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連載
始末?⑧
注意必要な表現あります
首都である闇ギルドに手入れがあった翌日。
ナージサ侯爵家夫妻は、再び宰相に呼び出された。
もうすぐでマーファで行われる、フェリアレーナ王女と、ハルスフォン伯爵嫡男セザールとの結婚式に出席準備で慌ただしい時に、だ。
呼び出される理由は、まさかと思うが末娘バレンティナの対応かと思われた。自由に出来ないように、僅かな金しか渡していない。貴族籍のカードも止めている。これでなにも出来ないはず。ナージサ侯爵夫妻は、最近多忙で、そのバレンティナと向き合っていない。朝は夫妻が出勤した後にバレンティナが起きる。夕食は夫妻が帰る前にさっさとバレンティナが済ませてしまうので、顔を会わせない。当主は仕事で、夫人は経営しているサロンを結婚式で空ける為に、その間不測の事態がないように夜遅くまで働いている。
バレンティナはナージサ経営のサロン以外には外出していないから、問題は起こしていないはずだが。
呼び出された宰相の執務室に、何故か赤騎士団准将のオスヴァルト・ウルガーまでいた。
対面のソファーに座る宰相ワゼィールが、無表情だ。
「ナージサ侯爵、昨日、ある闇ギルドに手入れが入った事は?」
「は、はい。ウルガー准将が大活躍だったと」
そう聞いた。何故、それを聞かれるか分からないが、社交辞令も含めて答える。
「准将、例のものを」
「はっ」
ウルガー准将が、白いハンカチをテーブルに置く。何か包んでいるようだ。
妙な不安が沸き上がる中で、ハンカチがワゼィールの手により開かれる。
そこには、片方のイヤリング。大粒のダイヤモンドが付いたイヤリング。
「こ、これはっ」
それを見て、ナージサ侯爵夫妻は狼狽する。
「昨日、手入れが入った闇ギルドが持っていた」
「な、なんと、いつ我が家に侵入して盗んだのか……………」
ナージサ侯爵当主がイヤリングを食いつくように言うが、ワゼィールは首を振る。
「これは、ある依頼の前金として受け取った、と。申しているが」
「まさかっ、その様な者の言葉を信じるのですかっ、宰相ともあろうものがっ」
当主は宰相に対しても声を荒げる。
このダイヤモンドのイヤリングは、ナージサ侯爵夫人で代々引き継がれているものだ。現在夫人が保有し、次に継承するのは嫡男の妻だ。
宰相が言っているのは、手入れが入るような闇ギルドに、代々引き継がれているイヤリングを使い、侯爵家がなにやら依頼した、と言うことだ。
あってはならない、醜聞だ。
絶対にあってはならない。認めてはならない。
否定しなければならないが、まったくもって身に覚えがない事だ。
ワゼィールが、ふん、と息をつく。
「我々が確証もなく話しているとでも? 全て、ナージサ侯爵令嬢による暴走だと分かっているのだぞ。泳がせていたが、貴殿達にもそれに気づかせるチャンスはやったはず」
「チャンス?」
何の事だか分からない夫妻。
しばらく考えて、夫人が、あ、と声を上げる。
メイドの1人が、バレンティナの事で相談したい、と何度も夫妻に面会を求めていた。だが、色々忙しかったし、自由にさせないように資金に制限をしていたので、金の無心だと思い無視を続けた。数日前にとうとうメイド長から、そのメイドの話を聞いてもらえないかとあったが、それでも無視した。関わりを持たなければ、どうせ、バレンティナは何も出来ない、とたかをくくっていた。
「まさか、そのメイドが?」
「そのメイドから何とか聞き出そうとした。バレンティナ嬢が何をしようとしているか、な。メイドはバレンティナ嬢に忠義があったのか、話してくれなかった。メイドは話すとしたら、ナージサ侯爵夫妻だけだと、ね。そのメイドが話さなくても、別の経路で情報は得ていた。あるテイマー女性を強姦できなければ、その両親の殺害依頼を闇ギルドに依頼した。相手が平民だからと言って決して許されることではないのは、当然に分かっているはず」
