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第265話 名付けて――
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「え? ベルモンテ侯爵が倒れた?」
ある日のジェラルドさんからのご報告に殿下は目を見張った。
私も思わず声を上げそうになったけれど、何とか耐えた。ただ、椅子を鳴らして席から立ち上がってしまってはいたが。
「はい。現在、医務室でお休みになっているそうです」
「病状は?」
「医師は疲労だろうと診断されています」
「疲労」
ただの疲労ならば、休養を取ればいずれ回復するだろうが、影に取り憑かれていたとしたら。……いたとしたら、どうなるのだろう。
私は殿下の机の前まで歩いていく。
「お話し中、失礼いたします。例えばのお話ですが、影に取り憑かれてそのまま何もしなければどうなるのですか」
「そうだな。私の場合で言うと、何もせずに回復することはなかった。悪化する一方だったな」
「つまり一度取り憑かれてしまうと、自分ではどうすることもできないのでしょうか」
殿下は机に両肘をついて手を組む。
「難しくはあるが、自力で治すこともできるかとは思う。その際、影に負けぬ気力や体力を取り戻した場合だが」
「ですが、影に取り憑かれていること自体、気力や体力が低下している時なのでは」
「ああ。だが、一般的な治療も全くの無効というわけではない。症状を軽くして体力を回復することができれば、影を自力で祓うことも可能だろう。呪いを掛けられている王族を除いてだが」
そう言えば。
ブラックウェル様の手記でも、ルイス殿下に薬を投与したことで症状が軽減したという記載があった。影が原因だとしても、薬で症状を緩和することは有効なのね。
「君はベルモンテ侯爵が影に取り憑かれているのではと考えているのか」
「え? あ、いえ。そうでは……いえ。そう考えております」
以前お会いした時も影に取り憑かれていた。その可能性は高い。
「殿下はベルモンテ侯爵様のお見舞いに訪れるのですか」
「そうだな。そのつもりだ」
「もしベルモンテ侯爵様が影に憑かれている場合、殿下に取り憑いてしまいます。倒れられているぐらいですよ。小さなものではないと推測されます」
殿下が取り憑かれたとしたら、その場で瞬時に倒れてしまうだろう。けれど、あの優しいベルモンテ侯爵様がそんなことを望むはずがない。
「分かっている。しかし君を連れていくわけにもいかない」
確かに殿下と私の線を結ぶわけにはいかない。ならば殿下より先に侯爵様に会うことはできるだろうか。
私はジェラルドさんに視線を向ける。
「ジェラルド様。その医務室は使用人でも入れる場所なのでしょうか」
医務室にお世話になることはなかったから、その存在はあまり認識していなかった。けれど上級貴族と使用人用とで分けられている可能性だってある。
「いえ。その場所は国政に関わるような役職のついた臣下専用となっております」
「そうですか。それはそうです――あ」
たしか手記でエスメラルダ様を侍女姿にさせて、ルイス殿下の部屋に入った旨が書かれていた!
「わたくしは入れますね」
「え?」
殿下は眉をひそめ、ジェラルドさんは首を小さく傾げる。
「だって」
私はお二人の前でくるりと回ってスカートを広げ、少し気取ったポーズを取ってみせる。
「わたくし、侍女ですもの。病人や怪我人としては入れませんが、お世話役の侍女としてならば入れるはずです。名付けて――ブラックウェル様直伝、侍女潜入作戦!」
指を天に向かって、びしりと突きつける。
殿下はすごく嫌そうな表情を、ジェラルドさんは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「何とも不吉な作戦名だな。それはともかく影ではなく、普通の病気だった場合、君に人のお世話ができるのか?」
「自信は全くありませんが、お任せください!」
両手で拳を作ってみせると、殿下は腕を組んで目を細めた。
「自信もないのにお任せくださいとは凄いな……。尊敬する」
「ありがとう存じます」
「褒めてないない。自信の欠片も無いのに堂々とした態度を感心しているだけだ」
「はい。恐れ入ります」
このやり取りは以前のようで、何だか嬉しくなる。
にっこにこの私に殿下は苦笑いを返す。
「あー、分かった分かった。不毛な会話になりそうだ。もう止めない。だが」
殿下は笑みを消されたので、私も気持ちを改める。
「父君が倒れたんだ。クラウディア嬢が見舞いに来る可能性は高い。鉢合わせに気をつけるように」
「はい。承知いたしました。それでは早速行って参ります」
礼を取って失礼しようとしたところ。
「待て」
殿下に制止される。
まさかやはり気が変わられたのだろうか。
「何でしょうか。善は急げですよ」
「そうだな。だが、場所は知っているのか?」
「……あ。存じませんでした」
