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第五章 結婚前夜
明るい人々
しおりを挟む「お義兄さま」
教会から砦へ向かい、執務室のお義兄さまを訪ねた。書類から顔を上げたお義兄さまは、少し驚いた表情で私を見上げる。
「ナガセ、帰ったんじゃなかったの」
「うん、ちょっと。レオニダスはどうしてるかなと思って」
「ああ、今は深淵の森へ行ってるよ」
「森へ?」
お義兄さまは立ち上がり、私を応接ソファへ座らせて、自分はワゴンでお茶の用意を始めた。
ウルが窓際のクッションに座り、目を瞑る。
「今は魔物が少ないでしょ? それが信じられないみたいで、自分の目で確かめると言って出ていったんだ。今日も早朝からずっと出かけてるよ」
「大丈夫なの?」
一人で出かけて森で倒れていたのに。
私の顔を見たお義兄さまは、笑いながらカップを目の前に置いた。
「大丈夫だよ。レオニダスが倒れていたのは魔物のせいじゃないし」
「何か分かった?」
「うん。レオはね、毛皮を取りに行ってたんだ」
「毛皮?」
「そう。深淵の森には畑の作物を荒らす害獣がいてね。昔、誰かが森に放したのが勝手に増えてしまったんだけど、その毛皮が真っ白で、こっちでは帽子や首巻なんかに使われることがあるんだ」
冬物の外套で、毛皮の付いたものをいくつか見たことがあるし、私も暖かいからと持っている。今ではあまり手に入らないのだと、アンナが言っていた。
「ほとんどの個体が深淵の森で生息しているから、今では毛皮を手に入れる機会があまりないんだけど、レオニダスはそれを獲りに行ったみたいなんだ。倒れていた地点の近くに、矢で仕留められた個体が二体いた」
「どうして……」
「それは、リクエストがあったからじゃないかな」
「リクエスト?」
「――わたくしが頼んだからですわ!」
そこへ突然、大きく扉が開いて聞き覚えのある声が響いた。
「マダム・オリビア!」
オレンジ色の髪をひとつに纏め、深い緑のドレスを纏ったマダムが両手に大きな荷物を持って入ってきた。来たばかりなのだろう、眼鏡が曇っている。
「まあまあナガセ様! お久しぶりですわお変わりないようで嬉しゅうございます! あ、これはテレーサから預かりましたのよ、さあどうぞ!」
「お義母さまから? あ、ありがとうございます」
受け取った荷物は中々に重たい。アレクセイが駆け寄って持ってくれた。
「マダム、遠方からわざわざお越しいただいてありがとうございます」
「とんでもない、ナガセ様の婚礼衣装を担当できるのですもの、大変名誉なことですわ! わたくしナガセ様のドレスを仕立てるのがとても楽しいんですの! あなたさまを見ているだけで天から創造の神がわたくしに様々なインスピレーションをお与えくださるのです! わたくしからお願いしたも同然ですもの、最後まで大役を務めさせていただきますわ!」
両手を広げてうっとりと、けれど、ものすごく早口で話すマダムの頬が赤い。眼鏡はまだ曇っている。
「あ、あの、リクエストって……?」
「畏れながら、この度の婚礼でお召しになるドレスのデザインで、外は寒うございますから毛皮を用意できないかとザイラスブルク公へお願いしましたの! いくら美しさのためとはいえ花嫁を寒さから護れなければデザインとして成立しませんもの! 防寒も兼ね備えさらに美しいデザインであるからこそ唯一無二のわたくしのドレスなのですわ!」
なんだかこの早口誰かに似てる。
「なんか、覚えのある話し方だな……」
小さく呟いたお義兄さまも、どうやら同じ感想を抱いているみたい。
「それで、毛皮を閣下はご用意いただけたのですね?」
「ええ、皮を仕立てているところですよ、マダム」
「ありがとうございます! そしてもしかしてあなたさまはテレーサのご子息ではありませんこと?」
「こうしてお会いするのは初めてですね、マダム。アルベルト・バーデンシュタインと申します」
お義兄さまはマダムに向かって礼を執る。マダムはそんなお義兄さまを見てますます頬を赤らめた。いまだに曇っている眼鏡がいつクリアになるのか、もうそのことばかり気になって仕方ない。見えてるのかな?
「はじめまして、オリビエですわ! テレーサとジョストさまのいいとこどりですわね! 素晴らしいわ!」
「いいとこどり!」
マダムのお義兄さまに対する評価に思わず笑ってしまう。お義兄さまも目を丸くして、すぐに笑いだした。
「その評価は初めていただきました」
「確かにアルベルトは両親の優れた部分を受け継いで神の御業の如く均整の取れた容姿をしているしそれだけに留まらずお茶を淹れる腕前もジョストから引き継いだ」
「「えっ!?」」
突然響いた声に、驚いた声がお義兄さまと重なった。見ると、いつの間にかアレクの隣には久しぶりに見る青い髪の男性が一人立っている。彼も眼鏡が曇っているけれど。
「べ、べアンハート殿下!?」
私の驚いた声に、さらに驚いたアレクが慌てて最敬礼を執った。
「何してるの、べアンハート! 待ってよ、君が来るのは春でしょ!? 王都から何の連絡も受けてないよ!?」
「マダムが行くというから一緒についてきた」
「え? 殿下とマダムはお知り合いなんですか?」
「ほほ、畏れ多くもべアンハート殿下直々に婚約者さまのドレスをご依頼いただいたのですわ! 道中殿下には多くのお話を聞かせていただいてそれはもう大変有意義な旅でしたのよ!」
「そ、それはよかったです……?」
「アレクセイ、ちょっとクラウス呼んでくれるかな」
「アルベルト、喉が渇いた」
殿下はそう言いながらさっさと応接ソファに腰を下ろした。お義兄さまは眉間を揉みながらアレクセイに指示をして、何かぶつぶつ言っている。
「あのさべアンハート、今ものすごくタイミングが悪いんだよね」
「それは申し訳ない。だが人生においてタイミングというものは中々自分で測れるものではなく人の与り知らぬところで偶然というものが生まれるのだから今はタイミングが悪かろうといずれ意味のあるものとし」
「わかった。お茶ね、淹れるから」
「わたくしもジョストさま譲りのお茶をいただいてもいいかしら! もう喉が渇いてしまって!」
「ええ、喜んで」
お義兄さまの台詞が棒読みだ。
マダムは荷物を床に置くと殿下の隣に腰を下ろし、嬉しそうにニコニコしている。眼鏡の曇った二人が並んで座っている絵は、なんだか……かわいい。
開け放たれた扉から呼ばれたクラウスさんが顔を出し、室内を見てぎょっとした。なんだか人口密度が高い。
「お義兄さま、私、屋敷に戻ってヨアキムとアンナにべアンハート殿下の滞在準備を頼んでくるね」
「――ありがとう」
お義兄さまがため息とともに疲れ切った声を吐き出す。
クッションの上で丸くなりながら、目を閉じたまま耳を立ててこちらの様子を窺っていたウルが、ふん、と鼻を鳴らした。
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