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第13話 ピンチとチャンスは紙一重
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「いやー。さっきの君の演説さ、格好良かったよ!」
「わたくしも思わず聞き惚れてしまいましたわ」
「俺はさ、皆と騒いで目茶苦茶楽しかった。何て言うか、お澄ましした人間ばかりだと思っていたから正直、息苦しかったんだ」
「分っかるー! 私もよ! それにあなた、花にも蛇にも全然動揺していなかったわよね! 強すぎるぅぅ! ――スキッ!」
休み時間に入ると朝、教室へ入ったばかりの時の態度とは違い、次々とクラスメートに声をかけられた。
やはり皆、同じ気持ちでいたのだとあらためて思う。そして一種の賭けではあったが、さっきの出来事が良い方向に向いてくれたようだ。あの演説に共感してくれたほとんどの人は味方についてくれた。これで特定のグループ以外は嫌がらせをしてくることはないだろう。
私は続々と現れるクラスメートに応対していたけれど、最後にマリエル嬢がおずおずした様子で近寄ってきた。
「ロザンヌ様……。ごめんなさい。わたくし」
安全圏になってから戻って来ることに申し訳なさを感じているようだ。
私は彼女の言葉を遮る。
「マリエル様、何を謝ることがあるの? わたくしが離れるようお願いしたのだからあなたに何も非はないわ。それにね、確かに教室の空気は変わったとは思うけれど、まだ終わったわけではないですの」
こちらを悔しそうに睨んで来る輩がいるから、まだまだ油断はできない。
「え?」
「だからもう少しだけ離れておいていただけると嬉しいわ」
「それはいつまで?」
「そうねぇ」
殿下からのお召しの通達があればすぐに解決できるのだろうけれど。――いや、無能な殿下を当てにしないで、自分で対処しよう。
「できるだけ早く済ませますわ」
「さてと」
次は移動教室ね。なぜか教室の出入り口からちらちらと私の席を見ていたけれど、さっきの事で皆の目が私に向いている状態だからあの人たちも早々に動けないはず。それに自分の家の爵位が彼女らと同等であれば注意をしてくれる……ことを期待しよう。
私は腕に教科書を抱いて廊下を移動していると、ふと廊下の窓に目が移った。
そこには私の姿しか映ってはいない。けれど殿下の目には私の肩に黒い獣の姿が映っているらしい。これまでの人生で不思議に思った事柄と言えば、特別何もしたことがないのに動物が私を恐れることだけ。それ以外はごく普通の生活をしてきた。実際、家族も周りの人たちも私に対して何も気付いている様子はない。祖先や親族にそういった類いの人がいると聞いたこともない。
殿下の言葉を疑うわけではないけれど、本当に獣とやらが側に憑いていて、いずれ私の命を狙うつもりで今か今かと爪を研いでいるのだろうか。見えない私にそれを確かめる術は無い。
私はため息をつく。
今考えても仕方がないことだ。ただ、殿下のおっしゃる通り、影を消すことができる私と影が取り憑く殿下と出会ったことは何かの巡り合わせだったのかもしれない。王宮には歴史書も文献も揃っているというから、私も調査させてもらおう。
そう考え直して私はまた歩みを進めたのだけれど、再び窓に目をやって足を止めた。
横では所作の綺麗な上級生が、足を止めた私を軽やかに抜かして歩いて行く。
艶のある美しい髪、綺麗に施された化粧、さり気なく身につけている上質な装飾品や持ち物から推測するに、おそらく上級貴族、侯爵以上なのだろうと思う。漂う風格が普通と違う。ふんだんに満たされた、洗練された環境の中で磨き続けられているのだろう。本物は本物によってのみ磨かれるというが、まさにそれだ。
ぼんやり考えながら私はまた止めていた足を進めると。
バシャッ!
