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7.若手占い師から大御所占い師への依頼
第2話 依頼者が求めるもの
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「お前が好きなクッキーを焼いておいたよ」
「わーい。ありがとう!」
ユリウスの実家はもっと広い部屋に高級で上品なテーブルが置かれているが、うちはこぢんまりとした客間に機能重視のテーブルだ。彼のお家では、たとえ家族間でもテーブルマナーも重んじているのだろうが、私は少々不作法に用意されたクッキーに手を伸ばすと早速かじりついた。
「うん。美味しい! 懐かしいお祖母ちゃんの味ね」
「そうかい。良かったよ。お茶はどうだい?」
「お茶?」
今度はカップを手に取ってお茶を口にする。
美味しい。美味しいけれど……。
私は腕を組んで小首を傾げた。
「うーん。これは十点のうち七点ね」
「おや。それは厳しいね」
「ごめんね。でもユーリが淹れてくれる美味しいお茶に慣れちゃったから」
「そんなに美味しいのかい?」
「うん! ユーリのお茶って最高なんだから。ね?」
すぐ近くに座るユリウスに笑みを向けると、彼は遠慮がちに、けれど少し嬉しそうに笑みを返してくれる。
「ほぅ。だったら今度はユリウスに淹れてもらおうかね」
「ええ。ぜひ」
祖母のお願いにユリウスは笑みで頷いた。
「お祖母ちゃん、お店にも一度来てよ。開店してからまだ一度も来てくれていないし。凄くお洒落なお店なんだよ」
「悪いねぇ。忙しくてなかなか休めなくてさ。でも確かにお前が働いているところも見てみたいし、行かないとね」
祖母は、現在の王宮専属占術師には申し訳ないが、国一番の占い師と囁かれるだけあって、予約で一杯で、私の帰省を除いては常に精力的に働いているらしい。毎日色んな相談者が来るのだろう。……素直に羨ましい。
きっと祖母には自分では解決できない悩みなど、無いのだろうなと思う。
「お祖母ちゃんはさ、占い客に結果が気に入らないからって、怒られたことってある?」
先日占い客を満足させないまま返してしまったことが気にかかっていた私は、お茶の席で祖母に聞いてみる。ユリウスはそんな問いかけをする私に視線を寄越した。
仕切りで区切ってある占いブースとは言え、大声を出せば店内に声は漏れる。何よりも占い客が帰る際の表情を見れば、満足したか否かはユリウスの目にも一目瞭然だろう。
私は暗い話を始めたことに後悔して少し視線を落とした。すると祖母は何を馬鹿な事を言わんばかりにため息をつく。
「そりゃあ。これまで数え切れないくらいあったし、今もあるねぇ。怒声や暴言だけで済めばまだ良い方さ」
「……え?」
いつの間にか俯いていた顔を上げて祖母を見る。
「い、今でもあるの!?」
大ベテランの祖母の占いを相手に満足しない人も、食ってかかる人がいるのにも驚きだ。
「当たり前だよ。そりゃあ、相談者の欲しい答えが出りゃいいが、いつもその通りにはいかないからね」
「相談者が欲しい答え。確かに必ずしも望んでいた答えになるとは限らないけど、占いは問題解決のための指針を示してあげるものでしょう?」
現在良い結果が出なくても、より良い未来を作るために助言してあげるわけで……。
首を傾げる私に祖母はふっと笑った。
「そうだね。じゃあ、例えばお前が相談者になれば分かるかね。私に何か占ってほしいことはあるかい?」
「え? うーんと」
唐突な質問で一瞬困ったが、やはり自分が占い師として成功できるのか気になったのでそれを占ってもらうことにした。
「じゃあ、仕事運かな。新進気鋭の占い師である私の未来ね」
「新進気鋭って、自分で言うもんじゃないだろう」
「誰も名乗り出ないから私が言うの。先に言った者勝ちです」