ふら、と夫人が崩れる。
「だ、だが、証拠はない、証拠はないはず」
当主はふらついた夫人を支える。
「証拠はこのイヤリングだ。これには台座に侯爵の紋章が刻まれ、これだけのサイズのダイヤモンドを使用し、この世に2つとない一品。イヤリングであるなら対であるはず。これを持ち出せるのは限られている。もう片方はどこにあるだろうな?」
ワゼィールはイヤリングを持ち上げる。
「バレンティナ嬢が自分の部屋に隠し持っている。今から手入れにはいろうか? たとえ侯爵だろうが容赦しないぞ。これで片方が出てきたら、どうするつもりだ? もちろん、どこに隠してあるかも把握している。因みに、メイドは何一つしゃべらなかったぞ」
イヤリングをハンカチの上に戻す。
「バレンティナ嬢が暴走したおかげで、今まで尻尾を掴ませなかった闇ギルドを壊滅させることが出来た。そして、芋づる式でいろんな事が分かって来ている。殺人、脅迫、暴行、窃盗、人身売買、上げればキリがない。こちらも手入れのために、情報をわざと貴殿達に教えず泳がせていた手前がある、最後の判断をさせてやる」
当主は真っ青になった夫人の肩を抱いて考える。ナージサ侯爵は関係ない、それを押し通すには無理が出てきた。今頃になって、何故メイドの話を無視したのか、悔やまれる。夫妻は、バレンティナを腫れ物のように思い、関わるのを面倒だからと後回しにした結果だ。
ナージサ侯爵夫妻には子供は4人。嫡男は優秀な伴侶として子爵令嬢と結婚し、すでに2人の娘がいる。バレンティナの姉2人はそれぞれ家柄もよく、優秀な貴族に嫁ぎ、それぞれに子供がいる。バレンティナの事がバレたら、タダでは済まない。
ユリアレーナでも、古く歴史があり、中にはエレオノーラのように王室に嫁いだ令嬢を輩出した侯爵家。
今回の事で、タダでは済まない。ナージサ侯爵家が。
「ワゼィール様、本日、これで失礼させてください。我々も、心の準備と覚悟の時間を」
「マーファに出発するまでがリミットだ」
冷たく言われて、夫妻は逃げるように執務室を出た。
そして、馬車を飛ばして屋敷に戻った。バレンティナは自室でだらだらワインを煽っていた。突然入ってきた両親に驚いた、何より本棚からあっという間にイヤリングを見つけられた。
「バレンティナッ、このイヤリングはどうしたっ」
父親が責めるが、バレンティナはどこ吹く風だ。
「たかがイヤリングでしょう? 私が持っていてもおかしくないわ」
「これは代々侯爵家を継ぐ夫人が継承しているのよっ。今は私が継承し、次はベータ様にっ」
ベータは、嫡男の妻の名前だ。
「ふっざけないでよっ」
母親の叱責に、バレンティナは倍の怒声で返す。
「あんな子爵にこのダイヤモンドは不相応だと、どうして分からないわけっ。これは高貴な侯爵家が身につけてこそ意味があるのよっ。私には資格がある、だけど、あの子爵風情にはあってはならないのよっ。だから、私が持ってやってるのよっ」
上から目線、固まった貴族、爵位至上主義。バレンティナはがちがちに固まっていた。
バレンティナの目は常軌を逸していた。それを見て、もう、矯正不能だと思ったが、最後まで望みを捨てられない。
「バレンティナ、私達に言うことは?」
「ふん」
声を落とした当主に、バレンティナは鼻で嗤う。
「今まで私を完全無視したくせに、今更何よ? 話すことなんて何もないわっ、出てって、出てってッ」
金切り声を上げるバレンティナに押し出される前に、当主はどうしても確認しなくてはならなかった。
「人殺しを闇ギルドに依頼したことは?」
