つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第297話 不器用に結ばれた絆

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「というわけだ。その後は、ジェラルドが既に準備してくれていた馬に飛び乗って、こちらへやって来た」
「そうでしたか」

 私が壁際に立つジェラルドさんを見ると彼はただ黙って微笑んだ。その横に立つユリアと言えば、なお不満そうな表情をしているが。

「だから……王宮に戻って来てくれないか?」
「ですが、王家の呪いも解けた今、王宮でわたくしのできることは何もありません。ユリアのことでしたら」

 ユリアの翻訳能力は王宮では必要とされているだろう。きっと戻ってきてほしいはず。

「いや。私は君に戻ってきてほしいんだ。それにこれから墓碑を建てるために森を整備していく。もし何かしたいと言ってくれるのならば、その際、慰霊に協力してもらえれば嬉しい。また、民の中にも影憑きで苦しんでいる者がいるから、彼らを救う手助けをしてもらえたらと思う」
「……あ」

 確かに私にも力になれることがある。

「あと、彼女の翻訳能力は確かに代えがたいものだが、彼女は君を傷つけた王家を許すことはないだろう。今さら都合よく願い出るつもりもない。……だから静かに睨まないでくれないか」

 最後の言葉はユリアに向けられた。

「お言葉ですが、睨んでおりません」

 ユリアがそう言うのならば、きっとそれが正しい。

「そ、そうか。ただ、ロザンヌ嬢が王宮に戻ってくれるのであれば、君も来てくれるか? その方がロザンヌ嬢も心強いだろう」
「私はロザンヌ様が望まれるのであれば、ご一緒いたします。ですが、私はロザンヌ様だけにお仕えいたします」
「それでも私はあなたに戻ってきてほしいです」

 皆の視線が一斉に一人の人物に集まる。ジェラルドさんだ。

「――っ。し、失礼いたしました」

 私たちに、何よりもユリアに間近からまじまじと見つめられて、ジェラルドさんは我に返ったようだ。もしかして無意識に口をついて出た言葉なのだろうか。
 殿下は苦笑すると、再びユリアに視線を向けた。

「私たちは君と約束したことを破るつもりはない。君の意思を尊重する。何をする、しないも君の自由だ。それでも君を迎えたい。ロザンヌ嬢のために……と言えば失礼だが」

 ユリアは殿下の真意をはかるように、ただ黙って見据える。
 答えが出たのだろうか。視線を私にやった後、ジェラルドさんを一瞥し、そして最後に殿下へと戻した。

「私には優先事項を決める権利があります」
「もちろんだ」
「私はロザンヌ様を第一と考えさせていただいています。私の優先事項はロザンヌ様です」

 ユリアは再び私を見た。

「私はロザンヌ様の笑顔を守るためならば、ロザンヌ様からのどんなご指示でも従いましょう」
「ユリア……」

 それは、生きる意味を私のためにではなく、自分のために見出してと言えば従ってくれるのだろうか。
 今すぐにではなくても、いつか。

「ただし、またロザンヌ様を傷つけて泣かせるような真似をしたら、今度こそ許しません」
「ユ、ユリア!」
「え、泣いて?」

 慌てて止めたものの、間に合わず。
 殿下にはよく泣き顔を見られている。泣き虫だと思われてしまう。

「そうか。……すまなかった」
「いえ」

 気まずさでうつむいていると、こほんと咳払いが聞こえてこっそりと顔を上げる。
 咳払いしたのは殿下のようだ。

「それで。ロザンヌ嬢は王宮に戻って来てくれる……のだろうか」

 殿下からの問いかけに私はユリアを見つめる。
 王宮での生活にすんなり馴染むことができたのはユリアがいてくれたからだ。戻るのならばユリアに付いてきてほしい。私が頼めば、彼女は一緒に来てくれるだろう。
 ……でも私の身勝手でユリアを振り回したくない気持ちもある。彼女の人生は彼女のものだ。

 すると、私の心を読んだのだろうか。ユリアはふっと微笑んだ。

「私の生きる意味は私だけが決めることができます。私だけの権利です。たとえロザンヌ様とは言え、それには何の口出しもすることはできません」

 ユリアの生きる意味は私だと言ってくれた。将来変わっていくとしても、今は私が自分の生きる意味だと言ってくれている。ならば。

「ユリア……うん。ありがとう」

 私は殿下に視線を戻すと頷く。

「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう――では」

 殿下はようやくほっと表情を緩めて微笑むと、立ち上がって胸元から何かを取り出した。

「それは」

 部屋に置いてきた紐がついたままの鍵。殿下の部屋へと繋ぐ扉の鍵。

「殿下の盾」
「ははっ。盾ね……。まあ、そうか。色気がなくて悪いな。首にかけていいか?」

 殿下は苦笑いした後、伺いを立ててきたので、私はその意味を重く受け止め頷いた。

「はい。殿下のお命、確かに頂戴いたします」
「……いや。うん。だから預けただけだからな。勝手に頂戴してくれるな」

 引きつり笑いをしつつ殿下は私の首に鍵をかけた。
 一度は外した鍵がその日の内に戻ってきて、何ともくすぐったい。
 すると殿下はまた何かを取り出した。今度は――リボンだ。

「うまく付けられるか分からないが」

 どうやら殿下が付けてくれるようだ。私はお言葉に甘えて後ろを向く。
 何やら一生懸命、付けてくれているようだ。

「――よし。できた」
「ありがとうございます。どう? ユリア」

 自分では見られないからユリアに尋ねた。

「下手です」
「はっきり言うな……。もう少し言葉を濁してだな」
「言葉を精一杯濁しております」

 苦笑いする殿下に、ユリアがしらっとした表情で答えるのが何とも可笑しい。

「それでか!」

 二人のやり取りに私は笑いがこみ上げて我慢できずに吹き出すと、ジェラルドさんもつられたように笑った。
 私たち二人が笑い出すと、殿下も諦めたように相好を崩す。

「殿下、ありがとうございます。本日はこのままでいます」

 不器用な殿下が結んでくれた絆を自分からまた解きたくないから。
 私は髪に付いたリボンにそっと触れた。
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