舌を出して虚勢を張る私に苦笑いしながら祖母はそうかいと笑うと、飲み終えたお茶のカップに水を注ぐ。
祖母が得意とする占いは水晶占いだ。ただし道具は水晶に限らない。映像が映し出されるなら水面だって可能なのである。
とは言っても、実際に水晶や水面に映像が映し出されるわけではなく、頭の中に思い浮かんだ映像がそこに映し出されるそうで、他の人がそれらを覗き込んでも見えるわけではない。
「じゃあ、始めるよ」
祖母のその言葉で先ほどの和やかな団らんはまるで嘘のように、この場が清らかな空気でぴんと張り詰める。
きっと何も知らない人でも、目の前の人物が並外れた優秀な占い師だとを肌で感じるられるだろう。私も修練すればいつか祖母のようになれるだろうか。
ドキドキしながら祖母を見つめていると、表情がみるみる内に険しくなって行くのが目に入り、今度は別の意味で鼓動が早くなる。カードと違ってその結果を読み解くこともできない私は不安に襲われる。
相談者はこんな気持ちだったのかと、その身になってようやく気付く。
……それにしても、もしかして悪い結果なのだろうか。
目の前の占い師は、本来なら王宮専属占術師の座に誰よりも近かった人物だ。私よりはるかに大きな能力と自信、それに何よりも人生の数だけ多くの経験を重ねてきている。そんな人物から出された結果に抗うのは難しいものとなるだろう。
冷たい汗が流れる。
「お、お祖母ちゃん?」
厳しい表情を浮かべる祖母に堪らず声をかけると、我に返ったように私の顔を見た。こんな祖母を見るのは初めてだ。
「あ。いや、悪いね。やはり孫だからか、感情が入っちまうんだろうね。うまく占えないのさ。今日は止めておこうか」
占い師が自分のことだけは占えないとよく言われるのは、どうしても主観が入ってしまうからだ。どんな結果が出ても、自分の都合の良いように解釈してしまいたくなったり、あるいは良い結果が出るまで何度も占ったりするからだとも言われる。
占いがただ一つの真実だとしたら何度占っても同じ結果がでるはずだが、実際のところ未来への道は無数に広がっている。現時点からの可能性で一番色濃く出ている未来が結果として出るはずだが、何度も占いを繰り返すと、可能性の一つとして細い道筋も結果として出てくるのだ。そういう意味で、二度占いはタブーとされている。
祖母だって人間だ。身内の占いには心情が入って上手く占えない場合もあるだろう。でもこれは直感的に嘘だと感じた。
私は深呼吸して心を落ち着かせる。
「お祖母ちゃん。占いは決まってしまった未来じゃないでしょう? 良くない結果なら改善するよう努力だってできる。だから教えて。受け入れるわ」
「本当に知りたいのかい」
念押しされて、どきりとした。
祖母が出す結果が、もし占い師として才能は無いから辞めた方がいいというものだったらどうしたらいいのか。その時、私は諦められるのだろうか。諦めなきゃいけないのだろうか。その運命を素直に受け入れられるのだろうか。
不安に駆られるのに、それでも知りたいのはなぜだろう。ユリウスすら表情を厳しいものにしているのに、無意識に頷く自分がそこにいた。
「……うん。教えて」
「本当にいいんだね」
まるで祖母が自分自身に言い聞かせているように、再度私に確認を取ってくる。
今度は決意して頷くと祖母は表情を歪めた。
「そうか。では話そう。――これから先、お前が占い師を続けていく中で、高く大きな試練に遭遇するだろう。その試練はお前の精神さえも蝕み、やがて……心を殺すことになるかもしれない」
祖母の掠れた声と険しい表情で、ほとばしる緊張感がこちらまで伝わってくる。
大きな試練とは何か。精神を蝕み、心を殺すとは……。
どこか他人事に聞こえつつも、戸惑いを隠せない私に代わって、ユリウスがいち早く口を開いた。
「それを回避するためには?」
「なに、簡単なことさ」