「ふーん、知らないわよ。だけど、はいて捨てる程の平民がそうなるのは日常茶飯事でしょう? いちいち気にしてられないわ。ふん、1匹、2匹いなくなっても、どうせバカみたいに沸いてでるでしょ」
あまりにも、命を軽んじ、傲慢な貴族至上主義の塊の発言に、両親が絶句した。ユリアレーナは身分に対して、礼節さえ弁えれば寛容な国だ。多少に格差はあるが、逆に貴族だからだと言って平民の命をその様に簡単に奪えるものではない。初代ユリアレーナ女王アレーナの思想『命の尊きに身分は関係ない。等しく平等であるべき』。今でも脈々と受け継がれている。それは特に古く歴史と爵位のある家には。バレンティナには、それなかった。
部屋を追い出されて、夫人は崩れ落ちた。
書斎にやっとメイドを呼んだが、メイドは呆れ返っていた。モノアだ。
「旦那様、奥様、もう手遅れでしょう? あれだけ、お嬢様の事で話があると訴えたのに。私は怖い騎士団に囲まれてもお嬢様の話しはしませんでしたよ。でも、旦那様も奥様も、めんどくさいからっていつも目をそらしましたね」
モノアは息をつく。幼い頃バレンティナの兄、姉二人がよい縁組みできるようにと、それに侯爵夫妻が熱心だった。他家とのつながり、習い事に、発表会に、お茶会、夜会、婚約、大臣就任、上向きのサロンの経営、仕事仕事仕事。多忙を極めた夫妻は、少し年のはなれたバレンティナまで気が回らなかった。上の子がうまく行けば、下の子もそうなる。知らずに上手く行く、今は上の子を、上の子を、上の子を。それが積み重なり、メイド達や家庭教師にバレンティナを任せて、完全放置になるには時間はかからなかった。やっと落ち着いた頃にはバレンティナは、両親の話をまったく聞かず、減らず口ばかり。反抗期だと軽く考えて、様子を見たのがいけなかった。バレンティナにつけた家庭教師が、上の子供達のように厳選せずに爵位が高いものをつけた、他国から来た貴族至上主義とも知らず。学園での問題をもみ消したのも、いつか上の子供達のように、侯爵家としてふさわしい女性になる、ちょっと今は反抗期なだけ、ちょっと上の子供達に気をかけてしまったから、ひがんでいるだけ。いつか上の子のように自ずと上手く行くと、立派な貴族令嬢になる。だから、少しのことから目を背けても、上手くいく、時が経てば、自覚を持つ。甘く考えて、結果これだ。
「私に何かあれば、侯爵家が疑われるようになってますから」
「私達を脅迫する気かっ」
「いいえ、私は最後までお嬢様のメイドでいたいだけです。まあ、地獄まではお供しませんけど。私には養わなくてはならない家族がいますからね」
肩を竦めるモノア。
「失礼を承知でいいますけど。旦那様も奥様も、バレンティナお嬢様が小さい頃、どれだけ寂しい思いをしたか、知らないでしょう? いっつも上の坊っちゃんとお嬢様達には、あんなに手をかけていたのをバレンティナお嬢様は指をくわえて見ているしかなかったんですよ」
他人に真正面から指摘され、いいよどむ夫妻。下働きのメイドに言われ、言い返せないのは、自覚があるからだ。
当主は息を吐き出す。全て、自分達の甘さが招いた結果だ。
一度でもいい、バレンティナと正面から向き合って、取っ組み合っても間違いは間違いだと言うべきだった。
「モノア、だったな?」
「はい。旦那様」
「バレンティナがこの屋敷を出るまで、バレンティナの側に仕えてくれるか?」
「私はバレンティナ様専属ですから」
「頼む」
モノアを下げさせた後、夫妻は今後の話を詰めた。
なんとしても侯爵家を守らなくてはならない。
当主は大臣を辞職し、嫡男に家督を譲ることにした。そして、田舎の別邸に夫妻で隠居。社交界から身を引き、サロンの経営は嫡男の妻に全て委ねることになった。
