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苦難の部活選び

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めでたく王林高等学校(偏差値50)に入学した私、上村純一は今後自分の一生を決めるであろう岐路に立たされていた。
 それは部活選びだ。
 盲点だった……高校受験を終えた私にとって自分の一生を決める出来事は大学受験くらいのものだろうと安心しきっていた。
 まさか、こんなすぐに訪れるとは。
 こう言うと部活とは自分の一生を決める出来事ではなく自分の高校生活を決める出来事ではないのかと喜々として揚げ足を取る奴が出てきそうなので先に言っておく。
 そんな事、私が知るか!
 私にとって大変な事だというのが伝わればそれでいいじゃないか。
 さてと、話しを戻そう。
 私にとって部活選びの絶対に譲れない条件が2つある。
 1つは出来るだけ体を使わない事。
 もう1つは程々の熱量で活動しているところだ。
 人によっては情けない、これだから最近の若者は……と言うかもしれない。
 しかし、これにはちゃんと理由がある。
 あれは私がまだピッチピチの中学1年生だった頃だ。

 当時の私にとって部活選びの条件は今と全く違っていた。
 その条件はたった1つ。
 いかに女の子にキャーキャー言われるかだ。
 そして私の中のキャーキャー部活は3つ存在する。
 野球部、サッカー部、バスケットボール部だ。
 この3部活は欠かせない。
 3種の神器と同じくらい欠かす事が出来ない。
 そして考えた結果、野球部とサッカー部は私の候補から外れることになった。
 理由は1つ。
 日焼けしたくないからだ。
 というわけで私はバスケットボール部に入部することにした。
 体育館のコートの中、一瞬の内に相手のボールを奪い華麗なドリブル捌きで相手を蹴散らし一気にレイアップシュートを決める。
 そして聞こえてくるのは女の子達の歓声。
 いい……すごくいいぞ!
 しかし現実はそう甘くはなかった。
 1年生は体育館に入ることを禁止されていたのだ。
 私はひたすら外周、筋トレをさせられた。
 しかし、私は耐えた。
 ひたすら耐えた。
 耐えて耐えて耐え続けた。
 2年生にさえなればコートの中で活躍し女の子の歓声を浴びる事が出来ると信じて……
 そして2年生になった。
 私は喜びと期待で胸が膨らんだ。
 これで……これで私の我慢が報われる。
 しかし、現実は甘くなかった。
 やっと体育館で練習出来るようになったのはいいものの、私はドリブルが出来なかった。
 他のメンバーはどんどん回数を重ねていくのに対し、私は1、2回ドリブルをしてはポロリ、1、2回ドリブルしてはポロリの連続だった。
 そして、私はドリブルだけでなくシュートも出来なかった。
 ドリブルが出来ないからレイアップは出来ないし、ジャンプシュートも投げたボールがゴールのリングに当たり虚しく跳ね返ってくるだけだ。
 日数が経つ毎に他のメンバーはメキメキと上達し試合にも出るようになった。
 そして私は、日数が経つ毎にボール磨き、水汲み、などありとあらゆる雑用が出来るようになっていた。

「キャー、達也君、かっこいい!」
 女どもの歓声が聞こえる。
 メンバーの池上達也がシュートを決めたらしい。
 もうこの部活は辞めよう。観客席の女どもに向かって手を振る池上達也を見ながら私はそう決心した。
「あの……先生」
「なんや?」
 顧問の三白眼が私を睨み付ける。
 坊主頭で図体がでかく教師というよりもヤクザですと言われた方が納得できる風貌の顧問に睨み付けられた私は思わずたじろいでしまった。
 しかし、ここで引くわけにはいかない。
「お話があります。部活を……」
「まさか辞めるっていうんじゃないだろうな?」
「えっ? いや……その」
 出鼻を挫かれた私は思わずおろおろしてしまった。
「おい、上条。お前、今がどういう時期か分かっとるんやろうな?」
「ど……どういう時期? えーと……」
「大会の時期やろうが! こんな時にチーム全体の士気が下がるような事すな!」
 顧問の檄が飛んだ。
 怖い、怖すぎる……
 あまりの怖さにおしっこを漏らしそうだ。
「それに俺は最初の頃に言ったよな? このチームで一番を目指したいって」
 顧問はさっきの鬼のような形相から一転、仏様のような慈愛に満ちた顔になった。
「みんなで優勝したいんや。頼む。上条。力を貸してくれ! お前がいないチームで優勝しても何の意味もないんや!」
 そうだったのか!
 私はチームから必要とされている人間だったのか!
「分かりました! 私も精一杯頑張ります!」
「おう、頼んだ」
 私は頭を下げ職員室を後にした。
 今思えばあれは顧問なりの作戦だったのだろう。
 飴と鞭を同時に与える。
 そうすることで相手を自分の思うようにコントロールする。
 後日、テレビでやっていた心理学の番組でその事を知った私だったが時すでに遅しであった。

 そして時が経ち我がバスケットボール部は全国ベスト8まで進出する事が出来た。
 これが最後の試合となる我がメンバー達は泣いて喜んだ。
 私も嬉しかった。
 3年間、あらゆる雑用をこなしてきた甲斐があるというものだ。
 そして、私が今まで試合に出た回数は0だった。
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