え? 何だ。簡単なことなんだ。良かった。
ほっと息を吐いたのも束の間。
「占い師の道を諦めりゃいい」
「――っ!」
私にとって辛い現実をいとも容易く口にする祖母の言葉が信じられず、目を見開いて固まった。
「カミーラ様、それは回避ではなく逃避です」
「そうだね」
言葉を失う私に代わり、取りなしてくれるユリウスに最初の衝撃から立ち直る。私は祖母を強い瞳で見据えた。
「でもお祖母ちゃん。それは私が乗り越えればいい話でしょう?」
「お前ならそう言うと思っていたよ」
祖母は眉根を寄せたが、すぐに表情を緩めて肩をすくめると、その場も同時に緊張感から解き放たれた。
「どうだい。少しくらい分かったかい、相談者の気持ちが」
「え? あ。何だぁ。今の占い結果、私を試していただけだったの? お祖母ちゃん、役者だね。本当かと思って心臓がドキドキしたよ」
「……ああ。占い師ははったりも必要だからね」
「うん」
祖母の言わんとすることが分かった。たとえ悪い結果が出たとしても諦められない。諦めたくない。可能性が極めて低いものでも、自分の信じる道を貫きたいのだ。
相談者の心は最初から決まっている。ただ、占いで自分が正しいのだと証明してほしいだけだったんだ。それすら叶わないなら、自分の意思を汲んでくれない目の前の占い師を自分の道を阻むものとして敵意を持つしかない。
「良い結果ならいいけど、悪い結果なら受け入れたくないわ。それなら初めから占いなどしてもらわない方がいいのにね。それでも頼りたくなっちゃうんだもん。情けないなぁ」
私が力なく息を吐くと、祖母はおっとりとした優しい笑みを浮かべた。
「占いを頼る者は弱い人間だとよく言うけれどね。違うんだよ。心が弱っている人間であったり、既に自分の中で何かを決断している人間であったりするんだよ」
「え?」
「人間は誰しも常に自信満々で生きているわけじゃない。不安になったり、悩んだりするのが人間だよ。そんな弱っている時に、占いでほんの少し支えてあげるのさ。本当は他人から正しい答えを出されたいわけじゃない。自分の気持ちに共感して背中を押してくれる言葉が欲しいだけなんだよ」
そうだ。現在自分が信じているものがあるのだから、本当はそれが正しいかなんて、誰かに答えは出してほしくない。私が進む道を応援してくれさえすればいい。そういうものだ。
「でも例えば今の道を進んでいけば、その人が幸せにならないと分かっていても、その背中を押してあげることが本当に正しいの?」
その質問は祖母にとっても難しいものだったらしい。困ったように眉を下げて肩をすくめる。
「そうだねぇ。こちらは相談者にとってより良い道を示してあげるつもりでいても、それが必ずしも相談者の幸せに繋がらないっていうのは多々あるからね。だからこそ彼らの悩みをしっかりと受け止めて、心に寄り添ってあげることが大切なんだよ」
私がもっと相談者の気持ちに寄り添って苦しみを分かち合っていれば、簡単に彼女の望む未来を諦めろなどとは言えなかっただろう。私は傲慢にも上から目線で助言していただけなのかもしれない。占い師はただ導き出された答えを相談者に提示するだけではいけないのだ。
その思いを噛みしめていると、祖母は自嘲するように笑った。
「マデリーネも自分の今の受け答えを省みたら分かるだろう? それがたとえ茨の道だったとしても、自分が信じた道を歩きたいと強く決意した者に、別の楽な道を示しても素直には従わないものなんだよ。依頼者が揺るぎなく決意したならば、占い師としてはその道の中で応援してやる他無い」
「じゃあ、私の道がもし茨の道だったとしても応援してくれるのよね?」
私が言質を取るために真っ直ぐ見つめると、祖母は一瞬躊躇して私の視線から逃れるようにユリウスを見る。だが、諦めたようにため息をつくと目を伏せた。
「ああ。お前がそれを望むなら、私なりに応援させてもらうよ」
