つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第296話 笑止千万

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「ですが陛下は……。殿下がここに来られたことを陛下はご存知なのでしょうか」

 殿下の独断で飛び出してきたのでは。

「それはもちろん。どうも手違いがあったようで」
「手違いですか?」
「……ああ。私が帰ってきてからのことだが」

 頭が痛そうに顔をしかめる殿下は、時間を遡って説明してくれる。


 本日の仕事と用件を済まし、ロザンヌ嬢に会いに行くべく足早に部屋へと戻る。
 早く帰りたいのに、巷で噂の甘くとろけるようなキャンディとやらを探すのに手間取ったことに少しばかり苛立ちはあったものの、無事に手にすることができた。きっとお菓子好きの彼女は満面の笑みで喜ぶだろう。

「ロザンヌ嬢」

 ロザンヌ嬢の部屋に繋がる扉をノックしたものの、返事がない。他の部屋にいるのだろうか。それとも庭にでも行っているのか。いや、しかし……。
 昨日からの彼女の態度が急に嫌な感触となって這い上がって来る。

「入るぞ。声はかけたからな」

 返事はないが、ノブに手をかける。
 了承もしていないのに勝手に入らないでくださいと抗議の声が聞こえることもなく、扉は抵抗もなくすんなりと開いた。

「どこだ、ロザンヌ嬢。いない……のか?」

 部屋に入って確認するが、彼女の姿も声も、物音一つすら聞こえてこない。
 どこが変わったかは分からない。だが生活感のなくなったような物静かな部屋に、ただただ不安だけが胸をつく。

「ロザンヌ嬢? ロザ――」

 何気なく移したテーブルに置かれた物に視線が行った時、愕然としてロザンヌ嬢の土産にと持っていた菓子が手から落ちた。
 私はテーブルに手を伸ばしてそれらを掴むと部屋を飛び出し、ジェラルドの部屋に向かう。

「ジェラルド!」
「殿下? どうなさったのですか」

 扉を激しく叩くと、ジェラルドはすぐに出てきた。
 いつにない剣幕で異変を感じただろうが、それでも彼は冷静だ。

「戻って来てからロザンヌ嬢の侍女と、ユリア・ラドロと会ったか!?」
「え?」
「ロザンヌ嬢が部屋にいない。これがテーブルに置いてあった」

 握りしめた物を見せると、彼は顔色を変えた。
 ロザンヌ嬢の胸元から外された鍵と私が彼女に贈った白いリボン。置き手紙など何一つなかったが、丁寧にたたまれたリボンは彼女が自分の意思で出て行ったことを物語っているようだった。

「すぐにユリアさんの部屋に行って確認して参ります」
「ああ。頼む。私は父の、陛下の元に行って尋ねてくる」

 ジェラルドと別れて父の執務室へと向かうと、ちょうど父の護衛官、フェリクス・モンドールが部屋の前に立っていた。

「これはエルベルト殿下」

 すぐに私に気付くと礼を取る。

「陛下はおられるか」
「はい。おられますが、それが」
「分かった。どいてくれ」

 珍しく言葉の切れが悪いフェリクスを押しのけて部屋に入ると。

「一体どういうことですの!?」

 冷たい声を上げている先客がいた。母だ。

「母上」
「あら、エルベルト! まさかあなたも承知の上なのかしら!?」

 いきなり鋭い視線と声を飛ばされて、やや怯んで息を呑む。

「私は父上に確認したいことがあって来たのです。母上はなぜここに」
「何って。ようやく全てが収まって、ウッキウキ気分でロザンヌ様をお茶に誘おうと部屋を訪ねたら、いないって言われたのよ。荷物をまとめて実家に帰ったと。だから慌ててここに来たのですよ。彼女が自分の判断で実家に戻るはずありませんからね。――それであなたは何をしに?」

