召喚士の冥府魔道 〜悪魔を呼び出した召喚士、復讐するための力を得る〜

ぼうよみのしおん

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001 「ほんと、私だけの主役にしてしまいたい」

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 燃え盛る炎のなか、息苦しさと皮膚をむしばむ火傷の痛みに喘ぎながら、壊滅していく村を彷徨っていた。


 つい昨日までは、何事もなく平穏な日々がつづいていた。
 病弱な体に鞭打って、体力をつけるために外へ出て。
 いつものように同年代の子供たちに「女顔」やら「ガイコツ」やらとからかわれ。
 みかねた幼馴染が割って入り、僕を守ってくれるのだけれど。



「わたしがいるからもう大丈夫」——純粋無垢な笑顔と手のひらを差し出されるたびに、僕は泣きそうになって。
 年の離れたお姉ちゃんが毎夜のように僕を抱きしめて、また助けられたのが辛いとくさい男心を吐露する毎日。




「シリルは、強くなりたいんだね」

「だって、女の子の影に隠れて守られているような男はカッコ悪いもん」

「そっか。でも生きるためなら必要なこともあるんじゃない? 適材適所、シリルは病弱なんだから、体を張るのとはまた違うことで女の子を守ればいいとおもうよ」

「……うぅん、たとえば?」

「シリルは将来、なにになりたいの? それによっては目指す方向性が変わるよ」



 僕の夢。
 考えたことは、何度だってある。
 ベッドのうえで半日を過ごす僕は、いつも物語の住人に憧れていた。
 手に取るのは英雄譚ばかり。勇者や冒険者といった主人公が、強大な悪をたおしてみんなを幸せにする——そんな、きれいな物語の主役。


 だから、僕は主役になりたい。
 自分ただ一人の主役ではなく、ほかの誰かに影響を及ぼせるような、憧憬に焦がれるような主役に。



「もうきみは主役だよ……っていうのは、無粋かな。——そうだね、シリルは主役になりなよ。まずはお姉ちゃんから主役の座を奪って、その次はカレンちゃんの主役になるの」

「な、なんでそこでカレンのなまえがでるの?!」

「きみの物語にカレンちゃんは必要でしょ?」

「ぼ、僕はお姉ちゃんだけで十分だよ……」



 ミスラお姉ちゃんにすり寄って、きつく抱きしめた。
 腕がちいさくてお姉ちゃんのすべてを抱きしめることはできないけれど、いつか僕は、病弱な体を脱ぎ捨てて包み込んでみせる。
 いまの僕がそうされているように、僕がミスラお姉ちゃんを支える。


 僕が抱きしめるよりつよく、お姉ちゃんの腕に力が入った。顔がお姉ちゃんの胸に押しつけられて息が苦しい。



「うれしいなあ、なんてかわいい弟なんだろう。好きだよ、好き。お姉ちゃんの自慢の弟だ……ほんと、私だけの主役にしてしまいたい」

「うん……? 最後のほうなんて言ったの?」

「うん~? 愛してるよ、って囁いたんだよ」

「み、ミスラお姉ちゃん……っ」



 掛け布団のなか、暗闇になれた目がミスラお姉ちゃんのはにかんだ笑顔を映した。



「——ふふ、大丈夫だよ。不安がることなんてない……シリルはみんなよりずっとずっとすごい男の子なんだから」



 そんな幸せな日々が、いつまでも続くと……いや、続いて欲しいと願っていたのに。
 そんなちいさな願いですら、幸せですら神様は僕から奪って行く。



「地獄の、歯車……」



 破滅へと時を刻むナニカがまわりだしたのを、僕は感じた。



「お姉ちゃん……お父さん、お母さん……カレン……どこだよ、どこにいるのッ!?」



 家にはいなかった。カレンの家はすでに燃え上がって倒壊していたけど、死んではいない。死んでは、いない。
 お姉ちゃんも、お父さんもお母さんも、カレンだって……意地悪するアイツらだって、みんな死んではいない。
 どっかに避難してるんだ。そうに違いない。



 ——なら、なぜ僕だけいつものように目を覚ました?