「俺も……マディを応援する」
「ありがとう! 二人とも」
二人からの応援を受けた私は、厳しくとも茨の道に進む決意を新たにした。
「わーい。ありがとう!」
ユリウスの実家はもっと広い部屋に高級で上品なテーブルが置かれているが、うちはこぢんまりとした客間に機能重視のテーブルだ。彼のお家では、たとえ家族間でもテーブルマナーも重んじているのだろうが、私は少々不作法に用意されたクッキーに手を伸ばすと早速かじりついた。
「うん。美味しい! 懐かしいお祖母ちゃんの味ね」
「そうかい。良かったよ。お茶はどうだい?」
「お茶?」
今度はカップを手に取ってお茶を口にする。
美味しい。美味しいけれど……。
私は腕を組んで小首を傾げた。
「うーん。これは十点のうち七点ね」
「おや。それは厳しいね」
「ごめんね。でもユーリが淹れてくれる美味しいお茶に慣れちゃったから」
「そんなに美味しいのかい?」
「うん! ユーリのお茶って最高なんだから。ね?」
すぐ近くに座るユリウスに笑みを向けると、彼は遠慮がちに、けれど少し嬉しそうに笑みを返してくれる。
「ほぅ。だったら今度はユリウスに淹れてもらおうかね」
「ええ。ぜひ」
祖母のお願いにユリウスは笑みで頷いた。
「お祖母ちゃん、お店にも一度来てよ。開店してからまだ一度も来てくれていないし。凄くお洒落なお店なんだよ」
「悪いねぇ。忙しくてなかなか休めなくてさ。でも確かにお前が働いているところも見てみたいし、行かないとね」
祖母は、現在の王宮専属占術師には申し訳ないが、国一番の占い師と囁かれるだけあって、予約で一杯で、私の帰省を除いては常に精力的に働いているらしい。毎日色んな相談者が来るのだろう。……素直に羨ましい。
きっと祖母には自分では解決できない悩みなど、無いのだろうなと思う。
「お祖母ちゃんはさ、占い客に結果が気に入らないからって、怒られたことってある?」
先日占い客を満足させないまま返してしまったことが気にかかっていた私は、お茶の席で祖母に聞いてみる。ユリウスはそんな問いかけをする私に視線を寄越した。
仕切りで区切ってある占いブースとは言え、大声を出せば店内に声は漏れる。何よりも占い客が帰る際の表情を見れば、満足したか否かはユリウスの目にも一目瞭然だろう。
私は暗い話を始めたことに後悔して少し視線を落とした。すると祖母は何を馬鹿な事を言わんばかりにため息をつく。
「そりゃあ。これまで数え切れないくらいあったし、今もあるねぇ。怒声や暴言だけで済めばまだ良い方さ」
「……え?」
いつの間にか俯いていた顔を上げて祖母を見る。
「い、今でもあるの!?」
大ベテランの祖母の占いを相手に満足しない人も、食ってかかる人がいるのにも驚きだ。
「当たり前だよ。そりゃあ、相談者の欲しい答えが出りゃいいが、いつもその通りにはいかないからね」
「相談者が欲しい答え。確かに必ずしも望んでいた答えになるとは限らないけど、占いは問題解決のための指針を示してあげるものでしょう?」
現在良い結果が出なくても、より良い未来を作るために助言してあげるわけで……。
首を傾げる私に祖母はふっと笑った。
「そうだね。じゃあ、例えばお前が相談者になれば分かるかね。私に何か占ってほしいことはあるかい?」
「え? うーんと」
唐突な質問で一瞬困ったが、やはり自分が占い師として成功できるのか気になったのでそれを占ってもらうことにした。
「じゃあ、仕事運かな。新進気鋭の占い師である私の未来ね」
「新進気鋭って、自分で言うもんじゃないだろう」
「誰も名乗り出ないから私が言うの。先に言った者勝ちです」
舌を出して虚勢を張る私に苦笑いしながら祖母はそうかいと笑うと、飲み終えたお茶のカップに水を注ぐ。
祖母が得意とする占いは水晶占いだ。ただし道具は水晶に限らない。映像が映し出されるなら水面だって可能なのである。
