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最終章 深淵
名前を呼んで※
しおりを挟む――目を覚ますと見慣れた天蓋。
辺りは薄暗く、天蓋のカーテンは閉められているけれど、隙間から漏れてくるオレンジ色の灯りが今は夜だと教えてくれる。
頭を動かすと額から濡れた布巾が落ちた。
布巾を手に取り身体を起こそうと身動ぎすると、背中に寄り添う熱を感じた。
「……ウ、…」
ウル、と呼ぼうとして、喉がカラカラに渇いていることに気が付いた。うまく声が出ない。
「何か飲むか」
後ろから耳元で、優しく声を掛けられる。
「…、れ、……す」
「無理をするな。…あの後、熱を出して寝込んでいたんだ」
私の腰に回していた腕に力が入り、後ろから強く抱き締められる。私の肩に顔を埋めレオニダスは熱い息を吐いた。
「……よかった……」
ちゅ、と頸にキスをすると、クッションや枕をベッドのヘッドボードに重ね、身体を起こしてくれた。
ベッドサイドのテーブルには水差しとコップ、水の張られた盥と布巾が用意してある。レオニダスは私の手から布巾を受け取り新しい布巾を水で濡らし搾る。肘の上まで捲ったシャツから覗く逞しい腕の動きをぼんやりと眺めて、自分はまだ熱があるのだと実感した。
ひんやりと心地いい布巾で額や首筋の汗を拭われる。
水差しから水を注いだコップを受け取ると、レモンの香りとほんのり蜂蜜の甘さが広がった。
はあ、と、目を瞑り大きく息を吐き出した。水分が身体に沁み渡るのを感じる。
頬を撫でる指に、目を開き視線を向けるとレオニダスがじっとこちらを見つめている。
「…どの、くらい…」
その指に自分の掌を重ねる。いつもは熱いレオニダスの手がひんやりとしている。
「三日だ」
レオニダスの親指がすり、と頬を撫でた。
クッションに頭を預け、ぼんやりとレオニダスを見つめる。いつものレオニダスと違い表情が抜け落ちたように瞳の色が昏い。
手を伸ばしレオニダスの頬に触れると、私の掌をそっと取り目を瞑って掌にキスをした。
「レオ…」
「…母を、救ってくれてありがとう」
目を瞑り私の掌に唇を寄せたまま呟いた。吐く息は熱い。
「……ラケルさんは、ずっと一人でみんなを見守っていたって…」
「ああ。あの白い塊…魔物を生み出すものの中で、永遠に一人きりだったかもしれない」
「魔物を生み出す…?」
「そうだ。魔物はあの白い塊…人の負の感情が集まった闇から生まれる。母は…あの闇に飲み込まれたんだろう」
レオニダスは私の手を取り指先に額を当てて俯いた。
その手が微かに震えている。
「レオニダス」
身体を起こしてレオニダスの頬を挟み顔を上げさせる。
薄暗いベッドの上で見るレオニダスの瞳はあの白い空間で見たラケルさんのように昏い。
「…迎えに来てくれてありがとう」
レオニダスの昏い瞳がぼんやりと私を見つめる。
「名前を呼んでくれたでしょう…?」
「……ああ…カレンも俺を呼んだだろう」
「うん。…どうしても、帰りたかったから」
ピクリとレオニダスの身体が揺れた。
「レオニダス」
レオニダスの額にこつん、と額を合わせた。私の額の方が熱い。
「私、どうしてもレオニダスの元に帰りたかったの…」
目を瞑り、そっとレオニダスにキスをした。
唇を離そうと少し身を引くと、グッと後頭部を抑えられ固定される。柔らかく触れるだけだったキスが強く唇を合わせ喰らいつくようなキスに変わった。
「んっ……っ、ふ、」
身体がそのまま後ろにゆっくりと倒される。
レオニダスがベッドに乗り上げ、ギシリと音を立てた。