宰相に報告、マーファでの結婚式の後に、バタバタと引き継ぎが全て終わったのは、吐く息が白さを纏う時期だった。
バレンティナは侯爵家より除籍し、隠居する田舎の修道院に入れることにした。嫌がるだろうが、出来るだけ面会に行こう、どんなに嫌味を言われても、罵声を浴びせられても会いに行こうと決めた。今更、遅いだろうが、それくらいしか思いつかなかった。どこかに嫁がせて問題になるよりましだ。侯爵家を守らなくてはならない。まだ幼い孫達の未来を守らなくてはならない。
本人にはギリギリまで秘密にした。夫妻はせめて最後は一緒に屋敷を出ようと思い馬車の手配をした。それまでバレンティナは屋敷に軟禁した。
出発前夜、モノアが「内緒ですよ」と、そっとバレンティナを軟禁されていた部屋から出した。
最後だからだ。
バレンティナは悪態はついたが、準備された風呂に気をよくした。
髪を洗い、しっかり肌の手入れをして、お気に入りのガウンを着た。
「お嬢様、旦那様のワイン、高いやつくすねてきました」
「気が利くじゃない」
「一杯くださいよ」
モノアは何気なく言った。
いつもなら、メイド風情が、と言うが、風呂で気をよくしたバレンティナ。
「ふん、一杯恵んで上げるわ。チーズかなにか持って来なさい」
はいはい、とモノアは台所からチーズやハムをチョイス。機嫌のいいバレンティナの愚痴を聞いていると、やつれた夫妻がノックもしないで部屋を訪ねてきた。
そして、告げた、修道院行きを。
バレンティナは金切り声をあげた。
「ふざけないれっ」
「本気だ。私は大臣を辞し、サロンも引き継いだ。もうお前を援助するものはいない。私達と一緒に明日馬車に乗るんだ」
そう告げて、夫妻は部屋を出たが、バレンティナは掴みかかった。久しぶりにワインをたらふくのんだバレンティナは、足元がおかしかった。
「ふざけないれよ、わたしが、なんれ、しゅうろういんなんてっ」
べろべろに酔ったバレンティナは、夫妻に掴みかかる。
「止めなさい、みっともないっ」
夫人が咎めるが、バレンティナは止まらない。手荒に出来ずに3人がもつれ会う。
「お嬢様、危ないですよっ」
モノアが止めに入るが、その手を振り払う。
バレンティナはそんなモノアの制止を振り切る。夫人の顔を引っ掻き、当主に罵声を浴びせる。
夫妻は泥酔状態のバレンティナに絡まれ、何とか逃れる為に軽くのつもりで肩を突いた。廊下の向こうで騒ぎを聞いた召し使い達が来たのを見たので、任せようと思って。
だが。
「お嬢様ーっ」
モノアが悲鳴を上げる。
よろよろと肩を突かれたバレンティナはバランスを崩し、倒れる。
その先は、階段。ここは二階、一階の正面玄関に続く階段。
「お嬢様ーっ」
ズダダダダダダダダダッ ゴンッ
バレンティナが壊れた人形の様に転がり落ちていき、一番下の手すりの支柱に、後頭部を打ち付ける。
血相を変えたモノアが階段を転げ落ちていったバレンティナに駆け寄る。
「お嬢様っ、お嬢様っ、お嬢様っ。誰か、誰か、治療魔法をーっ、お嬢様っ、バレンティナお嬢様ーっ」
モノアが叫ぶ。バレンティナは、くたり、として動かない。
階段の上で夫妻は、呆然としている。
召し使いが駆け寄る中でも、夫妻はただ呆然として、階段の上で、立ち尽くし、バレンティナの側に最後まで駆けつけることはなかった。
バレンティナの葬儀は密葬となった。
ワインを飲んで泥酔し、階段を踏み外した事故と処理された。
事故の後、隠居予定だった当主は喪主を勤め、事故後精神を病んだ夫人を連れて田舎に予定通りに引っ込んだ。事故死した娘の専属メイドと、その家族だけ連れて。
バレンティナの墓は、別邸近くにあり、小さな墓だ。
その墓参りに来るのは元侯爵夫妻と、たった1人のメイドだけだったと。
そしてこの件は、優衣の耳に入ることはなかった。
