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31 恋多き悪女のやり直し
それから、実家は大騒ぎだった。
私がエイデンさまのプロポーズをお受けしたことで、家族にも、そしてフィルとそのご実家であるクレマン子爵家にも大きな迷惑を掛けてしまうから。
両親とフィルへ、エイデンさまと二人でプロポーズをお受けしたと報告をすると、わぁっ、と彼らは歓声を上げてくれた。
「よかったわね、アレックス。おめでとう」
「おめでとう、アレックス! さすが私の娘だ!」
「ふふ、お母さま、お父さま、ありがとう……」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるエイデンさまに、お父さまが慌てて顔を上げさせる。
「初めてイーゼンブルグ卿から連絡を貰ったときは、ビルギッタのいたずらかと思ったよ」
「僕も、アレックスに何かあったのかと驚いたな」
「突然の申し出にもかかわらず対応していただいたこと、感謝申し上げる」
本当に、何も知らなかったのは私だけだったのだ。そのことに顔が熱くなり、そっと手で頬を押さえる。
私の気持ちも、周囲にはバレバレだったってことだわ。
お父さまは並んで座る私たちをうんうん、と感慨深げにみつめて、「さて!」と、膝を打った。
「私たちはこれから、フィル殿と一緒にクレマン子爵家へ行ってくるよ。先に話は通してあるから何も問題はないが、もう少し具体的に進めておく必要があるからな」
「でも、本当にお父さまが子爵位を陞爵できるの? フィルだっているのに」
「それは問題ない。むしろ、フィル殿がスウェイン子爵家の管理を担うことを喜んでいるんだ」
「どういうこと?」
お父さまの言葉を受けて、フィルが紅茶を飲みながらのんびり答えた。
「スウェイン子爵家の領地は彼女のお父君が管理しているんだけど、不動産やそのほかの資産までは手が回らないと、以前から悩んでいたんだ。義弟はまだ幼いし、彼が成人するまではどうしようかって言っていたんだけどね、これで堂々と僕が管理できるよ」
「そんな都合のいいことが……」
「あったねぇ」
そう言って、フィルはふわふわと笑う。
「――ありがとう、フィル」
今は感謝の言葉を伝えるしかできない。彼のおおらかさに、私はいつも助けられてきた。そんな彼のそばにいたいと、ずっと思っていた。
彼はそんな私の想いなど知らずに、「のんびりした自分には、ちょうどいいよ」と、笑った。
*
「申し訳ないが、今夜、部屋をお借りできないだろうか」
「「もちろんです!」」
フィルと共に出掛けて行った両親に代わり、弟たちがエイデンさまに挨拶がしたいと応接室へやって来た。
彼らは初めて間近で見た騎士団長であるエイデンさまに、瞳をキラキラさせた。
「イーゼンブルグ団長、いつもどんな鍛錬を行っているんですか!?」
「その身体の大きさは生まれつき? いつから大きいんですか?」
「僕も王都の騎士学校へ進学して騎士になりたいんです!」
「これまで戦った相手で一番強かったのは誰!?」
「ちょっとアンタたち、いい加減にして!」
わっと身を乗り出してエイデンさまに質問する弟たちに、声を張り上げる。
「いいじゃん、姉さんはいつでも話せるんだから! 今日は俺たちが質問しても問題ないだろ?」
「ああ、構わない。我々は義兄弟になるのだからな」
「「義兄弟……!」」
エイデンさまの言葉に、弟たちが頬を赤らめた。
普段はよく口喧嘩をしているのに、こういう時だけきれいに感想をハモるのはなぜ。
「じゃあ、俺たちはイーゼンブルグ卿の義弟!?」
「俺とアレックスが婚姻を結べばそうなる」
「すげぇ!」
「兄さんって呼んでもいいってこと!?」
「もちろんだ」
「すげぇっ!」
なぜかハイタッチをして喜ぶ弟たち。
「エイデンさまっ、お部屋へご案内します!」
「だが……」
「いいんです、さあどうぞ!」
戸惑う彼の腕を掴んでグイっと引っ張ると、弟たちが異議を唱えた。
「なんでだよ姉さん!」
「まだ少しいいだろ!?」
「エイデンさまは疲れているのよ! 後にしなさい!」
「少し! まだ聞きたいことがあるからもう少し!」
「晩餐のときにして!」
文句の声を上げる弟たちに背を向けて、私は戸惑うエイデンさまを客室へと案内した。
*
「賑やかだな」
部屋へ到着してすぐ、エイデンさまはおかしそうに笑った。
「ごめんなさい、いつもああなの……」
「いや、分かる。俺にも弟が二人いるからな」
「まあ、そうなの?」
それは興味ある。似てるのかしら。
「男ばかりでつまらないと、母がよくぼやいていた」
「ええ、とてもよく分かるわ……」
けれど、私には姉のような存在の叔母さまがいる。同性の、歳が近い姉妹がいるってこんな感じだろうな、といつも思っていた。
「男ばかりの中で育ったから、どうしても自分の性格が貴族令嬢と違うものになったというのは自覚しているわ」
「俺はそんなあなたがいいのだが」
「そ、それはとても、もの好きなのよ?」
「そうか。ならば俺は、もの好きでよかった。あなたとこうして一緒にいられるのだから」
突然の甘い言葉に、動揺してしまう。不意打ち過ぎて、きっと顔が赤い。
「アレックス。――俺はあなたに謝らねばならないことがある」
「謝る?」
エイデンさまは頬を押さえる私の手を取って、優しく包み込んだ。大きくて分厚い手が、壊れ物を扱うように私の手を撫でる。
「あなたのことを、恋多き悪女だと思っていた」
「それは……、私も敢えてあなたに言わなかったのだから、いいの」
恋多き悪女をやめてしまっては、エイデンさまと会えなくなる。そう思って、私は彼の恋愛指南のために悪女になり切ると決めたのだ。
なり切れていたかは分からないけれど。
「だが……、初めてだっただろう」
「はじめて」
俯いて私の手に視線を落とす彼の顔をじっと見つめる。
彼は指先に柔らかく唇を押し当てて、そのまま視線だけ私に向けた。上目遣いで私を見る青い瞳が、意味ありげに強く光る。
「――え、あ」
(それはつまり、あの夜の話……!?)
鏡を見なくても、私の顔が赤くなったのが分かった。
不意打ち過ぎる。忘れていたわけではないけれど、なんというかそれどころではなかったから……!
「なぜあなたが恋多き悪女だと思っていたのか、自分でも不思議だ」
「えっ、そ、それはどういう……っ!?」
ふっと瞳を細めた彼は、私の頬を掌で包み込んだ。
「あなたは、こんなにもかわいらしいのに」
「かっ、かわいい……?」
「あなたはかわいらしく、優しい人だ、アレックス」
『――かわいらしく、優しい人が好ましい』
ある日の夜、エイデンさまは女性の好みのタイプについてそう言っていた。
(それは、私のことだったということ? あのときもう、エイデンさまは私のことを……?)
「アレックス」
何も言えない私を見つめていたエイデンさまは、困ったように眉尻を下げてぎゅうっと抱き締めた。
「エ、エイデンさま!?」
「そんな顔をしないでくれ。我慢ができなくなる」
(なんの!?)
私を腕の中に閉じ込めたまま、彼は耳元に唇を寄せてちゅっと口付けを落とした。
「――今夜、あなたを抱きたい」
「――っ!」
そのまっすぐな彼の言葉に何も答えられない私は、ただぎゅうっと強く、彼を抱き締め返した。
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