大きな手が髪を撫で首筋を通り頬を撫でる。いつもは熱い掌が凍えるように冷たい。その手に自分の手を重ね、温めようとキュッと握った。
唇を激しく食まれ自分から口を開くと、分厚い舌がぬらりと入り込む。お互いの舌を絡め口内を弄りぢゅうっと音を立てて舌を吸われ扱かれた。性交を再現するような動きに、じわりと身体に熱が灯る。
じゅるっと音を立てて唇が離れた時には息も上がり、頭がぼんやりした。オレンジの灯りに照らされキラキラと光る糸が二人の間を繋ぐ。
パタッ と、頬に滴が落ちて来た。
顔を上げると、私の両脇に腕をついて見下ろすレオニダスの瞳から大粒の涙が溢れ、また、パタパタッと頬を濡らした。
「……っ、…」
レオニダスはギュッと自分の拳を握り締め、私の肩に顔を埋めた。耳元でレオニダスのくぐもった声が低く響く。
「……失うかと……」
レオニダスの肩が震え私の服に温かい滴が吸い込まれていく。
「……レオ…っ」
両腕を伸ばしギュッとレオニダスの首に縋った。
私を失っていたかもしれないと、恐怖に震え泣くこの人を、目の前で両親が去ったのを見て、私が意識を失って倒れて、喪失感と恐れを抱いたままずっと側に居てくれたであろうこの人を、どうしたら温めてあげられるのか。
私の肩に顔を埋めたままのレオニダスの耳にちゅ、とキスをする。ビクッと身体が揺れたレオニダスの後頭部を撫で、頬にキスをする。
やっと顔を上げてこちらを見下ろしたレオニダスの頬を挟み、ちゅ、とキスを贈った。
「レオ…私を呼んで?」
視界が涙でぼやける。
熱のせいで自分の手も、熱い息も全てが自分から離れた場所にある感じ。でも、掌に感じるレオニダスの肌は私をここに帰って来たと実感させる。
「私は必ず、レオニダスの元に帰ってくるから」
眦からポロリと涙が溢れる。
「約束したでしょう…? 私が貴方を幸せにするって」
ふふっ と笑うと、レオニダスの目許が赤くなり眉間の皺が深くなった。
「…もう二度と離さない」
レオニダスは優しく覆い被さり柔らかくキスをする。激しく求めるように、でも優しく慈しむように、唇を合わせゆっくりとキスをした。
はあっ、と息を吐くとレオニダスがそっと身体を離した。それがすごく切なくてレオニダスの背中にギュッと腕を回す。
「…っ、カレン、熱があるんだ。もう…」
「…ダメ」
レオニダスにしがみ付き、肩に額をくっつけたまま脚を絡ませると、下腹部に硬いものが当たる事に気が付いた。
「カレン」
レオニダスの焦った声がする。
「離れないで。お願い」
顔をあげないまま、レオニダスの身体の下で熱杭を擦るように動くと、レオニダスはうめき声を上げ、また覆い被さり貪るようにキスをする。はじめから舌を絡ませ激しく口内を弄りながら、大きな掌が寝衣の中に入り込み胸を掬い上げ揉みしだく。
頂をキュッと摘み扱くように動かされ腰が跳ねた。上がる嬌声はレオニダスの口内に飲み込まれる。
掌がするりと腰に降りて来て太腿からお尻にかけ大きく撫で回し、膝裏に手をかけグイッと片足を上げた。
レオニダスのいつになく余裕のない動きにおなかがジン、と疼く。
下着を剥ぎ取られた私の脚の間に身体を捻じ込み、下衣から取り出した楔を蜜口に当て一気に貫かれた。
「……っ!!」
ほとんど前戯がない状態では受け入れるには潤いが足りず、引き攣れるような痛みが走り思わず目をぎゅっと瞑る。
いつもは丁寧に身体をほぐし何度もイカされ、ぐったりするまで挿入することはないレオニダスの性急な動きに胸が苦しくなり、愛しさが込み上げた。
「…っ、カレン、すまない…っ」