とは言っても、実際に水晶や水面に映像が映し出されるわけではなく、頭の中に思い浮かんだ映像がそこに映し出されるそうで、他の人がそれらを覗き込んでも見えるわけではない。
「じゃあ、始めるよ」
祖母のその言葉で先ほどの和やかな団らんはまるで嘘のように、この場が清らかな空気でぴんと張り詰める。
きっと何も知らない人でも、目の前の人物が並外れた優秀な占い師だとを肌で感じるられるだろう。私も修練すればいつか祖母のようになれるだろうか。
ドキドキしながら祖母を見つめていると、表情がみるみる内に険しくなって行くのが目に入り、今度は別の意味で鼓動が早くなる。カードと違ってその結果を読み解くこともできない私は不安に襲われる。
相談者はこんな気持ちだったのかと、その身になってようやく気付く。
……それにしても、もしかして悪い結果なのだろうか。
目の前の占い師は、本来なら王宮専属占術師の座に誰よりも近かった人物だ。私よりはるかに大きな能力と自信、それに何よりも人生の数だけ多くの経験を重ねてきている。そんな人物から出された結果に抗うのは難しいものとなるだろう。
冷たい汗が流れる。
「お、お祖母ちゃん?」
厳しい表情を浮かべる祖母に堪らず声をかけると、我に返ったように私の顔を見た。こんな祖母を見るのは初めてだ。
「あ。いや、悪いね。やはり孫だからか、感情が入っちまうんだろうね。うまく占えないのさ。今日は止めておこうか」
占い師が自分のことだけは占えないとよく言われるのは、どうしても主観が入ってしまうからだ。どんな結果が出ても、自分の都合の良いように解釈してしまいたくなったり、あるいは良い結果が出るまで何度も占ったりするからだとも言われる。
占いがただ一つの真実だとしたら何度占っても同じ結果がでるはずだが、実際のところ未来への道は無数に広がっている。現時点からの可能性で一番色濃く出ている未来が結果として出るはずだが、何度も占いを繰り返すと、可能性の一つとして細い道筋も結果として出てくるのだ。そういう意味で、二度占いはタブーとされている。
祖母だって人間だ。身内の占いには心情が入って上手く占えない場合もあるだろう。でもこれは直感的に嘘だと感じた。
私は深呼吸して心を落ち着かせる。
「お祖母ちゃん。占いは決まってしまった未来じゃないでしょう? 良くない結果なら改善するよう努力だってできる。だから教えて。受け入れるわ」
「本当に知りたいのかい」
念押しされて、どきりとした。
祖母が出す結果が、もし占い師として才能は無いから辞めた方がいいというものだったらどうしたらいいのか。その時、私は諦められるのだろうか。諦めなきゃいけないのだろうか。その運命を素直に受け入れられるのだろうか。
不安に駆られるのに、それでも知りたいのはなぜだろう。ユリウスすら表情を厳しいものにしているのに、無意識に頷く自分がそこにいた。
「……うん。教えて」
「本当にいいんだね」
まるで祖母が自分自身に言い聞かせているように、再度私に確認を取ってくる。
今度は決意して頷くと祖母は表情を歪めた。
「そうか。では話そう。――これから先、お前が占い師を続けていく中で、高く大きな試練に遭遇するだろう。その試練はお前の精神さえも蝕み、やがて……心を殺すことになるかもしれない」
祖母の掠れた声と険しい表情で、ほとばしる緊張感がこちらまで伝わってくる。
大きな試練とは何か。精神を蝕み、心を殺すとは……。
どこか他人事に聞こえつつも、戸惑いを隠せない私に代わって、ユリウスがいち早く口を開いた。
「それを回避するためには?」
「なに、簡単なことさ」
え? 何だ。簡単なことなんだ。良かった。
ほっと息を吐いたのも束の間。
「占い師の道を諦めりゃいい」
「――っ!」
私にとって辛い現実をいとも容易く口にする祖母の言葉が信じられず、目を見開いて固まった。