私たちのやり取りを笑顔で見守っておられたジェラルドさんに教えていただくことになった。
ある日のジェラルドさんからのご報告に殿下は目を見張った。
私も思わず声を上げそうになったけれど、何とか耐えた。ただ、椅子を鳴らして席から立ち上がってしまってはいたが。
「はい。現在、医務室でお休みになっているそうです」
「病状は?」
「医師は疲労だろうと診断されています」
「疲労」
ただの疲労ならば、休養を取ればいずれ回復するだろうが、影に取り憑かれていたとしたら。……いたとしたら、どうなるのだろう。
私は殿下の机の前まで歩いていく。
「お話し中、失礼いたします。例えばのお話ですが、影に取り憑かれてそのまま何もしなければどうなるのですか」
「そうだな。私の場合で言うと、何もせずに回復することはなかった。悪化する一方だったな」
「つまり一度取り憑かれてしまうと、自分ではどうすることもできないのでしょうか」
殿下は机に両肘をついて手を組む。
「難しくはあるが、自力で治すこともできるかとは思う。その際、影に負けぬ気力や体力を取り戻した場合だが」
「ですが、影に取り憑かれていること自体、気力や体力が低下している時なのでは」
「ああ。だが、一般的な治療も全くの無効というわけではない。症状を軽くして体力を回復することができれば、影を自力で祓うことも可能だろう。呪いを掛けられている王族を除いてだが」
そう言えば。
ブラックウェル様の手記でも、ルイス殿下に薬を投与したことで症状が軽減したという記載があった。影が原因だとしても、薬で症状を緩和することは有効なのね。
「君はベルモンテ侯爵が影に取り憑かれているのではと考えているのか」
「え? あ、いえ。そうでは……いえ。そう考えております」
以前お会いした時も影に取り憑かれていた。その可能性は高い。
「殿下はベルモンテ侯爵様のお見舞いに訪れるのですか」
「そうだな。そのつもりだ」
「もしベルモンテ侯爵様が影に憑かれている場合、殿下に取り憑いてしまいます。倒れられているぐらいですよ。小さなものではないと推測されます」
殿下が取り憑かれたとしたら、その場で瞬時に倒れてしまうだろう。けれど、あの優しいベルモンテ侯爵様がそんなことを望むはずがない。
「分かっている。しかし君を連れていくわけにもいかない」
確かに殿下と私の線を結ぶわけにはいかない。ならば殿下より先に侯爵様に会うことはできるだろうか。
私はジェラルドさんに視線を向ける。
「ジェラルド様。その医務室は使用人でも入れる場所なのでしょうか」
医務室にお世話になることはなかったから、その存在はあまり認識していなかった。けれど上級貴族と使用人用とで分けられている可能性だってある。
「いえ。その場所は国政に関わるような役職のついた臣下専用となっております」
「そうですか。それはそうです――あ」
たしか手記でエスメラルダ様を侍女姿にさせて、ルイス殿下の部屋に入った旨が書かれていた!
「わたくしは入れますね」
「え?」
殿下は眉をひそめ、ジェラルドさんは首を小さく傾げる。
「だって」
私はお二人の前でくるりと回ってスカートを広げ、少し気取ったポーズを取ってみせる。
「わたくし、侍女ですもの。病人や怪我人としては入れませんが、お世話役の侍女としてならば入れるはずです。名付けて――ブラックウェル様直伝、侍女潜入作戦!」
指を天に向かって、びしりと突きつける。
殿下はすごく嫌そうな表情を、ジェラルドさんは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「何とも不吉な作戦名だな。それはともかく影ではなく、普通の病気だった場合、君に人のお世話ができるのか?」
「自信は全くありませんが、お任せください!」
両手で拳を作ってみせると、殿下は腕を組んで目を細めた。
「自信もないのにお任せくださいとは凄いな……。尊敬する」
「ありがとう存じます」
「褒めてないない。自信の欠片も無いのに堂々とした態度を感心しているだけだ」
「はい。恐れ入ります」
このやり取りは以前のようで、何だか嬉しくなる。
にっこにこの私に殿下は苦笑いを返す。
「あー、分かった分かった。不毛な会話になりそうだ。もう止めない。だが」
殿下は笑みを消されたので、私も気持ちを改める。
「父君が倒れたんだ。クラウディア嬢が見舞いに来る可能性は高い。鉢合わせに気をつけるように」
「はい。承知いたしました。それでは早速行って参ります」
礼を取って失礼しようとしたところ。
「待て」
殿下に制止される。
まさかやはり気が変わられたのだろうか。
「何でしょうか。善は急げですよ」
「そうだな。だが、場所は知っているのか?」
「……あ。存じませんでした」
私たちのやり取りを笑顔で見守っておられたジェラルドさんに教えていただくことになった。
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