首都である闇ギルドに手入れがあった翌日。
ナージサ侯爵家夫妻は、再び宰相に呼び出された。
もうすぐでマーファで行われる、フェリアレーナ王女と、ハルスフォン伯爵嫡男セザールとの結婚式に出席準備で慌ただしい時に、だ。
呼び出される理由は、まさかと思うが末娘バレンティナの対応かと思われた。自由に出来ないように、僅かな金しか渡していない。貴族籍のカードも止めている。これでなにも出来ないはず。ナージサ侯爵夫妻は、最近多忙で、そのバレンティナと向き合っていない。朝は夫妻が出勤した後にバレンティナが起きる。夕食は夫妻が帰る前にさっさとバレンティナが済ませてしまうので、顔を会わせない。当主は仕事で、夫人は経営しているサロンを結婚式で空ける為に、その間不測の事態がないように夜遅くまで働いている。
バレンティナはナージサ経営のサロン以外には外出していないから、問題は起こしていないはずだが。
呼び出された宰相の執務室に、何故か赤騎士団准将のオスヴァルト・ウルガーまでいた。
対面のソファーに座る宰相ワゼィールが、無表情だ。
「ナージサ侯爵、昨日、ある闇ギルドに手入れが入った事は?」
「は、はい。ウルガー准将が大活躍だったと」
そう聞いた。何故、それを聞かれるか分からないが、社交辞令も含めて答える。
「准将、例のものを」
「はっ」
ウルガー准将が、白いハンカチをテーブルに置く。何か包んでいるようだ。
妙な不安が沸き上がる中で、ハンカチがワゼィールの手により開かれる。
そこには、片方のイヤリング。大粒のダイヤモンドが付いたイヤリング。
「こ、これはっ」
それを見て、ナージサ侯爵夫妻は狼狽する。
「昨日、手入れが入った闇ギルドが持っていた」
「な、なんと、いつ我が家に侵入して盗んだのか……………」
ナージサ侯爵当主がイヤリングを食いつくように言うが、ワゼィールは首を振る。
「これは、ある依頼の前金として受け取った、と。申しているが」
「まさかっ、その様な者の言葉を信じるのですかっ、宰相ともあろうものがっ」
当主は宰相に対しても声を荒げる。
このダイヤモンドのイヤリングは、ナージサ侯爵夫人で代々引き継がれているものだ。現在夫人が保有し、次に継承するのは嫡男の妻だ。
宰相が言っているのは、手入れが入るような闇ギルドに、代々引き継がれているイヤリングを使い、侯爵家がなにやら依頼した、と言うことだ。
あってはならない、醜聞だ。
絶対にあってはならない。認めてはならない。
否定しなければならないが、まったくもって身に覚えがない事だ。
ワゼィールが、ふん、と息をつく。
「我々が確証もなく話しているとでも? 全て、ナージサ侯爵令嬢による暴走だと分かっているのだぞ。泳がせていたが、貴殿達にもそれに気づかせるチャンスはやったはず」
「チャンス?」
何の事だか分からない夫妻。
しばらく考えて、夫人が、あ、と声を上げる。
メイドの1人が、バレンティナの事で相談したい、と何度も夫妻に面会を求めていた。だが、色々忙しかったし、自由にさせないように資金に制限をしていたので、金の無心だと思い無視を続けた。数日前にとうとうメイド長から、そのメイドの話を聞いてもらえないかとあったが、それでも無視した。関わりを持たなければ、どうせ、バレンティナは何も出来ない、とたかをくくっていた。
「まさか、そのメイドが?」
「そのメイドから何とか聞き出そうとした。バレンティナ嬢が何をしようとしているか、な。メイドはバレンティナ嬢に忠義があったのか、話してくれなかった。メイドは話すとしたら、ナージサ侯爵夫妻だけだと、ね。そのメイドが話さなくても、別の経路で情報は得ていた。あるテイマー女性を強姦できなければ、その両親の殺害依頼を闇ギルドに依頼した。相手が平民だからと言って決して許されることではないのは、当然に分かっているはず」
