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16 悪女による恋愛指南4
しおりを挟む「わあ、なんて素敵なのかしら!」
青空が広がる小高い丘の上。
森を抜けて到着したそこは、草原の広がる開けた丘の上だった。遠くに街を見下ろし、日の光をキラキラと跳ね返す真っ青な海も見える。
「馬で来られなかったのが残念だわ!」
「はは、今度はちゃんと用意しよう」
食事の入った籠を馬車から下ろしながら、エイデンさまは楽しそうに笑った。
「お食事まで用意してくれてありがとう」
「これくらいなんてことはない。あなたの好きなものがあればいいが」
「きっと全部好きよ」
ワインも用意してくれた彼は広げた敷物の上にクッションも置いてくれる。一通り荷物を下ろして馬車はゆっくりと離れていった。
「馬車はあの森の向こうで待機させる。気兼ねなくのんびりしよう」
「まあ、抜かりないわね」
「少しは成長しただろうか」
(成長どころか手慣れていて、私のレッスンが本当に必要なのか分からないわ!)
むしろ私が楽しませてもらっている気がする。少しはお役に立たなければ、なんだか申し訳ない。
「お手をどうぞ、アレックス」
差し出された手を取って敷物に腰を下ろす。並べられた料理はどれもおいしそう。
「赤と白、どちらにする?」
「じゃあ、まずは白」
「了解した」
キュポン、と高い音を立ててコルクを抜き、グラスに注がれる蜂蜜色の液体。グラスを合わせれば、チン、と澄んだ音が響いた。
「誰もいなくて、独り占めしているようだわ」
「ここは公爵家の敷地だ。よそ者が入り込むことはない」
「まあ! 贅沢ね」
「気に入ったのなら、次は馬で来よう」
(な、なんか雰囲気が甘いわ)
これは恋愛指南なのだから正解なんだろうけれど、教える側の私が不慣れすぎて、崩壊している気はする。
それでもなんとか教える体で振る舞わなければ、彼の時間を無駄に奪うことになる。
毎夜のように叔母さまとアーロンから聞いている話を参考に、私は恋愛マスター! ともはや無駄な自己暗示をかけて挑んでいる。
「今日はお酒を飲むから馬車にしたの?」
「それもあるが、移動のときに、馬車の中でもあなたとたくさん話がしたかった」
「ふふ、とても楽しい移動だったわ」
実際、馬車でもとても話が弾んだ。どこが不慣れなのか分からないほど、彼はとても自然体で好感が持てる。
「あなたはとても魅力的だと思うわ、エイデンさま。私のレッスンなんていらないほど」
「――レッスンは、いらない?」
「そうね。あとはあなたの人柄を周囲のご令嬢に知ってもらうにはどうしたらいいのかを考えた方が――」
「二人で会うのは終わりか?」
「え」
エイデンさまの手が伸びてきて、私の手からグラスを奪う。驚いて彼を見上げると、真剣な表情の青い瞳がすぐそこにあった。
「エイデンさま?」
「アレックス、あなたは……」
大きな手がそっと、壊れ物を扱うように頬に触れた。
その感触にびくりと肩を竦ませれば、宥めるように親指が頬を撫でる。吐息が唇にかかるほどの距離に、彼がいる。
そんな状況なのに、初めて間近で見る青い瞳の美しさに、視線を外せなかった。吸い込まれるような、海のような青い瞳だ。初めて会ったときからそう思っていた。銀色の睫毛に囲まれた美しい青。
ふわりと、唇に柔らかく何かが触れる。それが何かなんて考える暇なく、もう一度触れて、離れる。
「エ、エイデンさま」
「性急か?」
低い声が乗った吐息が唇にかかる。その息は熱い。
私の答えを待たず、彼はまた唇を合わせた。今度は触れるだけではなく、強く押し当てて離れ、また押し当てる。
何度も繰り返し、唇を食むように挟まれて、ちゅ、ちゅっと音を立て、口付けを繰り返した。
ただそれだけなのに、気持ちいい。
いつの間にか目を閉じ、夢中になって口付けを繰り返していると、ぬるりと唇を熱い舌が舐めた。驚いて開いた隙間に、舌がグイっと差し込まれる。
「!」
そのまま、どさりと後ろに押し倒されて、大きな身体が覆い被さった。体重をかけないように、けれどぴったりと密着した身体から、彼の熱と鼓動が伝わってくる。
違う、もしかしたら私の鼓動かもしれない。
「アレックス……」
もう一度名前を囁かれて、ぎゅうっと胸が苦しくなった。私の名前をそんな風に甘く囁かれて、どう答えたらいいのか分からない。
今度は大きく口を開いて、まるで食らいつくように唇が合わされる。
「んうっ、んん……っ」
熱い舌が口内をぐちゅぐちゅとかき混ぜて、奥に引っ込んでいた私の舌を絡めとった。じゅうっと吸われて卑猥な水音が響き、身体の中心がぎゅうっと切なくなる。
「ん、んん……っ」
いつの間にかしがみつくようにエイデンさまの首に腕を回し、夢中になって口付けを交わす。
大きな掌がゆっくりと私の太腿をスカートの上から撫で上げ、腰に回り、何度も往復した。その気持ちよさに、頭がぼうっと回らない。
撫で上げられる気持ちよさに身体を委ねていると、ぷっと音を立てて唇が離れた。
はあっと互いの熱い呼吸が重なり合う。
「――アレックス、俺の口付けは合格か……?」
その問いの意味が飲み込めなくて、目を開けてぼんやりと彼を見上げる。青い瞳に、とろんとした自分の顔が映りこんでいた。
合格、かどうかは分からない。分からないけれど。
「――気持ちいいわ」
大きな掌に撫でられるのも、合わせた身体の体温も、思っていたよりも柔らかなエイデンさまの唇も。
すべて、ひとつになって、気持ちいい。
「そうか」
ふっと笑ったような彼の吐息が唇にかかり、また唇を合わせる。
彼の舌の動きを真似して私も自ら舌を絡め、初めての口付けにいつまでも、溺れた。
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