 ミスラお姉ちゃんの笑顔がまぶたのうらで瞬いた。
 まさか、僕は置いてかれて、いやそんなはずはないだって、そんな。



「お姉ちゃん……ッ」



 泣きそうになるのをこらえて、僕は歩きつづけた。
 やがて村長の家がみえてきて、そこだけ不自然に火の手がまわっていなかった。
 もしかしたら、お姉ちゃんが魔法で守っているのかもしれない。
 一抹の不安を消し去り、わずかに希望を握りしめて、村長の家まで歩をすすめた。



「——どいつも知らないみたいだな。まさか、老師の予言が外れたか?」

「いや、鑑定をつかえる者がいないだけでしょう。おそらく本人ですら気付いていない」

「で、あるならば直接探し出すしかないというわけだが……あらかた潰したろう。生き残っている者などいないとおもうが……ん?」

「どうかされましたか?」

「……気のせいか?」



 心臓がバクバクと早鐘をうち、呼吸がうまくできない。
 加えて、だれかが僕の口を手のひらでおおい、背後から抱きしめているせいで身動きもできず、炎上する家屋の影に身を潜めていた。
 拘束から逃れようと暴れるも、抱きしめる力はつよくなる一方で、苦悶の声が漏れた。



「索敵にも反応がない。やはり気のせいか」

「アトラ様の索敵にひっからないのでしたら、ネズミ一匹いないでしょうな」

「あるいは、俺を上回る隠蔽スキルを持つ何者かだが」

「まさか、そのような人間がいればこうも簡単に村を焼かれはしないでしょう。……いや、まさかその者が例のスキルを?」

「さあな。そればかりは見つけてみないとわからん。が、隠蔽を考慮して村を捜索しろ。手は抜くなよ、転移はそう易々と使えるものじゃない。なんの成果もなしに帰ればドヤされてしまう」

「了解。……ああ、この小娘はどうします?」



 声は聞こえない。あの男二人組が何者で、どうして村長の家から出てきたのかも、なにもかも状況はわからないけれど。
 僕は、必死に体を動かした。拘束を逃れるために——カレンを、救うために。


 ひどい暴行を受けたのか、活発で男勝りな少女の面影はどこにもなく、痣だらけになった顔と、むき出しにされた肢体が痛々しく僕の目を焼く。
 そこに生気はなく、絶望しきった表情を貼り付けながら、細長い体躯の男に髪を掴みあげられていた。



「あいにくとオマエみたいな趣向は持ち合わせていない。煮るなり焼くなり、玩具として扱うなり好きにしろ」

「小一時間、さんざん使いまわしましたからねえ。未練はもうないですし、時間もない。アトラ様のご提案通り、煮るなり焼くなり、ってヤツを試してみましょうか」



 ニヒッ、と口角を耳元までおおきく裂いて、細身の男はカレンの髪を掴んだまま、首の高さまで持ち上げた。


 やめろ、やめろ何するんだやめろ——必死に叫ぶも、言葉は届かない。手のひらの隙間からすらも声は響かず、気のせいか己の心臓の音すら今は聞こえない。


 まるで僕の周囲がみえない膜のようなもので閉ざされてしまっているかのように、音というものが遮られていた。



「……趣味が悪い。俺はさきに行くぞ」

「よく言われます。今さら性癖なんて変わりませんよ、アトラ様が葉巻を辞められないようにね——さあ人間のお嬢さん、見えますかぁ? 見えませんね、もう喋ることすらできませんか。しかし」



 ぶん、ぶん、ぶん——カレンの体がまわる。風車のように、男に勢いよく振り回されて……刹那、カレンの体が浮いた。



「あなたの——声を、聞かせてくださああああああああああああああああああああああぃぃぃイッ」

「————」



 火の海へ放り出された、ちいさな肢体。放物線を描くカレンの、濁った瞳と一瞬だけ目があって——



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ——」



 刹那、絶叫。聞いたことのないカレンの、醜くて痛々しい叫びが火の海から轟く。
 鼓膜にこびりついて離れないカレンの残響。
 必死に手を伸ばしても……届かない。助けることなんて、できやしなかった。



「アッハハハハハハハぁ、ぁぁぁあああ愛してるッ!! 愛してますよあなたをッ!! あひゃひゃひゃひゃひゃ——」



 吐き気がこみ上げてきて、涙と鼻水がとまらなくて、握りしめた拳から血が滴った。
 耳障りな嗤い声に、たとえようのない感情が渦巻いて、怒り狂いそうになる寸前で、僕の体が持ち上がった。