ふら、と夫人が崩れる。
「だ、だが、証拠はない、証拠はないはず」
当主はふらついた夫人を支える。
「証拠はこのイヤリングだ。これには台座に侯爵の紋章が刻まれ、これだけのサイズのダイヤモンドを使用し、この世に2つとない一品。イヤリングであるなら対であるはず。これを持ち出せるのは限られている。もう片方はどこにあるだろうな?」
ワゼィールはイヤリングを持ち上げる。
「バレンティナ嬢が自分の部屋に隠し持っている。今から手入れにはいろうか? たとえ侯爵だろうが容赦しないぞ。これで片方が出てきたら、どうするつもりだ? もちろん、どこに隠してあるかも把握している。因みに、メイドは何一つしゃべらなかったぞ」
イヤリングをハンカチの上に戻す。
「バレンティナ嬢が暴走したおかげで、今まで尻尾を掴ませなかった闇ギルドを壊滅させることが出来た。そして、芋づる式でいろんな事が分かって来ている。殺人、脅迫、暴行、窃盗、人身売買、上げればキリがない。こちらも手入れのために、情報をわざと貴殿達に教えず泳がせていた手前がある、最後の判断をさせてやる」
当主は真っ青になった夫人の肩を抱いて考える。ナージサ侯爵は関係ない、それを押し通すには無理が出てきた。今頃になって、何故メイドの話を無視したのか、悔やまれる。夫妻は、バレンティナを腫れ物のように思い、関わるのを面倒だからと後回しにした結果だ。
ナージサ侯爵夫妻には子供は4人。嫡男は優秀な伴侶として子爵令嬢と結婚し、すでに2人の娘がいる。バレンティナの姉2人はそれぞれ家柄もよく、優秀な貴族に嫁ぎ、それぞれに子供がいる。バレンティナの事がバレたら、タダでは済まない。
ユリアレーナでも、古く歴史があり、中にはエレオノーラのように王室に嫁いだ令嬢を輩出した侯爵家。
今回の事で、タダでは済まない。ナージサ侯爵家が。
「ワゼィール様、本日、これで失礼させてください。我々も、心の準備と覚悟の時間を」
「マーファに出発するまでがリミットだ」
冷たく言われて、夫妻は逃げるように執務室を出た。
そして、馬車を飛ばして屋敷に戻った。バレンティナは自室でだらだらワインを煽っていた。突然入ってきた両親に驚いた、何より本棚からあっという間にイヤリングを見つけられた。
「バレンティナッ、このイヤリングはどうしたっ」
父親が責めるが、バレンティナはどこ吹く風だ。
「たかがイヤリングでしょう? 私が持っていてもおかしくないわ」
「これは代々侯爵家を継ぐ夫人が継承しているのよっ。今は私が継承し、次はベータ様にっ」
ベータは、嫡男の妻の名前だ。
「ふっざけないでよっ」
母親の叱責に、バレンティナは倍の怒声で返す。
「あんな子爵にこのダイヤモンドは不相応だと、どうして分からないわけっ。これは高貴な侯爵家が身につけてこそ意味があるのよっ。私には資格がある、だけど、あの子爵風情にはあってはならないのよっ。だから、私が持ってやってるのよっ」
上から目線、固まった貴族、爵位至上主義。バレンティナはがちがちに固まっていた。
バレンティナの目は常軌を逸していた。それを見て、もう、矯正不能だと思ったが、最後まで望みを捨てられない。
「バレンティナ、私達に言うことは?」
「ふん」
声を落とした当主に、バレンティナは鼻で嗤う。
「今まで私を完全無視したくせに、今更何よ? 話すことなんて何もないわっ、出てって、出てってッ」
金切り声を上げるバレンティナに押し出される前に、当主はどうしても確認しなくてはならなかった。
「人殺しを闇ギルドに依頼したことは?」
「ふーん、知らないわよ。だけど、はいて捨てる程の平民がそうなるのは日常茶飯事でしょう? いちいち気にしてられないわ。ふん、1匹、2匹いなくなっても、どうせバカみたいに沸いてでるでしょ」
