速これまでの相談内容を語り始めた。


「――ディ。マディ」
「ん……」

 頬をぺちぺちと指先で優しく叩かれる感覚と聞き慣れた低い声が近くで聞こえてきて、意識が浮上した。――え? 意識が浮上したって、私、いつの間にか寝ていたのか。
 ぼんやり考えながら重い瞼を開くと、ユリウスの端整な顔がすぐ目の前にあった。

「わあっ!?」

 近くにいるだろうとは思っていたが、近すぎだ!
 驚いて勢いよく後ろに身を引いた私だが、ユリウスはどうやら慣れているらしい。動揺など微塵も見せずに、ただ呆れたようにこちらを見つめるばかりだ。

「あ。ご、ごめん。長い間居眠りしていた? おじ様は? お話は終わったの? お祖母ちゃんは?」
「そうでもない。俺の父親なら話を終えて先に帰った。カミーラ様はお茶の用意をするからと言って屋敷の方に戻った。マディを少し休ませたら連れてきてくれと頼まれたんだ」

 立て続けに尋ねる私にユリウスは順番に答えた。

「そ、そっか。ごめん。ありがとう。じゃあ、行こうっか」

 私は立ち上がろうとしたが、目の前の景色が一瞬くらりと回って椅子に再び身体が落ちた。

「マディ!」
「あ。大丈夫。寝起きにいきなり立ち上がろうとしたから、目眩を起こしちゃったみたい」

 再び膝を折って目線を合わせるユリウスに、私はえへへと照れ笑いを見せる。しかしユリウスの表情に笑みは無い。
 ここは一緒に笑うところでしょうが。気が利かないな!
 するとユリウスは手を伸ばして私の頬に触れる。彼の熱い手の平に反応するかのように、どきりと胸が高鳴った。

「な、何!?」

 ユリウスの驚きの行動に思わず身を引いたが、こちらを覗き込む彼の表情は真剣だ。

「気分が悪いとかは?」
「な、無いよ」
「そうか。立てるか?」

 彼は私の頬から手を離すと、今度は手を差し伸べてきた。
 どうした、優しいな!? 大雨を降らせるつもりか?

「あ、ありがとう」

 失礼な事を思いながら彼の手を取って立ち上がってみたが、目眩も浮遊感も無い。特に問題が無いみたいなので私はユリウスの手を離そうと力を緩めたが、逆に彼はぎゅっと握りしめて引っ張った。

「カミーラ様が待っている。行こう」
「……うん」

 私は少し戸惑いながら先導する彼の後を付いて行った。
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