レオニダスはそう呟くと、両手で腰を掴み持ち上げ、深くまで捻じ込み奥を穿つ。激しい律動を繰り返され蜜口はあっという間に潤い、すぐに水音を立てるようになった。
「カレン…っ」
目を開けると苦しげに眉根を寄せ額に汗を滲ませたレオニダスの瞳と目が合う。その瞳は先程までのどんよりと昏い青ではなく、ギラギラと情欲に濡れ黄金が揺らめいている。
「…っぁっ、あっ…っ、れ、レオっ…っ」
激しく腰を打ち付け肌と肌がぶつかる音が響く。ベッドが軋み大きな音を立てた。腕を伸ばしレオニダスにキスを強請る。
すぐに覆い被さって来たレオニダスは舌を絡め擦り合わせながら、それでも激しく腰を打ち付ける。
汗がパタタッ と滴り落ち、一切余裕のない動きで中を抉り擦られ、奥を強く突いてくる。自分にも余裕など一欠片もないけれど、レオニダスにもっと気持ち良くなってもらいたい。脚を腰に巻き付けその鍛えられた身体にしがみついた。
「レオっ、あっ、…っ、んっ、んんっ、あっ、…っ」
自分の中がぎゅうっとレオニダスを締め上げるのを感じた。
愛しい、愛しい人。
「カレンっ、…くっ、…っカレン…!」
「レオニダス…っ、んうっ、んっ、…っ」
動きに合わせて嬌声が漏れるのを何とか堪え、名前を呼ぶ。
「レオニダス、レオニダス…っ」
何度も、何度も。
「カレンっ」
だから貴方も、私を呼んで。私の名前を呼んで。
チカチカと目の前に火花が散る。
「あっ、あっ、だめ、イッちゃ…っ、んんっ、ま、まって、あっ」
「カレン」
レオニダスが手を伸ばして花芽を摘む。その刺激に大きく身体が跳ねて全身に痺れる様な快感が走った。首を仰け反り快感を逃していると、噛み付くように喉に吸い付き強く吸われる。
ビクビクと中が痙攣しているのを構わず、レオニダスは律動を激しくした。私は上がる嬌声を抑える事なく、全身でレオニダスを受け止める。
レオニダスは首筋に顔を埋めて獣のように低く呻き声をあげ、長く長く白濁を吐き出した。
耳元にレオニダスの荒い呼吸がかかる。
レオニダスの早鐘を打つような心臓の音に激しく求められたのだと切なくなり、私の中がキュッと締まったのを自分でも感じた。
「…っ、カレン」
レオニダスは耳を赤くして顔を上げ、私の顔を覗き込んだ。
「ダメだ、もう…、すまない、体調が悪いのにこんな…」
レオニダスがグッと身体を起こして私から離れて行こうとする。
「…、やだ、待って」
レオニダスに縋ろうとしても身体に力が入らない。その代わりまた、私の中が蠢いたのがわかった。
「…っ、く、カレン、締め付けないでくれ」
そう言って私の中からゆっくりと出て、レオニダスはギュッと私を抱き締めた。
「身体が熱い。まだ熱があるんだ、こんな…」
すまない、ともう一度言って私の髪を丁寧に梳く。
「レオニダス…」
頭がぼんやりする。
謝らないで…
まだ側に居てほしい。
「大丈夫だ。ずっと側にいる…」
大きな掌が優しく頬を撫でる。気持ちいい。
「眠っていい。身体を拭こう」
ごめんね、もう身体が動かない…
優しい手つきで身体を拭かれ、新しい寝衣に着替えさせてもらいシーツを取り替えて。その間、レオニダスが側にいることを確かめたくて、重たい瞼をなんとか開いて見つめていた。
そんな私にレオニダスは苦笑すると、またベッドに上がり私の側に横たわって腰に腕を回し、ギュッと抱き締めた。
レオニダスに抱き締められた私はレオニダスの熱を感じると、今度こそ重たい瞼を閉じた。
「おやすみ、カレン」
額に熱い唇を感じて。
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