あまりにも、命を軽んじ、傲慢な貴族至上主義の塊の発言に、両親が絶句した。ユリアレーナは身分に対して、礼節さえ弁えれば寛容な国だ。多少に格差はあるが、逆に貴族だからだと言って平民の命をその様に簡単に奪えるものではない。初代ユリアレーナ女王アレーナの思想『命の尊きに身分は関係ない。等しく平等であるべき』。今でも脈々と受け継がれている。それは特に古く歴史と爵位のある家には。バレンティナには、それなかった。
部屋を追い出されて、夫人は崩れ落ちた。
書斎にやっとメイドを呼んだが、メイドは呆れ返っていた。モノアだ。
「旦那様、奥様、もう手遅れでしょう? あれだけ、お嬢様の事で話があると訴えたのに。私は怖い騎士団に囲まれてもお嬢様の話しはしませんでしたよ。でも、旦那様も奥様も、めんどくさいからっていつも目をそらしましたね」
モノアは息をつく。幼い頃バレンティナの兄、姉二人がよい縁組みできるようにと、それに侯爵夫妻が熱心だった。他家とのつながり、習い事に、発表会に、お茶会、夜会、婚約、大臣就任、上向きのサロンの経営、仕事仕事仕事。多忙を極めた夫妻は、少し年のはなれたバレンティナまで気が回らなかった。上の子がうまく行けば、下の子もそうなる。知らずに上手く行く、今は上の子を、上の子を、上の子を。それが積み重なり、メイド達や家庭教師にバレンティナを任せて、完全放置になるには時間はかからなかった。やっと落ち着いた頃にはバレンティナは、両親の話をまったく聞かず、減らず口ばかり。反抗期だと軽く考えて、様子を見たのがいけなかった。バレンティナにつけた家庭教師が、上の子供達のように厳選せずに爵位が高いものをつけた、他国から来た貴族至上主義とも知らず。学園での問題をもみ消したのも、いつか上の子供達のように、侯爵家としてふさわしい女性になる、ちょっと今は反抗期なだけ、ちょっと上の子供達に気をかけてしまったから、ひがんでいるだけ。いつか上の子のように自ずと上手く行くと、立派な貴族令嬢になる。だから、少しのことから目を背けても、上手くいく、時が経てば、自覚を持つ。甘く考えて、結果これだ。
「私に何かあれば、侯爵家が疑われるようになってますから」
「私達を脅迫する気かっ」
「いいえ、私は最後までお嬢様のメイドでいたいだけです。まあ、地獄まではお供しませんけど。私には養わなくてはならない家族がいますからね」
肩を竦めるモノア。
「失礼を承知でいいますけど。旦那様も奥様も、バレンティナお嬢様が小さい頃、どれだけ寂しい思いをしたか、知らないでしょう? いっつも上の坊っちゃんとお嬢様達には、あんなに手をかけていたのをバレンティナお嬢様は指をくわえて見ているしかなかったんですよ」
他人に真正面から指摘され、いいよどむ夫妻。下働きのメイドに言われ、言い返せないのは、自覚があるからだ。
当主は息を吐き出す。全て、自分達の甘さが招いた結果だ。
一度でもいい、バレンティナと正面から向き合って、取っ組み合っても間違いは間違いだと言うべきだった。
「モノア、だったな?」
「はい。旦那様」
「バレンティナがこの屋敷を出るまで、バレンティナの側に仕えてくれるか?」
「私はバレンティナ様専属ですから」
「頼む」
モノアを下げさせた後、夫妻は今後の話を詰めた。
なんとしても侯爵家を守らなくてはならない。
当主は大臣を辞職し、嫡男に家督を譲ることにした。そして、田舎の別邸に夫妻で隠居。社交界から身を引き、サロンの経営は嫡男の妻に全て委ねることになった。
宰相に報告、マーファでの結婚式の後に、バタバタと引き継ぎが全て終わったのは、吐く息が白さを纏う時期だった。
