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第229話 エルベルト殿下の恋愛観(前)

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「殿下、お顔の色が。もしかして影でしょうか」
「ああ。だが、心配ない」

 執務室に入ってきたジェラルドに声をかけられて私は頷いた。

「お顔の色は悪いのですが、ご機嫌はよろしいようですね。ロザンヌ様のおかげでしょうか」
「……は?」

 いつもの穏やかな笑みを見せるジェラルド。
 ジェラルドにはロザンヌ嬢と想いを告げ合いあったとは伝えていないが、どこまで気付いているのだろうか。
 ロザンヌ嬢はもちろんのこと、彼女の侍女、ユリア・ラドロが伝えたとも到底思えない。勘がいいこの男のことだ。ロザンヌ嬢と接して察したのかもしれない。

 ジェラルド・コンスタントという人物は、騎士官長に就いてもう五年ぐらいは経つかと思うが、もともと優秀で信頼できる者ではあったものの、私とはどこか一線を引いた男だった。
 それは実直な性格ゆえだということは分かっている。

 しかしその男が今ではどうだ。人の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、明らかにからかいを含んでいる。
 確かに私の、王家の秘密を打ち明けたことによるものもあるだろうが、それ以上にロザンヌ嬢が王宮に来てから影響を受けた部分が大きいのだろうと思う。

 悪い意味で感情豊かになった。いや、良い意味なのか?
 どちらにしろ、こちらとしても迎え撃つことにしよう。
 私は唇を薄く横に引いてみせた。

「そう言えばジェラルド。先日、君の父君コンスタント伯爵殿にたまたま出会った時、ジェラルドにそろそろ本気で婚約者選びをするよう私からも進言してくれと、申されていたぞ」

 ジェラルドは可笑しいぐらいに、すとんと笑みを落とした。
 こちらとしては反撃の成果が現れて大満足だ。

「申し訳ありません。父が内々の話で殿下にまでご迷惑を。私は自分の結婚相手は自分で決めるので、干渉も急かすこともしないでほしいと何度も申しているのですが」
「まあ、伯爵殿の気持ちは分かる」

 私は偉そうに腕を組んでみる。

「君も確か二十五歳だろう? 結婚相手とは言わないが、恋人ぐらい作ってもおかしくない年齢だ。私に長時間付き合ってもらって君の時間を奪っていることを申し訳なく思っているし、君が婚約者探しをしたいというのならばもちろん協力する」
「いえ。お気持ちだけで。私は今の職務に誇りを持っておりますので。殿下にまで気にかけていただいて、ありがとうございます」

 またジェラルドは笑みを浮かべるので、私は思わず目を細めて彼を見た。

「まさか仕事が恋人だなどと言うわけではないだろうな」
「いいえ。そんなことは。私も一人の男です」
「ならば誰か心思う者がいるのか?」

 ロザンヌ嬢の侍女、ユリア・ラドロを気にかけているのは知っているが、それが恋愛感情なのか何なのか、私には知るよしもない。ただ、このように尋ねたところで答えが返って来ることはないということだけは分かっている。
 だが。

「はい。おります。相手の方にも好きだと言っていただきました」

 と笑顔で返ってきたものだからびっくりして腕を解き、身を乗り出してしまった。

「え、あ、ジェ、ジェラルドには恋人がいたのか?」

 初耳だぞ。
 動揺して少々声が裏返ってしまう。
 すると今度は苦笑で返ってきた。

「いいえ。残念ながら。彼女の好きと私の好きでは種類が違うのです」
「種類」
「はい。殿下は好きの種類の違いは何だと思われますか。信頼の延長線上にも、恋愛感情の好きはあると思われますか」

 自嘲するジェラルドに戸惑ってしまう。
 仕事上の彼でこんな姿は見たことがないからだ。――ああ、なるほど。それか。

「それだろうな。その感情。乱される感情。好きの種類を考えてしまう状況」

 恋愛感情のない好きは、無意識に好きだと自覚してそれ以上追求することはない。もちろん好きに種類があるなどと考えもしない。考えてしまった時点で、もうそれは恋愛感情へと入っているのだろう。

「信頼の延長線上に恋愛感情はあるかどうかの話だが、それはあって当然だろうと思う。想う相手への信頼無くして恋愛は成り立たないと私は考える。ただし、それがただの敬愛に変わるか、恋愛に変わるかは歩む道次第となるだろうが」
「なるほど。殿下のおっしゃる通りですね」

 頷きと共に言葉を返されてはっとする。思わず熱く語ってしまった自分が気恥ずかしい。
 動揺を隠すために攻勢に転じなければ。

「それで? ジェラルドはユリア・ラドロが好きなのか?」

 何気なさを装って放った言葉にジェラルドは目を見張る。

 勝った。
 と思った瞬間。

「はい。私は恋愛感情としてユリアさんが好きです」

 感情を隠すことのないあまりにも真っ直ぐな瞳でそう宣言され。

 負けた……。
 と思った。
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