つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第1話 鮮烈な社交界デビュー

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「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢」

 夜でも闇を跳ね返すような光をたたえた金の髪に、澄み切った青空を思わせる青い切れ長の瞳、鼻筋が通った端整な顔、育ちの良さを思わせる気品ある立ち振る舞い。
 女性なら誰しも憧れる麗しのこの国の第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下は艶と深みのある低い声で私の名を呼ぶ。そして片膝をついた殿下は私を見上げ、こう請うのだ。

「私の――」

 熱っぽく揺らぐ瞳の殿下に誰しも魅了され、息を呑むだろう。

「掃除婦となってほしい!」

 ……直後、奈落へとたたき落とされるとも知らずに。
 私の答えはもちろん。



 私がエルベルト・フォンテーヌ殿下とお初見えしたのは、十六歳の社交会デビューの日。
 うちは子爵の位を持つ貴族としては弱小で、父は肩の力を抜いて楽しみなさいと笑顔の一方、母は大物を釣り上げるのよと力拳を振り上げていた。

 初めての社交界に緊張するやら、変なテンションで舞い上がる私に対して、母から好奇心でフラフラ歩き回るな、お転婆するな、暴飲暴食するな、ただ相槌を打って微笑んでおけと、くどくどと釘を刺されたものだ。

 そんな中で宮廷に入ったわけだけれど、豪華絢爛さにくらくらと目眩がした。貴族とは名ばかりのうちとはもちろん大違いだ。

 もし我が家にあるのならば、タペストリーのごとく壁に飾っておくであろう程の高級そうな絨毯から、芸術性が高すぎてちょっと理解できない絵画の数々、もし割ったら首の一つは持って行かれそうな大きな壺、人生で見たこともないような豪華な料理、それに添えられているぴかぴかに磨かれた銀食器。

 下手に動いて何かを傷つけようものなら、末代まで借金生活に陥るのは間違いない。だから母の言いつけを忠実に守り、男性から声をかけられるまではまさに壁の花、何なら空気と一体化した状態で大人しくしていた。
 社交界デビューの年で、早々にボロ――それなりに自覚はある――が出てはまずいとも思ったからだ。私だって見目良く財産家の高位の爵位持ちとのラブロマンスを少しくらいは夢見る乙女なのだから。

 だから決して。
 決して私が失態を犯したわけではない。それはここにしっかりと明記しておきましょう。

 慣れぬ大仰なドレスで派手にすっ転んだわけでも、大口開けて料理をかきこんだわけでも、ピンヒールで男性の足をぐりぐりと踏みつけたわけでもない。ひたすらおしとやかに、そう、頑強な岩のごとく微動だにせず、枯れて色あせた花のようにしおらしくしていた。

 唯一私がした事と言えば、恒例行事になっているらしい王家へのご挨拶のみだ。

 何のことはない、参加者が主催者である王家の皆様にお招きいただきありがとうございますと、爵位の高い順番からご挨拶するのみ。
 中には私と同じく社交界デビューしたての同年代の令嬢が、今か今かとウキウキした様子で待ちわびている者もいた。

 私はそこまでの度胸はなくて、緊張していたことは否めない。一応貴族とは言えど、殿下のご尊顔を間近で初めて拝見するために緊張で笑顔が引きつっていたかもしれない。喉がカラカラで少しばかり言葉に詰まったかもしれない。
 だとしても、ただそれだけだ。それだけなのに。デビューしたばかりで、緊張ガチガチの何の変哲も無いたかだか小娘に対して。

「――っ。近寄るな!」

 直前まで貼り付けたような笑顔だった殿下が、化け物でも見たかのような形相に変えて手で振り払い、私の挨拶を激しく拒絶したのだ。

 ぽかんとした。今、何が起こったのかと、呆気に取られた。
 どう思い返してみても、殿下に対して何ら無礼な真似も失態も見せてはいなかったのだから。むしろ、まだまともに互いの目すら合わせていない状態であり……。

 辺りはしんと静まり返り、視線が私たちに集中する。
 その状況に気付いて我に返ったらしい殿下ははっと表情を変えた。

「す、すまない。今日は体調が優れず……。少し失礼させていただく」

 それだけ残すと当の本人はさっさと舞台を立ち去り、茫然とした私と好奇な目をした野次馬たちだけが残される。
 しかし、国王様がすぐさま場を取り繕って何事もなかったかのように行事は続行された。

 めでたしめでたし。

 ……とはいかず、私の周りからは潮を引くように人がいなくなり、男性も女性も何かを口にしながら遠巻きで見つめてくるばかり。

 うん。
 何が起こったかは分からないけれど、少なくとも容姿端麗の上級貴族様との大恋愛という野望ロマンスが潰えたことだけは、まあ……分かりましたよね、普通に。
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