「カミーラ様、それは回避ではなく逃避です」
「そうだね」
言葉を失う私に代わり、取りなしてくれるユリウスに最初の衝撃から立ち直る。私は祖母を強い瞳で見据えた。
「でもお祖母ちゃん。それは私が乗り越えればいい話でしょう?」
「お前ならそう言うと思っていたよ」
祖母は眉根を寄せたが、すぐに表情を緩めて肩をすくめると、その場も同時に緊張感から解き放たれた。
「どうだい。少しくらい分かったかい、相談者の気持ちが」
「え? あ。何だぁ。今の占い結果、私を試していただけだったの? お祖母ちゃん、役者だね。本当かと思って心臓がドキドキしたよ」
「……ああ。占い師ははったりも必要だからね」
「うん」
祖母の言わんとすることが分かった。たとえ悪い結果が出たとしても諦められない。諦めたくない。可能性が極めて低いものでも、自分の信じる道を貫きたいのだ。
相談者の心は最初から決まっている。ただ、占いで自分が正しいのだと証明してほしいだけだったんだ。それすら叶わないなら、自分の意思を汲んでくれない目の前の占い師を自分の道を阻むものとして敵意を持つしかない。
「良い結果ならいいけど、悪い結果なら受け入れたくないわ。それなら初めから占いなどしてもらわない方がいいのにね。それでも頼りたくなっちゃうんだもん。情けないなぁ」
私が力なく息を吐くと、祖母はおっとりとした優しい笑みを浮かべた。
「占いを頼る者は弱い人間だとよく言うけれどね。違うんだよ。心が弱っている人間であったり、既に自分の中で何かを決断している人間であったりするんだよ」
「え?」
「人間は誰しも常に自信満々で生きているわけじゃない。不安になったり、悩んだりするのが人間だよ。そんな弱っている時に、占いでほんの少し支えてあげるのさ。本当は他人から正しい答えを出されたいわけじゃない。自分の気持ちに共感して背中を押してくれる言葉が欲しいだけなんだよ」
そうだ。現在自分が信じているものがあるのだから、本当はそれが正しいかなんて、誰かに答えは出してほしくない。私が進む道を応援してくれさえすればいい。そういうものだ。
「でも例えば今の道を進んでいけば、その人が幸せにならないと分かっていても、その背中を押してあげることが本当に正しいの?」
その質問は祖母にとっても難しいものだったらしい。困ったように眉を下げて肩をすくめる。
「そうだねぇ。こちらは相談者にとってより良い道を示してあげるつもりでいても、それが必ずしも相談者の幸せに繋がらないっていうのは多々あるからね。だからこそ彼らの悩みをしっかりと受け止めて、心に寄り添ってあげることが大切なんだよ」
私がもっと相談者の気持ちに寄り添って苦しみを分かち合っていれば、簡単に彼女の望む未来を諦めろなどとは言えなかっただろう。私は傲慢にも上から目線で助言していただけなのかもしれない。占い師はただ導き出された答えを相談者に提示するだけではいけないのだ。
その思いを噛みしめていると、祖母は自嘲するように笑った。
「マデリーネも自分の今の受け答えを省みたら分かるだろう? それがたとえ茨の道だったとしても、自分が信じた道を歩きたいと強く決意した者に、別の楽な道を示しても素直には従わないものなんだよ。依頼者が揺るぎなく決意したならば、占い師としてはその道の中で応援してやる他無い」
「じゃあ、私の道がもし茨の道だったとしても応援してくれるのよね?」
私が言質を取るために真っ直ぐ見つめると、祖母は一瞬躊躇して私の視線から逃れるようにユリウスを見る。だが、諦めたようにため息をつくと目を伏せた。
「ああ。お前がそれを望むなら、私なりに応援させてもらうよ」
「俺も……マディを応援する」
「ありがとう! 二人とも」
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