「——シリル、静かにしててね」

「……ッ」



 僕を押さえつけていた者は、ミスラお姉ちゃんだった。
 水色の長髪が炎に照らされて、赤く爛々と輝いていた。目にはわずかに涙をためて、僕をかかえて走っている。



「ごめんね、ごめんね。お姉ちゃんが、もっと強ければ……ッ」



 瞬く間に村を駆け抜けていき、半壊し燃えさかる僕たちの家を通りすぎたところだった。
 家屋の影から、低い唸り声とともにナニカが肉薄した。
 それは一メートルほどの体格をもった狼で、血のように赤い毛並みを有していた。



「チッ——」

「ギャ……ッ!?」



 舌打ちひとつ。襲いかかってきた狼が蹴り飛ばされ、火の中へ吸い込まれていった。
 けれど、二体、四体、六対——気がつけば十を越えた狼の群れが僕たちを取り囲むようにあらわれた。
 グルルル、と低く唸る声。
 絶体絶命な状況下において、お姉ちゃんの瞳は死んでいなかった。



「スッ——」



 息を吸ったかと思えば、目前に狼の胴体が視界いっぱいに広がった。そして鈍い音とともに道がひらかれる。
 荒々しくも洗練された蹴りが間髪入れず放たれ、こじ開けた道を疾駆する。しかし——



「窮鼠猫を噛むとは言い得て妙だな」



 お姉ちゃんの疾走を阻んだのは、黒髪黒目の青年だった。
 端正に整えられた顔立ちは柔和の影もなく、一目で冷徹な男だと理解させられた。
 右眼から顎まで刻まれた青白い蛇の刺繍は、〝魔族アスター〟の証明。


 僕は息を呑んで、しかしキッと男を睨みつけた。
 残虐非道、血も涙もない人類の敵である魔族アスターが眼前にいるという恐怖よりも、怒りと憎しみが優った。
 なぜなら、この男こそ、村長の家のまえにいた二人組の一人に他ならない。



「まるで気配がない。目にしているというのに、そこにいない。幻を相手にしているかのようだ。——そうとう熟練度を上げているようだな。華やかな見た目とは違い、陰気なことだ」

「……シリル。お姉ちゃんの言うこと、聞ける?」



 男の問いには答えず、しかし油断なく魔族を見据えたお姉ちゃんは、言葉だけを僕に投げかけた。



「この先の森にある一番でかい木のこと、覚えてるかな。ほら、むかしお姉ちゃんと一緒に登った、あの巨大樹」



 こんな状況だというのに、何事もないかのように、寝る前に語り聞かせてくれるおとぎばなしを囁くようなやさしい声音でお姉ちゃんは続けた。



「あの木のしたにね、お姉ちゃんからのプレゼントがあるから。ほんとうはもっと大人になってから渡すつもりだったんだけど、ごめんね。ちょっと無理そう」

「おねえ……ちゃん? なにを、言ってるの……?」

「キミはもっとずっと、これから強くなる。キミにはステキな才能が眠ってる。だから大丈夫、安心して。——シリルはね、私の主役なんだから」



 だから……だから?
 そんなこと、今はなんも関係ないしプレゼントなら直接僕に渡してよ。
 そんなこと……まるで、これから二度と会えないような言い方は、しないでよ。



「そんな顔、しないでよ」

「ミスラお姉ちゃん……やだよ、ダメだよ、これからもずっと僕のそばに——」



 言葉は、最後まで続かなかった。
 稲妻のような〝黒〟が肉薄するのと同時に、僕の体は宙を浮いた。刹那、轟音が空気を震わせて、衝撃が僕の体を地面に叩きつけた。



「ガハッ——ぁ?」



 痛くない。地面に体当たりした衝撃に襲われたものの、痛みはまったくなかった。
 それどころか、バウンドした僕の体が何かに包まれたかのように態勢を整え、両足で着地に成功していた。



「シリル——好きだよ」



 振り返った僕の顔面に暴風が吹き付け、抗うこともできず体が再び宙を舞った。
 目を開けることも、息を吸うこともゆるされず、約三十秒ほど風に流されていき……気がつけば、目の前にはあの巨大樹が屹立していた。


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