バレンティナは侯爵家より除籍し、隠居する田舎の修道院に入れることにした。嫌がるだろうが、出来るだけ面会に行こう、どんなに嫌味を言われても、罵声を浴びせられても会いに行こうと決めた。今更、遅いだろうが、それくらいしか思いつかなかった。どこかに嫁がせて問題になるよりましだ。侯爵家を守らなくてはならない。まだ幼い孫達の未来を守らなくてはならない。
本人にはギリギリまで秘密にした。夫妻はせめて最後は一緒に屋敷を出ようと思い馬車の手配をした。それまでバレンティナは屋敷に軟禁した。
出発前夜、モノアが「内緒ですよ」と、そっとバレンティナを軟禁されていた部屋から出した。
最後だからだ。
バレンティナは悪態はついたが、準備された風呂に気をよくした。
髪を洗い、しっかり肌の手入れをして、お気に入りのガウンを着た。
「お嬢様、旦那様のワイン、高いやつくすねてきました」
「気が利くじゃない」
「一杯くださいよ」
モノアは何気なく言った。
いつもなら、メイド風情が、と言うが、風呂で気をよくしたバレンティナ。
「ふん、一杯恵んで上げるわ。チーズかなにか持って来なさい」
はいはい、とモノアは台所からチーズやハムをチョイス。機嫌のいいバレンティナの愚痴を聞いていると、やつれた夫妻がノックもしないで部屋を訪ねてきた。
そして、告げた、修道院行きを。
バレンティナは金切り声をあげた。
「ふざけないれっ」
「本気だ。私は大臣を辞し、サロンも引き継いだ。もうお前を援助するものはいない。私達と一緒に明日馬車に乗るんだ」
そう告げて、夫妻は部屋を出たが、バレンティナは掴みかかった。久しぶりにワインをたらふくのんだバレンティナは、足元がおかしかった。
「ふざけないれよ、わたしが、なんれ、しゅうろういんなんてっ」
べろべろに酔ったバレンティナは、夫妻に掴みかかる。
「止めなさい、みっともないっ」
夫人が咎めるが、バレンティナは止まらない。手荒に出来ずに3人がもつれ会う。
「お嬢様、危ないですよっ」
モノアが止めに入るが、その手を振り払う。
バレンティナはそんなモノアの制止を振り切る。夫人の顔を引っ掻き、当主に罵声を浴びせる。
夫妻は泥酔状態のバレンティナに絡まれ、何とか逃れる為に軽くのつもりで肩を突いた。廊下の向こうで騒ぎを聞いた召し使い達が来たのを見たので、任せようと思って。
だが。
「お嬢様ーっ」
モノアが悲鳴を上げる。
よろよろと肩を突かれたバレンティナはバランスを崩し、倒れる。
その先は、階段。ここは二階、一階の正面玄関に続く階段。
「お嬢様ーっ」
ズダダダダダダダダダッ ゴンッ
バレンティナが壊れた人形の様に転がり落ちていき、一番下の手すりの支柱に、後頭部を打ち付ける。
血相を変えたモノアが階段を転げ落ちていったバレンティナに駆け寄る。
「お嬢様っ、お嬢様っ、お嬢様っ。誰か、誰か、治療魔法をーっ、お嬢様っ、バレンティナお嬢様ーっ」
モノアが叫ぶ。バレンティナは、くたり、として動かない。
階段の上で夫妻は、呆然としている。
召し使いが駆け寄る中でも、夫妻はただ呆然として、階段の上で、立ち尽くし、バレンティナの側に最後まで駆けつけることはなかった。
バレンティナの葬儀は密葬となった。
ワインを飲んで泥酔し、階段を踏み外した事故と処理された。
事故の後、隠居予定だった当主は喪主を勤め、事故後精神を病んだ夫人を連れて田舎に予定通りに引っ込んだ。事故死した娘の専属メイドと、その家族だけ連れて。
バレンティナの墓は、別邸近くにあり、小さな墓だ。
その墓参りに来るのは元侯爵夫妻と、たった1人のメイドだけだったと。
そしてこの件は、優衣の耳に入ることはなかった。
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