派手な水音が前方で聞こえた。
「きゃあああっ!? ――何!? いきなり何なの、この無礼者っ! 私を誰と知ってのこと!? 事と次第によってはただで済まさないわよ。覚悟するのね!」
水も滴るいい女になった先ほどの上級生が肩を怒らせて、青くなって震える私のクラスメートに向かって怒鳴り散らしている。
私は彼女らを横目に、水浸しになった廊下を滑らないように気を付けて移動教室へと足早に向かった。
「わたくしも思わず聞き惚れてしまいましたわ」
「俺はさ、皆と騒いで目茶苦茶楽しかった。何て言うか、お澄ましした人間ばかりだと思っていたから正直、息苦しかったんだ」
「分っかるー! 私もよ! それにあなた、花にも蛇にも全然動揺していなかったわよね! 強すぎるぅぅ! ――スキッ!」
休み時間に入ると朝、教室へ入ったばかりの時の態度とは違い、次々とクラスメートに声をかけられた。
やはり皆、同じ気持ちでいたのだとあらためて思う。そして一種の賭けではあったが、さっきの出来事が良い方向に向いてくれたようだ。あの演説に共感してくれたほとんどの人は味方についてくれた。これで特定のグループ以外は嫌がらせをしてくることはないだろう。
私は続々と現れるクラスメートに応対していたけれど、最後にマリエル嬢がおずおずした様子で近寄ってきた。
「ロザンヌ様……。ごめんなさい。わたくし」
安全圏になってから戻って来ることに申し訳なさを感じているようだ。
私は彼女の言葉を遮る。
「マリエル様、何を謝ることがあるの? わたくしが離れるようお願いしたのだからあなたに何も非はないわ。それにね、確かに教室の空気は変わったとは思うけれど、まだ終わったわけではないですの」
こちらを悔しそうに睨んで来る輩がいるから、まだまだ油断はできない。
「え?」
「だからもう少しだけ離れておいていただけると嬉しいわ」
「それはいつまで?」
「そうねぇ」
殿下からのお召しの通達があればすぐに解決できるのだろうけれど。――いや、無能な殿下を当てにしないで、自分で対処しよう。
「できるだけ早く済ませますわ」
「さてと」
次は移動教室ね。なぜか教室の出入り口からちらちらと私の席を見ていたけれど、さっきの事で皆の目が私に向いている状態だからあの人たちも早々に動けないはず。それに自分の家の爵位が彼女らと同等であれば注意をしてくれる……ことを期待しよう。
私は腕に教科書を抱いて廊下を移動していると、ふと廊下の窓に目が移った。
そこには私の姿しか映ってはいない。けれど殿下の目には私の肩に黒い獣の姿が映っているらしい。これまでの人生で不思議に思った事柄と言えば、特別何もしたことがないのに動物が私を恐れることだけ。それ以外はごく普通の生活をしてきた。実際、家族も周りの人たちも私に対して何も気付いている様子はない。祖先や親族にそういった類いの人がいると聞いたこともない。
殿下の言葉を疑うわけではないけれど、本当に獣とやらが側に憑いていて、いずれ私の命を狙うつもりで今か今かと爪を研いでいるのだろうか。見えない私にそれを確かめる術は無い。
私はため息をつく。
今考えても仕方がないことだ。ただ、殿下のおっしゃる通り、影を消すことができる私と影が取り憑く殿下と出会ったことは何かの巡り合わせだったのかもしれない。王宮には歴史書も文献も揃っているというから、私も調査させてもらおう。
そう考え直して私はまた歩みを進めたのだけれど、再び窓に目をやって足を止めた。
横では所作の綺麗な上級生が、足を止めた私を軽やかに抜かして歩いて行く。
艶のある美しい髪、綺麗に施された化粧、さり気なく身につけている上質な装飾品や持ち物から推測するに、おそらく上級貴族、侯爵以上なのだろうと思う。漂う風格が普通と違う。ふんだんに満たされた、洗練された環境の中で磨き続けられているのだろう。本物は本物によってのみ磨かれるというが、まさにそれだ。
ぼんやり考えながら私はまた止めていた足を進めると。
バシャッ!
派手な水音が前方で聞こえた。
「きゃあああっ!? ――何!? いきなり何なの、この無礼者っ! 私を誰と知ってのこと!? 事と次第によってはただで済まさないわよ。覚悟するのね!」
水も滴るいい女になった先ほどの上級生が肩を怒らせて、青くなって震える私のクラスメートに向かって怒鳴り散らしている。
私は彼女らを横目に、水浸しになった廊下を滑らないように気を付けて移動教室へと足早に向かった。
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