 母は腕を組んで私をじとりと睨み付けてきた。
 事と次第によっては許さないという雰囲気を醸し出している。

「私が外出から戻った時には、ロザンヌ嬢は既におりませんでした。ですから事情を父上にお尋ねしようかと」
「そう。そういうこと」

 すると母の鋭い視線はそのまま父に戻った。

「では、ご説明してくださるかしら。へ・い・か!」

 ばんと机を両手で叩き、母の切れ味抜群の声にたじたじになっているこの国の王、父が口を開いた。

「ど、どうにも私は。どこで聞きつけたのか側近に助言されてだな、そうだなと思って」
「助言ですって?」
「あ、ああ。未婚の女性を王太子の婚約者が入る部屋に住まわせることは、体裁が悪いのではないかと」
「ていさいぃぃ? 誰の体裁です」

 身を乗り出し、凄みを増す母に私は思わず一歩下がった。
 父はきっと百歩ぐらい下がりたい気持ちだろう。

「い、いや。ほら。これから結婚を迎える若いご令嬢が仕事上とは言え、婚約者用の部屋にいると、王子の手垢がついていると勘違いされては彼女が困るだろうと」
「まあ、陛下。何てことをおっしゃるの!」
「す、すまな」
「手垢なんてとっくに付けているわよね、エルベルト!」

 母は私に振り返って叩きつけるように尋ねた。

 思わずぐっと言葉に詰まる。
 ここは頷いていい所……なのか? 迷う。
 だが、母の気迫に負けて頷く。

「――なっ。え、ええっ!? わ、私はむしろ功労者の彼女に傷がついてはと思っていたのに。ほ、本当にそうなのか、エルベルト!」

 真っ青になって頭を抱えている父に向かって頷く。

「はい。私は彼女と生涯を共にすることを望んでいます」
「は、初耳だぞ」
「初めて申しました」
「う、うぐっ。――はっ。では、もしかしてフィオリーナ。君が、娘を婚約者にというエルヴィン公爵からの請願を一蹴したのは」

 母は腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

「そうですよ。エルベルトに想い人がいると分かっていたからです。陛下は息子一人の気持ちも分からなかったのですか? 目の前の息子もちゃんと見て気持ちを知ろうともしないで、民の気持ちが知りたいだなんて笑止千万! 聞いて呆れますわ」
「うっ……。だ、だが、私は部屋の移動を提案しただけで、出て行けと言ったつもりはなく」

 どん底から起死回生を図ろうとする父の姿に哀れみさえ感じてきた。

「ふ、二人して何だ、その目は。本当だぞ! 実際、部屋は用意していて、何度も環境を変えさせてすまないと謝罪もした」
「へぇ。どこのお部屋に移れと?」
「それはもう、功労者だから普通の部屋と違って特別な部屋だぞ! 場所だって伝――」

 威張っていた父は言葉を切ると、視線を右上左と忙しなく移す。

「あ、れ? 伝えてな……」
「は・いっ!?」

 母から冷たい声で刺されている父。
 追い打ちをかけたくはないが、一応尋ねてみよう。

「では、馬車の貸し出しを許可した時は疑問を持たれなかったのですか?」
「や、山と積まれた書類の一つとして事務的に許可を出したように……思う」
「陛下」

 がっくりと肩を落とす父に母は打って変わって穏やかな声になる。

「ご疲労から過失が重なってしまったのですね。わたくしが間違っておりました。ご容体にも気付かず、責めたりして誠に申し訳ございませんでした」
「フィオリーナ!」

 父は嬉しそうに、がばりと顔を上げた。

「陛下にはお休みが必要ですわ。休養を取りましょう。――ああ! 何ならその流れでサクッと退位しちゃいましょうか。やだ名案!」
「ぐはっ」

 ぱちりと手を合わせた母は、とどめを刺されて机に崩れ落ちた父から私へと視線を移した。なお、その目はいまだ冷たい。

「それで? あなたはどうするつもり?」
「もちろん迎えに行きます」

 母はそこでようやく唇を横に引いて笑う。

「それでこそ我が息子。一人の女性も幸せにできないような人間に、この国を導く王の資格はありませんからね。さあ、行ってらっしゃい!」
「はい!」

 私は笑って頷くと身を翻した。
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